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第一章
7724
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ナナフシ。コード7724はぼくの兄貴分だ。
採掘師としてのルールやルトラの扱い方をぼくに教えてくれた。
ふだんは無表情で愛想がない。言いたいことはズバズバ言う。でもびっくりするほど頭が良い。治癒鉱石を得意としているので裏方でぼくら採掘師の治療に携わってくれているけど、ルトラを扱う腕前は相当なものだ。ついでに体術も極めている。さっきのオオカマキリくらいならルトラを出さずとも蹴りで瞬殺だろう。
「ハチミツ、こっち向け」
ナナフシがぼくの顎を引き寄せた。
長いまつ毛に縁どられた蒼い瞳に引きずり込まれそうになる。
腰まで届く真っ白な髪と純白の白衣。兄貴分とは言ったが性別上は「女性」だ。立ち振る舞いはどう見ても「男」なので姉というよりは兄に近い。
きれいな顔をぐっと近づけて、一言。
「歯を食いしばれ」
「なんで?」
「忠告はしたからな」
直後、
パーン!!
問答無用で頬を引っぱたかれた。
「ぎゃあっ!」
驚きのあまり腰が抜けてしまった。
「な、ななななにするんだよいきなり!」
「手加減はした。許せ。これが一番手っ取り早い方法なんだ。取れただろう、それ」
ナナフシが示したのは足元でひっくり返っている虫……いやラックだ。
仰向けになって気絶している。
しばらくすると意識を取り戻したのかジタバタを足を動かしはじめ、パッと表向きになったかと思えば宙に飛び上がった。
『てめぇナナフシ、オレ様を狙っただろ! この暴力女! ヤブ医者! おまえが寝るとき目の前でチカチカして寝不足にしてやんぞコラぁ!』
けたたましく翅を鳴らして抗議するラックに別の方向から襲撃があった。
一回り大きい微光虫だ。問答無用でラックを突き飛ばし、壁にめり込ませる。
ピンク色の甲羅をもつ微光虫、ナナフシのパートナーのルナだ。虫の世界ではよくあることだけどメスはオスよりも大きい。
『ル、ルナしゃん』
『アンタ、ナナフシ様に対してなんて口の利き方をするのよ。いい、ナナフシ様は力試しから戻ってこないハチミツを心配してわざわざ迎えにいらしたのよ。あぁ、なんて慈悲深くてお優しい方なのかしら……。爪の垢を煎じてアンタの口に押し込んでやりたいわ』
ルナはナナフシの熱心な信仰者だ。
ナナフシを侮辱する相手を決して許さない。気の強さは飼い主そっくり。
「……ルナ、もういい。戻れ」
『はいナナフシ様ぁ~』
主人の命令に忠実なルナはいそいそと肩に乗った。品の良いお嬢さまが座るようなお行儀のよい着地の仕方だ。
ルナの発光器官から発せられるピンク色の光はラックのそれより数十倍明るい。
ナナフシは瞬きせずにじっとぼくを見つめていた。
「さて、どうしたものか」
ちらっと向けられた視線の先には事態を飲み込めていないシオンがいる。
ぼくは慌てて手を広げて立ちふさがった。
「ちがう、ナナフシ。あの子は盗掘者じゃない!」
ナナフシは地上の人間を好ましく思っていない。
地上の人間──とくに盗掘者は地下坑窟を荒らして地盤をぐちゃぐちゃにする。その結果として犠牲になる採掘師たちを何度も見てきたからだ。
目の前で消えていく命に医師として苦悶しただろう。きっとぼくには想像もできないくらい。
だから盗掘者に対しては敵対心を露わにする。
もしシオンに危害を加えるつもりなら意地でも止めないといけない。
「心配するな、ハチミツ」
焦るぼくをなだめたのは他ならぬナナフシだった。
「事情は分かってる。ラックの微振動をルナがキャッチしていたからな」
微振動は本来微光虫同士で交わす言葉のことだ。
ラックもルナも人の言葉を介するが、実際に喋っているわけじゃなくて、言霊という魔力を受けたぼくらが言葉として認識しているだけなのだ。体内魔力が弱い人間にとってはただの虫のさえずりにしか聞こえない。だからラックを話せるシオンはそこそこの魔力があるということだ。
つまりナナフシはルナを介してラックの言葉を盗み聞きしていた……ということになる。一緒に怒られよう、というあのセリフも。
「ハチミツ、地上に出たいか?」
静かに問いかけられる。
「はい」か「いいえ」。どちらかしか許されない。そんな威圧感。
ぼくはキッパリと答えた。
「……うん、いきたい。シオンの助けになりたい」
あらかじめ予期していたのか、ナナフシは眉ひとつ動かさない。
「だろうな。本来であればチーム・アルダのリーダーとしては許可できない。……ただし、どうしてもと言うなら条件がある」
採掘師としてのルールやルトラの扱い方をぼくに教えてくれた。
ふだんは無表情で愛想がない。言いたいことはズバズバ言う。でもびっくりするほど頭が良い。治癒鉱石を得意としているので裏方でぼくら採掘師の治療に携わってくれているけど、ルトラを扱う腕前は相当なものだ。ついでに体術も極めている。さっきのオオカマキリくらいならルトラを出さずとも蹴りで瞬殺だろう。
「ハチミツ、こっち向け」
ナナフシがぼくの顎を引き寄せた。
長いまつ毛に縁どられた蒼い瞳に引きずり込まれそうになる。
腰まで届く真っ白な髪と純白の白衣。兄貴分とは言ったが性別上は「女性」だ。立ち振る舞いはどう見ても「男」なので姉というよりは兄に近い。
きれいな顔をぐっと近づけて、一言。
「歯を食いしばれ」
「なんで?」
「忠告はしたからな」
直後、
パーン!!
