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第一章
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『恐れながらナナフシ様にお伺いします。どうして8032を地上に行かせたんですの?』
地下坑窟の一角、坑道ナンバーF-056、『竜の巣』。
ナナフシの肩に乗ったルナがおずおずと問いかけた。
「どうして、とは?」
ナナフシは辺りに散乱した瓦礫を避けながら奥へと進む。
まるでダンスでも踊っているような軽やかさで、純白の髪が優雅に揺れる。
ルナは主人に振り落とされぬよう必死にしがみついていた。
『8032は十四歳──採掘師見習い。地上に行かせるのはまだ早いんじゃないですの? いくらあの方の息子でも』
採掘師の世界では十四歳になってようやく試験を受けられることになっていた。
募集者は国だ。自ら志願して試験を受ける者もいれば、親が借金のカタに送り出す例も多い。
ハチミツは特殊な事情があって幼いころから地下坑窟で育ったが、多くの人間は元々「地上」で生活を送っていた。
応募者数千人にたいして合格率は一割。
だが、合格者の半数は三ヶ月ともたずに脱落する。
自然が生み出した複雑怪奇な迷宮、いつ崩れるのかわからない岩盤、襲いくる獰猛な魔物たち……それらに対応するには五感、忍耐、体力、筋力、精神力、魔力のいずれもある程度のレベルに達していなければならない。どれか一つが突出していても、地下坑窟という圧倒的な空間では生き残ることはできないのだ。
ある者は精神を病み、ある者は崩落に巻き込まれ、ある者は逃走する。
そんな恐ろしい地下坑窟をまるで自分の庭のように飛び回るハチミツはとても奇妙で、稀少な存在だ。
「そう言うな。ハチミツには期待しているんだ」
ナナフシはいま十九歳だが、その力を見込まれて飛び級を重ね、半年前にSSSランクに到達、チーム・アルダのリーダーに就任した。
女性で、かつ最年少でのリーダー就任。前例はない。
いわれのない中傷を浴びせられながらも、ナナフシは持ち前の能力と行動力でチームを牽引してきた。
「あいつは自分の力を正しく理解していない面がある。リーダーとしては地上に出ることで少しでも自信をつけてくれればと思っているのだが」
『ですが……』
ふと、行く手を阻むように巨大な岩盤が立ちふさがった。
「邪魔だな」
左手の中指に嵌まった指輪に眼差しを送る。金の筋が入った金鉱石だ。
注ぎ込んだ魔力に呼応して眩い光を放った。
手の中に顕現したのは身の丈もある巨大な白刃だ。
「斬る」
淡々と、無造作に払いのける。
剣先から疾風が舞った。
ザンッ──!
岩盤は粉々に砕け、無残にも崩れ落ちる。
ナナフシは何事もなかったように再び歩き出した。
「……ルナ。二年前、コロニーにオオムカデが出現したことを覚えているか?」
『はい、もちろんですわ。突然現れたオオムカデのせいで数人の採掘師が犠牲になりました。わたくしが落石で気絶している間にナナフシ様が廃坑に誘導して退治なさったのでしたよね?』
採掘師たちが生活するコロニー内に現れたオオムカデは、蓄えていた食糧を食い荒らし、阻止しようとした採掘師たちに牙を剥いた。腹を減らした巨体を前にして、並みの採掘師たちは抵抗する術をもたなかった。
「これは内緒の話だが。チーム内ではわたしが退治したことになっているがアレをやったのはハチミツだ」
『え!? 8032が? 十二歳で!?』
ルナが驚くのも無理はない。
十二歳といえばルトラに魔力を注ぐ訓練をはじめる年齢だからだ。
「ああ。採掘師の仲間たちを傷つけられて怒りに震えながら、坑道に残された屑石に魔力を注ぎ込んだんだ。数百、それも同時に、とんでもない魔力を。坑道中に火花が散り、オオムカデの体は砂礫で何度も何度も穿たれ、最後は木っ端みじん。恐ろしいほどの強さだった。本人はその時の記憶が曖昧らしく、いつの間にかわたしが退治したことになっていたんだ。どんなに説明しても『そんなはずないよ』と、へらへらと笑ってな」
かつて、彼の父がこんなことを言っていた。
ハチミツは普通ではない、と。
どんなに強い魔力を宿す採掘師でも、ルトラを介してしかその能力を発揮することができない。
しかし、ハチミツは生まれつき体内にルトラに替わる「火種」をもっている。
つまりルトラがなくても体一つで魔法を使うことができるのだ。「火花(スパーク)」と呼ぶらしい。
ただ、これまでほとんど例がないだけにその可能性も危険性も未知数。
だから守り石として特殊な火鉱石が嵌め込まれた腕輪を与えることにした。あれはハチミツの暴走を抑えるためのものだ。
ただ、不安はある。
ハチミツの能力は未知数だ。
今後どんな事態があっても腕輪で抑えられればいいのだが……と。
