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第三章
地下の診察室にて
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──カーンカーンカーン……。
半鐘が鳴っている。交代の合図だ。まずい寝過ごした、行かなくゃ。
ぼくは急いで目蓋を開けようとしたけど、できない。それどころか体がやたらと重くて、指一本動かない。一体どうしたんだろう。
「ぐふふ、眼福眼福ぅ~」
耳元でだれかが笑っている。
早く、早く起きないと。早く──!
ばちっ、と目を開いた。
目と鼻が触れ合いそうなくらい近くに少女の顔がある。あれ?
「お・は・よ、ハチミツ君」
「…………リズ!?!?」
ぼくに覆いかぶさるようにして顔を覗き込んでいたのは道具屋のリズだ。
「ハチミツ君の寝顔って子どもみたいだね。くふふ、いいもの見せてもらっちゃった~」
「な、なんでリズが? ここはぼくの部屋──じゃない、あれ、ナナフシが管理している診察室じゃないか。なんで??」
チームリーダーであるナナフシは前線で採掘には参加せず、なにかあったときのあめコロニー内の診察室に待機している。ぼくが寝ていたのは寝台のひとつだ。
「わたしが呼んだんだ」
奥から現れたのはナナフシだ。
白衣をまとい、長い髪を一つにまとめている。
「理由はあれだ」
ナナフシが指し示したのは診察室の最奥。薄い布に覆われた寝台だ。近づいて布ごしに顔を見るとぼくもよく知っている少女だった。
「シオン!」
目を閉じて規則正しく呼吸している。
意識を失う前の記憶が徐々に戻ってきた。
女王の卵をつけられたシオンは魔物化しかけ、ぼくは血を手に入れるため親玉を倒しに行った。助けに来てくれたナナフシにシオンを任せて逃走した親玉を追い、苦心の末に倒した。でも直後に意識を失ってしまったのだ。
隣にやってきたナナフシが言う。
「診察したところ、想像以上に病状が深刻化していたんだ。必要な処置をするためルトラや医療道具が揃っているわたしの診療室に運び込むことにした。ついでにハチミツ、おまえも回収しておいた。意図的に地割れを起こしてな」
「そうだったんだ……」
ナナフシが地上の人間を地下坑窟に運ぶなんて、少し前までは考えられないことだ。
今度はリズが顔を出してきた。
「でねでね、シオンちゃんがいなくなって大騒ぎにならないよう、あたしが伝令係を任されたの。ギルド・メルトラのアンちゃんと町長のところに行って、マスターは然るべき治療を受けるためしばらく預かりますってちゃんと伝えてきたよ。で、ナナフシさんに代金はいらないからハチミツ君の寝顔を堪能させてってお願いしたんだ」
だからぼくの枕元にいたのか。
あの不気味な笑い声も。
「……ナナフシ、シオンの容態はどうなの?」
見たところ心音は安定しているけど、医療のことはぼくは分からない。
「ハチミツ、よく聞け」
「は、……はい」
ナナフシの表情は険しい。
まさか、とイヤな汗が流れる。
眠ったまま目覚めないとか、後遺症が残るとか。
それとも手遅れとか。
「おまえ、わたしを誰だと思っている?」
「ナナフシ?……めちゃくちゃ怖いぼくらのリーダーで……ひっ!」
ぎろっ、とにらまれる。
そのときだ。「ん……」と小さな声を漏らしたシオンの目蓋が震えた。大きく背伸びをしながら上体を起こし、ぱっちりと目を開ける。
「あ、おはよう。ハチミツ」
ぼくは驚きのあまり声も出なかった。
ナナフシはあきれ顔。リズは口に手を当てて大笑い。
「なんと、シオンちゃんはとっくの昔に回復してて、いまは体内時計に基づく睡眠タイムだったの。地上では真夜中だからね。少し前まであたしと一緒にハチミツ君の寝顔見てたんだよ。かわいいねって」
「…………」
なんとも言えない気持ちになる。
「ハチミツ、大丈夫なの? 三日も寝ていたのよ」
「あ、うん。もう平気だよ。体力も気力も十分。心配かけてごめん」
「よかった」
あぁ、シオンの優しさが身に沁みる。
「私こそ助けてくれてありがとう。ナナフシさんも、リズさんも、ほんとうにありがとうございます」
深々と頭を下げるシオン。なんて礼儀正しい。
顔色もいいし、すっかり元気になったみたいだ。良かった、本当に良かった。
