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一話完結物語
幸せを売る魔道具商人
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その村の人々は、幸せだった。
作物を育て、動物と共に過ごし、時には動物に糧になってもらいながら、のんびりと過ごしていた。
自然の恵みを天地からの贈り物だと感じながら、生も死も、老いも病も受け入れて、天地と共に生きていた。
豊かな自然環境の中、自給自足の生活にそれほど労力はかからない。
空いた時間は、皆思い思いに過ごしていた。仲間と語り合う者、歌や踊りに精を出す者もいれば、ぼんやりと空想にふける者もいた。
皆、満ち足りた気持ちで日々を過ごしていた。
ある時その村に、護衛を引き連れ荷車を引いて、異国の商人達が訪れた。
「そんな生活で満足ですか? もっと幸せになりたくはありませんか?」
村人達は、今も幸せだと答えた。
商人の一人が頷き、荷物の中から水晶玉を取り出し、呪文を唱えた。
次の瞬間、村人たちから驚きの喚声が上がった。水晶玉の上に、鮮明な海の映像が映し出されたから。
商人が呪文を唱える度に、映像は切り変わっていく。見たこともない動物、賑わう異国の町。
「面白いでしょう? この魔法の水晶は、世界中の映像を映し出すことが出来るのです。
これがあれば、貴方達の生活はもっと幸せなものになりますよ」
村人たちの一部は、水晶玉を求めた。商人は対価に保存の効く食料や家畜を要求した。
水晶を手に入れた村人は興奮し、確かにこれがあれば今までより幸せになれると思った。
商人達は満足げな笑みを浮かべて去っていった。
次に商人達が訪れた時、村人達は商人に群がった。
前に水晶玉を求めなかった者も、みんな水晶玉を求めていた。
それを持っている人が楽しそうに使うのを見て、羨ましくなったのだ。
商人達は水晶玉だけではく、新たな品も宣伝した。
「これは魔法の箒で、箒にまたがり宙に浮くことが出来るのです」
村人から歓声が上がり、皆がその箒を欲しがった。
商人達が求めた食料と家畜の量はかなりのものだったが、出せない量では無い。
村人達は、より幸せな生活が出来ると希望を抱いた。
商人達は満足げな笑みを浮かべて去っていった。
次に商人が訪れた時、今度は何を持ってきたのだろうと、村人達は商人達に期待を寄せていた。
「これは魔法の薬で、どんな病気も治すことが出来るのです。どなたか病気の方はいませんか?」
商人が薬を使って見せると、病人はたちどころに元気になった。
村人達は多くの食料を薬と交換しようとしたが、商人達はそれを断った。
「私達の国の魔法道具を使えば、食料の収穫量を増やすのは簡単です。いまや食料の価値は低いのです。
代わりに土地を頂けませんか?
魔法道具工場を作って、貴方達に働いてもらい、水晶や薬を作るのです」
商人は村人達から土地を貰い、薬を渡した。
薬は、消耗品だ。魔法の水晶や箒も、壊れないわけではない。
人々は魔法道具を求め、その度に対価として畑だった土地を商人に渡し、魔法道具工場で働くようになった。
「いつまでも物々交換では不便です。
労働の証に“貨幣”というものを導入しましょう。
働いたことの価値の証です。これを食料や魔法道具と交換出来ることにしましょう」
商人はそれからも様々な商品を持ってきては、村人達にそれを勧めた。
魔法の服。魔法の杖。魔法のカンテラ。
改良された、より良い魔法道具も出回った。
村人たちは働き、貨幣と魔法道具や生活必需品を交換した。
魔法道具は村人達にとって、無くてはならないものになっていた。
魔法道具の無い生活は、もはや村人達にとって不幸なものだった。
商人達は村に工場を建てることを勧め、労働力を求める。
村から畑が減り、たくさんの工場が立った。
工場をまとめるものが商人に雇われ、他の者よりも少し多く対価がもらえた。
村人の間に格差が生まれ始める。
やがて村人同士のやりとりにも、貨幣が使われるようになっていった。
自ら商売を始める者も現れ、格差はより広がっていった。
土地を失い家畜を失った人々に、自給自足の生活を営むことはもう出来ない。
人々は便利な生活を維持するため工場へ働きに行き、朝から晩まで働いた。
働かなければならない。働かなければならない。
幸せを、手にするために。
便利さを手放さないまま、生きていくために。
人々から、笑顔が消えていく。
なぜ普通に生活するだけで、こんなに苦労しなくてはならないのだろう。
世界の形を、憎むものさえ現れた。
かつて天地と共に生きた民にとって、もう天地は味方では無かった。
かつて幸せに満ちていた人々は、いつしか幸せを失っていた。
商人達は村人達に作らせた魔法道具を、他の村へと売りさばく。
村人達に払った富より、自分達が商品を売って得る分の富が多くなるように。
計算高く、計算高く。
商人達の国は、村人達の国とは比べ物にならないほど栄えていた。
自分達の国でより良い生活をするためには、より多くの富が必要なのだ。
「これがあれば、貴方達の生活はもっと幸せなものになりますよ」
