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第三章
墓標
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次の日は早めにコロニーを出ることにした。
古井戸の地下まではゆっくり歩いて二時間。人目につかない時間帯に地上に出る必要があり、逆算したのだ。
『なんでオレ様が留守番なんだよ~』
置いていかれるラックは不満いっぱい。直前になってナナフシが「おまえは残って仕事をしろ」と命令したからだった。
例の採掘を進めるために微光虫は一匹でも多い方がいい、というのは建前で、たぶんナナフシなりに気を遣ってくれたんだろう。ぼくとシオンがふたりきりになるのはこれが最後だから。
でもぼくとしてはちょっぴり複雑な心境だ。
シオンを見送りながら衝動的に地上に出ていかないようにと人質をとられた気がする。
ラックは口やかましくて迷惑なやつだけど、長年一緒に過ごした大切な相棒。見捨てていく選択肢はない。
昨日もいろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡ったけど、採掘師をやめて追放される道を選ぶ。──っていうのは正直、簡単じゃない。
チームを抜けた採掘師の情報は、王国中に散らばっているチームに共有されることになっている。
もしチーム・アルダを抜けたら他のチームで活動するのは不可能。採掘師ではない別の仕事を探すしかない。
一体ぼくになにができるだろう……。
物思いにふけっている間にシオンはみんなと別れの言葉を交わしていた。
「ラック、またいつでも遊びに来てね。新鮮な水草を用意して待っているから」
『お! 分かってるじゃねぇか嬢ちゃん』
「ナナフシさん、ルナさん、この度は大変お世話になりました。この御恩は必ずお返しします」
「礼など気にしなくていい。達者でな」
『お元気で、ですわ』
『またな嬢ちゃん~』
「ええ、きっとまた」
ナナフシたちに見送られてぼくとシオンはコロニーの外へと歩き出した。
ラックがいないので火鉱石を灯りにして、できるだけゆっくり進む。
せり出した岩や凸凹の道、いまにも崩れそうな岩盤……シオンにとってはなにもかもが珍しいようで、歩きながらせわしなく周囲を見回している。
「なんだか不思議。メルカの街の下にこんな大空間が広がっているなんて。この坑道もハチミツたちが掘ったの?」
「ううん、昔この地にいたチームが掘ったんだよ。ぼくたちは半年前に来て以来ずっと同じ採掘場を掘り進めている。地下深ければ深いほど良質なルトラが採れるんだけど、それだけ危険も多くなるから、決められた区域外には手を出さない決まりなんだ。そんなによそ見していると……」
「きゃっ!」
足元の瓦礫につまづいて前のめりになった。
「あぶない!」
火鉱石を取り落としながらも間一髪、抱きとめた。
灯りが消えた中、シオンの呼吸と体温だけが伝わってくる。どくんどくん、と鼓動が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい。私はしゃいじゃって……」
腕の中で身じろぎする。
「ううん、元気になって本当に良かったよ」
あらためて実感する。
女王の卵を産み付けられて魔物化しかけていたシオンが、浮かれて転んでしまうまでに回復した。地下なので肌や瞳の色はぼんやりしているけど、きっと地上に出たら眩いばかりの輝きを放つだろう。
シオンはやっぱり太陽の下が似合う。
ぼくみたいな【モグラ】とは違う。
「……ハチミツ? どうしたの?」
いけないいけない。
シオンを抱きとめたまま考え事をしてしまった。
「なんでもない。先を急ごう」
ゆっくり体を放す。
ふたたび火鉱石を灯そうとすると、くいっ、と袖を引かれた。
「私、また転んでしまうかもしれないから……その、手……握ってもいい?」
大きく見開かれた瞳。うっかり吸い込まれそうになる。
数日間地下で生活を送ったことで、暗闇にだいぶ目が慣れてきたんだ。
初めて会ったときはぼくの姿が見えずにワタワタしていたのに。
あれからまだ半月も経っていないのに。
こんなにも大きな存在になっている。
「……ハチミツ?」
「ううん、なんでもない」
ぼくは火鉱石をポーチにしまいこんだ。右手にさっと炎を宿し、反対の左手をシオンに伸ばす。
「さ、行こうシオン」
「──ええ、ハチミツ」
つないだ指先からシオンの温もりが伝わってくる。
やわらかくて心地よい、ぼくの太陽だ。
「ちょっと寄り道してもいいかな。見せたいものがあるんだ」
※ ※ ※
地上への直行ルートから外れて、坑道ナンバーL-3136へと案内した。
そこへの道のりは狭く、中腰でしか進めない。ごつごつした天井がすぐそこまで迫っているので狭所での作業に慣れているぼくでも圧迫感を覚える。後ろに向かって声を掛けた。
「シオン、平気? 不安になったり怖くなったりしたら言ってね。すぐ引き返すから」
「問題ないわ。小さいころは天井裏とか押し入れとか狭いところでかくれんぼするのが好きだったの」
しばらく進んでいくと足元に白い筋が現れた。小瓶の中の液体をこぼしたような不規則な形だけど、触れるとこんもりしててやわらかい。つねに白く発光しているので見つけやすいのも特徴だ。
「これは苔の一種で『ヒカリカゴケ』って呼ばれてるんだ。害はないけど滑りやすいから気をつけて」
最初はぽつぽつと点在しているくらいだったけど、奥に進むにつれて面積が増え、しまいには坑道全体を埋め尽くすほどの規模になった。灯りは不要、どころか目がくらむくらいの光の渦だ。
「もうすぐ出口だよ眩しいから目をつぶって」
