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さかさま映画(シネマ)
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『ばふ、ようこそ『さかさま映画』へ。だわわんっ』
目を開けるとイスに座っていた。イスと言っても背中とお尻の下はクッションみたいにやわらかくて、左右に手を置くところもあるの。かなりゆったりできるわ。
前にも後ろにも同じような形のイスがずらっと並んでいる。天井は高くて、前方にはスクリーンみたいな巨大な布が垂れ下がっている。なんだか映画館みたい。
「今回の試練はなんだ、イヌ」
腕を組んだアレンはわたしの斜め後ろに座っている。
『ばふ、その前になにか一言くらいないわわんっ?』
スクリーンの前に座っているスピンはピンクの蝶ネクタイに黒いえんび服に黒いシルクハットというスタイル。
「オシャレな格好しているのね。かわいい」
「馬子にもなんとかって言葉がぴったりだな」
『ばふふ、相変わらずアレンは失礼なやつだわわんっ。これから上映されるのは『さかさま映画』。現代から過去にさかのぼっていく記録映画わわんっ。今回の試練は自分の過去と向き合うこと。タイトルは『ルシウス・ティンカーベルの波乱万丈な人生』。どうぞわわーんっ』
スピンがわたしの膝に飛び乗るのと同時にブザーが鳴り響き、辺りがしだいに暗くなっていく。スクリーンだけが青白く映し出され、カウントがはじまる。
3、2、1……。
『――それはアレンが悪いんじゃないわ!』
突然聞こえてきた自分の声にひっくり返りそうになった。スクリーンの中にはわたしの顔がアップで映っている。待って、これさっきルシウスさんと話したときじゃない。いつの間に撮影されたの? 映画の主役だなんて聞いてないわ。
『アレンはとっても優しい。イライラしていたのは寂しかったからよ。きっと、自分のこと分かってくれる人が欲しくて……』
やだわたし、こんなこと言っていたかしら。どうしよう、本人が聞いているのに。どこかで撮影されているなんて知らなかったんだもの。
恥ずかしさで顔を隠しながらちらっと後ろを見るとアレンと目が合った。
「……」
ぷいって顔を背けられた。あ、照れてる。
スクリーンの中のわたしが座ったところで砂嵐が走った。
「どうしたの? なにかのトラブル?」
『少しずつ過去に戻るんだわわんっ』
なるほど、だから『さかさま映画』なのね。
『――具合はどうだい? だいぶ無理したみたいだね』
画面が変わって、どこかの部屋の中が映し出された。ベッドで寝ているのはアレンね。
『たいしたことない』
『またまたぁ。頭のいいアレンは自分の限界がどのへんか分かっているだろう? その限界を超えてまで頑張る理由がないとは思えないよ』
ルシウスさんの声は聞こえるのに姿は見えない。あ、もしかしてルシウスさんの視線で映像を撮っているの?
『気づかないとでも思ってる? エマちゃんとふたりで一体なにをしているのかな?』
『ぜったいにおしえねー』
べーっと舌を出すアレンは生意気で子どもっぽいけど、ルシウスさんに心を許しているのね。
『やれやれ。もし危険があるようなら止めるからね』
『分かってるよ。家に送り届けるまでがルシウスの仕事だもんな』
『それもある。でもそれだけじゃない。心配なんだよ』
『……』
寝返りをうったアレンは黙っている。絶対にたぬき寝入りだわ。
ルシウスさんは諦めたようにため息をつき、手を伸ばしてアレンの頭を撫でた。
『じゃあぼくは行くからゆっくり休むんだよ。なにかあったら呼ぶように』
反応がないので、ルシウスさんがもう一回ため息つきながらドアノブに手をかけたとき、名前を呼ばれた。アレンは体を起こしてこっちを見ている。
『ルシウス。お願いがあるんだ』
ルシウスさんを見ているのだと分かっていても、アレンの強い眼差しに引き寄せられる。
『おねがい? なにかな?』
『おれ――』
「見るな!」
「きゃ!」
目の前に本物のアレンが立ちふさがった。これじゃあ見えない。
「なに、なんなの! アレンのお願い気になる!」
「いいんだよそんなもん! 見なくていい!」
なんとか体を押しのけて見たときには砂嵐に変わってしまっていた。もう、見そびれちゃったじゃない。
砂嵐が晴れると、今度は雨が降っていた。