ぼくは改めてナナフシたちに向き合った。
「ナナフシ……いいえリーダー、シオンを助けてくれてありがとうございました。リズも、ありがとう」
「フン、わたしは医者だ。死んでさえいなければどうにかなる」
「あたしもお仕事だからね」
シオンもにっこりと微笑んでいる。
『うぉおおおーい、ハチミツ―』
どこからかラックが飛んできて肩に停まった。
「どこにいってたんだよ。傍にいないなんて珍しい」
『なぁに主人が寝こけている間に羽を伸ばしてたんだよ。ふぅ~』
パタパタと小さく翅を動かす。
羽を伸ばしていたという割にはお尻の光が弱い。微光虫にとっての命とも言えるものが、いまにも消えそうだ。
「ハチミツ、ラックはあなたが眠っている間も採掘場で仕事をしていたのよ。主人が働けない分、自分が半分でも頑張れば休ませてあげられるからって……」
『ちょ、おいおいおい嬢ちゃん! それは言わない約束だろ!』
露骨にうろたえている。
そうか、採掘師と微光虫はセットで仕事するけど、ぼくが寝ていたからラックは自分ひとりでもと思って……。
「ラック、おまえってホントいい奴……」
『ちょ、気持ち悪い! 寝ぼけてるのか? あぁもうギュッてするなよ暑苦しい~』
にぎやかな笑い声がこだまする。
シオンも満面の笑顔だ。無事で本当に良かった。
いずれシオンと一緒に旅をするためには少しでもお金を貯めないと。
「ナナフシ、ぼくこれから仕事に行ってくるよ」
「いまからか? 病み上がりだぞ?」
「へいきへいき。なんだか体がなまってて。ラックはどうする?」
『もちろんオレ様も行くぜ~』
「ありがとう。シオンは休んでて。戻ってきたらまた話そうね」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
そうと決まれば。
ぼくはラックとともに診察室を飛び出した。
体が軽い。
いまならどんなに巨大な岩盤でも砕けそうだ。
一旦自分の部屋に戻って準備を整えてから採掘場に向かっていると、前方にハイゼルたちの姿が見えた。ぼくの足音に気づいて振り返り、にやりと笑う。
「お、そこにいるのはCランクじゃないか。久しぶりだなぁ、元気だったか」
わざとらしく口角を上げる。
ナキムシとヤジも同調して笑い声を上げた。
「随分と長い休みだったよなぁ」
「てっきり逃げ出したのかと思ったぜ」
「おいおい、そんな言い方は可哀そうだろ。いくらCランクでも役に立つんだぜ? 屑石拾いとかな」
「「たしかにー!!」」
げたげたと笑い声が響く。
『まったくコイツらときたら作業中も悪口ばっかりで飽きねぇのかな』
ラックは呆れている。
ぼくは気にせず三人の前にずいっと進み出た。
「あのさ!」
「な、なんだよ」
いつも黙って受け止めているCランクに話しかけられたことに驚いたのか、三人とも警戒している。ぼくはにっこりと笑い、深々と頭を下げた。
「休んでいる間、迷惑かけてごめん」
「……は?」
「あと、心配してくれてありがとう。この恩は仕事できちんと返すよ。──それじゃ!」
土を蹴って走り出したぼく。
三人は凍りついたように動かず、後ろを見ていたラックが『くっくっく、アイツら332にでも遭ったみたいに固まってらぁ』とせせら笑っていた。
「班長! お疲れ様です!」
ご苦労班長はすでに採掘場に到着していた。
「この度はご心配おかけしてすみませんでした」
「なに、元気が一番だからな。戻ってこられて何よりだ」
嬉しそうに目を細める。
「ありがとうございます。岩盤の掘削状況はどうですか?」
「なかなか手ごわくてな、三日かけても数メートル進むのがやっとという状況だ。この奥に巨大なルトラがあることは分かっているんだが……」
「もしよければ、ぼくに任せてもらえませんか?」
ぼくは魔力の制御が下手だった。
ルトラの容量を超える魔力を無理やり押し込んで暴発させたのが先日のダイナマイトだ。
でも地上で体の中の毒素を焼いたり大量のクモたちと戦ったりする中で力の加減が分かった気がする。今ならきっとできる。
「なにをするつもりだ?」
怪訝な表情を浮かべてる班長。
ぼくは自信満々に答える。
「もちろん、連結鉱石(ダイナマイト)で硬い岩盤を吹っ飛ばすんですよ」
※
「それにしてもびっくりしました」
