魔法が使えない女の子

咲間 咲良

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わたしの願い。

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「……ふ、ふふふあははは」

 壊れたんじゃないかと心配するくらい大笑いしたあと、わたしの元へ飛んできてぎゅっと抱きしめてくれた。

「さすがエマ。わたしの自慢の孫娘だよ!」

「ちょ、おばあちゃん、痛い」

「おっと、悪かったね。でも肝心の手がかりが見つからないんじゃどうしようもないね」

「だからそこは魔法を使うのよ」

「魔法はいらないって言ったばかりじゃなかったかい?」
 おばあちゃんが目を点にしているでウインクしてみせる。

「それはそれ。これはこれ。目の前にお玉があるのに熱々のスープの中に自分の手を入れるのはただのバカだわ」

 わたしは手首のリングを掲げた。星がひとつ。『どんな願いでもひとつだけ叶える魔法』が宿っているの。
 両手を重ねてそっと目を閉じた。


「――おねがい。アレンのいるところに連れて行って。アレンに会わせて」

 強くお願いするとリングが光りだした。星が浮かび上がり、光をまき散らしながら壁をすり抜けて外へ飛び出していく。

「アレンのところに行くんだわ」
「行くよ、エマ」

 星はわたしたちが遅れないよう気をつかいながら宙をすべっていく。裏庭の洞窟を抜け、夏至祭のために色とりどりの花で飾られた街中を抜け、葉っぱや花や果物で飾った柱を建てている広場を過ぎて、学校を横切り、どんどん西へ。

 しばらくして見えてきたのは、ティンカーベル書房だった。

「やっぱりここだったのね」
「邪魔するよルシウス」
 星を追って店の中に入るとルシウスさんが飛び起きた。また寝ていたのね。

「ど、ど、どうしたんですか先生、それにエマちゃん」
「アレンを探しに来たの。あと、ハンカチで口元拭いた方がいいわ」
「え、うわ、ごめん。でも書庫の中はくまなく探したよね」
「いいから」

 星を追いかけて書庫に入ると、突き当たりに見覚えのない鉄製の扉があった。星はその中へスッと入っていく。

「ルシウスさん、この中に入れてください」

「だ、だめだよ。この前みたいな危険な禁書を封じるために造ったんだ」

「ルシウス、エマがここまで言うんだ。中に入るなと言うなら例の本だけでも持ってきてくれないかい?」

「先生がそこまで言うなら……分かりました」

 むずかしそうな呪文で扉を開けたルシウスさんは『二匹の竜の物語』の本を持って戻ってきた。書見台に立てかけてくれたところへ駆け寄ると、触れた瞬間に痛みが走った。

「冷たい!」

 まるで氷そのものだわ。とても触っていられない。アレンこの中でカチンカチンに凍っているんじゃない?

 宙をうろうろしていた星が本の中に入っていくのを確認し、わたしは思いきって本のページに手をかけることにした。痛みは覚悟の上よ。

 そこにおばあちゃんの手が割りこんできた。

「お待ち。ばあちゃんがなんとかしてあげるよ。火の精霊ブリギッド、手伝いな。ルシウス、あんたも」

「あ、はい。『凍てついた本よ、とけろ』」

 おばあちゃんとルシウスさんと火の精霊ブリギットの力で本を覆っていた氷がとけていく。あっという間に元に戻った。

「おばあちゃん、ルシウスさん、あとブリギット、ありがとう」

「いいんだよ。でも中までついていけない。ひとりでどうにかできるかい?」

 心配そう。だからこそ笑って見せたわ。


「絶対にだいじょうぶよ。だってわたしたち双子のきょうだいなんだから」

 手を伸ばして抱きしめるとおばあちゃんも抱き返してくれた。

「エレノアが言っていたよ。『十歳の誕生日は夏至祭。わたしの子どもたちは手に手を取って楽しく踊っているわ』ってね。気をつけていっておいで」

「ぼくも、健闘を祈っているよ」

「うん。おばあちゃん、ルシウスさん、ありがとう。行ってきます」


 本を開くとまぶしい光に包まれた。リングが輝き、吸い込まれる――。
 待ってて、アレン。いま迎えに行くわ。


 ※


「さっむぅいい!!」

 わたしは凍りついた湖の上に立っていた。最後にアレンと別れた場所ね。
 雪はないけれど体が千切れそうなほど寒い。そのかわり夜空の星がすごくきれい。遠くに見える山もすっかり雪化粧しているわ。

「アレン、どこ?」

 わたしは体を縮こませながら歩き回った。でも、アレンもスピンもいない。
 するとリングから出た星が近づいてきた。

「ねぇお星さま。アレンはどこにいるの?」

 星は困ったように二周三周と頭の上を回転したあと、突然足元に降りてきた。

「なぁに? 下? そんなところにアレン――」
 どきっとして息を呑んだ。

 凍った湖が鏡みたいに透き通って、わたしの足元にいるアレンが見えたの。本当よ。逆さまにうずくまっていたの。腕にスピンを抱いてね。

「アレン! アレン!」

 必死に氷をたたいた。アレンがこっちに気づいてくれるように。

「いたっ」

 あまりにも氷が冷たいので手のひらが赤くなる。かゆい。
 でもこんなところで諦めてたまるものですか。

「アレン、ちょっと、いい加減気づきなさいよ!」

 どんどん腹が立ってきて、めちゃくちゃに殴りつけたり蹴ったりした。

「なんなのよもう、ルシウスさんにもおばあちゃんにも、いっぱいいっぱい迷惑かけて、双子のきょうだいをこんなに心配させてっ、ふざけないでよ! やっと会えたのに、なんでまた別々に生きないといけないの? わたしヤだもん、もっとアレンと話したいもんっ、もっともっと一緒にいたいんだもん!!」

 わたし泣いた。大泣きした。自分の体がおかしくなったんじゃないかと思うくらい、どんどん涙があふれてきた。きっとこんなふうに泣きながらお母さんから生まれてきたのね。アレンと一緒に。


 ――すると。目の前に星が浮かんでいた。わたしを案内してくれたお星さまよ。

「お願いお星さま、アレンに会わせて。……お願い!」

 もう一度強く願うと、星がゆっくりと空にのぼっていった。見上げた空にはたくさんの星。そのひとつが光って、すごい勢いで落ちてくる。

 パンッ! と音を立てて氷に食い込み、クモの巣みたいな亀裂がひとつ。

「すごい、お星さまが落ちてくるなんて……」

 空を見上げると、つぎつぎと星が落ちてきた。まるで星の雨だわ。自分の頭に当たったらと思うと怖くて、頭を守ってしゃがみこんできた。


 バシン、パリン、ポチャ! どんどん音がする。割れた湖からはどんどん光があふれて、とうとう目を開けていられなくなった――。


『――ばふっ!』
 スピンの声に目を開ける。

 さっきまであんなに暗かったのに、太陽が昇って明るい。たくさんの森に囲まれた湖の上に立っていた。
 しっぽを振りながら近づいてきたスピンをぎゅっと抱きしめる。

「スピン、良かった! アレンの傍にいてくれたのね。ありがとう」

『ばふ、アレンが寂しがるからなぐさめてやったわわんっ』

 スピンがいるということは――。

「……エマ」

 ゆっくり顔を上げた先には、戸惑ったような顔のアレンが立っていた。
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