どこの国の街かしら。日が暮れているのにとても眩しくて目がくらみそう。四角窓を張りつけた煙突みたいなものがたくさん並んでいる。
『アレン、ここはニホンという国のトウキョウという大きな都市なんだ。で、ぼくたちがいるビルはこの都市で一番高いとされているところさ』
ルシウスさんとアレンはビルっていう高い建物の屋上に座っているみたい。風がごうごうとうなってルシウスさんの長い髪がなびく。
『なんかごちゃごちゃしてるな。茶色い地面がどこにもないじゃないか。地上ばっかり明るくて夜空の星が全然見えない。息が詰まりそうだ』
『そうかな、ぼくは結構好きだよ。活気があるし、美味しい食べ物もたくさんある。なによりぼくら魔法使いをきらう人間が少ない』
『そりゃサイコウだな。石投げられるなんてもうごめんだ』
アレンはなにかイヤなことを思い出したのか苦い表情になる。ルシウスさんは「怖い思いをさせてごめんね」と頭をなでようとして、「さわるな」と拒絶されている。ちょっとかわいそう。
『旅をしてきて分かっただろう。この世界にはいろんな人がいる。魔法が使える人、使えない人、苦手な人、得意な人、好きな人、嫌いな人、信じる人、信じない人、無関心な人……それぞれ違った考え方がある。自分にとって信じられないことをする人もいるけど、ただ否定するんじゃなくて、どうしてそういうことをするのか考えて欲しい。考えて考えて、そして自分はどうしたらいいのかをまた考える。旅に出る前にきみのお母さんが言っていただろう、アレンを『賢い子』にしてほしいって。ぼくが思う『賢い子』は『自分で考えられる子』だ。親の言いなりになる子どもじゃない。だからできるだけたくさんの経験を積ませたかったんだ』
ルシウスさんはもう一回頭をなでようとして、ひっこめた。また弾かれるんじゃないかとビクビクしているとアレンは無言でその手を引き寄せ、自分の頭に引っ張っていく。
『今回だけだからな』
『ふふ、ありがとう。じゃあ遠慮なく』
なでなでされているアレンの顔は見えないけれど、きっと照れているでしょうね。
『もうすぐこの旅も終わりなんだよな』
『そうだよ。約束だからね』
『……だったら』
ぎゅっと袖をつかんだアレンの顔はとても真剣だった。
『最後はカナリア島に行きたい。本当の母さんが育った町を見てみたい!』
『アレン……』
ルシウスさんの視界がぼやけた。泣いているのかしら。
だからね、わたし、分かっちゃったの。アレンがワガママ言うのはこれが初めてだって。ルシウスさんがとても感動しているのが分かったの。スクリーンいっぱいが涙でにじんで、大きな指がワイパーみたいに涙をふいた。
『ぼくもそのつもりだった。予定より早いけど明日には出発しよう』
『よっしゃ!』
立ち上がったアレンのはしゃぎっぷりといったら。よっぽどうれしいのね。
『じゃあ、朝五時に出発な』
『えぇーいくらなんでも早すぎるよー』
『寝坊したらカエルに変えて連れてってやるよ』
『それは困る。なんたって島にはこわーい先生がいるんだから、カエルの姿であいさつしたら怒られちゃうよ』
『前に言ってた大学の先生のことだろ。どーでもいいじゃんあいさつなんて』
『ダメだよ。オトナにはオトナの付き合いがあるんだ。それにアレンに関係ある子もいるんだよ』
『は? 知り合いなんていねーよ』
『いるんだな、これが。黒髪の、とっても可愛い女の子だよ。すぐに分かる』
『ふぅん。なんだか分かんねーけど、そこまで言うなら会ってやってもいいぜ。……やっぱ四時起きな』
『ぎゃー!』
ここでまた砂嵐になった。
でもわたし、砂嵐になる前からじーっとアレンの方を見ていたの。アレンは恥ずかしいのか反対側を向いているけれど。
「ねぇアレン」
「……うるさい」
「アレンったら」
「なんも聞こえない」
両耳をふさぐものだから立ち上がって反対側にまわりこんだ。顔を背けられないよう頬をがっちり押さえる。
「ア、レ、ン、て、ば!」
わたしのしつこさに諦めたのかアレンが「なんだよ」と口をとがらせる。だからわたしは、とびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
「となり、すわっていい? いいわよね? ありがとう」
「まだなにも言ってない」
「スピンおいで。アレンが逃げないよう膝の上にすわってあげて」
『ばふ! りょーかいわわんっ』
「ちょ、この、イヌ!」