ハチミツが去り、シオンが眠りに就いた診察室にはリズとナナフシだけが起きていた。
「噂の『目隠しの勇者』がハチミツ君だったなんて夢にも思いませんでしたよ。あんなに大きなアカガネグモを退治しちゃうなんてさすが! 惚れ直しちゃう~!」
ナナフシは冷たい眼差しで見つめている。
リズは道具屋であり、情報屋であり、そして……。
「寝顔を眺めたいと言いながらハチミツの髪と血を採取していたようだが、なんのつもりだ。目覚めた瞬間に眼の虹彩も見ていたな。言っておくが貴様にはやらんぞ。あれはアルダからの大事な預かりもの、わたしの目を欺いて盗めると思ったら大間違いだ、盗掘者リゼルノ」
「いやん、アシュレイ様こわい~」
ナナフシことアシュレイ・アシュフォードとリゼルノの関係は一筋縄ではない。
「あたしは別に盗もうなんて思っていませんよ。”雇い主”の命令に従って”彼”を探していただけです~」
「雇い主とは?」
「それは守秘義務なのでめんごでーす。でもかわりにとっておきの情報をひとつ、なんと無料でお伝えしちゃいます。ですからルトラの刃を構えるのはやめてくださいよ。じゃないとハチミツ君が悲しみますよ?」
リズは笑いながら、眠るシオンの頬に触れた。手首にはいくつものルトラが数珠のように連なっており、魔力を込めればすぐさま爆発する。これは脅しだ。
「わたしがその腕ごと切り落とすとは思わないのか?」
「怖いこと言わないでくださいよ。わたしの血って少し変わってて、外気に触れると爆発するって言ったらどうします? シオンちゃんは今度こそダメかもしれませんね。試してみてもいいですよ?」
「……」
ナナフシが指輪に込めた魔力を引くのを確認し、素早く身をひるがえした。その先には緊急避難用の出口がある。
「王女メアリーが『目隠しの勇者』を血眼で探しているそうです。しばらくは地上に出ない方がいいと思いますよ、メアリー自身はただの世間知らずですがメイドのライラはちょっと厄介な人物なので。──では、またのご利用をお待ちしております。失礼しました!」
さっと通路に飛びこんで姿を消す。
直後、ドン!と爆発音が響いて砂煙が舞った。通路を封鎖して追っ手から逃れる策も忘れない。
「……王都のネズミめ」
ナナフシはぎりりと歯噛みした。
半鐘が鳴っている。交代の合図だ。まずい寝過ごした、行かなくゃ。
ぼくは急いで目蓋を開けようとしたけど、できない。それどころか体がやたらと重くて、指一本動かない。一体どうしたんだろう。
「ぐふふ、眼福眼福ぅ~」
耳元でだれかが笑っている。
早く、早く起きないと。早く──!
ばちっ、と目を開いた。
目と鼻が触れ合いそうなくらい近くに少女の顔がある。あれ?
「お・は・よ、ハチミツ君」
「…………リズ!?!?」
ぼくに覆いかぶさるようにして顔を覗き込んでいたのは道具屋のリズだ。
「ハチミツ君の寝顔って子どもみたいだね。くふふ、いいもの見せてもらっちゃった~」
「な、なんでリズが? ここはぼくの部屋──じゃない、あれ、ナナフシが管理している診察室じゃないか。なんで??」
チームリーダーであるナナフシは前線で採掘には参加せず、なにかあったときのあめコロニー内の診察室に待機している。ぼくが寝ていたのは寝台のひとつだ。
「わたしが呼んだんだ」
奥から現れたのはナナフシだ。
白衣をまとい、長い髪を一つにまとめている。
「理由はあれだ」
ナナフシが指し示したのは診察室の最奥。薄い布に覆われた寝台だ。近づいて布ごしに顔を見るとぼくもよく知っている少女だった。
「シオン!」
目を閉じて規則正しく呼吸している。
意識を失う前の記憶が徐々に戻ってきた。
女王の卵をつけられたシオンは魔物化しかけ、ぼくは血を手に入れるため親玉を倒しに行った。助けに来てくれたナナフシにシオンを任せて逃走した親玉を追い、苦心の末に倒した。でも直後に意識を失ってしまったのだ。
隣にやってきたナナフシが言う。
「診察したところ、想像以上に病状が深刻化していたんだ。必要な処置をするためルトラや医療道具が揃っているわたしの診療室に運び込むことにした。ついでにハチミツ、おまえも回収しておいた。意図的に地割れを起こしてな」
「そうだったんだ……」
ナナフシが地上の人間を地下坑窟に運ぶなんて、少し前までは考えられないことだ。
今度はリズが顔を出してきた。
