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空は遠く 1
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気がついたら、あいつの背中を追いかけていた。
恋とか愛とか、そんなものはわからない。
傍にいれば、痛いだけなのに。
でも、見つめていられればよかったんだ――――――。
ACT 1
空が高いな。
終業のチャイムを聞きながら、成瀬佑人は思わず口にした。
窓の外の、メタセコイア並木の向こうにあるちょっと吸い込まれそうなくらいの蒼さに、胸が痛くなる。
「よう、成瀬、マック寄るだろ、マック」
ざわつく教室を出るなり、二人の顔なじみが近づいてきた。
佑人は無表情で彼らに目をやった。
「あれ、おい、力、どこ行くんだよ、マック寄らねぇの?」
ひょろっと背の高い東山一義が、佑人の肩に腕を回したまま、山本力がスタスタと廊下を歩いていくのに気づいて声をかける。
「使い、頼まれてんだよ、おふくろに」
うざったそうな声が答える。
「なぁんだよ、マック寄ってからでいいじゃん」
東山の後ろから、小柄でやせっぽちのくせにどこに入るのかと思うほどよく食べる高田啓太が言った。
「まあ……、ちっとならいいけどよ」
少しばかり逡巡したような表情をみせ、力が歩みを弱めた。
「おっしゃ」
東山は佑人の返事も聞かないうちに佑人を促して力の後ろを歩く。
誰が見ても体育会系と思うだろう、大柄で頑丈そうな体躯のお陰で山本力はどこにいても目立つ。
その後ろを茶髪の東山や、頭を茶と黒が入り交ざったような色に染めた高田がひょこひょことついていく。
ここのところ、それが当たり前のようになった。
都合があると言わない限り、佑人の意思はあまり聞かれたことがない。
「マックマック」
「っせーぞ、啓太。ガキみてぇに」
重みのある低音で振り向きもせず、力が啓太を怒鳴りつける。
「だってよぉ、腹減ってんだって」
この一団がやってくるのに気づくと、ただでさえ無愛想な上、凄みのある目つきで睨みを利かせている力がいるのだ、廊下を歩いていた生徒たちは黙って彼らに先を譲る。
だらしなく学生服のボタンをいくつかあけて、リュックを背負っている啓太や東山などもあまりまともな生徒には見られていない。
いわゆる落ちこぼれ、学校の鼻つまみ者、関わりあわない方がいいだろうろくでもない連中、ヤンキーと決めつけられているのだ。
まあ、ヤンキーというなら山本力は彼らの上をいくらしい。
母親がクラブをやっている関係で、お水の女と付き合っているだの、ヤクザと喧嘩して目をつけられているだの、素行不良で停学をくらっただの、ろくな噂はない。
かろうじて出席日数は足りているものの、教師の間では明らかにブラックリストの筆頭のようだ。
教師たちの評判とは裏腹に、力は生徒たちからは妙に人気があった。
それに一応成績がほどほどだということでは、力は東山や啓太と一線を画している。
授業をサボることは多いが、体育祭などの行事にはちゃんと参加し、しかもリーダーシップを発揮して期待通りの活躍をする。
一年の時の球技大会では、バレーで二年のクラスを相手に力の重いスパイクが決まって勝利をもたらしたことで、一気にその名は知れ渡った。
部活には所属していないが、サッカーをやらせても野球をやらせても、時折、部活で毎日トレーニングしている連中が嫌になるような才能を発揮するのだ。
それに精悍で男前なマスクは女生徒を引きつけるのに充分で、高校入学当時から力の彼女と言われた女生徒が校内、他校含めて何人いたことか。
「そういや、力、りえちゃんとどうよ? 最近」
「知るか。あっちが勝手に誘ってきただけだ」
力はぶっきらぼうに即答する。
「うっそだろぉ? 杉山女子のりえちゃんだぞ? このあたりじゃ、ヤローどものマドンナなんだぞ?」
東山の声が裏返る。
「うざってぇんだよ、べたべたしやがって」
