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心を癒す炎の煌めき
後編:心を癒す炎の煌めき
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* * * *
木製の椅子に腰かけた少女は、浮かない顔をしていた。
左足首が腫れ上がっているが、少女の表情が暗いのは痛みのせいばかりではない。
見慣れない魔法道具が雑多に置かれた木製の部屋で、感じているのは未知への不安。
「魔法での治療は、初めてですか? 大丈夫、何も怖がらなくて良いですよ。すぐに済みますから」
白いローブを羽織った青年――ヒースは、少女の足首に両手をかざす。
その手がほんの仄かに青白い光を纏うと同時に、少女の足首の腫れがみるみるうちに引いていった。
少女は目を丸くして、足首を回すように動かしてみる。
「痛く……ない……?」
「もう大丈夫ですよ。これで治療は終わりです。お疲れさまでした」
少女はその場で跳んでみたり、足踏みをしたりしてみたが、さっきまで痛んでいたのが嘘のように治っていた。
「ありがとうございます! 大会が近いので、どうしてもすぐに治したくて……整形外科の先生から、ここを紹介されたものですから……来て良かったです! 本当に、ありがとうございます!」
朗らかな顔でペコリと頭を下げる少女に、ヒースは穏やかな表情で頷いて見せる。
「お役に立てて、良かったです」
「魔法での治療は初めてだったんですけど……凄いんですね、魔法って。はじめから、こちらに来た方が良かったでしょうか」
「いいえ、場合によっては関節が変形したままになってしまったり、骨が変なくっつき方をしてしまうこともあるので、こちらから整形外科や接骨院を勧めることもありますよ。魔法と言っても万能ではありませんし、私もまだまだ修行中の身ですから」
魔法に出来て、医療には出来ないことがある。医療に出来て、魔法に出来ないこともある。
魔法でも医療でも出来ることもあれば、魔法にも医療にもどうしようもないこともある。
科学と魔法は互いに補い合い、文明を向上させる両輪なのだと、ヒースは常々感じていた。
その車が、誰も苦しまなくて済む社会へ向かっていることを願いながら、目の前の少女を見つめる。
その少女の目線がいつのまにか、自分の胸元に向けられていることに気づいた。
「綺麗なペンダントですね。魔法使いの方は、皆そういうペンダントをつけている気がするんですけど……何か意味があるんですか?」
煌めきのクリスタルオーブから取り出した癒しの魔石が、今はヒースの胸元に輝いている。
身につけなくとも魔法は使えるのだが、魔石を身につける事で、よりスムーズに魔力を操ることが出来た。
けれど魔石の効果を一般人に知らせることは、魔術師の法に抵触する気がする。
「これは、お守りみたいなものですよ。精霊の加護をよりその身に受けられるようにという、おまじないのようなものです」
少し考えて、当たり障りのない言葉を選んだヒースだったが、少女はそれで納得したようだ。
最後にもう一度お礼を口にして、部屋を出ていった。
治療術師としての生活も悪くないと、ヒースは思っていた。
苦労して手にした、自分の資質に合うものとして授かった力だ。それはそれなりに、愛着があった。
それに治療術師の資質を持つ者は、それほど多くは無い。今自分が廃業すれば、困る人が少なからず出る。
あんたの治癒魔法でなければダメだと、足しげく通う腰痛持ちの老人がいた。
通える距離にある魔法治療院はここだけだからと、頼りにしてくれる人たちが居た。
そうして出来たしがらみも、そう悪いものだとは思わない。
今さらこの道を降りるのは、その人達に対する裏切りだろうとも思うと、この仕事を辞める気にはなれなかった。
けれど……心のどこか、火が消えたような感覚を、ヒースは感じていた。