「でねでね、シオンちゃんがいなくなって大騒ぎにならないよう、あたしが伝令係を任されたの。ギルド・メルトラのアンちゃんと町長のところに行って、マスターは然るべき治療を受けるためしばらく預かりますってちゃんと伝えてきたよ。で、ナナフシさんに代金はいらないからハチミツ君の寝顔を堪能させてってお願いしたんだ」
だからぼくの枕元にいたのか。
あの不気味な笑い声も。
「……ナナフシ、シオンの容態はどうなの?」
見たところ心音は安定しているけど、医療のことはぼくは分からない。
「ハチミツ、よく聞け」
「は、……はい」
ナナフシの表情は険しい。
まさか、とイヤな汗が流れる。
眠ったまま目覚めないとか、後遺症が残るとか。
それとも手遅れとか。
「おまえ、わたしを誰だと思っている?」
「ナナフシ?……めちゃくちゃ怖いぼくらのリーダーで……ひっ!」
ぎろっ、とにらまれる。
そのときだ。「ん……」と小さな声を漏らしたシオンの目蓋が震えた。大きく背伸びをしながら上体を起こし、ぱっちりと目を開ける。
「あ、おはよう。ハチミツ」
ぼくは驚きのあまり声も出なかった。
ナナフシはあきれ顔。リズは口に手を当てて大笑い。
「なんと、シオンちゃんはとっくの昔に回復してて、いまは体内時計に基づく睡眠タイムだったの。地上では真夜中だからね。少し前まであたしと一緒にハチミツ君の寝顔見てたんだよ。かわいいねって」
「…………」
なんとも言えない気持ちになる。
「ハチミツ、大丈夫なの? 三日も寝ていたのよ」
「あ、うん。もう平気だよ。体力も気力も十分。心配かけてごめん」
「よかった」
あぁ、シオンの優しさが身に沁みる。
「私こそ助けてくれてありがとう。ナナフシさんも、リズさんも、ほんとうにありがとうございます」
深々と頭を下げるシオン。なんて礼儀正しい。
顔色もいいし、すっかり元気になったみたいだ。良かった、本当に良かった。
ぼくは改めてナナフシたちに向き合った。
「ナナフシ……いいえリーダー、シオンを助けてくれてありがとうございました。リズも、ありがとう」
「フン、わたしは医者だ。死んでさえいなければどうにかなる」
「あたしもお仕事だからね」
シオンもにっこりと微笑んでいる。
『うぉおおおーい、ハチミツ―』
どこからかラックが飛んできて肩に停まった。
「どこにいってたんだよ。傍にいないなんて珍しい」
『なぁに主人が寝こけている間に羽を伸ばしてたんだよ。ふぅ~』
パタパタと小さく翅を動かす。
羽を伸ばしていたという割にはお尻の光が弱い。微光虫にとっての命とも言えるものが、いまにも消えそうだ。
「ハチミツ、ラックはあなたが眠っている間も採掘場で仕事をしていたのよ。主人が働けない分、自分が半分でも頑張れば休ませてあげられるからって……」
『ちょ、おいおいおい嬢ちゃん! それは言わない約束だろ!』
露骨にうろたえている。
そうか、採掘師と微光虫はセットで仕事するけど、ぼくが寝ていたからラックは自分ひとりでもと思って……。
「ラック、おまえってホントいい奴……」
『ちょ、気持ち悪い! 寝ぼけてるのか? あぁもうギュッてするなよ暑苦しい~』
にぎやかな笑い声がこだまする。
シオンも満面の笑顔だ。無事で本当に良かった。
いずれシオンと一緒に旅をするためには少しでもお金を貯めないと。
「ナナフシ、ぼくこれから仕事に行ってくるよ」
「いまからか? 病み上がりだぞ?」
「へいきへいき。なんだか体がなまってて。ラックはどうする?」
『もちろんオレ様も行くぜ~』
「ありがとう。シオンは休んでて。戻ってきたらまた話そうね」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
そうと決まれば。
ぼくはラックとともに診察室を飛び出した。
体が軽い。
いまならどんなに巨大な岩盤でも砕けそうだ。
一旦自分の部屋に戻って準備を整えてから採掘場に向かっていると、前方にハイゼルたちの姿が見えた。ぼくの足音に気づいて振り返り、にやりと笑う。
「お、そこにいるのはCランクじゃないか。久しぶりだなぁ、元気だったか」
わざとらしく口角を上げる。
ナキムシとヤジも同調して笑い声を上げた。
「随分と長い休みだったよなぁ」
「てっきり逃げ出したのかと思ったぜ」