問答無用で頬を引っぱたかれた。
「ぎゃあっ!」
驚きのあまり腰が抜けてしまった。
「な、ななななにするんだよいきなり!」
「手加減はした。許せ。これが一番手っ取り早い方法なんだ。取れただろう、それ」
ナナフシが示したのは足元でひっくり返っている虫……いやラックだ。
仰向けになって気絶している。
しばらくすると意識を取り戻したのかジタバタを足を動かしはじめ、パッと表向きになったかと思えば宙に飛び上がった。
『てめぇナナフシ、オレ様を狙っただろ! この暴力女! ヤブ医者! おまえが寝るとき目の前でチカチカして寝不足にしてやんぞコラぁ!』
けたたましく翅を鳴らして抗議するラックに別の方向から襲撃があった。
一回り大きい微光虫だ。問答無用でラックを突き飛ばし、壁にめり込ませる。
ピンク色の甲羅をもつ微光虫、ナナフシのパートナーのルナだ。虫の世界ではよくあることだけどメスはオスよりも大きい。
『ル、ルナしゃん』
『アンタ、ナナフシ様に対してなんて口の利き方をするのよ。いい、ナナフシ様は力試しから戻ってこないハチミツを心配してわざわざ迎えにいらしたのよ。あぁ、なんて慈悲深くてお優しい方なのかしら……。爪の垢を煎じてアンタの口に押し込んでやりたいわ』
ルナはナナフシの熱心な信仰者だ。
ナナフシを侮辱する相手を決して許さない。気の強さは飼い主そっくり。
「……ルナ、もういい。戻れ」
『はいナナフシ様ぁ~』
主人の命令に忠実なルナはいそいそと肩に乗った。品の良いお嬢さまが座るようなお行儀のよい着地の仕方だ。
ルナの発光器官から発せられるピンク色の光はラックのそれより数十倍明るい。
ナナフシは瞬きせずにじっとぼくを見つめていた。
「さて、どうしたものか」
ちらっと向けられた視線の先には事態を飲み込めていないシオンがいる。
ぼくは慌てて手を広げて立ちふさがった。
「ちがう、ナナフシ。あの子は盗掘者じゃない!」
ナナフシは地上の人間を好ましく思っていない。
地上の人間──とくに盗掘者は地下坑窟を荒らして地盤をぐちゃぐちゃにする。その結果として犠牲になる採掘師たちを何度も見てきたからだ。
目の前で消えていく命に医師として苦悶しただろう。きっとぼくには想像もできないくらい。
だから盗掘者に対しては敵対心を露わにする。
もしシオンに危害を加えるつもりなら意地でも止めないといけない。
「心配するな、ハチミツ」
焦るぼくをなだめたのは他ならぬナナフシだった。
「事情は分かってる。ラックの微振動をルナがキャッチしていたからな」
微振動は本来微光虫同士で交わす言葉のことだ。
ラックもルナも人の言葉を介するが、実際に喋っているわけじゃなくて、言霊という魔力を受けたぼくらが言葉として認識しているだけなのだ。体内魔力が弱い人間にとってはただの虫のさえずりにしか聞こえない。だからラックを話せるシオンはそこそこの魔力があるということだ。
つまりナナフシはルナを介してラックの言葉を盗み聞きしていた……ということになる。一緒に怒られよう、というあのセリフも。
「ハチミツ、地上に出たいか?」
静かに問いかけられる。
「はい」か「いいえ」。どちらかしか許されない。そんな威圧感。
ぼくはキッパリと答えた。
「……うん、いきたい。シオンの助けになりたい」
あらかじめ予期していたのか、ナナフシは眉ひとつ動かさない。
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