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アレン、照れてる?
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「魔法書の中の世界!!??」
明日は雨だよ、くらいの軽い口調で告げられたけれど、全っ然、意味わからなかった。
アレンはうっとうしそうに腕を組む。
「うるさい。なんで『おしゃべりを黙らせる魔法』がきかないんだろう、腹立たしい」
「あ、ごめんなさい」
興奮すると声が大きくなる癖、おばあちゃんにも指摘されたことあるのよね。口を押さえるとアレンはまたしてもため息をつく。
「魔法書には世界中のさまざまな魔法が記してある。『動物に化けられる魔法』『好きな人が振り向いてくれる魔法』『味見しても料理が減らない魔法』……ふつうは文字を読んで理解するだけで使えるようになるけど、大きな魔法は、つづられている文字そのものが強い魔力を秘めていることがあるんだ。影響力が強い分、だれにも見られないよう『禁書』の扱いになっているはずだけど……」
疑いの目を向けられたので必死に首をふった。
「わ、わたしはなにもしてないわ。本の整理をしようとしたら上から落ちてきたのよ」
「ふぅん……まぁいいさ。本を開いたことで魔法が発動して、側にいたおれも含めて引きずり込んだんだ。相当強い魔法にちがいない」
「じゃあ、冗談でもなんでもなくて、ここは本当に魔法書の中の世界なのね?」
「現実には存在しない世界だ。噂には聞いていたけど、おれも初めて見た」
アレンの説明を聞いてもすぐには信じられない。
お姫様が登場する本を読んでいるとき、物語に没頭して自分がお姫様になったような気持ちになることはあったけど、まさか本当にこんなことが起きるなんて。
「じゃあ、ここが本の中の世界だったとして、どうやったら外に出てられるの?」
「ルシウスは必ずどこかに出口があるって言っていたけど、見つからなかった……」
ちょっぴり残念そうにうつむくアレン。
お互いに黙りこんでしまったけれど、わたし、こういう空気苦手なのよね。なんとか気分を変えないと。
「あ、ねぇ、さっきも言ってたわよね。ルシウスさんってアレンの家族?」
「ルシウス? 魔法の師匠だよ。ヘラヘラしているくせに、すごい魔法使いなんだ。おれがここにいること気づいてくれればいいけど、いつになるかな」
せっかく話題を変えたのにアレンはまた悲しそうな目。ううー、またこの空気。
「アレン、わたしの顔を見て!」
こっちを向いたタイミングで、思いっきり目を見開いて唇を尖らせてみた。
これ、わたしのとっておきの変顔なの。
「…………」
「え、笑わないの? だったらこれでどう!?」
今度は両目の目尻を引っ張って口はイーって歯を突き出す。
わたしも怖い夢を見たときやテストの成績が悪かったとき、街に出かけたときお父さんやお母さんと一緒に歩いている子を見てさみしい気持ちになることもある。そういうとき、おばあちゃんがよく言うの。『エマ、笑いなさい。笑っていれば幸せが向こうから飛んでくる。ばあちゃんはエマの笑顔が大好きだよ』って。
だからわたしも悲しい気持ちで下を見ているくらいなら笑顔で上を向いていたいし、さみしくてうずくまるくらいならダーッと走って忘れたい。
「…………変な顔」
アレンがぷいっと顔をそむけた。でもほんのり唇が上がっているのは確認済み。
「魔法書とは言ってもただの本だ。読み進めれば抜けられる。なんとしても砂浜にたどり着いて次のページに進むぞ」
「うん!」
元気になったみたい。わたしの作戦勝ちね。
改めて見回すと、大海原に囲まれた小さな島って感じ。緑が濃いのに生き物の気配がまるでしないし鳥一羽飛んでいない。
「なんだか近づくなって言われているみたいね……、ん? アレンなにしてるの?」
「試してみるんだよ。『大波を起こす魔法』でな」
右腕を上げたアレンは人差し指をピンと立て、まるで指揮者みたいにリズムをとって振りはじめた。すると水面に白い文字がいくつもいくつも浮かび上がり、やがて、人間のようにすくっと立ち上がった。すごい数。何百人もの波人間だわ。
これがアレンの魔法? 大波を起こす魔法ですって?
