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第一章
助けを求める声
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「あ……でも、最終試験は自分で採掘したルトラを持っていくことなんだよ? 少しでも削り取っていかないと」
『バカ言え。ルトラは大きければ大きいほど価値が高いんだ。下手に削って砕けたりしたら勿体ないだろ』
ラックの言うことはもっともだ。
ルトラはそれぞれ筋の入り方が異なり、割れやすい方向とそうでない方向がある。うかつにノミを入れて粉々になったら価値が半減する。
『いやぁ、捨てられた廃坑にこんなでっけぇ土産があるなんてだれが想像するよ。めでたいめでたい~』
ヴヴンヴヴンと狂喜乱舞。やけっぱちに翅を震わせる。耳の中でうるさいことこの上ない。
『試験結果によって採掘師としてのランクが決まって、配属される班も決まるんだよな。どこになるかな』
採掘師は国内にいくつかのチームが存在し、国から直接の委託を受けて作業にあたっている。
ぼくが所属しているチーム・アルダは約300名ほどの大規模な集団で、13の班に分かれている。交代で同じ場所を重点的に採掘したり、硬質・軟質の岩盤を専門に採掘したり、特定のルトラだけを探したりと様々な役目がある。中には対魔物戦闘班もあるけど雑用あがりのぼくには縁のない班だ。
『火鉱石専門の6426班の班長は厳しいからイヤだな。4434班は能力は高いけど効率性重視だから息苦しいよな。とりあえず一般採掘の5960班は絶対にイヤだな~』
「まだ合格したわけでもないのに気が早いよ。それに採掘師になってからの方がよっぽど大変なんだから」
ぼくはそそりたつ火鉱石の壁面にそっと手を触れた。ひんやりと冷たくて、緊張と興奮で沸いたぼくの体温を優しく拭っていく。
「はじめまして、やっと見つけてあげられたよ」
火鉱石のことを人のように呼ぶのはおかしいかもしれないけど、『彼ら』はずっとぼくを呼んでいたんだ。ぼく以外は風切り音としか思えないような小さな声で。
「待たせてごめん」
できる限り手を伸ばして抱きしめた。相手が抱き返してくれることはないけれど、突き放すこともない。
『耳が良いって得だよな。ルトラが発する微弱な振動も感知できるんだから』
「そうでもないよ。他人の心臓の音がハッキリ聞こえるのは結構こわい」
『ま、お陰でこうして最愛の巨壁を見つけられたんだ。一体どんな配給品を受けられるのかいまから考えてもヨダレが出るぜ』
「がめついな」
『木の根と干し芋の食事には飽きたんだよ』
「歯ごたえがあってぼくは好きだけど」
『オレは繊細な微光虫なんだよ。そろそろ糖蜜水や新鮮な草を食いたいぜ』
呑気に鼻歌を口ずさむラックだけど、この底抜けの明るさに何度も救われてきた。
ぼくら採掘師にとって採掘作業はいつも命がけだ。
さっきまで笑いあっていた仲間が崩れた石の下敷きになったことも一度や二度じゃない。
死亡が確認された場合、採掘計画に影響がなければ無理に掘り起こすことはない。
形見としてコード番号が刻まれたイヤーカフや採掘師の命ともいえる心臓(不思議なことにルトラに似ている)を取り除いた上で、遺体はそのまま放棄することになっていた。
『死者は土に還す』。それが採掘師のルールだ。
この地下坑窟は土や泥や灰やマグマなど数えきれないほどの不純物と、これまで犠牲になった採掘師たちの骨や肉が混じりあって形成されているのだ。ぼくの父も。
「なぁラック、さっき声がしなかったか?」
『声ぇ?』
「助けてって――」
視界の端からパラパラと軽石が落ちてきた。さっきの残りかと呑気に構えているとラックがはげしく翅を震わせた。
『やべぇ! オイこらなにボーっとしてンだよ、崩落に巻き込まれるぞ』
「崩落!?」
採掘師たちはみんな知っている。予兆の軽石が降ったらどんなに見事なルトラを前にしても逃げろ。――さもなければ、ぺしゃんこだ。
「逃げろ!」
全速力で走り、勢いに任せてスライディングしながら両手で頭と耳を守った。
案の定、ドォンと轟音を立てて崩落が起きる。巨大な土砂が折り重なるように降ってくる。土埃が舞って視界が茶色く濁り、なにも見えなくなった。
ようやく静かになって目を開ける。
『ハチミツ、大丈夫か? 死んでないよな?』
「なんとかね」
振り返って状況を確認するとたくさんの土砂で埋まっていた。先ほどのダイナマイトの影響で上部の岩石が滑り落ちてきたのだろう。ぱらぱらと砂が落ちる音に混じって、かすかに聞こえる。
《助けて、だれか、ここから出して――ッ》
やっぱり。だれかが助けを求めている。
必死に目を凝らすと、いくつかの層を隔てた先の天井には黒々とした糸のようなものが無数にへばりついていた。卵状の球体で、四方に糸の一部を伸ばしてうまく貼りついている。人間でさえ食糧にすることがある大型の狂暴生物、オオカマキリの巣だ。その中でしきりに暴れる人影が見える。
なんであんなところに?