「おいおい、そんな言い方は可哀そうだろ。いくらCランクでも役に立つんだぜ? 屑石拾いとかな」
「「たしかにー!!」」
げたげたと笑い声が響く。
『まったくコイツらときたら作業中も悪口ばっかりで飽きねぇのかな』
ラックは呆れている。
ぼくは気にせず三人の前にずいっと進み出た。
「あのさ!」
「な、なんだよ」
いつも黙って受け止めているCランクに話しかけられたことに驚いたのか、三人とも警戒している。ぼくはにっこりと笑い、深々と頭を下げた。
「休んでいる間、迷惑かけてごめん」
「……は?」
「あと、心配してくれてありがとう。この恩は仕事できちんと返すよ。──それじゃ!」
土を蹴って走り出したぼく。
三人は凍りついたように動かず、後ろを見ていたラックが『くっくっく、アイツら332にでも遭ったみたいに固まってらぁ』とせせら笑っていた。
「班長! お疲れ様です!」
ご苦労班長はすでに採掘場に到着していた。
「この度はご心配おかけしてすみませんでした」
「なに、元気が一番だからな。戻ってこられて何よりだ」
嬉しそうに目を細める。
「ありがとうございます。岩盤の掘削状況はどうですか?」
「なかなか手ごわくてな、三日かけても数メートル進むのがやっとという状況だ。この奥に巨大なルトラがあることは分かっているんだが……」
「もしよければ、ぼくに任せてもらえませんか?」
ぼくは魔力の制御が下手だった。
ルトラの容量を超える魔力を無理やり押し込んで暴発させたのが先日のダイナマイトだ。
でも地上で体の中の毒素を焼いたり大量のクモたちと戦ったりする中で力の加減が分かった気がする。今ならきっとできる。
「なにをするつもりだ?」
怪訝な表情を浮かべてる班長。
ぼくは自信満々に答える。
「もちろん、連結鉱石(ダイナマイト)で硬い岩盤を吹っ飛ばすんですよ」
※
「それにしてもびっくりしました」
ハチミツが去り、シオンが眠りに就いた診察室にはリズとナナフシだけが起きていた。
「噂の『目隠しの勇者』がハチミツ君だったなんて夢にも思いませんでしたよ。あんなに大きなアカガネグモを退治しちゃうなんてさすが! 惚れ直しちゃう~!」
ナナフシは冷たい眼差しで見つめている。
リズは道具屋であり、情報屋であり、そして……。
「寝顔を眺めたいと言いながらハチミツの髪と血を採取していたようだが、なんのつもりだ。目覚めた瞬間に眼の虹彩も見ていたな。言っておくが貴様にはやらんぞ。あれはアルダからの大事な預かりもの、わたしの目を欺いて盗めると思ったら大間違いだ、盗掘者リゼルノ」
「いやん、アシュレイ様こわい~」
ナナフシことアシュレイ・アシュフォードとリゼルノの関係は一筋縄ではない。
「あたしは別に盗もうなんて思っていませんよ。”雇い主”の命令に従って”彼”を探していただけです~」
「雇い主とは?」
「それは守秘義務なのでめんごでーす。でもかわりにとっておきの情報をひとつ、なんと無料でお伝えしちゃいます。ですからルトラの刃を構えるのはやめてくださいよ。じゃないとハチミツ君が悲しみますよ?」
リズは笑いながら、眠るシオンの頬に触れた。手首にはいくつものルトラが数珠のように連なっており、魔力を込めればすぐさま爆発する。これは脅しだ。
「わたしがその腕ごと切り落とすとは思わないのか?」
「怖いこと言わないでくださいよ。わたしの血って少し変わってて、外気に触れると爆発するって言ったらどうします? シオンちゃんは今度こそダメかもしれませんね。試してみてもいいですよ?」
「……」
ナナフシが指輪に込めた魔力を引くのを確認し、素早く身をひるがえした。その先には緊急避難用の出口がある。
「王女メアリーが『目隠しの勇者』を血眼で探しているそうです。しばらくは地上に出ない方がいいと思いますよ、メアリー自身はただの世間知らずですがメイドのライラはちょっと厄介な人物なので。──では、またのご利用をお待ちしております。失礼しました!」
さっと通路に飛びこんで姿を消す。
直後、ドン!と爆発音が響いて砂煙が舞った。通路を封鎖して追っ手から逃れる策も忘れない。
「……王都のネズミめ」
ナナフシはぎりりと歯噛みした。
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