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第二章
力試し
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「いつまでリゼルノ嬢と話しているんだ、彼女が迷惑しているじゃないか。さっさとどけ」
ハイゼルは強引にぼくたちの間に割って入る。
強く押されたぼくは軽く後ずさりした。体幹は鍛えているからよろめいたわけじゃないんだけど、距離をとってあげないと反動でリズが尻餅ついてしまいそうだったのだ。
『迷惑? おまえの目と耳どこについてんだ、どう見ても向こうがハチミツにお熱じゃねぇか』
ラックがぼやくとハイゼルの微光虫ヴィンセントが威嚇するようにうなった。ただ、体が大きい割に力が弱いので声は聞こえてこない。
「ごきげんようリゼルノ嬢。地下はるばる会いに来てくれて嬉しいよ」
ハイゼルはうやうやしく頭を下げる。一方のリズは自分の爪を気にして目も合わせない。
「え? 全然? 仕事だし?」
「またまたぁ。今日こそおれの名前を訊きたいんじゃないか? ん?」
「なまえ? なにそれ美味しいの?」
かみ合わない会話。
ぼくの首後ろでラックが『ぜんぜん相手にされてないでやんの、ざまぁ~』と笑っている。笑いすぎじゃないかな。
「おほん……、リゼルノ嬢。おれが欲しいものを言ってもいいだろうか」
「いーよ? なににする? 背を高く見せるシークレットブーツ? 頭が良くなる薬? それとも自分の顔を見るための鏡の方がいいかな?」
「まったく冗談が上手いなぁ。おれが欲しいものは銀だ。この石を嵌めることができる銀の土台」
ハイゼルが懐から取り出して見せたのは青く輝く氷鉱石だった。豆粒くらい小さいけど丁寧に磨かれている。それまで興味なさそうにリボンをいじっていたリズが「おおっ!」と歓喜の声をあげた。
「SS級の上質な氷鉱石じゃん。地上だとサファイアって呼ばれる宝石なんだよね。どうしたのこれ」
「ふふ、採掘中に見つけたんですよ。あなたにプレゼントしようと思って大切に保管していたんです。銀の土台に嵌め込めば指輪やネックレスになるでしょう? どうです、おれの名前知りたくなりました?」
本名を知るということはトクベツな関係になるということだ。
ハイゼルなりの必死のアプローチなんだろう。
『ふぅーん、ヤツにしてはなかなか考えてるじゃん』
「ラック、声大きいって」
でもそうだ。
ぼくたちが採掘しているルトラは地上では宝石と呼ばれることもある。プレゼントしたらきっと喜ばれるだろう。
ふっと脳裏に浮かんだのは太陽のような女の子だ。
……シオン、元気かな。
「──むり!? なぜ!?」
ハイゼルの絶叫で我に返った。
「あ、勘違いしないでね。アクセサリーに加工した銀を用意することはできるよ。ムリって言うのはハイゼルからプレゼントもらってトクベツな関係になることがムリって言ったの」
「どうして!」
「だってわたし強い人が好きだもん。実力が伴わないのに口ばっかり達者な人はちょっとね、生理的に無理っていうか。ね、ハチミツくん」
なんでそこでぼくの名前が?
