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一話完結物語

幸せな滅亡

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 厚い雲に覆われた灰色の空を見上げて、やっぱり俺は世界に祝福されていると感じた。

 晴れにも雨にも偏らない空。
 まるで古来から幸せの道として語られる、中庸ちゅうようの精神を表すかのようだ。
 それは、何事にも中途半端なこの俺の生き方を応援するかのよう!
 前途洋々ぜんとようようたる俺の行く末を暗示するかのようではないか!

 財布をどこかに落としたことも、まるで神の啓示であるかのようだ。
 過去の蓄えを捨て、心機一転、俺の人生はここから始まるということだ。
 人生は常にスタート地点!
 新たな物語の始まりに、胸を高鳴らせずにはいられない!

 この先どんな幸せが待っているんだろうと歩き出した矢先に、雨が降り出した。

 土砂降りの雨。
 恵みの雨だ!
 両腕を広げて天然のシャワーに打たれながら、俺は生きることの幸せを噛みしめていた。
 なんて、幸せなんだろう。いつ死んでも悔いは無いと思えるくらい。
 人生は、かくも素晴らしいッ!


 * * * *


「新型のウイルスに感染すると、具体的にはどのような症状が出るのでしょうか」

 画面の中で、司会者が対面に座る人物に問いかけた。
 表示された文字は、その人物が感染症対策の専門家であることを示している。

「症状そのものは重いものではありません。死亡例も無く、無症状の方も多いのが現状です」
「それほど危険なウイルスではないのでしょうか」
「いいえ、問題は後遺症です」

 専門家は目を伏せる。
 どう言葉にしたものか迷うような間があった。

「感染後しばらくするとホルモンバランスに異常をきたし、常に満たされた気持ち、楽しい気持ちで過ごす事になるのがわかっています。
 それと同時に、死に対する恐怖心と繁殖への意志が、極めて薄くなることが確認されています。
 もしも感染が広まり、有効な治療法が見つからなければ……」

 一概には言えませんがと前置きした上で、専門家はため息をついた。

「近い未来、人類は滅ぶ可能性があります」

 司会者が目を丸くし、頷いて見せる。

「一大事じゃないですか。対策はあるんですか?」
「治療法は研究中ですが、まずは感染対策をしっかりして頂きたい。
 自分は不幸だと感じている人ほど、このウイルスに感染しにくいことが判明しています。
 日頃から娯楽を避け、苦痛に感じることを積極的に継続して頂くことで……」

 そこまで聞いて、画面を見ながらラーメンを啜っていた女は思う。
 滅亡への危機感など感じないまま、明日の天気を考えるのと同じような軽さで。

――もし後遺症への対策が見つからなかったとして。人が種の存続のために、苦痛に満ちた道を歩むとしたら。
 人類は存続し続けるほど、苦痛に満ちた時間を自分達で伸ばすことになるわけで。

――それって、ただの地獄なんじゃないかしら?

 自身の考えの皮肉さをおかしく思いながら、女は食事の片付けを始める。

――あぁ、美味しかった! 美味しいもの食べてる時が一番幸せだわ!

 台所の窓の外には雲一つない青空。
 晴れ渡る空に、女は言いようのない心地よさを感じていた。
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