とにかく、助けなくちゃ。
採掘師のルールにはこうある。『生きている人間はなにがなんでも助けろ』と。
「ラック。また振動があると思うから覚悟してくれ」
ポーチから大粒の火鉱石を取り出して胸元に押し当てる。
『振動? なにする気だ?』
「ただの火鉱石だよ。ちょっと純度が高くて威力がいいだけさ」
『バカ言え。ルトラは大きければ大きいほど価値が高いんだ。下手に削って砕けたりしたら勿体ないだろ』
ラックの言うことはもっともだ。
ルトラはそれぞれ筋の入り方が異なり、割れやすい方向とそうでない方向がある。うかつにノミを入れて粉々になったら価値が半減する。
『いやぁ、捨てられた廃坑にこんなでっけぇ土産があるなんてだれが想像するよ。めでたいめでたい~』
ヴヴンヴヴンと狂喜乱舞。やけっぱちに翅を震わせる。耳の中でうるさいことこの上ない。
『試験結果によって採掘師としてのランクが決まって、配属される班も決まるんだよな。どこになるかな』
採掘師は国内にいくつかのチームが存在し、国から直接の委託を受けて作業にあたっている。
ぼくが所属しているチーム・アルダは約300名ほどの大規模な集団で、13の班に分かれている。交代で同じ場所を重点的に採掘したり、硬質・軟質の岩盤を専門に採掘したり、特定のルトラだけを探したりと様々な役目がある。中には対魔物戦闘班もあるけど雑用あがりのぼくには縁のない班だ。
『火鉱石専門の6426班の班長は厳しいからイヤだな。4434班は能力は高いけど効率性重視だから息苦しいよな。とりあえず一般採掘の5960班は絶対にイヤだな~』
「まだ合格したわけでもないのに気が早いよ。それに採掘師になってからの方がよっぽど大変なんだから」
ぼくはそそりたつ火鉱石の壁面にそっと手を触れた。ひんやりと冷たくて、緊張と興奮で沸いたぼくの体温を優しく拭っていく。
「はじめまして、やっと見つけてあげられたよ」
火鉱石のことを人のように呼ぶのはおかしいかもしれないけど、『彼ら』はずっとぼくを呼んでいたんだ。ぼく以外は風切り音としか思えないような小さな声で。
「待たせてごめん」
できる限り手を伸ばして抱きしめた。相手が抱き返してくれることはないけれど、突き放すこともない。
『耳が良いって得だよな。ルトラが発する微弱な振動も感知できるんだから』
「そうでもないよ。他人の心臓の音がハッキリ聞こえるのは結構こわい」
『ま、お陰でこうして最愛の巨壁を見つけられたんだ。一体どんな配給品を受けられるのかいまから考えてもヨダレが出るぜ』
「がめついな」
『木の根と干し芋の食事には飽きたんだよ』
「歯ごたえがあってぼくは好きだけど」
『オレは繊細な微光虫なんだよ。そろそろ糖蜜水や新鮮な草を食いたいぜ』
呑気に鼻歌を口ずさむラックだけど、この底抜けの明るさに何度も救われてきた。
ぼくら採掘師にとって採掘作業はいつも命がけだ。
さっきまで笑いあっていた仲間が崩れた石の下敷きになったことも一度や二度じゃない。
死亡が確認された場合、採掘計画に影響がなければ無理に掘り起こすことはない。
形見としてコード番号が刻まれたイヤーカフや採掘師の命ともいえる心臓(不思議なことにルトラに似ている)を取り除いた上で、遺体はそのまま放棄することになっていた。
『死者は土に還す』。それが採掘師のルールだ。
この地下坑窟は土や泥や灰やマグマなど数えきれないほどの不純物と、これまで犠牲になった採掘師たちの骨や肉が混じりあって形成されているのだ。ぼくの父も。
「なぁラック、さっき声がしなかったか?」
『声ぇ?』
「助けてって――」
視界の端からパラパラと軽石が落ちてきた。さっきの残りかと呑気に構えているとラックがはげしく翅を震わせた。
『やべぇ! オイこらなにボーっとしてンだよ、崩落に巻き込まれるぞ』
「崩落!?」
採掘師たちはみんな知っている。予兆の軽石が降ったらどんなに見事なルトラを前にしても逃げろ。――さもなければ、ぺしゃんこだ。
「逃げろ!」
全速力で走り、勢いに任せてスライディングしながら両手で頭と耳を守った。
案の定、ドォンと轟音を立てて崩落が起きる。巨大な土砂が折り重なるように降ってくる。土埃が舞って視界が茶色く濁り、なにも見えなくなった。
ようやく静かになって目を開ける。
『ハチミツ、大丈夫か? 死んでないよな?』
「なんとかね」
振り返って状況を確認するとたくさんの土砂で埋まっていた。先ほどのダイナマイトの影響で上部の岩石が滑り落ちてきたのだろう。ぱらぱらと砂が落ちる音に混じって、かすかに聞こえる。
《助けて、だれか、ここから出して――ッ》
やっぱり。だれかが助けを求めている。
必死に目を凝らすと、いくつかの層を隔てた先の天井には黒々とした糸のようなものが無数にへばりついていた。卵状の球体で、四方に糸の一部を伸ばしてうまく貼りついている。人間でさえ食糧にすることがある大型の狂暴生物、オオカマキリの巣だ。その中でしきりに暴れる人影が見える。
なんであんなところに?
とにかく、助けなくちゃ。
採掘師のルールにはこうある。『生きている人間はなにがなんでも助けろ』と。
「ラック。また振動があると思うから覚悟してくれ」
ポーチから大粒の火鉱石を取り出して胸元に押し当てる。
『振動? なにする気だ?』
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