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第二章

道具屋リズ

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「よし、集合してくれ」

 ご苦労班長の号令の下、採掘師たちが今日の作業場である第二坑道に集まる。皆それぞれに微光虫を連れていた。

「最終目標はこの奥に埋まっているとされる一トン級の火鉱石の発掘だ。きょうの目標は二メールの掘削。準備ができたらはじめてくれ」

 班長が自分の微光虫を放つと、各々が微光虫に合図を送った。ぼくもラックの甲羅を撫でる。

「今日も頼むな、相棒」

『任せとけ。おまえの足元をとびっきり明るく照らしてやるよ』

「欠けた月(ラック)の癖に」

『うるせっ』

 生意気な口をきいて飛び立ったラックは、他の微光虫たちと同様に天井部に張りつき、暗闇に閉ざされていた坑内を明るく照らし出した。

 採掘師たちにとって明かりは生命線。水漏れや落盤の前兆、天敵である332の尻尾を見るためには必要不可欠だ。採掘師にとって微光虫は数少ない個人所有の資産であり、かけがえのないパートナーなのだ。

 いま採掘を進めている黒壁は鋼のように固く、を掘り進めるのは至難の業だった。一日中ツルハシを振るっても数センチも削り取れない。

「もっと簡単にいかねぇかな。ダイナマイトとかでドカン、てさ」

 額ににじんだ汗をぬぐいながら隣のヤジがぼやく。
 どきっとするぼくをよそに、奥にいたハイゼルががなだめるように笑いかけた。

「たとえダイナマイトがあっても地盤の質や状況を見極めて的確に穴を空けるのはとても難しいんだ。Aランク、Sランクを飛び越えてSSランクレベルだ。つまり──そこにいるCランクくんには夢のまた夢ってこと」

「そりゃ無理だわ」

 と笑いあうふたりの頭上でラックが光る。

『おんやー? オレ様の知っているヤツはCランクだけどダイナマイト自作してたぜ?』

 こら、余計なこと言うな。だれかに聞かれたらどうするんだよ。

 一瞬冷や汗をかいたけどハイゼルたちには聞こえなかったらしい。

「こらそこ、元気なのはいいことだが手が動いてないぞ!」

「「す、すみません~」」

 ハイゼルたちは無駄口を叩いたことを班長にたしなめられている。

『へっ、いいきみだぜ』

 ラックはけたた笑っている。
 仲間のことを悪く言いたくはないけど、ぼくも心の中で大いに笑ってしまった。



 ――採掘作業開始から四時間。ようやく休憩になった。

「ご苦労だったな、今日は月に一度の特別配給日だ」

 へたりこんでいた採掘師たちが嬉々として班長の元に駆け寄っていく。

 通常の配給はその日の採掘量や質によって毎日物品が支給されるが、特別配給日は日ごろの勤労を労う品物がもらえる。

 内容は毎月違う。ある程度の枚数を集めることによって家具や部屋、休息日を一日多くもらえる権利が手に入る貝殻だったり、干しイモなどの食糧だったり、野菜の種だったり、微光虫の餌となる微生物だったり。

 ぼくは嗜好品の蜜玉やラックのための新鮮な水草をもらうことが多い。

 蜜玉っていうのは蜂蜜を固めた豆粒ほどの玉のことだ。きらきらとした黄金色に輝き、口に含むと得も言われぬ甘さがとろけだす。これ一粒あれば何日でも働けそうなくらい美味なのだ。

「皆も知っているように先日廃坑道で巨大な火鉱石群が発見された。7724リーダーの計らいで今回は上限なく好きなものをひとつ頼んでいいことになった。御用聞きの道具屋にそれぞれ注文するように」

「こんちはー!」

 元気いっぱいに登場したのは金の髪に青いカチューシャリボンをつけた女の子だ。

 道具屋のリゼルノ・ブランケット──愛称はリズ。十五歳。
 地上と地下を行き来する数少ない人間で、お金さえ積めば欲しいものはなんでも手に入れてくれる凄腕の商人だ。

「チーム・アルダの皆様、巨大火鉱石群の発見おめでとーございまーす! このリズが、皆さんのご所望の品をなーんでもご用意しちゃいますよ。日用品から嗜好品、レアアイテムや微光虫ちゃんのためのおしゃれグッズまでなんでもこざれ。もちろんリズとの一日デートやリズとのいちゃいちゃトークタイムもオッケーです!」

 おおおお、と坑内に大歓声が上がった。
 採掘師の中には天真爛漫なリズの熱烈なファンも多い。

「言っておくが」

 班長がコホン、と咳払いした。

「なにごとも元気が一番だ! だが、あんまり羽目を外さないようにな。うん」


   ※


 順番に配給品を選んでいき、ようやくぼくの番がきた。
 敷物の上に商品を並べていたリズがパッと目を輝かせる。

「きゃあハチミツくん久しぶりー! ねーねー今日こそ名前教えてよー!」

 以前リズが落石に道を塞がれて困っていたところを助けたことがある。それ以来、こうやって顔を合わせる度に本名を聞かれるようになった。

 両手で抱きついてきそうだったので素早く後退して回避した。ぼくの服は採掘で汚れているから。

「ごめん。本名は無闇に教えちゃいけないんだ」

「知ってるよ。採掘師が名前を教えるのは家族とトクベツな人だけでしょ? そのトクベツになりたいって言ってるのに鈍いんだからー。まぁ、ダイヤモンドみたいに硬派なところがまたいいんだけどねー」

 頬を膨らませて拗ねたり両手をこすり合わせてモジモジしたり、忙しい人だ。

「ま、それはそれとして。配給品なににする?」

 パッと商売人の顔に戻る。さすが、切り替えが早い。

「成長期のハチミツくんには栄養ドリンク剤や特製の作業服がお勧めだよ。生地の合間に屑石が埋め込まれていてとーっても綺麗なの」

「いや、作業中におしゃれしても」

「じゃあ雷鉱石でできたツルハシはどう? 魔物が来たら感電させられるし、魔力を込めれば爆破もできて一石二鳥」

「ツルハシは使い慣れたものがいいから爆破するのはちょっと」

「ワガママなんだから。こうなったら究極のアイテム! ずばりリズの生……」

「そういうのはちょっと」

「もぅ欲しがらないんだからー! でもそこがいいー!」

 リズは地団駄を踏んで悔しがっている。

 彼女がいると暗い坑道内にパッと光が差したように空気が明るくなる。打てば響くような会話も楽しい。でも強引すぎてちょっと怖いときもある。

「ラックはなにか欲しいものある?」

『オレ様? そうだなぁ、新鮮な水草と甘い花の蜜とふかふかの寝床と可愛いカノジョかな』

「多すぎるよ、欲張りだなぁ」

『まぁいずれハチミツがSランクの採掘師になって叶えてくれるだろうから、今のまま我慢してやるよ。……それより聞きたいことがあるんじゃないのか? リズは道具屋であり情報屋なんだぜ?』

 そうだ。
 リズは地上の情報にも精通している。メルカの街がどうなったのかも承知しているはずだ。

「リズ、聞きたいんだけど──」

 前のめりになった瞬間、横から手が伸びてきた。

「このノロマ。いつまで待たせるんだ。これだからCランクは困る」

 ハイゼルだ。
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