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一話完結物語

明るい大凶、不運な大吉

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 おみくじを引いたら、大凶だった。
 失せもの、出でず。願望、かなわず。争いごと、わろし。旅立ち、わろし。縁談、わろし…
 わろし、わろしで、わらうしかない。
 そりゃあ、争いなんかしないに越したことないんだから、争いごとはわろしでしょうよ!?

 とはいえ占いなんて、当たるも八卦、当たらぬも八卦。
 ただのアトラクションだからね! 大凶を引いたっていうこと以外、何も悪いことなんておこらないかもしれないし!
 だいたい、たまたま引いただけの紙に、これからの運命やとるべき行動が示唆されているなんて、非科学的でナンセンスだーッ!!
 
 ……と、自分に言い聞かせてはみたものの、気分は良くない。
 あーあ、わざわざバスを乗り継いで遠くの大きな神社まで来たのに、大凶かぁと思いながら、トボトボと広い神社の出口へ向かう。
 一緒に来るはずだった友達には、ドタキャンされるし。なんかもう、ここに来たことが既に大凶だったんじゃないか。

――まぁでも、今が一番悪い運気ってことは、これから上がるってことだよね!

 ドタキャンはされたけど、一人歩きも気楽で良いものだし。
 気をとりなおして、これから一年頑張ろうっと!

 それにしても、凄い人混みだ。
 皆、初詣だからって気合入れ過ぎなんじゃないか。私もだけどさ。
 気をつけないと、ただでさえ大凶なんだし、人にぶつかったら大変なことになるかもしれない。
 転んだり、怪我したり、挙句の果てに「骨が折れたから慰謝料を払え」なんて因縁つけられるに違いない。
 念のため、お守り買っておこうかな……。

 神社を抜けた後も、油断するわけにはいかなかった。
 人混みは抜けたけれど、足元に落ちてる犬の糞でも踏んだら、大変だ。気をつけて歩かないと……
 あ、でも、ウンを踏んだら運がついてきたりするかしら。
 いやいや、そんな馬鹿な。踏むこと自体が、不運なのでは。
 あ、でもそこで不運を使い果たしてしまえば、その後幸運が舞い込んだり…?

 そんなことを考えながら歩いていたら、道端に財布が落ちているのを見つけた。
 使い込まれた様子の、茶色い長財布。手に持ってみると、確かな重みを感じる。
 あたりを見回してみるけれど、財布の持ち主らしき人が近くにいる様子はなかった。
 どうしよう……一応、中を確認してみようか……
 そう思い、財布を開けてみる。
 身分証やクレジットカードは入っていないようだけれど、お札がギッシリ何枚も。
 やばい……大金だ……!

 これは、もしかしたら神様が大凶の私にくれた、プレゼントなのでは!?

 いやいや待て待て、落ち着け私。そんなわけないだろう、私。
 ネコババなんてしたら、きっとバチが当たる。
 具体的にいうと……罪悪感で押しつぶされるとか、鬱になるとか、遺失物横領罪で捕まるとか、運気が余計下がるとか、寝ている間に蜘蛛を食べてしまうとか……そんなバチが。
 むしろこれは、神様に試されているのでは!?
 そう、ここでネコババしないことによって、悪い誘惑を乗り越えた私の運気が超絶アップするとか!
 これは、そういう試練に違いない!

 それに……きっと、落とした人は困っているはずだ。
 それを考えたら、警察に届けないわけにはいかない。

 ケータイで近くの交番を調べてみると……三キロメートル。結構遠いなぁ。
 まぁでも、いくしかないか!
 良いことするのは、気持ちがいいし!


 * * * *


 無事交番に届けて、落とし物記入表とやらに住所や名前を書くと、しばらく待たされた後で控えをくれた。
 お礼の連絡? 報労金? いえいえ、名乗るほどのものではありませんよッ!