そんな殺し文句と共に。
商人達は今日も、魔法道具を売り歩く。
END
作物を育て、動物と共に過ごし、時には動物に糧になってもらいながら、のんびりと過ごしていた。
自然の恵みを天地からの贈り物だと感じながら、生も死も、老いも病も受け入れて、天地と共に生きていた。
豊かな自然環境の中、自給自足の生活にそれほど労力はかからない。
空いた時間は、皆思い思いに過ごしていた。仲間と語り合う者、歌や踊りに精を出す者もいれば、ぼんやりと空想にふける者もいた。
皆、満ち足りた気持ちで日々を過ごしていた。
ある時その村に、護衛を引き連れ荷車を引いて、異国の商人達が訪れた。
「そんな生活で満足ですか? もっと幸せになりたくはありませんか?」
村人達は、今も幸せだと答えた。
商人の一人が頷き、荷物の中から水晶玉を取り出し、呪文を唱えた。
次の瞬間、村人たちから驚きの喚声が上がった。水晶玉の上に、鮮明な海の映像が映し出されたから。
商人が呪文を唱える度に、映像は切り変わっていく。見たこともない動物、賑わう異国の町。
「面白いでしょう? この魔法の水晶は、世界中の映像を映し出すことが出来るのです。
これがあれば、貴方達の生活はもっと幸せなものになりますよ」
村人たちの一部は、水晶玉を求めた。商人は対価に保存の効く食料や家畜を要求した。
水晶を手に入れた村人は興奮し、確かにこれがあれば今までより幸せになれると思った。
商人達は満足げな笑みを浮かべて去っていった。
次に商人達が訪れた時、村人達は商人に群がった。
前に水晶玉を求めなかった者も、みんな水晶玉を求めていた。
それを持っている人が楽しそうに使うのを見て、羨ましくなったのだ。
商人達は水晶玉だけではく、新たな品も宣伝した。
「これは魔法の箒で、箒にまたがり宙に浮くことが出来るのです」
村人から歓声が上がり、皆がその箒を欲しがった。
商人達が求めた食料と家畜の量はかなりのものだったが、出せない量では無い。
村人達は、より幸せな生活が出来ると希望を抱いた。
商人達は満足げな笑みを浮かべて去っていった。
次に商人が訪れた時、今度は何を持ってきたのだろうと、村人達は商人達に期待を寄せていた。
「これは魔法の薬で、どんな病気も治すことが出来るのです。どなたか病気の方はいませんか?」
商人が薬を使って見せると、病人はたちどころに元気になった。
村人達は多くの食料を薬と交換しようとしたが、商人達はそれを断った。
「私達の国の魔法道具を使えば、食料の収穫量を増やすのは簡単です。いまや食料の価値は低いのです。
代わりに土地を頂けませんか?
魔法道具工場を作って、貴方達に働いてもらい、水晶や薬を作るのです」
商人は村人達から土地を貰い、薬を渡した。
薬は、消耗品だ。魔法の水晶や箒も、壊れないわけではない。
人々は魔法道具を求め、その度に対価として畑だった土地を商人に渡し、魔法道具工場で働くようになった。
「いつまでも物々交換では不便です。
労働の証に“貨幣”というものを導入しましょう。
働いたことの価値の証です。これを食料や魔法道具と交換出来ることにしましょう」
商人はそれからも様々な商品を持ってきては、村人達にそれを勧めた。
魔法の服。魔法の杖。魔法のカンテラ。
改良された、より良い魔法道具も出回った。
村人たちは働き、貨幣と魔法道具や生活必需品を交換した。
魔法道具は村人達にとって、無くてはならないものになっていた。
魔法道具の無い生活は、もはや村人達にとって不幸なものだった。
商人達は村に工場を建てることを勧め、労働力を求める。
村から畑が減り、たくさんの工場が立った。
工場をまとめるものが商人に雇われ、他の者よりも少し多く対価がもらえた。
村人の間に格差が生まれ始める。
やがて村人同士のやりとりにも、貨幣が使われるようになっていった。
自ら商売を始める者も現れ、格差はより広がっていった。
土地を失い家畜を失った人々に、自給自足の生活を営むことはもう出来ない。
人々は便利な生活を維持するため工場へ働きに行き、朝から晩まで働いた。
働かなければならない。働かなければならない。
幸せを、手にするために。
便利さを手放さないまま、生きていくために。
人々から、笑顔が消えていく。
なぜ普通に生活するだけで、こんなに苦労しなくてはならないのだろう。
世界の形を、憎むものさえ現れた。
かつて天地と共に生きた民にとって、もう天地は味方では無かった。
かつて幸せに満ちていた人々は、いつしか幸せを失っていた。
商人達は村人達に作らせた魔法道具を、他の村へと売りさばく。
村人達に払った富より、自分達が商品を売って得る分の富が多くなるように。
計算高く、計算高く。
商人達の国は、村人達の国とは比べ物にならないほど栄えていた。
自分達の国でより良い生活をするためには、より多くの富が必要なのだ。
「これがあれば、貴方達の生活はもっと幸せなものになりますよ」
そんな殺し文句と共に。
商人達は今日も、魔法道具を売り歩く。
END
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