ダイナマイトと目隠しの勇者

咲間 咲良

文字の大きさ
上 下
10 / 42
第一章

7724

しおりを挟む
 ナナフシ。コード7724はぼくの兄貴分だ。

 採掘師としてのルールやルトラの扱い方をぼくに教えてくれた。
 ふだんは無表情で愛想がない。言いたいことはズバズバ言う。でもびっくりするほど頭が良い。治癒鉱石を得意としているので裏方でぼくら採掘師の治療に携わってくれているけど、ルトラを扱う腕前は相当なものだ。ついでに体術も極めている。さっきのオオカマキリくらいならルトラを出さずとも蹴りで瞬殺だろう。

「ハチミツ、こっち向け」

 ナナフシがぼくの顎を引き寄せた。
 長いまつ毛に縁どられた蒼い瞳に引きずり込まれそうになる。
 腰まで届く真っ白な髪と純白の白衣。兄貴分とは言ったが性別上は「女性」だ。立ち振る舞いはどう見ても「男」なので姉というよりは兄に近い。

 きれいな顔をぐっと近づけて、一言。

「歯を食いしばれ」

「なんで?」

「忠告はしたからな」

 直後、
 パーン!!
 問答無用で頬を引っぱたかれた。

「ぎゃあっ!」

 驚きのあまり腰が抜けてしまった。

「な、ななななにするんだよいきなり!」

「手加減はした。許せ。これが一番手っ取り早い方法なんだ。取れただろう、それ」

 ナナフシが示したのは足元でひっくり返っている虫……いやラックだ。
 仰向けになって気絶している。

 しばらくすると意識を取り戻したのかジタバタを足を動かしはじめ、パッと表向きになったかと思えば宙に飛び上がった。

『てめぇナナフシ、オレ様を狙っただろ! この暴力女! ヤブ医者! おまえが寝るとき目の前でチカチカして寝不足にしてやんぞコラぁ!』

 けたたましく翅を鳴らして抗議するラックに別の方向から襲撃があった。
 一回り大きい微光虫だ。問答無用でラックを突き飛ばし、壁にめり込ませる。
 ピンク色の甲羅をもつ微光虫、ナナフシのパートナーのルナだ。虫の世界ではよくあることだけどメスはオスよりも大きい。

『ル、ルナしゃん』

『アンタ、ナナフシ様に対してなんて口の利き方をするのよ。いい、ナナフシ様は力試しから戻ってこないハチミツを心配してわざわざ迎えにいらしたのよ。あぁ、なんて慈悲深くてお優しい方なのかしら……。爪の垢を煎じてアンタの口に押し込んでやりたいわ』

 ルナはナナフシの熱心な信仰者だ。
 ナナフシを侮辱する相手を決して許さない。気の強さは飼い主そっくり。

「……ルナ、もういい。戻れ」

『はいナナフシ様ぁ~』

 主人の命令に忠実なルナはいそいそと肩に乗った。品の良いお嬢さまが座るようなお行儀のよい着地の仕方だ。

 ルナの発光器官から発せられるピンク色の光はラックのそれより数十倍明るい。
 ナナフシは瞬きせずにじっとぼくを見つめていた。

「さて、どうしたものか」

 ちらっと向けられた視線の先には事態を飲み込めていないシオンがいる。
 ぼくは慌てて手を広げて立ちふさがった。

「ちがう、ナナフシ。あの子は盗掘者じゃない!」

 ナナフシは地上の人間を好ましく思っていない。

 地上の人間──とくに盗掘者は地下坑窟を荒らして地盤をぐちゃぐちゃにする。その結果として犠牲になる採掘師たちを何度も見てきたからだ。
 目の前で消えていく命に医師として苦悶しただろう。きっとぼくには想像もできないくらい。

 だから盗掘者に対しては敵対心を露わにする。
 もしシオンに危害を加えるつもりなら意地でも止めないといけない。

「心配するな、ハチミツ」

 焦るぼくをなだめたのは他ならぬナナフシだった。

「事情は分かってる。ラックの微振動をルナがキャッチしていたからな」

 微振動は本来微光虫同士で交わす言葉のことだ。
 ラックもルナも人の言葉を介するが、実際に喋っているわけじゃなくて、言霊という魔力を受けたぼくらが言葉として認識しているだけなのだ。体内魔力が弱い人間にとってはただの虫のさえずりにしか聞こえない。だからラックを話せるシオンはそこそこの魔力があるということだ。

 つまりナナフシはルナを介してラックの言葉を盗み聞きしていた……ということになる。一緒に怒られよう、というあのセリフも。

「ハチミツ、地上に出たいか?」

 静かに問いかけられる。
 「はい」か「いいえ」。どちらかしか許されない。そんな威圧感。

 ぼくはキッパリと答えた。

「……うん、いきたい。シオンの助けになりたい」

 あらかじめ予期していたのか、ナナフシは眉ひとつ動かさない。

「だろうな。本来であればチーム・アルダのリーダーとしては許可できない。……ただし、どうしてもと言うなら条件がある」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

我儘女に転生したよ

B.Branch
ファンタジー
転生したら、貴族の第二夫人で息子ありでした。 性格は我儘で癇癪持ちのヒステリック女。 夫との関係は冷え切り、みんなに敬遠される存在です。 でも、息子は超可愛いです。 魔法も使えるみたいなので、息子と一緒に楽しく暮らします。

処理中です...