 それにしても、ずいぶん時間が経っちゃったなぁ。
 でもケータイで時刻表を調べたところ、今から帰ればスムーズにバスを乗り継いで帰れる時間だ。
 時間によっては三十分以上待つことになるし、近くに時間を潰せそうなお店も無い。
 バスの時間に間に合うよう、まっすぐ帰らなきゃ……

 そう思っていた矢先に、道の向こうから歩いてきた老人に呼び止められた。
 短髪で背筋のしゃんとした、しゃがれ声の老人。
 髪の短いおばあちゃんに見えるけど…なで肩で優しい口調の、おじいちゃんかもしれない。
 ちょっと見た目や喋り方では、判別できない。

「初詣の帰りかい?」
「ええ、そうですけど」
「そのお守り、そこで買って来たんでしょう?」

 老人は、私が鞄につけていたお守りを指した。
 大凶の不運避けにと思って買ったお守り。

「そうなんですよ。あそこの八幡様にお参りに行ってきたところで」

 私が神社の方向を指さすと、老人は顔をくしゃくしゃにして笑みを浮かべた。

「そうでしょう、そうでしょう。あそこはこの辺で、一番大きい神社だからねぇ。
 わたしも昔から、毎年初詣はあそこに行っているんだよ」
「そうなんですね」
「そうそう、そりゃあ昔から初詣には賑わったものでねぇ。そもそも、あの神社の由来は……」

 あ、これは長くなるやつだ。
 そう思ううちにも、老人の話は続く。
 バスの時間があるので、そろそろ……と、口を挟む隙も無い。
 こちらは頷くのが精いっぱいの、スローペースなマシンガントーク。
 老人の話は神社の話から、昔あった戦争の話へ、家族の話へ、老人の家の猫の話へと続いていく。
 猫は子供を生み、親猫が二十一歳でその生涯を終えたところで話はクライマックスを迎え、冥福を祈るため八幡神社にお参りにいったところでエンディングを迎えた。

「……というわけで、あの神社はわたしにとって、ずいぶん思い入れのある神社なんだよ。
 おっと、ごめんなさいね。ずいぶん話し込んで、引き止めてしまった」
「いえいえ、では私はバスの時間があるので、これで!」

 颯爽と歩き出す私。でも、ちょうどいいバスの時間には……間に合わないなぁ。

「気をつけてね!」

 笑顔で手を振ってくれる老人に、手を振り返す。
 寒空の下、体はすっかり冷えてしまったけれど。
 それでも老人の笑顔に、心が温まるのを感じる。
 
 もしかしたらあの老人は、ただ、話し相手が欲しかったのかもしれない。
 話の内容よりも、誰かと言葉を交わすその時間を、大切にしたかったのかもしれない。
 私と過ごしたその時間が、あの人にとって良い時間だったらいいなとか、ちょっと思い上がった気持ちを抱きながら、バス停へ急ぐ。
 バスには間に合いそうにないけれど。
 戦争中の話とか、昔の結婚の話とか、貴重な話も聞けたし、結果オーライ!


 バス停についてみると、案の定、ちょうどいいバスは無かった。
 むしろ、ついさっき出てしまったばかりで……四十分待ちかぁ……。
 自動販売機で温かいお茶を買ってベンチで飲みながら、ぼんやり過ごす。

 夕焼けが、綺麗だった。
 いつもならケータイでゲームをしたり、漫画や小説を読んだりするところだけれど、今はただ静かに過ごしたい気分だった。
 思えばこうしてぼんやりと静かな時間を過ごすのは、いつぶりだろうか。
 何もしない、静かな時間が。
 何にも追われることのない時間が、とても贅沢なものに感じられる。

 人によっては、何もしないこの時間を、無駄な時間と思うのかもしれない。
 けれど、無駄と贅沢は、何が違うのだろう。
 ただただ夕日を眺めるこの時間が、心の安らぎをくれるのなら。
 それによって、あぁ、生きてるって良いなぁと思えたり、忙しい日々を乗り切る気力を得られるのなら。
 その感覚を得るためにじっくり時を使うこの時間は、やはり無駄ではなく、贅沢なのではないだろうか。

 ……一年の計は、元旦にありッ!
 もしかしたらこの一年、私はすごく贅沢で安らかな一年を過ごせるのではないだろうか!?
 大凶なんて、アテにならない。お守りの力で、どこかへ飛んでいってしまったのかもしれない!
 今日は一日、良い日だった!

