ダイナマイトと目隠しの勇者

咲間 咲良

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第二章

黒壁の欠片と地上のうわさ

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「制限時間は休憩がおわるまでの五分。はい、スタート」

 リズの合図でぼくとハイゼルは黒壁の欠片に魔力を注ぎ込んだ。

「ぐぅ、ぐぬぬぬ……」

 ハイゼルは歯を食いしばって魔力を注入しているみたいだけど欠片は沈黙したまま。相当硬いみたいだ。

 ルトラにはそれぞれ反応温度がある。
 反応温度を理解し、自分の魔力をその温度まで上昇させた上で注入しないと、どれだけ力を押し込んでも跳ね返されるか吸収されるのがオチだ。たぶんこの欠片は吸収タイプ。

 ぼくは両手で欠片を包み込む、そっと目を閉じた。

(きみはだれだ)

 意識を集中させる。

(きみはなにを見てきた? どんな過去を辿ってきた? おしえて)

 ルトラは鉱石。
 地下坑窟の歴史そのものだ。

 目蓋に浮かんだのは地上の賑やかな街並み。
 人々が行き来し、活気にあふれた市場だ。

 暗転。
 次の瞬間には逃げ惑う人々と、遠くで噴煙をあげる山が見えた。
 火山噴火だ。

(血だ)

 倒れて動かなくなった人の血がしみこんでくる。
 欠片はただ受け止めるしかない。

 積み重なっていく火山灰を、動かなくなった死体を、なにもできずに。

(きみはずっと見ているしかなかったんだね……。つらかったね。くるしかったね。でももういいよ、ぼくが見たから。ぼくが伝えるから。遠い昔にどこかの国であった火山のことを)

 ふと、手の中から重みが消えた。
 目蓋を押し上げると欠片から炎が上がっている。それは遠い昔に人々の命を奪った火山の燃えるような赤ではなく、暗闇を優しく照らすような灯火(ともしび)だ。

「すごい、こんなキレイな光初めて!」

 リズが目をキラキラさせている。
 ぼくもそうだ。こんなに優しい光は初めて見る。

「リズ、この黒壁があったところに火山があったみたいなんだ。知ってる?」
「火山? そういえばすーっごく昔に噴火したって山があったかも。どうして?」
「教えてくれたんだよ」
「欠片が喋ったの? んん~?」

 リズが首を傾げるのも無理はない。
 ぼくもまさか意思疎通がはかれるとは思わなかった。

「……ざけんな! なんで点(つ)かないんだよ!」

 あ、ハイゼルのことすっかり忘れてた。
 見れば顔を真っ赤にして欠片を握りしめている。折るつもりなのかな? 無理だと思うけど。

「なんだよ」

 ぼくと目が合うとたちまち眉を吊り上げた。

「このおれが負けるわけないだろ! イカサマだ! そうに違いない!」

「はぁあ~? わざわざそんなことするわけないじゃ~ん」

「いいえリゼルノ嬢、こいつはCランクなんですよ!」

 リズの言葉にも耳を貸さず、肩をいからせてぼくに近づいてくる。こちらの欠片をパッと取り上げると自分が持っていた欠片を問答無用で押しつけてきた。

「イカサマじゃないっていうならこっちをつけてみろ! やれるもんならな!」

「……いいけど」

 ぼくは先ほどのように欠片を包みこみ。
 一度要領を得たので、今度は一秒もかからずに炎が灯った。一方、ハイゼルに奪われた方の欠片はヤツの手の中で沈黙を貫いている。無理やり入れればいいってものじゃないのにな。

「ねぇ潔く負けを認めたら? カッコ悪いよ?」

 リズに諭されたハイゼルは血が出るほど強く唇を噛んだ。

「おれは絶対に認めない! Cランクに負けるなんてあり得ないんだ!」

 手を振り上げ、壁に向かって欠片を叩きつけた。
 
「いい加減にしろハイゼル」

 さすがのぼくもムッとした。

「うるさい! おれに指図するな!」

 唾を飛ばしながら叫んだそのときだ。
 ドン! と爆発音がした。見ればハイゼルが叩きつけた欠片から煙が上がっている。岩盤に切れ目が入って壁面の一部が崩れそうだ。リズの真後ろで。

