ダイナマイトと目隠しの勇者

咲間 咲良

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第三章

暗躍

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 古井戸の地下にたどり着いた。

 地下から見上げると丸く切り取られた井戸のちょうど真上に金色の球体が輝いている。「月」だと教えてくれたのはシオンだ。

「今夜はちょうど満月みたい。ハチミツと一緒に初めて地上に出たときは新月だったから、あれから約15日経ったことになるわ。変なの。なんだかもっとずっと前に出会った気がするわ」

 金色に差し込む月光の中、ゴンドラに乗りこんだシオンはにっこりと微笑んだ。

「じゃあ行くわね。きっとまた会いましょう。私、ずっと待ってるから」

 挨拶もそこそこに重石を投じた。また会えるのだから別れを惜しむ必要はないと言わんばかりだ。重石が下がるにつれてゴンドラが上昇していく。あっという間に地上に到着して、穴の中を覗き込んできた。

「送ってくれてありがとう。またね、ハチミツ」

 小さく手を振ったかと思うと踵を返して走り去っていく。

 ぼくも慌てて振り返したけど彼女には見えていなかったかもしれない。

 ぼくも戻らないと。
 ラックたちが待ってる。

 一歩、また一歩と月光から離れていく。地上から離れていく。シオンから離れていく。

「……っく、ひくっ……」

 ぼくの耳にか細い泣き声が聞こえてきた。シオンだ。
 走り去ってなんかいない。まだ近くにいる。声を殺して泣いている。

 胸が引き裂かれるみたいだ。


「おい、Cランク」

 目線を上げると暗がりから人影が現れた。
 ハイゼルと微光虫のヴィンセントだ。

 なんでここにいるんだろう。
 正直いま一番話したくない相手だ。

「なんでって顔だな。おまえが勝手に地上にいかないよう見張ってたんだよ」

 うそだ。
 ぼくたちを尾行しているような足音はなかった。
 非番日にコロニーの外に出て迷子になっていたってところだろう。

 でも、あれこれ言う気力もない。

「心配しなくても、もう帰るよ。ハイゼルも一緒に行こう、迷子になったら班長たちが心配する」

 横をすり抜けようとすると強く肩を掴まれた。

「ふざけんな! だれが迷子だって!?」

「……気に障ったならごめん、謝る。手を離してくれないかな。これでも気が立ってるんだ」

 ハイゼルの顔が次第に赤くなっていく。

「生意気なんだよ! 最年少のくせにリーダーからも班長からも特別扱いされて! チーム名のアルダの息子だかなんだか知らないけど、おまえの父親はヘマして落石に巻き込まれたノロマだろ!」


 ──刹那、ハイゼルの手がゴゥッと燃えた。


「うわぁあああっ!」

 絶叫して飛びずさるハイゼル。
 着火した炎はすぐさま消えたけど、プスプスと白い煙を吐き出している。

「だまれ、8006」

 ぼくの心の中では怒りの炎が燃えている。

「ぼくのことはどんなにバカにしても構わない。でも父さんを愚弄するのは絶対に許せない」

 体の内側から燃え上がる白い炎。
 同時に頭の中も白く染まりつつある。

 この感覚を知ってる。
 教会でクモたちを倒したときやアカガネグモの親玉を倒したときの、体がしびれるような熱さだ。

 もしいまこのまま怒りにまかせてハイゼルを殴ったら……。

 じりっ、と一歩踏み込んだ。

「……っ!」

 ハッと息を呑む。

 おびえて頭を抱えているハイゼル。そんな彼を守ろうとヴィンセントが飛び出してきたのだ。

 バタバタ、バタバタ。

 魔力の弱いヴィンセントはラックみたいに意思疎通できない。それでもなお主人を守ろうと必死だ。じかに熱を感じる分、焼けそうに熱いだろうに。

「……もういいや」

 スッと炎を消した。

 こんなときラックが側にいたら『ばーか、あんなやつら相手にすんなよ~』って叱ってくれるのに。

 帰ろう。

「ハイゼル、先に戻ってるよ」

 くるりと踵を返すと坑道の奥からガサガサと黒く小さな影がいくつも這いだしてきた。クモだ。

「あ、もしかして屋敷にいた小さなクモたち?」

 ザワザワしているけど敵意は感じられない。

「そうか、親玉がいなくなって君たちも地下に降りてきたんだね。あの時はごめん。地下には君たちを捕食する魔物も多いから気をつけて」

 それだけ言って歩き出すと再びザワザワしたあとにぼくの後をついてきた。変なものに懐かれたな、と思いつつ、ラックが見たらなんて言うか想像すると自然と笑ってしまう。

 早く帰ろう。ぼくの居場所に。



 こうしてぼくが立ち去ったあと、事件が起きた。

「くそったれ、ほんとムカつく! なんで8032ばっかり……リズさんだって……!」

 地団駄を踏むハイゼルは気づいてなかった。上から覗き込む人影に。

「こうなったら今度あいつを坑道の奥に閉じ込めて……」

「もし」

「うぎゃあ!」

 声をかけられてびくっと震える。

 古井戸から身を乗り出している女性。月が差し込んでいるとは言え、地下は暗い。しかし彼女の瞳は正確にハイゼルを捉えていた。

「もし、あなた。そこで何をしていらっしゃるのか存じませんが、『目隠しの勇者』をご存知ありませんか?」

「目隠し……? し、知らねえな。そもそも誰だよおまえ、馴れ馴れしいぞ」

「申し遅れました」

 月が、まるでスポットライトのように女性を彩る。

「わたくしはメアリー王女殿下にお仕えするメイドのライラ・ライラックです。あなたにお聞きしたい件がございます。じっくりと、ね」
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