魔法が使えない女の子

咲間 咲良

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お茶会をしましょう

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「なんだって? うちでお茶会? ダメに決まっているだろう」

「えーっ……!」

 膝から力が抜けそうになった。お薬を創っていたおばあちゃんはお鍋をかき混ぜながら首を振る。

「この家のどこにそんなスペースがあるんだい? それに、ばあちゃんが集めている薬の材料はとても貴重で大事なものばかり。勝手にいじられたら困るんだよ」


 アレンにこの島を好きになってもらいたい。だからお茶会には学校の友だちも呼ぶつもりだったの。
 でも、言われてみればウチにはキッチンとお風呂、そしてわたしとおばあちゃんが一緒に眠る寝室がひとつあるだけ。ティンカーベル書房の中庭みたいに優雅にお茶をできる場所はない。

「そっかぁ……そうだよね……」

 こればかりは仕方ないわ。ため息ついたって家が広くなるわけじゃないんだし。

「エマ、ちょっとお待ち」

 キッチンを出ようとするとおばあちゃんに呼び止められた。
 わたしの顔をじっと見て、心配そうに肩を抱いてくる。

「エマ、ばあちゃんは怒っているわけじゃないよ。ただ、ふしぎなんだ。エマはこれまで友だちを家に呼んだことはなかったね。ばあちゃんの仕事を邪魔したくないから我慢してくれていたんだろう。そんなエマが初めて『友だちを呼びたい』と言った……それはどうしてなんだい? ティンカーベル書房に本を返してもらいに行った日から様子がおかしいことと関係しているのかい?」

「あっ……」

 どきっとした。
 すごい、おばあちゃんにはお見通しなんだ。


「話してくれるかい? エマ」

 そっと髪をなでられると、なんだか口元がムズムズしてきた。これも魔法なのかしら。ううん、ちがう。わたしはずっと話したかったんだわ。

「あのね、おばあちゃん――」


 わたしはアレンのことを話した。本のことは内緒のまま。

 ――あのね、おばあちゃん。アレンっていう子に会ったの。わたしにそっくりな顔をした男の子なのよ。
 すごく難しい本を読んでいて、頭が良くて、水の巨人を創ったり動物に変身したり火を灯したり、いろんな魔法を使えるの。
 だけどね、なんだかいつもさみしそうなの。涙を流しているわけじゃないのに、いつも泣いているように見えて、放っておけないの。


「なるほど。だからエマもそんな顔をしているんだね」

 パッと鏡を見るとわたし自身も泣きそうな顔をしていた。おばあちゃんがぎゅっと抱きしめてくれる。

「わかった。エマが大切な友だちを呼びたいって言うなら、ばあちゃんもできる限りのことをするよ」
「ほんと!?」
「当然だろう。お茶会は今度の日曜日でいいかい? エマも手伝ってくれるだろうね」
「もちろんよ! やったー!」

 この家に、ハンナや学校の友だち、それにアレンが遊びに来る。
 なんだかとっても素晴らしいことに思えて、その場でくるくると踊ってしまった。


 ※


 次の日曜日。

「ここがエマの家? すごい、初めて来たー」

 ハンナが興奮ぎみに声をあげた。一緒に来た学校の友だちも目をキラキラさせて天井を見つめている。

「家の外にバルコニーがあるなんてすごいね!」

 わたしとおばあちゃんが一週間がかりで準備したこと。それはね、キッチンからつながる庭に、屋根つきのカフェスペースを用意したことなの。サンルーフっていうの? ガラス張りになっていて、雨の日でもへっちゃら。晴れた日は太陽の光をたっぷり受けてまぶしいんだから。
 これなら家の中に入らなくてもお茶ができるってわけ。最高でしょう?

「みんな、好きなところに座って。おばあちゃんがクッキー焼いてくれたの」

 今日呼んだのはハンナをはじめとする学校の友だち。なぜか呼んでないエドガーも混じっているけれど。

「とーぜんだろ。『魔法ナシ』の家がどれだけフツーなのか見たかったんだよ」

 まったく、この間のこと反省していないのね。本当にヒキガエルにしてやろうかしら。
 みんなが席に着いたところで、わたしはおばあちゃんが焼いてくれたクッキーをお皿に配った。ハチミツやジャムもばっちり用意してあるの。

「いっぱい食べてね。紅茶も、ジュースも、ホットミルクも用意してあるからね」
「「「はーい」」」

 みんなが笑ってくれるとわたしもうれしい。
 あのエドガーですら、おばあちゃんが焼いてくれたジンジャークッキーにたっぷりのバターとジャムをかけて美味しそうにかぶりついている。見ているわたしまで幸せな気分。


 だけど……。


 わたしはとなりの空席を見た。アレンのために用意した場所。
 あれからティンカーベル書房に行くたびにアレンをお誘いしたけれど、一度も「いいよ」と言ってくれなかった。もしかしたら、来ないかもしれない。せっかく用意したホットミルクも冷めてしまった。

