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第三章

消えたハイゼル

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「8032、いるか?」
「ちょっといいか」

 ナキムシとヤジの声だ。どうしたんだろう。
 仕切り布を開いて外に出ると困り果てた様子の二人が立っていた。
 最初、言葉を探しあぐねて互いに視線を交わしていたけど、覚悟を決めたようにヤジが口を開いた。

「今日は助けてくれてありがとな。今までいじめててごめん、悪かったよ」

『はぁ!? 今更のこのこ謝りに来て何のつもりだ、ぜってーに許さ……むぐぐ』

「ラックは黙ってて。二人ともわざわざ謝りに来たの? ありがとう。別に気にしてないよ」

 時間外に謝罪に来るなんて随分と律儀だ。
 でも、それだけじゃないみたい。

「話はそれだけ……じゃないよね。なにかあったんだろ、さっきからぼくの部屋の外を随分と行き来していたみたいだけど」

「「え?」」

「これでも耳はいいんだ。聞こえてたよ、二人の話し声。どうする、やめる、でも、って悩んでいたみたいだったね。ハイゼルがどうとかって」

『ハチミツは話を聞いてやろうとしていたけどオレ様が無視しろって言ったんだよ。ほんとコイツはお人よしなんだから……むぐぐ』

「ラックは黙ってて。ハイゼルがどうしたの?」

「「……」」

 二人が視線を交わす。逡巡の末、ほぼ同時に口を開いた。

「「──じつは」」

「わたしも同席させてもらおうか」

 音もなくナナフシが現れた。
 いつも無表情だけど、今日は輪をかけて不機嫌そうだ。

「7964、8010。おまえたちのボス、8006はどこだ」

 鋭い眼差しが二人を射抜く。

「この二日間、8006は有給チケットを行使して休んでいた。それは構わない。だが明日からは虹色鉱石を運び出す作業がある。必ず作業に出るようにと指示するため部屋に行ったら影も形もなかった、どうやら一度も戻ってきてないようだ。どこにいるのか素直に白状してもらおうか。さぁ!」

 ナナフシに睨まれて二人が平静でいられるはずがない。

「し、知りません! 本当です!」
「三日前にちょっと出かけてくるって言ったきりで。微光虫の微振動にも反応しないし、なかなか戻らないから心配で8032に相談しようと思ってたんです」

 ぼくと会った三日前以降、コロニーに帰っていないという。
 ……まさか無許可で地上に出たのか?

「ナナフシ、ぼく三日前に古井戸の地下でハイゼルに会ったよ」

「なんだと?」

「迷子になったみたいだ。その場で別れてからは知らないけど……。やっぱり一緒に戻ってくれば良かったかな」

 採掘師の条件のひとつに「方向感覚が正しいこと」があるように、地下坑窟は迷宮みたいなものだ。一歩間違えばまったく別のルートに入ってしまったり、崩落や魔物があればう回路を使わなければいけないこともある。

『はぁ? なんでおまえが責任感じるんだよ。ご自慢のBランクさまだろ? どこかでのんびりしてるんじゃねえか? 放っておけばそのうち帰ってくるだろ。もし非常事態ならヴィンセントが微振動で連絡よこすさ、そのための微光虫だ』

「でもヴィンセント自身に何かあったのかもしれないじゃないか」

 魔物に遭遇してケガをし、身動きがとれなくなった可能性がある。
 もしそうなら一刻も早く救出してやらないと。

「ナナフシ、ぼくが……むぐっ」

 問答無用で口をふさがれる。

「おまえはいい加減に自分が最前線で採掘している自覚をもて。もしSランクに昇格したら自分の勝手で持ち場を離れることはできないんだぞ。分かっているのか」

「ふぐぐぐ……」

 鬼のような形相とともに長いまつ毛がすぐ間近まで迫ってくる。

「分かって……る、でも、だれも、見捨てたくな、い……父さんならきっと」

 ぼくはバカだ。
 散々いじめてきた相手を探しに行こうとするなんて。ラックが言うように放っておけばいい。でも、気になるんだから仕方ない。

「──ったく。強情なところはアルダさんそっくりだ」

 ふっと力を弱めたかと思うとナナフシは悲しそうに微笑んだ。

「幸いにしておまえはまだCランク。明日の仕事は16時間後。それまでに戻ってこい」

「ナナフシ……」

『なんだかんだ言ってハチミツには甘いよなナナフシは。なんでだろなー』

 ラックはまた余計なことを言う。

「わたしがハチミツに甘い?──当然だろ、わたしは許婚のようなものだからな」

「『…………え?』」

 ぼくもラックだけじゃない、ナキムシとヤジも固まった。
 ナナフシとぼくが許婚……なにそれ。聞いてないぞ。

 ナナフシは長い髪を払いのけながら「なんことはない」と切り出した。

「アルダさんはわたしにハチミツを託して逝った。自分になにかあれば息子を頼む、と請われてわたしは応諾した。肉体的にも精神的にも側で見守るのなら伴侶となるのが一番だ」

 開いた口がふさがらない。
 ナナフシは照れ臭そうに微笑んでぼくの耳元に唇を寄せてきた。

「わたしはずっとそのつもりでいたというのに……、おまえは随分と鈍いんだな。仕方のないやつだ」
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