「オオムカデの件はハチミツの怒りが一時的に腕輪の抑止力を上回ったための暴走だろう。あの後わたしの手で腕輪をさらに強固なものにしておいたが、果たしてもつのかどうか……」
『そんなことがあったのですね』
「末恐ろしいやつだ。みろ、このエリアを」
ハチミツが「力試し」で挑んだ坑道は、巨大な火鉱石群があると知りながらもその頑丈さを前に採掘師たちが涙を呑んで諦めてきたエリアだった。
本人はそれを知ってか知らずか、粗悪なルトラをつなぎあわせたダイナマイトで見事に爆破してしまった。並の採掘師であれば小さな窪みを空けるのかやっとであろう、屑石で。
『ナナフシ様、ご覧ください、あの火鉱石群……!』
ルナが驚きの声を上げた。
血のように朱い巨大火鉱石群がナナフシたちを出迎える。数時間前にハチミツが発見したものだ。
『ナナフシ様……失言をお許しください。わたくしが間違っていました。なんて潜在能力なのでしょう』
呆気にとられていたルナは自分の言動を恥じ入るように光を消した。
主人であるナナフシは慰めるように触覚を撫でながらも満足げに微笑んでいる。
「地下に戻ってきたら盛大に祝ってやらないとな。採掘師試験の合格おめでとう──と。ただし廃坑道への無許可侵入は褒められたものではないのでCランクからのスタートになるがな」
『まぁ、最低ランクですのね』
「だが、そう遠くないうちにSランクに到達するだろう。そしてこのわたし──アシュレイ・アシュフォードが果たせなかった『願い』を叶えてくれるはずだ。──なぁ、ハチミツ?」
見事な巨壁を前に、ナナフシ──かつて剣聖と呼ばれた女騎士は弟分の名前を囁くのだった。
※ ※ ※
「……くしゅんっ」
だれかに呼ばれたような気がして目が覚めた。
ん? あれ? なにがどうなったんだっけ?
いつの間にか気絶していたらしい。
足元に転がっているのは砂のような灰。
なんだこれ、どこから降ってきたんだ? クモたちはどこにいった?
頭上からざぁっと強い風が吹き込んできた。
寒い。
まるで屋外にいるみたいだと思って顔を上げた瞬間、固まった。
天井に巨大な穴が空いている。
かなり強い炎で焼けたのか、黒焦げになった木材の破片がハラハラと降り注いでいた。
一体なんだ。なにが起きた?
まさか。
「ぼく──やらかしちゃった?」
知らないうちにルトラを暴発させたのだろうか。
そうに違いない。ぼくは魔力のコントロールが下手だから。
「どうしよう、こんなに目立ったらナナフシに怒られる……!!」
全身からさぁっと血の気が引いていく。
地下坑窟の一角、坑道ナンバーF-056、『竜の巣』。
ナナフシの肩に乗ったルナがおずおずと問いかけた。
「どうして、とは?」
ナナフシは辺りに散乱した瓦礫を避けながら奥へと進む。
まるでダンスでも踊っているような軽やかさで、純白の髪が優雅に揺れる。
ルナは主人に振り落とされぬよう必死にしがみついていた。
『8032は十四歳──採掘師見習い。地上に行かせるのはまだ早いんじゃないですの? いくらあの方の息子でも』
採掘師の世界では十四歳になってようやく試験を受けられることになっていた。
募集者は国だ。自ら志願して試験を受ける者もいれば、親が借金のカタに送り出す例も多い。
ハチミツは特殊な事情があって幼いころから地下坑窟で育ったが、多くの人間は元々「地上」で生活を送っていた。
応募者数千人にたいして合格率は一割。
だが、合格者の半数は三ヶ月ともたずに脱落する。
自然が生み出した複雑怪奇な迷宮、いつ崩れるのかわからない岩盤、襲いくる獰猛な魔物たち……それらに対応するには五感、忍耐、体力、筋力、精神力、魔力のいずれもある程度のレベルに達していなければならない。どれか一つが突出していても、地下坑窟という圧倒的な空間では生き残ることはできないのだ。
ある者は精神を病み、ある者は崩落に巻き込まれ、ある者は逃走する。
そんな恐ろしい地下坑窟をまるで自分の庭のように飛び回るハチミツはとても奇妙で、稀少な存在だ。
「そう言うな。ハチミツには期待しているんだ」
ナナフシはいま十九歳だが、その力を見込まれて飛び級を重ね、半年前にSSSランクに到達、チーム・アルダのリーダーに就任した。
女性で、かつ最年少でのリーダー就任。前例はない。
いわれのない中傷を浴びせられながらも、ナナフシは持ち前の能力と行動力でチームを牽引してきた。
「あいつは自分の力を正しく理解していない面がある。リーダーとしては地上に出ることで少しでも自信をつけてくれればと思っているのだが」
『ですが……』
ふと、行く手を阻むように巨大な岩盤が立ちふさがった。
「邪魔だな」
左手の中指に嵌まった指輪に眼差しを送る。金の筋が入った金鉱石だ。
注ぎ込んだ魔力に呼応して眩い光を放った。
手の中に顕現したのは身の丈もある巨大な白刃だ。
「斬る」
淡々と、無造作に払いのける。
剣先から疾風が舞った。
ザンッ──!