抵抗していたアレンだったけれど、スピンが膝に乗ると諦めたみたい。わたしは改めてとなりに座り、スクリーンに視線を向けた。アレンの手をにぎりしめて、ね。
目を開けるとイスに座っていた。イスと言っても背中とお尻の下はクッションみたいにやわらかくて、左右に手を置くところもあるの。かなりゆったりできるわ。
前にも後ろにも同じような形のイスがずらっと並んでいる。天井は高くて、前方にはスクリーンみたいな巨大な布が垂れ下がっている。なんだか映画館みたい。
「今回の試練はなんだ、イヌ」
腕を組んだアレンはわたしの斜め後ろに座っている。
『ばふ、その前になにか一言くらいないわわんっ?』
スクリーンの前に座っているスピンはピンクの蝶ネクタイに黒いえんび服に黒いシルクハットというスタイル。
「オシャレな格好しているのね。かわいい」
「馬子にもなんとかって言葉がぴったりだな」
『ばふふ、相変わらずアレンは失礼なやつだわわんっ。これから上映されるのは『さかさま映画』。現代から過去にさかのぼっていく記録映画わわんっ。今回の試練は自分の過去と向き合うこと。タイトルは『ルシウス・ティンカーベルの波乱万丈な人生』。どうぞわわーんっ』
スピンがわたしの膝に飛び乗るのと同時にブザーが鳴り響き、辺りがしだいに暗くなっていく。スクリーンだけが青白く映し出され、カウントがはじまる。
3、2、1……。
『――それはアレンが悪いんじゃないわ!』
突然聞こえてきた自分の声にひっくり返りそうになった。スクリーンの中にはわたしの顔がアップで映っている。待って、これさっきルシウスさんと話したときじゃない。いつの間に撮影されたの? 映画の主役だなんて聞いてないわ。
『アレンはとっても優しい。イライラしていたのは寂しかったからよ。きっと、自分のこと分かってくれる人が欲しくて……』
やだわたし、こんなこと言っていたかしら。どうしよう、本人が聞いているのに。どこかで撮影されているなんて知らなかったんだもの。
恥ずかしさで顔を隠しながらちらっと後ろを見るとアレンと目が合った。
「……」
ぷいって顔を背けられた。あ、照れてる。
スクリーンの中のわたしが座ったところで砂嵐が走った。
「どうしたの? なにかのトラブル?」
『少しずつ過去に戻るんだわわんっ』
なるほど、だから『さかさま映画』なのね。
『――具合はどうだい? だいぶ無理したみたいだね』
画面が変わって、どこかの部屋の中が映し出された。ベッドで寝ているのはアレンね。
『たいしたことない』
『またまたぁ。頭のいいアレンは自分の限界がどのへんか分かっているだろう? その限界を超えてまで頑張る理由がないとは思えないよ』
ルシウスさんの声は聞こえるのに姿は見えない。あ、もしかしてルシウスさんの視線で映像を撮っているの?
『気づかないとでも思ってる? エマちゃんとふたりで一体なにをしているのかな?』
『ぜったいにおしえねー』
べーっと舌を出すアレンは生意気で子どもっぽいけど、ルシウスさんに心を許しているのね。
『やれやれ。もし危険があるようなら止めるからね』
『分かってるよ。家に送り届けるまでがルシウスの仕事だもんな』
『それもある。でもそれだけじゃない。心配なんだよ』
『……』
寝返りをうったアレンは黙っている。絶対にたぬき寝入りだわ。
ルシウスさんは諦めたようにため息をつき、手を伸ばしてアレンの頭を撫でた。
『じゃあぼくは行くからゆっくり休むんだよ。なにかあったら呼ぶように』
反応がないので、ルシウスさんがもう一回ため息つきながらドアノブに手をかけたとき、名前を呼ばれた。アレンは体を起こしてこっちを見ている。
『ルシウス。お願いがあるんだ』
ルシウスさんを見ているのだと分かっていても、アレンの強い眼差しに引き寄せられる。
『おねがい? なにかな?』
『おれ――』
「見るな!」
「きゃ!」
目の前に本物のアレンが立ちふさがった。これじゃあ見えない。
「なに、なんなの! アレンのお願い気になる!」
「いいんだよそんなもん! 見なくていい!」
なんとか体を押しのけて見たときには砂嵐に変わってしまっていた。もう、見そびれちゃったじゃない。
砂嵐が晴れると、今度は雨が降っていた。
どこの国の街かしら。日が暮れているのにとても眩しくて目がくらみそう。四角窓を張りつけた煙突みたいなものがたくさん並んでいる。
『アレン、ここはニホンという国のトウキョウという大きな都市なんだ。で、ぼくたちがいるビルはこの都市で一番高いとされているところさ』
