空は遠く

chatetlune

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空は遠く 4

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 ボストンの小学校では沢山の友達がいた。
 その友達からは時々メールや手紙がくるし、佑人も書いている。
 強がって沢山の友達ができたと書いたりしたが、そのたびにボストンに帰りたいと思ったこともあった。
 佑人のようすを伺い、担任からどうやら佑人がクラスに馴染めないでいるという話を聞いた両親は、佑人を私立の中学に行かせることにした。
 だから、小学校を卒業してからは力とは離れたため、まさかまたこうして一緒のクラスでいられることは、佑人にとって青天の霹靂だったのだ。
「なまっちろいお嬢ちゃんみたいなやつ」
 力の心無い言葉に佑人がどれほど傷ついたか。
 力はそんなことも、佑人のことも覚えてもいないだろうし、おそらく力には些細なことだったに違いない。
 それでも、常にクラスの輪の中心にいて、何をやっても目を吸い寄せられる存在であった力はスーパーマンだった。
 今でもそれは変わらない。
 佑人の中では。
 その意味合いがかなり違うものになり、力本人の雰囲気も随分変わったとはいえ、周りから注目を浴びる魅力的な存在であることには違いはないのだ。
 案の定、成長したラッキーは毛の長いシェパードという感じの凛々しい犬に育ち、ゆうに四十キロは超えてからもひたすら甘えん坊のままである。
 もっとも、兄が手助けをしてくれたお陰で最低限の躾はできているので、家族のいうことは素直に聞くし、むやみに吼えたりもしない。
「ラッキーはお利口だね」
 ほめてやると大きく尻尾を振って喜ぶ。
 佑人がつらい時はその気持ちを気遣うようにそっとよりそってくれた。
 高校生になった今でも佑人にとって一番の友達だ。
「どうしてるんだろうな、お前の兄弟」
 夜、机に向かっている間も、思い出したように佑人は傍らの彼専用のベッドでゆったりと寝そべっているラッキーに話しかける。
 唯一それが、力と佑人が繋がっている一本の糸だ。
 未だに力には聞くことができないでいるけれど。
 もしかすると永久にできないかもしれないし。
「あと、どのくらい、あいつの傍にいられるんだろ」
 卒業までとは限らない。
 あんなグループ、いつ解消してもおかしくはない。
 いつ、佑人が相手にされなくなるかもしれない。
 傍にいられる限り。
 あいつの背中を見ていよう。
 
 
 窓から見上げると満月が煌煌と青く夜を照らしていた。
「……欠けていくばかりだな……」
 マイナス思考は傷つかないための予防線。
 自分の心は届かない。
 あいつには届かない。
 ―――――もう、わかっているから。
  



 ピーーーーッ!
 大きなどよめき。
 力のミドルシュートがゴールキーパーの伸ばした指先を掠めてきれいに決まった瞬間だ。
 グラウンドの片隅に座って見ていたクラスメイトだけではない、二階も三階も教室の窓から覗く顔。
 すっかり夏色をした空の下、笛の音が響き渡る。
 じとじとと毎日のように雨が続いた梅雨もようやく明けたらしい。
「うおーっ!」
「やったぁっ!」
 佑人の周りでも数人が立ち上がって雄たけびをあげる。
「こらっ! 席に着け、席に!」
 どこかの教室から教師が窓に張りついた生徒を怒鳴りつける声が聞こえる。
 授業中なのだ。
なのに、思わず窓から身を乗り出したくなるほど、白熱したゲームだった。
「力だからなぁ」
 背後からそんな声が聞こえた。
 佑人も心の中でその声にうなずく。
 目頭が熱くなるほど興奮し、知らずきつく握り締めていた手のひらが痛い。
 ゲームが終わり、力のチームが今日の勝者となった。
 佑人は数人の生徒に取り巻かれながら歩いてくる、ひと際背の高い力の姿に目をやった。
頑健な腕が額に流れ落ちる汗をぬぐう。
 やっぱり、力は文句なくカッコいい。
 高揚した思いでみつめた先で、力がこちらに目を向けたような気がして、佑人はさり気なく視線を外す。
 体育は二つのクラス合同で、男女に分かれて行うことになっている。
この日の男子はクラス別にそれぞれ十二人ずつ二チームで二クラス合わせて四チームに分かれてサッカーのゲームを行った。
 二チームずつ対戦して勝ったチームが、もう一方の勝利チームと対戦したのだが、力が中心となったAクラスの第一チームと、Bクラスの元サッカー部員のいる第二チームが好ゲームを展開した。
 ゲームが進むにつれ、力対サッカー部員の様相を呈し、既に戦い終えたチームの面々だけでなく、教室で授業を受けている生徒までがグラウンドのゲームの行方が気になって、開いた窓から観戦していた。
 授業を放り出してまで見たいと思うのは力がいたからだろう。
 女子など、力が走り始めた途端、男子のゲームに夢中になって自分たちのバレーボールのゲームに少しも身が入らなかったようだ。
「ほんと、あいつって、小学校んときから変わらないよなぁ」
 すぐ後ろから声がして、佑人は振り返った。
「知ってるよな?」
 断言的に言われて、佑人は口を噤んだまま、力と同じくらい背の高い生徒を見上げた。
「確か渡辺だったよな? 渡辺佑人。あ、俺、坂本。六年のとき、同じクラスだった、覚えてない?」
 何も答えない佑人に、坂本は親しげな口調で続ける。
「俺は成瀬だけど」
 佑人はようやくそれだけを口にした。
 昔のことを覚えている人間がいるとは、思ってもいなかった。
 坂本のこともかすかに記憶があった。
小学生の頃、珍しく自分に声をかけてきた背の高い生徒。
 成長期の五年といえば、見てくれはかなり変わるものだ。
坂本も大人びてがっしりとした体格になり、身長も百八十は超えているだろうが、一見懐こそうな笑みは当時のままだ。
「え、前は渡辺じゃなかった? 他人の空似? 眼鏡かけてるけど、佑人って名前も同じだしさ」
 できれば関わりあいになりたくはない。
「よーし、集合!」
 体育教師の声で佑人は坂本から離れて歩く。
 高校に進学して顔を合わせたのは二年になってからだ。
 隣のクラスにならなければ忘れていたのに。
 確かに日本に帰国してから中学の途中までは渡辺姓を名乗っていた。
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