乾燥したガラクタ

デラシネ

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希望とか愛とか夢とか

朝日

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失うには手に入れなければならない。
見返すには見下されなければならない。

失敗するのは挑戦した人間だけだ。





家に帰るなり布団に倒れこむ。
タカハシは疲れ果てていた。
とある資格試験を受験したが、案の定玉砕した。
退職してから既に6ヶ月ほどが経っていた。

「もう無理かもな」
一人呟く声はかすれた子供のようだったが、沈んだ気分が伝わって癪に触る。
脳の衰えを感じたのは今回が初めてではない。
仕事でのミスも頻発したし、漢字が出てこないことも多々あった。





「さて、どうするか」
とは言ってもタカハシは常に3つぐらい先のことを考えている。
勉強したいことは他にもあったし、そのための手段も残していた。
その前に沈んで疲れ果てた心身をどうにかしなければならなかった。

とりあえず決めたことがある。
「1週間何も考えずに過ごす」

嫌な夢を見る。汗だくで目覚めた。
これだけならいつものことなので気にしないが、今回は少し違った。
ぼんやりした頭で1日を無為に過ごす。
その夜、夢の続きを見る。
「不思議なこともあるもんだな」
汗だくで目覚めるが、まだ気にしていない。頭が鈍くなったせいもあるだろう。
そのまた夜、さらに夢の続きをみる。
うなされて起きる。

「絶対に何かおかしい」
流石に気付く。
タカハシは夢の深層心理という非科学的なものを信じていた。
若い頃、毎日のように歯が抜ける夢を見た。
多くの人が見ていると知ると同時に夢占いが当たっていたからだ。
「あなたは今行き詰まっている」とかそんな、自分にはわかりきったことだった。
今回もまあ、同じようなものだ。
只々気分が沈んで行く。





タカハシは1週間ぶりに外に出た。行き先は決めていない。
適当に地下鉄に乗り、赴くままに移動する。何故か渋谷に居た。
今思い返しても普段行くことのない渋谷に行ったことが不思議で仕方がない。

適当にぶらつく。欲しいものも金もないくせに。
レコード屋、洋服屋、楽器屋を見て回ったが、何も購入しない。
ラーメンを食べる。17時ぐらいになっていたが、まだ帰るのは早いと思っていた。





面倒なものを見つける。
小柄な女と、男が何やら話している。
どうやらタチの悪いナンパのようだ。
当然のように誰も立ち止まらない。

タカハシは困っている人を見ると放って置かない性格だった。
「放って置けない」のではなく「放って置かない」。
自分がこれ以上惨めになるのはゴメンだ。その恐怖に比べたら怖くもなんともない。

「ちょっとさ、辞めたら」
振り向くと一瞬惚けに取られたその目が睨み返す。体格の良い男だ。
取っ組み合いになってもタカハシが簡単に負けるだろう。
タカハシの表情は変わらない。
表情一つ変えずに右手にタクティカルペンを握る。その上腕部には薄くなった薔薇の刺青が見える。

なんとなく、イカれてるとでも思われたんだろう。
単純に面倒くさかっただけかもしれない。
「ちっ」
舌打ちをしながら男が去って行く。

内心ホッとしていたが、女を一瞥すらせず立ち去る。
助けたつもりもない。女のことなんてタカハシにとっては心底どうでも良いのだ。
からまれるぐらいだから自己防衛のできない馬鹿なのだろうとさえ思った。
この前タクシーに車椅子を載せるのに手間取っているお婆さんを手伝った。それと同じことだ。




これも不思議なのだが、何故か普段は絶対に行かないであろうファッションビルに入った。
ここでタカハシの運命は変わる。
いや、そもそも運命だから入ったのか。

服に興味がなかったので最上階の物産展に行った。
ふとタバコが吸いたくなった。
一番喫煙所がありそうな屋上がすぐそこだ。
この時タカハシは禁煙外来に通っており、1週間はタバコを吸って良かった。
その日は医者から喫煙の許可がある最後の日だった。
偶然がいくつか重なる。

屋上に出る。何やら騒がしく、人だかりができている。
少しも意に介さず近くにいた人に尋ねる。今思えばどう見ても店員ではなかった。
「喫煙所ってありますかね?」
「あー、ないです。ここは館内にないですね」
タカハシは礼を述べると肩を落とす。
ベンチがあったので座りながらアプリで気怠そうに喫煙所を探す。
音楽がかかり何やら始まったようだが、気にもしなかった。

近くで小さな子供が母親にぐずっていた。
「見えなーい」
「私が抱っこしてみましょうか?」
不審者も同然だが、心が弱っていたせいだろう、タカハシは子供が好きなのだ。声を掛けた。
「お子さん連れはこちらで見れますよ」
さっきタカハシが喫煙所の場所を訪ねた人だ。
どうやらライブが行われていて、そのスタッフらしい。

母親に会釈をすると、ふと目をやる。
ステージでバンドが演奏している。
とりわけボーカルが目を引く。小さな女がギターを抱えて歌っていた。
「・・・上手いな・・・・・」

素直に感心した。実際は上手いというより、独特の甘ったるいような掠れ声が鮮烈に残る。
女性なのに昔のブルースマンやソウルシンガーっぽかった。

服装に既視感を覚える。お腹が露出したシャツに古着の太いデニムを履いて、足元はチェルシーブーツだ。
「あれ?」
「さっきの女?」

鈍りきった頭が少し明るくなる。
気が付くと最後までステージを見ていた。
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