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一話完結物語

嘘が残した想いの残滓

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 一つの広告が、老いた男の目にまった。

『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』

 この手の広告を見るのは、初めてではない。
 十年以上前に製品化されたその技術は、今や目新しくも何ともないものだ。
 しかし浮かぬ顔をしていた男は、その宣伝文句に目を輝かせた。

(その手が、あったか……!)

 男は妻に出かけることを伝えると、ロボット制作会社へ足を向けた。
 目的地を聞かれたら嘘をつくつもりだったが、妻が行き先を気にした様子はない。
 おおかた、趣味の仮想世界探索に出かけたとでも思われているのだろう。
 異世界探索体験機を使った虚構の世界の探索は、男にとって昔からの趣味だ。
 しかしこの日の男は、現実のことしか頭に無かった。

「広告を見て、自分のコピーを作りたいと思って来たんだが……」
「コピーロボット制作ですね。どうぞ、お座りになってください」

 受付の男が説明を始める。
 ロボットなんかで自分のコピーが作れるのだろうかと思っていた男だが、その心配は杞憂に終わった。
 コピーロボットがあまりにも忠実に、一人の人間を再現するものだったからだ。
 ロボットに必要ないと思える機能でさえ、人間にあるものは全て備えている。
 思考回路や行動の再現も完璧だ。

「しかしそうなると、ロボットの方も自分のことを本物だと思ってしまうんじゃ……?」
「その辺はこちらの資料にあるように、あくまでコピーとして調整させて頂きますし、ご本人様の命令には従うようになっております。
 犯罪行為は行えないようになっているので、反社会的な方のコピーは言動が変わってしまうこともありますが、ご了承頂ければと思います」
「幾分か善人になってしまうと言うわけか」

 男は自嘲する。別に犯罪に手を染めようとは思わないが、それでもロボットの方が優秀であるような気がした。

「一人の人間として生活して欲しいと思ってるんだが、ロボットだと周りにバレることは無いだろうか?」
「病院へ行くと分かってしまいますね。
 病気の再現率を調整したり、重大なケガを回避する機能をつけられますので、そこで調整して頂くことになります」

 男は頷き、念入りに打ち合わせをして、一人の人間として生活出来る形を作っていく。
 注文を済ませた後、ふと気になったことを男は口にした。

「このロボットに、心はあるのか?」
「最新の研究によって、主観的な意識は無いことが証明されました。
 身体の情報や脳内の電気信号を再現しただけで、心を持たないという意味では自動掃除ロボットと変わりません」
「……そうか」

 いっそ、心の存在まで再現されてくれれば良かったんだがな。 
 そう思いつつ、男は店を後にする。
 この計画が、上手くいってくれることを願いながら。



 数日後、完成したロボットを連れて男は帰路についた。
 家の近くまで来たところで、ロボットに命令する。

「いいか、俺はこの家を去る。後はお前が俺としてこの家で過ごすんだ。
 ロボットだとバレるなよ。定期メンテナンスへ行く時には嘘をつけ。
 お前は、俺として生活するんだ」

 ロボットは男と同じ顔で、にやりと笑う。

「任せておけ。俺は、お前なんだ。お前の考えていることなんて、全てわかってるさ」

 男は頷き、家へと向かうロボットを見送る。  

 余命が少ないと知らされたのは、ひと月前のことだった。
 覚悟は、していた。
 生きられる限り生きて、死ぬ時は死んでいく、今さら生き物の摂理に異論はない。
 気がかりなのは、残して行く妻との約束のことだ。

(結婚する時、ずっと一緒に居るって約束しちまったからなぁ……)

 若気の至りだと、勢いで言った言葉だったと、反故にするのは簡単だ。
 いつか必ず、別れの時は来る。
 それくらいの分別は、男も持っていた。
 しかし男自身のささやかで青臭いプライドが、それを良しとしない。
 嘘をつくのが悪いことだなどと、綺麗ごとを言うつもりもないが。
 それでも、強い気持ちを込めた自身の言葉を嘘にするのは、気分が悪かった。

――バレなければ、嘘にはならない。

 頼むぞ、相棒。
 俺の言葉を、嘘にしないように。俺の意志は、お前が継いでくれ。

 それとも、やはり自分のこの行動は、嘘をついたことになるのだろうか。
 別れも言わずにひっそりと去ることが、寂しくないと言えば嘘になるが。
 住み慣れた家を後にする男の口元には、これで良いのだという微笑みが浮かんでいた。


 数年後。
 老いた女は医者から余命が残り少ないことを告げられ、憂鬱な日々を過ごしていた。

(ずっと一緒に居ると、誓ってしまった仲だものねぇ)

 相手を残して、この世を去る自分は。
 あの誓いを、嘘にするしかないのだろうか。
 憂鬱な気持ちで過ごしていた女の目に、一つの広告が飛び込んでくる。

『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』


 * * * *


 男と女が、その家を去った後も。
 その家からは時折、他愛のない会話や笑い声が聞こえる。
 二人の嘘が残した、想いの残滓ざんしが。
 いつまでも、穏やかに過ごしていた。

 いつまでも、いつまでも、過ごしていた。


  END
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