みろ、ハイゼルも目を吊り上げにらんでる。
「なんで8032なんかに拘るんだ!? リゼルノ嬢だけじゃない、7724リーダーも5960班長も! そいつはCランクだぞ!?」
がうがうと吠えるハイゼルに周りで休憩していた採掘師たちも何事かと目線を送ってくる。チームワークの乱れは事故の元。あんまり好ましくない。
それでも怒りが収まらない様子のハイゼルに、リズがある提案を持ち掛けた。
「気に入らない? なら試してみたら? あなたとハチミツくん、どっちが上なのか。……いま面白いもの持ってるんだ」
そう言うと、様々な道具が詰め込まれている巨大なバッグをあさり始めた。
「あった」と取り出したのは手のひらサイズの黒い石だ。同じ大きさのものが二個あり、ぼくとハイゼルにそれぞれ手渡す。
ルトラのように見えるけど、なんだろう。
ずっしりと重くて冷たい。黒々とにぶく光っている。飲み込まれそうなほどの純黒だ。
触れているだけで魔力が奪われていく。
──ざわっ。
周囲が急に騒がしくなった。
近くで休憩していた採掘師たちの微光虫が一斉に羽ばたいたのだ。
ざわざわざわ、と不規則に光を点滅させながら奥の方へと逃げていく。主人である採掘師たちは相棒である微光虫たちの変化に戸惑いを隠せない。
『……やべぇぞそれ、なんか分かんねぇけど、すごくやべぇ』
いつもは能天気なラックも恐怖を隠しきれない様子でぼくのフードの中に隠れてしまう。
微光虫たちが本能的に恐怖を覚えるもの。
これは一体……。
リズが小さく笑った。
「それ、北ストレチア地方の黒壁(こくへき)の欠片なの。名前くらいは聞いたことがあるよね?」
北ストレチア地方の黒壁と言えば、その硬さから何千・何万人もの採掘師が採掘を諦めた堅牢な坑道だ。
そもそも採掘の基本は火鉱石で岩盤を破壊し、ツルハシで削り取っていく作業になる。
黒壁はあまりにも硬く、どんなに上質で威力の高い火鉱石を用いても破ることができなかったという。
「ある採掘師が30年削り続けてようやくこのサイズがとれたらしいよ。で、調べたらこれ自体が魔力を秘めた火鉱石らしいの。──つまり魔力を流し込めば反応するってこと。これで力比べをしてみない?」
「「力比べ?」」
「そ。大きさも重さもまったく同じ二つのルトラに同時に魔力を流し込むの。どんな光を放つかを見れば、魔力の量や質が一目で分かるでしょう」
火鉱石である以上は魔力を流し込めば反応する。
理屈では分かっていても、相手はあまたの採掘師を拒んだ黒壁だ。そう簡単には発光しないだろう。
「黒壁とは言っても火鉱石は火鉱石だろ?──おれはやるぜ。余裕だ」
高らかに宣言したのはハイゼルだ。
ちなみに彼の微光虫ヴィンセントはとっくに逃げ出している。
「もしおれが買ったら銀と……そうだな、デートしよう。本名を教えるのはその時でいい」
「いいよ。でももし負けたら?」
「その時はおれの配給分を8032に回してやるさ」
「だって。ハチミツくんはどうする?」
一抹の不安がぼくの中で渦巻く。
でも、思い出した。自信をもって、というシオンの言葉を。
「やってみるよ。試してみたい」
「そうこなくっちゃ! それ、大枚はたいて入手したはいいものの加工しづらくて扱いに困ってたんだよね~」
リズがにっこりと微笑んだ。
なんだか、うまく利用されたような気がしないでもないけど。
ハイゼルは強引にぼくたちの間に割って入る。
強く押されたぼくは軽く後ずさりした。体幹は鍛えているからよろめいたわけじゃないんだけど、距離をとってあげないと反動でリズが尻餅ついてしまいそうだったのだ。
『迷惑? おまえの目と耳どこについてんだ、どう見ても向こうがハチミツにお熱じゃねぇか』
ラックがぼやくとハイゼルの微光虫ヴィンセントが威嚇するようにうなった。ただ、体が大きい割に力が弱いので声は聞こえてこない。
「ごきげんようリゼルノ嬢。地下はるばる会いに来てくれて嬉しいよ」
ハイゼルはうやうやしく頭を下げる。一方のリズは自分の爪を気にして目も合わせない。
「え? 全然? 仕事だし?」
「またまたぁ。今日こそおれの名前を訊きたいんじゃないか? ん?」
「なまえ? なにそれ美味しいの?」
かみ合わない会話。
ぼくの首後ろでラックが『ぜんぜん相手にされてないでやんの、ざまぁ~』と笑っている。笑いすぎじゃないかな。
「おほん……、リゼルノ嬢。おれが欲しいものを言ってもいいだろうか」
「いーよ? なににする? 背を高く見せるシークレットブーツ? 頭が良くなる薬? それとも自分の顔を見るための鏡の方がいいかな?」
「まったく冗談が上手いなぁ。おれが欲しいものは銀だ。この石を嵌めることができる銀の土台」
ハイゼルが懐から取り出して見せたのは青く輝く氷鉱石だった。豆粒くらい小さいけど丁寧に磨かれている。それまで興味なさそうにリボンをいじっていたリズが「おおっ!」と歓喜の声をあげた。
「SS級の上質な氷鉱石じゃん。地上だとサファイアって呼ばれる宝石なんだよね。どうしたのこれ」
「ふふ、採掘中に見つけたんですよ。あなたにプレゼントしようと思って大切に保管していたんです。銀の土台に嵌め込めば指輪やネックレスになるでしょう? どうです、おれの名前知りたくなりました?」
本名を知るということはトクベツな関係になるということだ。
ハイゼルなりの必死のアプローチなんだろう。
『ふぅーん、ヤツにしてはなかなか考えてるじゃん』
「ラック、声大きいって」
でもそうだ。
ぼくたちが採掘しているルトラは地上では宝石と呼ばれることもある。プレゼントしたらきっと喜ばれるだろう。
ふっと脳裏に浮かんだのは太陽のような女の子だ。
……シオン、元気かな。
「──むり!? なぜ!?」
ハイゼルの絶叫で我に返った。
「あ、勘違いしないでね。アクセサリーに加工した銀を用意することはできるよ。ムリって言うのはハイゼルからプレゼントもらってトクベツな関係になることがムリって言ったの」
「どうして!」
「だってわたし強い人が好きだもん。実力が伴わないのに口ばっかり達者な人はちょっとね、生理的に無理っていうか。ね、ハチミツくん」
なんでそこでぼくの名前が?
