魔法が使えない女の子

咲間 咲良

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エドガーを探して

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 目を開けると、見渡す限りの青空が飛び込んできた。


「ここは……どこ?」


 わたしたちが立っているのは白い地面の上。地面にしては綿あめみたいにふわふわしてやわらかい。となりにいたアレンが地面の一部をむしり取った。

「これは雲だな」
「へぇ、雲…………くもー!!??」

 雲ってあれよね。空の上をぷかぷか移動している白い塊よね。
 立てるの? と思いながら表面をなでてみると粘土みたいにやわらかい。

「口に入れるなよ」
「失礼ね、そこまで食いしん坊じゃないわ」
「どうだか。さっきだってもぐもぐクッキー食べてたじゃないか」

 もう、なんなのよ。そもそもアレンが本を持ってきたからこんなことになったのに。
 文句のひとつも言ってやろうかしら、と大きく息を吸いこんだとき。


「――ごめん」


 いきなりアレンが謝ったものだから、「ばか」って言おうとした息を逆に吸い込んでしまった。吐いたはずの空気が戻ってきた肺はびっくり。コホコホと咳をするとアレンが呆れたように目を細めた。

「だいじょうぶかよ」

「し、仕方ないでしょ。アレンが突然ごめんって言うから――調子が狂ったの」

「おれはアイツとはちがう。悪いことは悪いってちゃんと反省する」

 地上よりも太陽に近いせいかしら、アレンの姿がまぶしくてよく見えない。
 でも、アレンはちゃんと謝ってくれた。だから、許すわ。

「……わたしたち、みんな目の前で本の世界に入っちゃったね」
「隠すのは無理だろうな。ルシウスに取り上げられたらそこまでだ」
「じゃあ冒険もこれでおわりなの……?」

 アレンは答えない。答えないということは、そうだ、ということだ。

 そういえばこの冒険の目的って。

「ねぇ、アレンが叶えたい願いってなんだったの?」

「……エマは?」

「もちろん『魔法を使えるようになりますように』ってお願いするつもりだったわ。あるいは『魔法を使えるようになる方法を教えて』」

「ふぅん。魔法なんて使えなくてもいいと思うけどな」

 アレンは遠くを見ている。いいえ、なにかを見ているわけではないんだわ。考えている。悩んでいる。さみしそうな目で。

「アレンはどうなの?」

「おれ? おれの願いは――」


『ばふ! おかえりだわわんっ』

 上から声がして、太陽を背にスピンが降ってきた。キャッチしないと。でもまぶしい。

「『パラソルの魔法』!」

 頭上にばっと大きなパラソルが広がり、そこにスピンが勢いよく落下した。ずるずると滑りおちて、雲の上にぽとりと落ちる。

「毎度毎度どこからともなく降ってくるんじゃねぇよ、イヌ」

「スピン、だいじょうぶ!?」

『ばふ……、アレンは本当に意地悪だわわんっ』

 やさしく頭をなでてあげるとスピンはぶるり、と体を震わせて立ち上がった。


『んばふ?』
 ぴんと耳を立たせ、黒く濡れた鼻をひくひくさせる。

『匂いがするわわんっ。カエルにされた人間の匂いわわんっ』

 つぶれた鼻を動かしてしきりに周囲を確認している。

「もしかしてエドガーも中に入っちゃったの?……あ、わたしの友だちなんだけどイタズラするからカエルにしちゃったのよ、すぐに戻すつもりで」

『ばふ!? まずいわわんっ。このままじゃ本の世界に閉じ込められてしまうわわんっ』

「オイどういう意味だ、イヌ」

 スピンに詰め寄ったのはアレンだ。エドガーをカエルにした責任を感じているのかもしれない、すごく真剣な顔。

「前に、タイムリミットがきたら自動で本の外に追い出されるって言ったよな。なんで閉じ込められるんだ」

『そ、それは最初の試練がある序章と、オイラにブックマーカーされた人間だけわわんっ。ここは本の途中『雲の庭』の章で、しかもカエルになっているならどんな影響があるか分からないわわんっ』

 大変じゃない!
 太陽の時計を見ると2のところに針があった。どうしよう、早くエドガーを見つけないと。でも雲が延々と続くばかりで、エドガーの姿はどこにもない。

「おいイヌ。アイツがこの雲の世界にいることは確かなんだな」
『絶対だわわんっ』
「わかった。かならず見つけだす。本当はすげーイヤだけどエマの友だちだからな」
「ありがとうアレン!」