「エマ、ちょっとおいで」

 キッチンでおばあちゃんが手招きしているので行ってみると、

「家の裏口にお客さんが来たみたいだよ」

 とウインクされた。おばあちゃんは目で直接見なくても家の周りのことが手に取るように分かるの。

「もしかして、アレン?」
「だろうね。迎えに行っておあげ」
「うん!」

 だっと家を飛び出して裏口に向かった。ちなみにウチの裏口っていうのはね、なんと、洞窟を通るの。
 ぴちゃんぴちゃんと水がしたたる寒い洞窟を一気に走り抜け、崖に面した丘に出る。古びた展望台があって、上にのぼると海がよく見えるのよ。

「アレン!」

 展望台の前にたたずむ人影が目に入り、うれしくて叫んじゃった。
 こっちに気づいて振り向いたアレンは、すぐさま視線をそらす。恥ずかしいのね。

「やあエマちゃん、こんにちは」

 手を振っているのはルシウスさん。にこにこしながらアレンの背中を軽くたたく。

「ほらアレン。いつまで照れてるんだい? ここまで来たら覚悟を決めないと」
「んなもん、わかってる。うるさいんだよ、ルシウスは……」

 あらためて向き直ったアレンは白い布をかけたカゴを突き出してきた。

「あんまりしつこいから来てやったんだ。――あとこれ」

「ありがとう。これはなぁに? 見てもいい?」
 アレンがうなずくのでそっと布を取るとピンクやオレンジのポピーがたくさん積んであった。すごくきれい。

「ありがとう、テーブルに飾るわね。アレンが摘んできてくれたの?」
「ばか。おれが地面を這いつくばって摘むはずないだろ。魔法だよ、魔法」
「なんてねー、魔法で花を摘むと傷みが早いから自分の手で一本一本丁寧に摘んだけど、恥ずかしくて言えないんだー」
「ルシウスー!!」
「ちょっ、人を蹴るんじゃないよ! ぼくはそんなふうに育てた覚えはないよ!」
「うっせぇ! 『石になれ』!」

 タクトを振るとルシウスさんの足が一瞬で石になってしまった。

「こらー! なんてことするんだ!」
 身動きとれずに苦しそう。

「くさっても魔法使いだろう。自力で抜けてみろ」
「くそー」

 ううーん、なんだかんだ言って仲がいいのね、ふたりは。

「ほらエマ、いくんだろ」
「あ、うん」
「早くしないと帰るぞ」

 大変、せっかく来てもらったんだもの。簡単に帰すもんですか。

 わたしは絶対に逃がさないようにと思ってアレンの手を握った。

「ルシウスさんすぐに戻ってくるから待っていてね。行きましょう、アレン。学校の友だちを紹介するわ」

「……ん」

 おとなしくついてくる。なんだかヒヨコのお母さんになった気分。


「あれ、本持ってきたの?」

 大事そう抱えているのは例の黒い本。アレンは得意げに鼻を鳴らした。

「留守にしている間に盗まれたら大変だからな」


 洞窟を出ると、おばあちゃんが待ちかまえていた。

「連れてきたんだね。で――その子がアレン?」

「ね、顔そっくりでしょう?」

「そうだねぇ……」
 おばあちゃんはうなずくでもなく目を細めた。アレンも上目遣いで様子をうかがっている。どことなく緊張しているのはなぜかしら。

「アレン、エマと仲良くしてくれてありがとうね。これからもよろしく頼むよ」
「はい」
「よし。じゃあ家に戻ろうか」

 歩き出したおばあちゃんと黙っているアレン。なんだか変だわ。おばあちゃんが初対面の相手にこんなにそっけないのは初めて。おばあちゃんはとってもお話し好きなのに。

「なんだよエマ、不思議そうな顔をしているな」

「だって……腰抜かすんじゃないかと思ってたくらいなのに」

「ばーさんの反応がにぶかったのは当然さ。ばーさんにはおれとエマの顔はまったく別ものに見えるはずだ、おれはふだんから『顔を変える魔法』を使っているから」

「え!」

 びっくりして手を放してしまった。そういえば初めて会ったときも『エメラルドの眼なのも“分かる”のか?』って聞かれたわ。

「なんでそこまでして顔を変えてるの?」

「いろいろあるんだよ。それに書庫にいるときは邪魔されたくないから『かくれんぼの魔法』も使ってる。ルシウスも目の前通っても気づかないのに、なんでエマだけは分かるんだろうな」

 ほんとどうしてかしら。わたしにだけ魔法が効かないなんて。
 アレンがあごに手を当てて考え事をはじめた。

「効かないんじゃなくて、打ち消されているのかもな」
「んん?」

「おーい!」

 首を傾げていると後ろからルシウスさんが追いついてきた。さすがは魔法使いだわ。

「な、くさってもおれの師匠なんだよ」

 ちょっぴり誇らしげなアレンは、案外ルシウスさんのことが好きなのかもしれないわ。
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