 バスを降りてから家に向かって歩いている途中、車が盛大に水たまりの水を浴びせてきたけど、あとは帰るだけだから問題ない! 汚れたなら、洗えばいいのさ!
 むしろ、出かける途中じゃなくて良かった……私はなんてツイてるんだろう!
 空にはオリオンの三ツ星が、幸運の星のように、輝いていた。


 * * * *


 お風呂に入って着替えを済ませ、遅めの夕食を食べようとリビングへ行くと、弟もご飯を食べているところだった。
 そういえば、友達と隣町へ初詣に行くと言っていたっけ。彼も帰りが遅くなったんだな。
 両親は自室でくつろいでいるらしく、リビングには他に兄がテレビを見ているだけだ。

「遅かったじゃないか。どこかで晩飯でも食って来たのか?」
「色々あってね、ご飯はこれから。でも、良い一日だったよ」
「そりゃ良かったな。俺も一日くつろげて、良い一日だったわ」

 ご飯を食べ始めて、気づく。
 弟が、終始無言だ。押し黙ったまま、疲れたような、怒っているような、暗いオーラを放っている。

「……何か疲れてるみたいだけど、何かあったの?」

 私の問いに、弟は待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「それがさぁ、最悪だったんだよ。初詣に一緒に行くはずだった友達から、ドタキャンされてさぁ」

 あぁ、わかるわかる。あるよねそういうの。というか、今日の私もまさにそれだ。

「仕方がないから一人で行ったんだけど、一人で行ってもつまんねーし。
 それで、帰りに財布が道に落ちてるのを見つけてさぁ……」

 え、何その偶然。私もなんだけど。
 ちょっと笑いそうになってしまう私の横で、兄がからかうように口を挟む

「良かったじゃないか、財布を拾うなんて。で、いくら儲けたんだ?」
「盗ったりするかよ。ちゃんと交番まで持っていったわ」

 お、我が弟ながらしっかりしておる。それにしても、偶然だなぁ。

「でも、良かったじゃん。交番へ持って行ったなら、持ち主のところに帰るかもしれないし。後でお礼、もらえるかもよ?」
「全然よくねーよ。オレがその財布を交番に届けるのに、どんだけ歩いたと思ってんだよ。本当、最悪。
 お礼とか、個人情報を知らない人に渡すの怖いから、要りませんって帰って来たわ。
 しかもさぁ、さぁ帰ろうと思ったらなんか知らない爺さんに呼び止められて、延々長話聞かされるしさぁ……」

 えぇー、そんな偶然、ある……?

「挙句の果てに、車に水たまりの水はひっかけられるし! もう、本当ツイてない、最悪……最っ悪の一日だった!
 一年の計は元旦にありとか言うじゃん! オレの今年、マジで終わったわ……」
「まぁまぁ、そう腐らないで」
「お前にオレの気持ちがわかるか!」
「うーん、まあ、なんていうか……わかるというか、わからないというか……偶然って、あるものだねぇ……」

 私は、私の一部始終を話した。
 弟は信じられないと言うように呆けた顔になり、兄は興味深いというような笑みを浮かべている。

「そりゃあ凄いな、偶然ってあるものだな」
「いや、本当に、良い話のネタが出来たわ。それだけでも儲けもんじゃない?」

 ここまでくると、それだけで笑える話だと思うんだけど、弟は相変わらず浮かない顔だ。
 
「でも、なんつーか、オチの無い身内ネタな気もするしなぁ……」
「その分だと、あれでしょ? おみくじも大凶だったんでしょ?」

 私の問いかけに、弟は首を振る。

「いや、大吉だったよ。おみくじだけは良かった。何か、余計むなしくなるわ……」
「なんで、そこだけ外してくるの!? おかしくない!? ここまで来たら、全部偶然で揃えようよ!」
「そんなんオレが知るかよ!」
「それにしても、ここまで一日の出来事が一致する事、ある!? 本当、すごい偶然じゃない!?」

 笑う私と、不機嫌そうに溜息をつく弟。
 そんな私達を見て、兄がクツクツと笑いながら、愉快そうにつぶやいた。

「なんつーか、お前ら本当……大吉と大凶って感じだな」
「「どういう意味!?」」

 何か皮肉を込められた感じがして癪だけれど、一日楽しかったからよしとしよう。
 それにしても、人生は楽しい。
 思えば、これまでもずっと。きっと、これからも、ずっと。
 私の人生、たとえ大凶だろうが、大吉だ!
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