火炎術師になる道を絶たれ、癒しの魔石を授けられた、あの日から。
今だから、思う。
きっと、誰かを笑顔にしたいとか、誰かの憂いを吹き飛ばしたいなんて、体の良い綺麗ごとで。
自分は純粋に、火が、炎が、好きだったのだろうと。
闇を照らす火が。熱を宿し、周囲に放つ火が。温かさを感じる火が。
自分はただ、好きだったのだ。
火に関わらない生活をしている我が身を思い、向いていることと好きなことは違うのだと、改めて思う。
たとえ治療術師に、自分は向いていたとしても……それが純粋に好きなわけでは、ないのだろう。
浄火祭がくるごとに、その趣を楽しみながらも、どこか届かなくなった憧れを見つめるような気持ちを感じていた。
今年もまた、もうすぐ浄火祭の時期だ。
花火が上がり、火炎術師の演技を見て……
――花火、か……。
その時、ヒースは心の中に、再び火が灯るのを感じた気がした。
* * * *
「お、今年も来たな!」
「今年のそれは、尺玉か。本業は治療術師だろう!?」
「癒しの花火ってやつか!」
浄火祭の花火打ち上げ会場。
昼間から準備をしていた花火師たちが、ヒースの姿を見て口々に声をかける。
「おかげさまで、ようやく師匠の許可が降りたんですよ。初めて自分で作った、尺玉です。上手く出来てると良いんですけど……」
「そこは打ち上げてみないと、わからんよなぁ」
筒を設置し、玉を込めるヒース。
趣味で花火を打ち上げ始めて6年になるが、まだまだイメージ通りの花火を作るのは難しかった。
花火作りは、芸術だ。花開いた時の色や形を想像して作りながら、それがイメージの通りに花開いてくれるかは、打ち上げてみるまでわからない。
魔術師同士の人付き合いをほとんど絶ち、フリードと会うのも年に2回程度の生活をしながら、ヒースは仕事以外の時間を花火作りとその打ち上げに費やしていた。
こんな生活では、プライベートで人との交流がなくなってしまうかもしれないが、それでも構わない――
そんな気持ちで打ち込み始めた花火作りと打ち上げだったが、代わりに花火師たちとの交流が生まれたことを思うと、人との交流というのはなかなか絶つことが出来ないものらしい。
ヒースの師匠はと言えば、身長の二倍以上ある打ち上げ筒の準備をしていた。
「玉貼り三年、星掛け五年。はじめは他の仕事の片手間に花火師をやろうなんて、甘いもんじゃねぇって追い返そうとしたんだが……どうしても教えて欲しいって、きかなかったしな。しかも火薬の調合から始めようとは」
「本当、無理言ってすみません。ありがとうございます」
「今年の一番手はお前だ。前座ってやつだな。くれぐれも事故の無いよう、気をつけろよ」
設置が終わり、辺りが暗くなると共に、花火師たちの緊張感が高まっていく。
事故がないように、無事に打ちあがるように、それは切実な祈りの時間に似ていた。
打ち上げる準備をしながら、ヒースは祭り会場に集まる人たちのことを頭に思い描いていた。
浄火祭を楽しむ、家族連れや、恋人たち。
もしも自分も花火に入れ込むことがなかったら、あちらで祭りを楽しむ側にいたのだろうか。
仕事明けに魔術師の仲間と酒を飲んだり、人並みに恋愛を楽しんだり、家族が出来たり、子供が生まれたりして……一緒に浄火祭で空を見上げる。例えばそんな未来も、あったのだろうか。
けれどその生活では、心に火は灯らなかったのではないかと、ヒースは思う。
自分の居場所は、確かに、ここだった。
ここ以外ではなく、確かに。
「よし、祭りの始まりだ……いけ、ヒース!」
師匠の合図とともに、ヒースは花火を打ち上げる。
自分のわがままで、好きで打ち上げる花火が。
それでも誰かの楽しさに、幸せに、少しでも繋がることを願って。
それは浄火祭の演出の中のほんの一部でしかなく、ほんの一瞬の煌めきでしかない。
それでも自分の幸せのためにやっていることが、一瞬でも、ほんの少しでも、誰かの心に明かりを灯すことに繋がるなら。
それは、何よりの幸せなのではないだろうか。