 なんだかとっても頼もしく思える。
 アレンと一緒ならきっとだいじょうぶよ。たぶん、絶対。

「問題は、この広い雲の庭を時間内にどうやって探すかだな。『迷子を探す魔法』をルシウスから習っておけばよかった」

「ねぇ、前みたいにアレンが鳥になって上から探すのはダメなの?」

 アレンは雲の端っこから下をにらんだ。

「ここに立っていると分かりづらいけど、かなりの速さで雲が流されている。それだけ風が強いってことだ。鳥になったらたちまち飛ばされる」

 うーん鳥がダメなら残る方法は走って探すことくらいだけれど、タイムリミットが迫ってる。


『――ばふっ』

 突然スピンが前足で雲を掘りはじめた。なにか見つけたのかしらと見つめていると十センチくらいの深さまで掘り進めたところで止まる。

『わわんっ』

 掘った穴ではなく、かきだした雲の塊を前足でぺちぺちと叩いた。

「スピン、急にどうしたの。遊んでいるヒマはないのよ」
『ばふぅ……わわんっ』
 粘土みたいにこねて、骨の形になっている。

「骨? なにか言いたいことがあるなら喋ってよ。急に犬らしくなってどうしたの?」
「……なるほど、そういうことか」

 雲をひとつかみ手に取ったアレンは、少し形を整えてからタクトを振るった。

「『息吹きの魔法』」

 指先からあふれた光の粒が雲の塊に吸い込まれたかと思うと、まるで命が宿ったみたいにぴょこっと立ち上がった。アレンは足元に置いてからこうつづける。

「灰色のヒキガエルを探すんだ。いいな」

 うなずいた雲(雲の小人でいいかしら?)がぴゅーっと飛んでいく。一体なにか起きたのか、さっぱりよ。

「いいかエマ、ふたりじゃ間に合わないなら仲間を増やせばいいんだ。実在の雲に命を宿らせることは難しいけど、ここは本の中。すべてが魔法でできている。しかも粘土みたいに加工しやすい。――そういうことだろ、イヌ」

『正解わわんっ。オイラはブックマーカーだから答えは言えないわわんっ』

 なるほど。だから必死にヒントを出そうとしていたのね。

 そうと分かればめいっぱい仲間をつくらないと。


 ――こうして、わたしとアレンとスピンは手分けして雲を集めて加工することにした。犬に、猫に、ウサギに、チーターに、トラに、ライオンに……わたしが知っている、できるだけ速い生き物を思い出しながら雲をこねていく。

 アレンは海の生き物が好きみたいで、エイやカツオ、カジキやサメ、そして巨大なクジラまで作っていたわ。


「よし――『息吹きの魔法』」

 アレンがタクトを振るうと一斉に動き出した。これだけいればすぐにエドガエルも見つかりそう。
 ほかの動物たちがいなくなった直後、最初に放った雲の小人が戻ってきた。あっち、と指さしてわたしたちを案内しようとしている。

「アレン、見つかったみたいよ」
「分かった。『息吹きの魔法』」

 雲の中から現れたのは二匹のイルカだった。水族館でしか見たことがないけれど本物みたいにキューキュー鳴く。改めてアレンの魔法ってすごいのね。

「よしよし、いいぞ」

 アレンは一匹の頭を優しくなでてからまたがる。

「行くぞ、もう一匹に乗れよ」
「うん。スピンもおいで」
『ばふっ!』

 小人の案内に従って、わたしたちを乗せたイルカは雲の上をすべる。想像以上に速くてうっかり落とされないようヒレにしがみついていた。顔に当たる風が痛い。

「エマ、この先の雲が途切れてる! イルカごと飛び移るぞ!」
「分かっ……ええっ!」
「しゃべるな舌噛むぞ」
「だったら話しかけないでーっ」
「飛ぶぞ」

 太ももの下あたりにぐっと力が入り、イルカが体をひねって大きく跳躍した。蹴り上げた雲が水滴になってキラキラ光り、虹が架かる。

 きれい。手が届きそう。


「……ふっ、単純」
 となりを飛んでいたアレンが息を吐いた。


 いま、笑った? あのアレンが?


 振り向いた瞬間、とん、とイルカが着地した。

「ねーアレン、いま笑ったでしょう?」
「なんのことだ」
「うそ、笑ったじゃない。聞こえたもの」
「なにかの間違いだろ。急ぐぞ」

 ぐん、と加速して泳いでいってしまう。うぐぐ、すっごく残念。見損ねたわ。
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