ルシウスさんとアレンはビルっていう高い建物の屋上に座っているみたい。風がごうごうとうなってルシウスさんの長い髪がなびく。
『なんかごちゃごちゃしてるな。茶色い地面がどこにもないじゃないか。地上ばっかり明るくて夜空の星が全然見えない。息が詰まりそうだ』
『そうかな、ぼくは結構好きだよ。活気があるし、美味しい食べ物もたくさんある。なによりぼくら魔法使いをきらう人間が少ない』
『そりゃサイコウだな。石投げられるなんてもうごめんだ』
アレンはなにかイヤなことを思い出したのか苦い表情になる。ルシウスさんは「怖い思いをさせてごめんね」と頭をなでようとして、「さわるな」と拒絶されている。ちょっとかわいそう。
『旅をしてきて分かっただろう。この世界にはいろんな人がいる。魔法が使える人、使えない人、苦手な人、得意な人、好きな人、嫌いな人、信じる人、信じない人、無関心な人……それぞれ違った考え方がある。自分にとって信じられないことをする人もいるけど、ただ否定するんじゃなくて、どうしてそういうことをするのか考えて欲しい。考えて考えて、そして自分はどうしたらいいのかをまた考える。旅に出る前にきみのお母さんが言っていただろう、アレンを『賢い子』にしてほしいって。ぼくが思う『賢い子』は『自分で考えられる子』だ。親の言いなりになる子どもじゃない。だからできるだけたくさんの経験を積ませたかったんだ』
ルシウスさんはもう一回頭をなでようとして、ひっこめた。また弾かれるんじゃないかとビクビクしているとアレンは無言でその手を引き寄せ、自分の頭に引っ張っていく。
『今回だけだからな』
『ふふ、ありがとう。じゃあ遠慮なく』
なでなでされているアレンの顔は見えないけれど、きっと照れているでしょうね。
『もうすぐこの旅も終わりなんだよな』
『そうだよ。約束だからね』
『……だったら』
ぎゅっと袖をつかんだアレンの顔はとても真剣だった。
『最後はカナリア島に行きたい。本当の母さんが育った町を見てみたい!』
『アレン……』
ルシウスさんの視界がぼやけた。泣いているのかしら。
だからね、わたし、分かっちゃったの。アレンがワガママ言うのはこれが初めてだって。ルシウスさんがとても感動しているのが分かったの。スクリーンいっぱいが涙でにじんで、大きな指がワイパーみたいに涙をふいた。
『ぼくもそのつもりだった。予定より早いけど明日には出発しよう』
『よっしゃ!』
立ち上がったアレンのはしゃぎっぷりといったら。よっぽどうれしいのね。
『じゃあ、朝五時に出発な』
『えぇーいくらなんでも早すぎるよー』
『寝坊したらカエルに変えて連れてってやるよ』
『それは困る。なんたって島にはこわーい先生がいるんだから、カエルの姿であいさつしたら怒られちゃうよ』
『前に言ってた大学の先生のことだろ。どーでもいいじゃんあいさつなんて』
『ダメだよ。オトナにはオトナの付き合いがあるんだ。それにアレンに関係ある子もいるんだよ』
『は? 知り合いなんていねーよ』
『いるんだな、これが。黒髪の、とっても可愛い女の子だよ。すぐに分かる』
『ふぅん。なんだか分かんねーけど、そこまで言うなら会ってやってもいいぜ。……やっぱ四時起きな』
『ぎゃー!』
ここでまた砂嵐になった。
でもわたし、砂嵐になる前からじーっとアレンの方を見ていたの。アレンは恥ずかしいのか反対側を向いているけれど。
「ねぇアレン」
「……うるさい」
「アレンったら」
「なんも聞こえない」
両耳をふさぐものだから立ち上がって反対側にまわりこんだ。顔を背けられないよう頬をがっちり押さえる。
「ア、レ、ン、て、ば!」
わたしのしつこさに諦めたのかアレンが「なんだよ」と口をとがらせる。だからわたしは、とびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
「となり、すわっていい? いいわよね? ありがとう」
「まだなにも言ってない」
「スピンおいで。アレンが逃げないよう膝の上にすわってあげて」
『ばふ! りょーかいわわんっ』
「ちょ、この、イヌ!」
抵抗していたアレンだったけれど、スピンが膝に乗ると諦めたみたい。わたしは改めてとなりに座り、スクリーンに視線を向けた。アレンの手をにぎりしめて、ね。
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