一気に坑道を駆け抜けた。
光、光、光。
すべてが白で塗りつぶされる。
古井戸の地下まではゆっくり歩いて二時間。人目につかない時間帯に地上に出る必要があり、逆算したのだ。
『なんでオレ様が留守番なんだよ~』
置いていかれるラックは不満いっぱい。直前になってナナフシが「おまえは残って仕事をしろ」と命令したからだった。
例の採掘を進めるために微光虫は一匹でも多い方がいい、というのは建前で、たぶんナナフシなりに気を遣ってくれたんだろう。ぼくとシオンがふたりきりになるのはこれが最後だから。
でもぼくとしてはちょっぴり複雑な心境だ。
シオンを見送りながら衝動的に地上に出ていかないようにと人質をとられた気がする。
ラックは口やかましくて迷惑なやつだけど、長年一緒に過ごした大切な相棒。見捨てていく選択肢はない。
昨日もいろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡ったけど、採掘師をやめて追放される道を選ぶ。──っていうのは正直、簡単じゃない。
チームを抜けた採掘師の情報は、王国中に散らばっているチームに共有されることになっている。
もしチーム・アルダを抜けたら他のチームで活動するのは不可能。採掘師ではない別の仕事を探すしかない。
一体ぼくになにができるだろう……。
物思いにふけっている間にシオンはみんなと別れの言葉を交わしていた。
「ラック、またいつでも遊びに来てね。新鮮な水草を用意して待っているから」
『お! 分かってるじゃねぇか嬢ちゃん』
「ナナフシさん、ルナさん、この度は大変お世話になりました。この御恩は必ずお返しします」
「礼など気にしなくていい。達者でな」
『お元気で、ですわ』
『またな嬢ちゃん~』
「ええ、きっとまた」
ナナフシたちに見送られてぼくとシオンはコロニーの外へと歩き出した。
ラックがいないので火鉱石を灯りにして、できるだけゆっくり進む。
せり出した岩や凸凹の道、いまにも崩れそうな岩盤……シオンにとってはなにもかもが珍しいようで、歩きながらせわしなく周囲を見回している。
「なんだか不思議。メルカの街の下にこんな大空間が広がっているなんて。この坑道もハチミツたちが掘ったの?」
「ううん、昔この地にいたチームが掘ったんだよ。ぼくたちは半年前に来て以来ずっと同じ採掘場を掘り進めている。地下深ければ深いほど良質なルトラが採れるんだけど、それだけ危険も多くなるから、決められた区域外には手を出さない決まりなんだ。そんなによそ見していると……」
「きゃっ!」
足元の瓦礫につまづいて前のめりになった。
「あぶない!」
火鉱石を取り落としながらも間一髪、抱きとめた。
灯りが消えた中、シオンの呼吸と体温だけが伝わってくる。どくんどくん、と鼓動が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい。私はしゃいじゃって……」
腕の中で身じろぎする。
「ううん、元気になって本当に良かったよ」
あらためて実感する。
女王の卵を産み付けられて魔物化しかけていたシオンが、浮かれて転んでしまうまでに回復した。地下なので肌や瞳の色はぼんやりしているけど、きっと地上に出たら眩いばかりの輝きを放つだろう。
シオンはやっぱり太陽の下が似合う。
ぼくみたいな【モグラ】とは違う。
「……ハチミツ? どうしたの?」
いけないいけない。
シオンを抱きとめたまま考え事をしてしまった。
「なんでもない。先を急ごう」
ゆっくり体を放す。
ふたたび火鉱石を灯そうとすると、くいっ、と袖を引かれた。
「私、また転んでしまうかもしれないから……その、手……握ってもいい?」
大きく見開かれた瞳。うっかり吸い込まれそうになる。
数日間地下で生活を送ったことで、暗闇にだいぶ目が慣れてきたんだ。
初めて会ったときはぼくの姿が見えずにワタワタしていたのに。
あれからまだ半月も経っていないのに。
こんなにも大きな存在になっている。
「……ハチミツ?」
「ううん、なんでもない」
ぼくは火鉱石をポーチにしまいこんだ。右手にさっと炎を宿し、反対の左手をシオンに伸ばす。
「さ、行こうシオン」
「──ええ、ハチミツ」
つないだ指先からシオンの温もりが伝わってくる。
やわらかくて心地よい、ぼくの太陽だ。
「ちょっと寄り道してもいいかな。見せたいものがあるんだ」
※ ※ ※
地上への直行ルートから外れて、坑道ナンバーL-3136へと案内した。
そこへの道のりは狭く、中腰でしか進めない。ごつごつした天井がすぐそこまで迫っているので狭所での作業に慣れているぼくでも圧迫感を覚える。後ろに向かって声を掛けた。
「シオン、平気? 不安になったり怖くなったりしたら言ってね。すぐ引き返すから」
「問題ないわ。小さいころは天井裏とか押し入れとか狭いところでかくれんぼするのが好きだったの」
しばらく進んでいくと足元に白い筋が現れた。小瓶の中の液体をこぼしたような不規則な形だけど、触れるとこんもりしててやわらかい。つねに白く発光しているので見つけやすいのも特徴だ。
「これは苔の一種で『ヒカリカゴケ』って呼ばれてるんだ。害はないけど滑りやすいから気をつけて」
最初はぽつぽつと点在しているくらいだったけど、奥に進むにつれて面積が増え、しまいには坑道全体を埋め尽くすほどの規模になった。灯りは不要、どころか目がくらむくらいの光の渦だ。
「もうすぐ出口だよ眩しいから目をつぶって」
一気に坑道を駆け抜けた。
光、光、光。
すべてが白で塗りつぶされる。
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