岩盤は粉々に砕け、無残にも崩れ落ちる。
ナナフシは何事もなかったように再び歩き出した。
「……ルナ。二年前、コロニーにオオムカデが出現したことを覚えているか?」
『はい、もちろんですわ。突然現れたオオムカデのせいで数人の採掘師が犠牲になりました。わたくしが落石で気絶している間にナナフシ様が廃坑に誘導して退治なさったのでしたよね?』
採掘師たちが生活するコロニー内に現れたオオムカデは、蓄えていた食糧を食い荒らし、阻止しようとした採掘師たちに牙を剥いた。腹を減らした巨体を前にして、並みの採掘師たちは抵抗する術をもたなかった。
「これは内緒の話だが。チーム内ではわたしが退治したことになっているがアレをやったのはハチミツだ」
『え!? 8032が? 十二歳で!?』
ルナが驚くのも無理はない。
十二歳といえばルトラに魔力を注ぐ訓練をはじめる年齢だからだ。
「ああ。採掘師の仲間たちを傷つけられて怒りに震えながら、坑道に残された屑石に魔力を注ぎ込んだんだ。数百、それも同時に、とんでもない魔力を。坑道中に火花が散り、オオムカデの体は砂礫で何度も何度も穿たれ、最後は木っ端みじん。恐ろしいほどの強さだった。本人はその時の記憶が曖昧らしく、いつの間にかわたしが退治したことになっていたんだ。どんなに説明しても『そんなはずないよ』と、へらへらと笑ってな」
かつて、彼の父がこんなことを言っていた。
ハチミツは普通ではない、と。
どんなに強い魔力を宿す採掘師でも、ルトラを介してしかその能力を発揮することができない。
しかし、ハチミツは生まれつき体内にルトラに替わる「火種」をもっている。
つまりルトラがなくても体一つで魔法を使うことができるのだ。「火花(スパーク)」と呼ぶらしい。
ただ、これまでほとんど例がないだけにその可能性も危険性も未知数。
だから守り石として特殊な火鉱石が嵌め込まれた腕輪を与えることにした。あれはハチミツの暴走を抑えるためのものだ。
ただ、不安はある。
ハチミツの能力は未知数だ。
今後どんな事態があっても腕輪で抑えられればいいのだが……と。
「オオムカデの件はハチミツの怒りが一時的に腕輪の抑止力を上回ったための暴走だろう。あの後わたしの手で腕輪をさらに強固なものにしておいたが、果たしてもつのかどうか……」
『そんなことがあったのですね』
「末恐ろしいやつだ。みろ、このエリアを」
ハチミツが「力試し」で挑んだ坑道は、巨大な火鉱石群があると知りながらもその頑丈さを前に採掘師たちが涙を呑んで諦めてきたエリアだった。
本人はそれを知ってか知らずか、粗悪なルトラをつなぎあわせたダイナマイトで見事に爆破してしまった。並の採掘師であれば小さな窪みを空けるのかやっとであろう、屑石で。
『ナナフシ様、ご覧ください、あの火鉱石群……!』
ルナが驚きの声を上げた。
血のように朱い巨大火鉱石群がナナフシたちを出迎える。数時間前にハチミツが発見したものだ。
『ナナフシ様……失言をお許しください。わたくしが間違っていました。なんて潜在能力なのでしょう』
呆気にとられていたルナは自分の言動を恥じ入るように光を消した。
主人であるナナフシは慰めるように触覚を撫でながらも満足げに微笑んでいる。
「地下に戻ってきたら盛大に祝ってやらないとな。採掘師試験の合格おめでとう──と。ただし廃坑道への無許可侵入は褒められたものではないのでCランクからのスタートになるがな」
『まぁ、最低ランクですのね』
「だが、そう遠くないうちにSランクに到達するだろう。そしてこのわたし──アシュレイ・アシュフォードが果たせなかった『願い』を叶えてくれるはずだ。──なぁ、ハチミツ?」
見事な巨壁を前に、ナナフシ──かつて剣聖と呼ばれた女騎士は弟分の名前を囁くのだった。
※ ※ ※
「……くしゅんっ」
だれかに呼ばれたような気がして目が覚めた。
ん? あれ? なにがどうなったんだっけ?
いつの間にか気絶していたらしい。
足元に転がっているのは砂のような灰。
なんだこれ、どこから降ってきたんだ? クモたちはどこにいった?
頭上からざぁっと強い風が吹き込んできた。
寒い。
まるで屋外にいるみたいだと思って顔を上げた瞬間、固まった。
天井に巨大な穴が空いている。
かなり強い炎で焼けたのか、黒焦げになった木材の破片がハラハラと降り注いでいた。
一体なんだ。なにが起きた?
まさか。
「ぼく──やらかしちゃった?」
知らないうちにルトラを暴発させたのだろうか。
そうに違いない。ぼくは魔力のコントロールが下手だから。
「どうしよう、こんなに目立ったらナナフシに怒られる……!!」
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