夜空に、光の花が咲く。
ヒースの胸には癒しの魔石が、ほのかな煌めきを放っていた。
END
木製の椅子に腰かけた少女は、浮かない顔をしていた。
左足首が腫れ上がっているが、少女の表情が暗いのは痛みのせいばかりではない。
見慣れない魔法道具が雑多に置かれた木製の部屋で、感じているのは未知への不安。
「魔法での治療は、初めてですか? 大丈夫、何も怖がらなくて良いですよ。すぐに済みますから」
白いローブを羽織った青年――ヒースは、少女の足首に両手をかざす。
その手がほんの仄かに青白い光を纏うと同時に、少女の足首の腫れがみるみるうちに引いていった。
少女は目を丸くして、足首を回すように動かしてみる。
「痛く……ない……?」
「もう大丈夫ですよ。これで治療は終わりです。お疲れさまでした」
少女はその場で跳んでみたり、足踏みをしたりしてみたが、さっきまで痛んでいたのが嘘のように治っていた。
「ありがとうございます! 大会が近いので、どうしてもすぐに治したくて……整形外科の先生から、ここを紹介されたものですから……来て良かったです! 本当に、ありがとうございます!」
朗らかな顔でペコリと頭を下げる少女に、ヒースは穏やかな表情で頷いて見せる。
「お役に立てて、良かったです」
「魔法での治療は初めてだったんですけど……凄いんですね、魔法って。はじめから、こちらに来た方が良かったでしょうか」
「いいえ、場合によっては関節が変形したままになってしまったり、骨が変なくっつき方をしてしまうこともあるので、こちらから整形外科や接骨院を勧めることもありますよ。魔法と言っても万能ではありませんし、私もまだまだ修行中の身ですから」
魔法に出来て、医療には出来ないことがある。医療に出来て、魔法に出来ないこともある。
魔法でも医療でも出来ることもあれば、魔法にも医療にもどうしようもないこともある。
科学と魔法は互いに補い合い、文明を向上させる両輪なのだと、ヒースは常々感じていた。
その車が、誰も苦しまなくて済む社会へ向かっていることを願いながら、目の前の少女を見つめる。
その少女の目線がいつのまにか、自分の胸元に向けられていることに気づいた。
「綺麗なペンダントですね。魔法使いの方は、皆そういうペンダントをつけている気がするんですけど……何か意味があるんですか?」
煌めきのクリスタルオーブから取り出した癒しの魔石が、今はヒースの胸元に輝いている。
身につけなくとも魔法は使えるのだが、魔石を身につける事で、よりスムーズに魔力を操ることが出来た。
けれど魔石の効果を一般人に知らせることは、魔術師の法に抵触する気がする。
「これは、お守りみたいなものですよ。精霊の加護をよりその身に受けられるようにという、おまじないのようなものです」
少し考えて、当たり障りのない言葉を選んだヒースだったが、少女はそれで納得したようだ。
最後にもう一度お礼を口にして、部屋を出ていった。
治療術師としての生活も悪くないと、ヒースは思っていた。
苦労して手にした、自分の資質に合うものとして授かった力だ。それはそれなりに、愛着があった。
それに治療術師の資質を持つ者は、それほど多くは無い。今自分が廃業すれば、困る人が少なからず出る。
あんたの治癒魔法でなければダメだと、足しげく通う腰痛持ちの老人がいた。
通える距離にある魔法治療院はここだけだからと、頼りにしてくれる人たちが居た。
そうして出来たしがらみも、そう悪いものだとは思わない。
今さらこの道を降りるのは、その人達に対する裏切りだろうとも思うと、この仕事を辞める気にはなれなかった。
けれど……心のどこか、火が消えたような感覚を、ヒースは感じていた。
火炎術師になる道を絶たれ、癒しの魔石を授けられた、あの日から。
今だから、思う。
きっと、誰かを笑顔にしたいとか、誰かの憂いを吹き飛ばしたいなんて、体の良い綺麗ごとで。
自分は純粋に、火が、炎が、好きだったのだろうと。
