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第二章

ふたたびの地上

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 カーンカーンカーン……半鐘が鳴った。交代の時間だ。

「お疲れさまでしたお先に失礼します!」

 ぼくは居ても立ってもいらずに採掘場をあとにした。

 シオンがけが? けがをしたって? 大変じゃないか!

 早く行かなくゃ、と思うと自然と足が速くなる。

『おまえ、なんだよ一体、はぇえよー!』

 作業着のフードにしがみついたラックが叫んでもぼくは速度をゆるめず答える。

「いま忙しいんだ。舌を噛みたくなかったら黙ってて!」

『舌っておい、オレ様たちは魔力で会話──おをっ!』

 崩れ落ちた瓦礫をぴょんぴょんと飛び移り、目の前に現れたオオカマキリの鎌を紙一重で避ける。どうやらねぐらに入り込んでしまったらしく、次から次へと襲いかかってきた。
 ごめん、急いでいるから通してもらうよ。

 ポーチから取り出した煙水晶にぐっと魔力を込めた。

「ラック、息とめてフードに潜ってて!──煙霞(スモーク)っ!!」

 地面に向かって叩きつけるとたちまち白煙が広がった。魔物たちの視界を奪うだけでなく、匂いや熱を感知する器官をマヒさせる優れものだ。

 ギィイイイ……オオカマキリたちがぼくの姿を見失って騒いでいる隙間を縫って通り抜ける。こういうとき聴覚が敏感で良かったと思う。鎌をこすり合わせる音で大体の位置が理解できるんだから。

「よし、抜けた!」

 なんとかオオカマキリのねぐらを抜けた。

『ったく、どこのCランク採掘師が魔物の巣がある坑道をショートカットすんだよ。ふざけてるぜー』

「ごめん。だってとにかく急いでいるんだ。通常のルートを使っていたら一時間以上かかってしまう」

『だからってたった十五分で……っておい前!』

 進行方向、道がぷつりと途絶えている。崩落によって空洞になってしまったんだ。どうしよう、別のルートを探すと遠回りになってしまう。
 向こう側に見える坑道までの距離は十メートル以上……。

「ラック、しっかりと掴まってて」

 ぼくはポーチの中に手を押し入れた。

『え、ちょ、なにする気だ!?』

「爆風で跳ぶんだよ」

『跳ぶ……ちょっ! もう知らねーからな!!』

 走りながら火鉱石を握りしめる。
 深く沈んで、大きく跳躍した。

「発火(フレア)!」

 たったいま踏み切った地面に向けて火鉱石を投げつける。ドンッ!と派手な音と爆風が発生。その風に押されるようにしてぼくの体がさらに浮いた。だけどあと少し足りない。──落ちる!


(だめだ! まだ死ねない! またシオンに会うまでは!)


 強く願った刹那、体の内側から燃え上がるような感覚に襲われた。

 ──ドサ。

 ぼくの体は地面に叩きつけられた。そう、地面。
 恐る恐る目を開けると、さっきまでいた反対側の坑道から煙が上がるのが見えた。良かった。どうやら無事にたどり着いたみたいだ。

 無茶したせいで体のあちこちが痛いけど、これくらいは範疇内だ。

『いやだ、オレ様はまだ死にたくねぇ、イヤだ~』

 ぼくのフードの中ではラックが足をガクガク震わせている。怖がりなんだから。たとえ落ちても翅があるんだから飛べばいいのに。

「しっかりしろ、ぼくたちまだ生きてるよ」

『は!……なんだよびっくりさせやがって。ま、よゆーだったけどな』

「ごめんごめん。でももうすぐそこだから」

 まだ震えているラックを手の中に抱き、坑道ナンバーB-441『古井戸の底』に向かった。

 ゴンドラは前にぼくが降りた時のまま、下にあった。見上げた穴からは温かな光が差し込んでいる。きっと昼間なんだろう。鳥や虫の鳴き声でとても賑やかだ。

 やっぱり少しまぶしい。
 ぼくはシオンからもらった布を目元に巻く。

『で、どうするんだ? 地上に行くのか?』

 ここまで来ていまさらっと笑うかもしれないけど、ぼくはまだ悩んでいる。
 採掘師は許可なく職場を放棄してはいけない。職場……つまり地下坑窟を。

 チームの秩序を乱した者は『追放』される決まりだ。
 集団で採掘作業にあたる採掘師にとって追放はもっとも恐ろしいこと。

 シオンのことは心配だ。
 だけどまだそこまでの覚悟はできていない。

『ハチミツ……。なぁ、前から言おうと思ってたんだけど』

 ラックの言葉を遮るように足音がした。
 ひとりじゃない。だれかが追いかけられている。

「たすけてくださいー!」

 この声は!
 ぼくは我を忘れてゴンドラに飛び乗った。

 明るい日差しが包み込む。
 そこではひとりの女の子がオオカミ型の魔物の集団に囲まれていた。

「爆弾(ボム)!」

 火鉱石を放つ。
 戦闘にいた魔物の足に着弾し、派手に爆音があがった。オオカミたちは突然の事態にパニックになり、尻尾を撒いて逃げ出していく。

「だいじょうぶ!?」

 尻餅をついていた女の子に駆け寄る。
 左右の髪を編み込んだエプロン姿の子だ。あれ、見覚えがある。シオンが「アン」って呼んでいた子だ。

「はふぅ、死ぬかと思いました……」

 そうだ。間違いない。逢引きとかなんとか言ってたけど。

 女の子──アンはぼくの方を見て、ぱちぱち、と大きく瞳を瞬かせた。

「やっぱり来てくださったんですね! 目隠しの勇者様!」

 目隠しの勇者……だれのことだろう?
 きょろきょろと周りを見回したけど、だれもいない。ぼく以外には。

「どこを見ているんです? あなたですよ、あ・な・た」

 鼻先に指を突きつけられる。

 どうやらぼくが「目隠しの勇者様」らしい。
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