「リズ!」

 ぼくはとっさに手の中の欠片を投げた。

 いち、に、さん……。

「しゃがんで!」

 欠片が爆発し、リズの頭めがけて崩れかけた岩を消し去った。ぼくはぐっと上体を伸ばし、彼女の頭に降り注ぐ小石を自分で受け止めた。

『いて、いててて』

 フードの中に隠れていたラックがまともに砂の雨を受ける。ぼくもだ。

 やがて流れ落ちる砂が止まり、あたりに静けさが戻ってきた。

「8032!」
「大丈夫か!」

 周りの採掘師たちが駆け寄ってくる。

「リズ、だいじょうぶ?」
「……ん」

 そっと声をかけるとうずくまっていたいリズが怖々顔を上げた。
 きれいな顔に砂をかぶっている。手のひらで拭ってあげたかったけど生憎ぼくも砂まみれだ。

「ごめん。砂までは止められなかった」
「……ううん、ぜんぜんへいき」

 瞳をにじませてぼくを見つめてくる。痛いくらいの眼差しで。
 あれ、ぼく、なにかやっちゃったかな。

『はぁ、罪な男だぜハチミツは~』

 ラックが翅を使って羽箒みたいにぼくたちの顔についた砂を払ってくれる。完璧とは言えないけど十分きれいになった。

『これでヨシ、と。さて問題は──』

 ラックの鋭い視線はハイゼルに向けられている。
 当の本人は青ざめ、顔を引きつらせている。
 ルトラを投げて崩落を引き起こした。採掘師としては最低な行為だ。自分が引き起こした事態の大きさに戸惑っている。

『きっちり落とし前つけてもらわないとな。ああん?』

 いまにも飛びかかりそうなところを捕まえた。

「いいよ、放っておこう」

『なんでだよ! 死にかけたんだぞ! この翅で千本叩きしてやらないと気が済まないぜ!』

 ぼくには聞こえている。
 ハイゼルに近づく、魔物より恐ろしい存在の足音が。

「罰を与えるのはぼくらの役目じゃない。……だよね?」

「むろん、リーダの責任だ」

 魔物より恐ろしい存在──ことナナフシが背後に立った。
 振り向いたハイゼルがさーっと青ざめる。

「7724リーダー……」

「コード8006。おまえには少々きつめのお仕置きが必要なようだな。こい」

「ひっ……!」

 あわれハイゼルは問答無用で連行されていく。
 残された微光虫のヴィンセントも心配そうに後をついていった。


「リズ、怖い思いさせてごめんね。ハイゼルにはナナフシがお灸を据えておくと思うから」

「ううん、むしろハチミツくんのカッコよさが再認識できてよかった。……ところで配給品まだだったよね? なにが欲しいの? なんならサービスでリズを付けちゃうけど?」

「あ──、それはいいかな」

「気取らないし欲しがらない。もー、何回惚れ直させる気ー!? これ以上されたら死んじゃうよー」

「それは困る、リズがいないと食糧がまわってこないもん。ぼくは品物じゃなくて情報が欲しいんだ。地上の──メルカっていう街の様子を知りたい。理由は聞かないでほしい」

 地上、という言葉にリズは驚いたようだったけど「りょうかい」とすんなり頷く。

「セレスト領メルカの街のことね。最近大変な騒ぎになっているらしいよ?」

「騒ぎ?」

 魔物のことだろうか。
 でもそれは解決したはずなのに。

「順を追って説明するとね、なんでも街に現れたクモ型の魔物を、たったひとりで退治した人がいたんだって。いまその話題で持ちきりなの」

「へ、へぇー……そんな人が。す、すごいねぇ」

 冷や汗がでてきた。

「なんせ正体不明。全身黒ずくめで目隠しをして名前も名乗らず、お礼ももらわずに去っていったんだって。偉いよねぇ、一万ペルカくらいもらってもバチは当たらないと思うんだけどな。……でね、彼のことみんな探しているみたい。メルカはまた別の魔物が現れててんてこ舞いだから」

「べつの魔物!?」

「うん。前のクモよりも大変みたい。ギルド・メルトラを中心に一生懸命対処しているらしいけど全然追いついてないんだって。数日前には若いギルドマスターがケガしたとかなんとか。名前はたしか……シオンちゃんだったかな?」
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