闇を照らす火が。熱を宿し、周囲に放つ火が。温かさを感じる火が。
自分はただ、好きだったのだ。
火に関わらない生活をしている我が身を思い、向いていることと好きなことは違うのだと、改めて思う。
たとえ治療術師に、自分は向いていたとしても……それが純粋に好きなわけでは、ないのだろう。
浄火祭がくるごとに、その趣を楽しみながらも、どこか届かなくなった憧れを見つめるような気持ちを感じていた。
今年もまた、もうすぐ浄火祭の時期だ。
花火が上がり、火炎術師の演技を見て……
――花火、か……。
その時、ヒースは心の中に、再び火が灯るのを感じた気がした。
* * * *
「お、今年も来たな!」
「今年のそれは、尺玉か。本業は治療術師だろう!?」
「癒しの花火ってやつか!」
浄火祭の花火打ち上げ会場。
昼間から準備をしていた花火師たちが、ヒースの姿を見て口々に声をかける。
「おかげさまで、ようやく師匠の許可が降りたんですよ。初めて自分で作った、尺玉です。上手く出来てると良いんですけど……」
「そこは打ち上げてみないと、わからんよなぁ」
筒を設置し、玉を込めるヒース。
趣味で花火を打ち上げ始めて6年になるが、まだまだイメージ通りの花火を作るのは難しかった。
花火作りは、芸術だ。花開いた時の色や形を想像して作りながら、それがイメージの通りに花開いてくれるかは、打ち上げてみるまでわからない。
魔術師同士の人付き合いをほとんど絶ち、フリードと会うのも年に2回程度の生活をしながら、ヒースは仕事以外の時間を花火作りとその打ち上げに費やしていた。
こんな生活では、プライベートで人との交流がなくなってしまうかもしれないが、それでも構わない――
そんな気持ちで打ち込み始めた花火作りと打ち上げだったが、代わりに花火師たちとの交流が生まれたことを思うと、人との交流というのはなかなか絶つことが出来ないものらしい。
ヒースの師匠はと言えば、身長の二倍以上ある打ち上げ筒の準備をしていた。
「玉貼り三年、星掛け五年。はじめは他の仕事の片手間に花火師をやろうなんて、甘いもんじゃねぇって追い返そうとしたんだが……どうしても教えて欲しいって、きかなかったしな。しかも火薬の調合から始めようとは」
「本当、無理言ってすみません。ありがとうございます」
「今年の一番手はお前だ。前座ってやつだな。くれぐれも事故の無いよう、気をつけろよ」
設置が終わり、辺りが暗くなると共に、花火師たちの緊張感が高まっていく。
事故がないように、無事に打ちあがるように、それは切実な祈りの時間に似ていた。
打ち上げる準備をしながら、ヒースは祭り会場に集まる人たちのことを頭に思い描いていた。
浄火祭を楽しむ、家族連れや、恋人たち。
もしも自分も花火に入れ込むことがなかったら、あちらで祭りを楽しむ側にいたのだろうか。
仕事明けに魔術師の仲間と酒を飲んだり、人並みに恋愛を楽しんだり、家族が出来たり、子供が生まれたりして……一緒に浄火祭で空を見上げる。例えばそんな未来も、あったのだろうか。
けれどその生活では、心に火は灯らなかったのではないかと、ヒースは思う。
自分の居場所は、確かに、ここだった。
ここ以外ではなく、確かに。
「よし、祭りの始まりだ……いけ、ヒース!」
師匠の合図とともに、ヒースは花火を打ち上げる。
自分のわがままで、好きで打ち上げる花火が。
それでも誰かの楽しさに、幸せに、少しでも繋がることを願って。
それは浄火祭の演出の中のほんの一部でしかなく、ほんの一瞬の煌めきでしかない。
それでも自分の幸せのためにやっていることが、一瞬でも、ほんの少しでも、誰かの心に明かりを灯すことに繋がるなら。
それは、何よりの幸せなのではないだろうか。
夜空に、光の花が咲く。
ヒースの胸には癒しの魔石が、ほのかな煌めきを放っていた。
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