ダイナマイトと目隠しの勇者

咲間 咲良

文字の大きさ
上 下
22 / 42
第二章

ふたたびの地上

しおりを挟む
 カーンカーンカーン……半鐘が鳴った。交代の時間だ。

「お疲れさまでしたお先に失礼します!」

 ぼくは居ても立ってもいらずに採掘場をあとにした。

 シオンがけが? けがをしたって? 大変じゃないか!

 早く行かなくゃ、と思うと自然と足が速くなる。

『おまえ、なんだよ一体、はぇえよー!』

 作業着のフードにしがみついたラックが叫んでもぼくは速度をゆるめず答える。

「いま忙しいんだ。舌を噛みたくなかったら黙ってて!」

『舌っておい、オレ様たちは魔力で会話──おをっ!』

 崩れ落ちた瓦礫をぴょんぴょんと飛び移り、目の前に現れたオオカマキリの鎌を紙一重で避ける。どうやらねぐらに入り込んでしまったらしく、次から次へと襲いかかってきた。
 ごめん、急いでいるから通してもらうよ。

 ポーチから取り出した煙水晶にぐっと魔力を込めた。

「ラック、息とめてフードに潜ってて!──煙霞(スモーク)っ!!」

 地面に向かって叩きつけるとたちまち白煙が広がった。魔物たちの視界を奪うだけでなく、匂いや熱を感知する器官をマヒさせる優れものだ。

 ギィイイイ……オオカマキリたちがぼくの姿を見失って騒いでいる隙間を縫って通り抜ける。こういうとき聴覚が敏感で良かったと思う。鎌をこすり合わせる音で大体の位置が理解できるんだから。

「よし、抜けた!」

 なんとかオオカマキリのねぐらを抜けた。

『ったく、どこのCランク採掘師が魔物の巣がある坑道をショートカットすんだよ。ふざけてるぜー』

「ごめん。だってとにかく急いでいるんだ。通常のルートを使っていたら一時間以上かかってしまう」

『だからってたった十五分で……っておい前!』

 進行方向、道がぷつりと途絶えている。崩落によって空洞になってしまったんだ。どうしよう、別のルートを探すと遠回りになってしまう。
 向こう側に見える坑道までの距離は十メートル以上……。

「ラック、しっかりと掴まってて」

 ぼくはポーチの中に手を押し入れた。

『え、ちょ、なにする気だ!?』

「爆風で跳ぶんだよ」

『跳ぶ……ちょっ! もう知らねーからな!!』

 走りながら火鉱石を握りしめる。
 深く沈んで、大きく跳躍した。

「発火(フレア)!」

 たったいま踏み切った地面に向けて火鉱石を投げつける。ドンッ!と派手な音と爆風が発生。その風に押されるようにしてぼくの体がさらに浮いた。だけどあと少し足りない。──落ちる!


(だめだ! まだ死ねない! またシオンに会うまでは!)


 強く願った刹那、体の内側から燃え上がるような感覚に襲われた。

 ──ドサ。

 ぼくの体は地面に叩きつけられた。そう、地面。
 恐る恐る目を開けると、さっきまでいた反対側の坑道から煙が上がるのが見えた。良かった。どうやら無事にたどり着いたみたいだ。

 無茶したせいで体のあちこちが痛いけど、これくらいは範疇内だ。

『いやだ、オレ様はまだ死にたくねぇ、イヤだ~』

 ぼくのフードの中ではラックが足をガクガク震わせている。怖がりなんだから。たとえ落ちても翅があるんだから飛べばいいのに。

「しっかりしろ、ぼくたちまだ生きてるよ」

『は!……なんだよびっくりさせやがって。ま、よゆーだったけどな』

「ごめんごめん。でももうすぐそこだから」

 まだ震えているラックを手の中に抱き、坑道ナンバーB-441『古井戸の底』に向かった。

 ゴンドラは前にぼくが降りた時のまま、下にあった。見上げた穴からは温かな光が差し込んでいる。きっと昼間なんだろう。鳥や虫の鳴き声でとても賑やかだ。

 やっぱり少しまぶしい。
 ぼくはシオンからもらった布を目元に巻く。

『で、どうするんだ? 地上に行くのか?』

 ここまで来ていまさらっと笑うかもしれないけど、ぼくはまだ悩んでいる。
 採掘師は許可なく職場を放棄してはいけない。職場……つまり地下坑窟を。

 チームの秩序を乱した者は『追放』される決まりだ。
 集団で採掘作業にあたる採掘師にとって追放はもっとも恐ろしいこと。

 シオンのことは心配だ。
 だけどまだそこまでの覚悟はできていない。

『ハチミツ……。なぁ、前から言おうと思ってたんだけど』

 ラックの言葉を遮るように足音がした。
 ひとりじゃない。だれかが追いかけられている。

「たすけてくださいー!」

 この声は!
 ぼくは我を忘れてゴンドラに飛び乗った。

 明るい日差しが包み込む。
 そこではひとりの女の子がオオカミ型の魔物の集団に囲まれていた。

「爆弾(ボム)!」

 火鉱石を放つ。
 戦闘にいた魔物の足に着弾し、派手に爆音があがった。オオカミたちは突然の事態にパニックになり、尻尾を撒いて逃げ出していく。

「だいじょうぶ!?」

 尻餅をついていた女の子に駆け寄る。
 左右の髪を編み込んだエプロン姿の子だ。あれ、見覚えがある。シオンが「アン」って呼んでいた子だ。

「はふぅ、死ぬかと思いました……」

 そうだ。間違いない。逢引きとかなんとか言ってたけど。

 女の子──アンはぼくの方を見て、ぱちぱち、と大きく瞳を瞬かせた。

「やっぱり来てくださったんですね! 目隠しの勇者様!」

 目隠しの勇者……だれのことだろう?
 きょろきょろと周りを見回したけど、だれもいない。ぼく以外には。

「どこを見ているんです? あなたですよ、あ・な・た」

 鼻先に指を突きつけられる。

 どうやらぼくが「目隠しの勇者様」らしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...