「お前、何のためにつきあうんだよ? べたべたするためだろぉが?」
「じゃあ、お前がつきあえよ」
うるさそうに力は言い捨てる。
―――――別れたんだ………
佑人はこっそり心の中で呟いた。
一番この集団の中で違和感があるのは佑人だろう。
一人、染めてない柔らかい髪はさらさらと小奇麗に整い、銀縁のめがねは学年一番の成績を物語るにふさわしい。
きちんと学生服のボタンはとめられ、羽織ったコートはバーバリー、品行方正でいいところのおぼっちゃんを絵に描いたような少年だ。
とはいえ、試験明けに上位の成績が張り出される時くらいはその名前が他の生徒たちの前に知れるものの、常に控えめで物静かな佑人は、いるのかいないのかわからないような存在だと思われている。
よく見れば眼鏡の下はひどくきれいな顔をしているのだが、気づいたものは少ないかもしれない。
それにしても、こうも頻繁に力や東山らのグループと一緒にいれば、生徒の間でも、また教員たちからも、明らかに佑人はワルのグループに無理やり引っ張り込まれて、おそらくイジメを受けているに違いない、などとという評判も聞こえてくるというものだ。
二年生になり、この面々と同じクラスになって間もなく、この違和感のあるグループが自然とでき上がっていた。
体育の時間の着替えの折、佑人の身体に時々打ち身のあとなどがあるのを見たらしく、クラスメイトが担任にご注進に及んだのがきっかけで、実際佑人も担任から呼び出され、イジメを受けているのではないかと心配されたこともあった。
そんな事実はないと、佑人はきっぱりと否定したが、どうやらそれは力たちに脅されているせいで本当のことが言えないのだろうと思われているようだった。
勝手にどうとでもとればいい。
投げやりだとはわかっている。
中学を卒業する頃には、佑人は誰にも期待を持たなくなっていた。
誰も信じることをやめた。
友人も教師も、誰も。
家族以外には。
佑人にとってそれはひとつの防衛手段だ。
中学時代のあの時のように、あんな風に傷つくのはもうごめんだったから。
だから静かに、なるべく目立たず、口数も少なく。
恋とか愛とか、そんなものはわからない。
傍にいれば、痛いだけなのに。
でも、見つめていられればよかったんだ――――――。
ACT 1
空が高いな。
終業のチャイムを聞きながら、成瀬佑人は思わず口にした。
窓の外の、メタセコイア並木の向こうにあるちょっと吸い込まれそうなくらいの蒼さに、胸が痛くなる。
「よう、成瀬、マック寄るだろ、マック」
ざわつく教室を出るなり、二人の顔なじみが近づいてきた。
佑人は無表情で彼らに目をやった。
「あれ、おい、力、どこ行くんだよ、マック寄らねぇの?」
ひょろっと背の高い東山一義が、佑人の肩に腕を回したまま、山本力がスタスタと廊下を歩いていくのに気づいて声をかける。
「使い、頼まれてんだよ、おふくろに」
うざったそうな声が答える。
「なぁんだよ、マック寄ってからでいいじゃん」
東山の後ろから、小柄でやせっぽちのくせにどこに入るのかと思うほどよく食べる高田啓太が言った。
「まあ……、ちっとならいいけどよ」
少しばかり逡巡したような表情をみせ、力が歩みを弱めた。
「おっしゃ」
東山は佑人の返事も聞かないうちに佑人を促して力の後ろを歩く。
誰が見ても体育会系と思うだろう、大柄で頑丈そうな体躯のお陰で山本力はどこにいても目立つ。
その後ろを茶髪の東山や、頭を茶と黒が入り交ざったような色に染めた高田がひょこひょことついていく。
ここのところ、それが当たり前のようになった。
都合があると言わない限り、佑人の意思はあまり聞かれたことがない。
「マックマック」
「っせーぞ、啓太。ガキみてぇに」
重みのある低音で振り向きもせず、力が啓太を怒鳴りつける。
「だってよぉ、腹減ってんだって」
この一団がやってくるのに気づくと、ただでさえ無愛想な上、凄みのある目つきで睨みを利かせている力がいるのだ、廊下を歩いていた生徒たちは黙って彼らに先を譲る。