みろ、ハイゼルも目を吊り上げにらんでる。
「なんで8032なんかに拘るんだ!? リゼルノ嬢だけじゃない、7724リーダーも5960班長も! そいつはCランクだぞ!?」
がうがうと吠えるハイゼルに周りで休憩していた採掘師たちも何事かと目線を送ってくる。チームワークの乱れは事故の元。あんまり好ましくない。
それでも怒りが収まらない様子のハイゼルに、リズがある提案を持ち掛けた。
「気に入らない? なら試してみたら? あなたとハチミツくん、どっちが上なのか。……いま面白いもの持ってるんだ」
そう言うと、様々な道具が詰め込まれている巨大なバッグをあさり始めた。
「あった」と取り出したのは手のひらサイズの黒い石だ。同じ大きさのものが二個あり、ぼくとハイゼルにそれぞれ手渡す。
ルトラのように見えるけど、なんだろう。
ずっしりと重くて冷たい。黒々とにぶく光っている。飲み込まれそうなほどの純黒だ。
触れているだけで魔力が奪われていく。
──ざわっ。
周囲が急に騒がしくなった。
近くで休憩していた採掘師たちの微光虫が一斉に羽ばたいたのだ。
ざわざわざわ、と不規則に光を点滅させながら奥の方へと逃げていく。主人である採掘師たちは相棒である微光虫たちの変化に戸惑いを隠せない。
『……やべぇぞそれ、なんか分かんねぇけど、すごくやべぇ』
いつもは能天気なラックも恐怖を隠しきれない様子でぼくのフードの中に隠れてしまう。
微光虫たちが本能的に恐怖を覚えるもの。
これは一体……。
リズが小さく笑った。
「それ、北ストレチア地方の黒壁(こくへき)の欠片なの。名前くらいは聞いたことがあるよね?」
北ストレチア地方の黒壁と言えば、その硬さから何千・何万人もの採掘師が採掘を諦めた堅牢な坑道だ。
そもそも採掘の基本は火鉱石で岩盤を破壊し、ツルハシで削り取っていく作業になる。
黒壁はあまりにも硬く、どんなに上質で威力の高い火鉱石を用いても破ることができなかったという。
「ある採掘師が30年削り続けてようやくこのサイズがとれたらしいよ。で、調べたらこれ自体が魔力を秘めた火鉱石らしいの。──つまり魔力を流し込めば反応するってこと。これで力比べをしてみない?」
「「力比べ?」」
「そ。大きさも重さもまったく同じ二つのルトラに同時に魔力を流し込むの。どんな光を放つかを見れば、魔力の量や質が一目で分かるでしょう」
火鉱石である以上は魔力を流し込めば反応する。
理屈では分かっていても、相手はあまたの採掘師を拒んだ黒壁だ。そう簡単には発光しないだろう。
「黒壁とは言っても火鉱石は火鉱石だろ?──おれはやるぜ。余裕だ」
高らかに宣言したのはハイゼルだ。
ちなみに彼の微光虫ヴィンセントはとっくに逃げ出している。
「もしおれが買ったら銀と……そうだな、デートしよう。本名を教えるのはその時でいい」
「いいよ。でももし負けたら?」
「その時はおれの配給分を8032に回してやるさ」
「だって。ハチミツくんはどうする?」
一抹の不安がぼくの中で渦巻く。
でも、思い出した。自信をもって、というシオンの言葉を。
「やってみるよ。試してみたい」
「そうこなくっちゃ! それ、大枚はたいて入手したはいいものの加工しづらくて扱いに困ってたんだよね~」
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