だらしなく学生服のボタンをいくつかあけて、リュックを背負っている啓太や東山などもあまりまともな生徒には見られていない。
いわゆる落ちこぼれ、学校の鼻つまみ者、関わりあわない方がいいだろうろくでもない連中、ヤンキーと決めつけられているのだ。
まあ、ヤンキーというなら山本力は彼らの上をいくらしい。
母親がクラブをやっている関係で、お水の女と付き合っているだの、ヤクザと喧嘩して目をつけられているだの、素行不良で停学をくらっただの、ろくな噂はない。
かろうじて出席日数は足りているものの、教師の間では明らかにブラックリストの筆頭のようだ。
教師たちの評判とは裏腹に、力は生徒たちからは妙に人気があった。
それに一応成績がほどほどだということでは、力は東山や啓太と一線を画している。
授業をサボることは多いが、体育祭などの行事にはちゃんと参加し、しかもリーダーシップを発揮して期待通りの活躍をする。
一年の時の球技大会では、バレーで二年のクラスを相手に力の重いスパイクが決まって勝利をもたらしたことで、一気にその名は知れ渡った。
部活には所属していないが、サッカーをやらせても野球をやらせても、時折、部活で毎日トレーニングしている連中が嫌になるような才能を発揮するのだ。
それに精悍で男前なマスクは女生徒を引きつけるのに充分で、高校入学当時から力の彼女と言われた女生徒が校内、他校含めて何人いたことか。
「そういや、力、りえちゃんとどうよ? 最近」
「知るか。あっちが勝手に誘ってきただけだ」
力はぶっきらぼうに即答する。
「うっそだろぉ? 杉山女子のりえちゃんだぞ? このあたりじゃ、ヤローどものマドンナなんだぞ?」
東山の声が裏返る。
「うざってぇんだよ、べたべたしやがって」
「お前、何のためにつきあうんだよ? べたべたするためだろぉが?」
「じゃあ、お前がつきあえよ」
うるさそうに力は言い捨てる。
―――――別れたんだ………
佑人はこっそり心の中で呟いた。
一番この集団の中で違和感があるのは佑人だろう。
一人、染めてない柔らかい髪はさらさらと小奇麗に整い、銀縁のめがねは学年一番の成績を物語るにふさわしい。
きちんと学生服のボタンはとめられ、羽織ったコートはバーバリー、品行方正でいいところのおぼっちゃんを絵に描いたような少年だ。
とはいえ、試験明けに上位の成績が張り出される時くらいはその名前が他の生徒たちの前に知れるものの、常に控えめで物静かな佑人は、いるのかいないのかわからないような存在だと思われている。
よく見れば眼鏡の下はひどくきれいな顔をしているのだが、気づいたものは少ないかもしれない。
それにしても、こうも頻繁に力や東山らのグループと一緒にいれば、生徒の間でも、また教員たちからも、明らかに佑人はワルのグループに無理やり引っ張り込まれて、おそらくイジメを受けているに違いない、などとという評判も聞こえてくるというものだ。
二年生になり、この面々と同じクラスになって間もなく、この違和感のあるグループが自然とでき上がっていた。
体育の時間の着替えの折、佑人の身体に時々打ち身のあとなどがあるのを見たらしく、クラスメイトが担任にご注進に及んだのがきっかけで、実際佑人も担任から呼び出され、イジメを受けているのではないかと心配されたこともあった。
そんな事実はないと、佑人はきっぱりと否定したが、どうやらそれは力たちに脅されているせいで本当のことが言えないのだろうと思われているようだった。
勝手にどうとでもとればいい。
投げやりだとはわかっている。
中学を卒業する頃には、佑人は誰にも期待を持たなくなっていた。
誰も信じることをやめた。
友人も教師も、誰も。
家族以外には。
佑人にとってそれはひとつの防衛手段だ。
中学時代のあの時のように、あんな風に傷つくのはもうごめんだったから。
だから静かに、なるべく目立たず、口数も少なく。
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