「でも待って、これだけの魔法を使うには、すごく長い『アレ』がいるんじゃないの?……なんだっけ……じゅ、じゅ」
「呪文か? 『精霊様、お願いです。どうか力を貸してください』ってペコペコするクソ長い言葉だろう? あんなもんいらねぇよ。力があるんだから従わせればいいんだ」
指のタクトが激しくなった。波の巨人は合体し、水を吸い上げてどんどん大きくなり、とうとう頭が雲を突き抜けてしまう。
「これぐらいでいいだろう――『いけ』」
タクトを振りかぶると波が飛び上がった。
「きゃ――っ」
黒くうねった波が怖くて、とっさにアレンの腕に抱きつく。
「えっ……」
信じられないような表情でわたしを見るアレン。
魔法で起こした波はわたしたちをすり抜けて砂浜めがけて突撃したけれど、たぶん三メートルもいかないところでバシャンン!と粉々になって砕けた。あとにはただ穏やかな波が広がるだけ。
まるで目に見えない壁があるみたい。
「うう、どうしよう。アレン。このまま戻れなかったら。……アレン?」
「うるさい……はなせ」
乱暴に突き放されてびっくりしてしまった。
「もうなによ。本当に怖かったんだからね」
「……」
「ん? どうしたの、アレン。顔が赤い。熱でもあるの?」
おでこに手のひらを当てようとすると露骨に避けられた。
「うるさい。それ以上おれに近づくな」
と言いながら左腕をさすっている。
ん? んんん?
「もしかしてアレン――女の子に抱きつかれたのが初めてなの? まさか、そんなはずないわよね。夏至祭のフォークダンスは男女がペアで踊るはずだもの」
「……」
アレンは黙っている。口をへの字に曲げて。
「一年中ルシウスと世界各地を旅しているんだ。まだ夏至祭には参加したことない」
「じゃあ――」
「て、手をつないだことくらいあるぞ!……料理店のおばさんとだけど」
え、なにそれ、まさか本当に初めてなの? だから照れてる?
そう思ったら、なんだか、体の中がぷるぷるした。
「……ぷ、ぷぷっ、ぷぷぷぷ」
体の中で風船がふくらんでいるみたい、もう我慢できない。
「なにがおかしいんだよ」
「だってぇ!」
アレンほど自信家で嫌味たっぷりな男の子が、女の子と手をつないだこともないなんて。これがおかしくなくてなにがおかしいのよ。
「言っとくけどルシウスのせいだからな! あいつが、女の子が近くにいると『可愛いねって声をかけておいで』っておれをからかうから、だから、逆に、どうしたらいいのか分からなくなって……それで……」
ムキになればなるほど顔が赤くなっていく。
「ふー、はぁー、お腹いたい」
「なんだよ、おまえまでおれをバカにして」
「ううん、バカにしたんじゃないの。ほっとしたのよ」
両手でアレンの手を包み込むと、こらえきれないようにパッと視線をそむけた。自分と同じ顔だからかな? わたしまでちょっぴり恥ずかしい。
「アレンみたいなすごい魔法使いでも苦手なことがあるんだなって安心したのよ。欠点がひとつもない完璧魔法使いだったら友だちとしてやっていけるか不安だったの」
「ともだち? さっき会ったばかりのおれが?」
「一度でも言葉を交わしたのなら友だちでしょう?」
アレンは驚いたような、呆れたような、そんな顔で、目をぱちぱちさせていた。
エメラルドの瞳は、海の光を包み込んでアクアマリンのように輝いている。たとえるなら、満月の夜に海が流した涙がそのまま形になったみたい。とってもきれい。
アレンからもわたしはそう見えるのかしら。
「ねぇアレン、わたしたち本当に赤の他人なのかしら。なんだかずぅっと昔から知っているような気がするの。そう、まるで――――」
そのとき、どこかで声がした。
『ばふばふ、困ってるわわんっ』
明日は雨だよ、くらいの軽い口調で告げられたけれど、全っ然、意味わからなかった。
アレンはうっとうしそうに腕を組む。
「うるさい。なんで『おしゃべりを黙らせる魔法』がきかないんだろう、腹立たしい」
「あ、ごめんなさい」
興奮すると声が大きくなる癖、おばあちゃんにも指摘されたことあるのよね。口を押さえるとアレンはまたしてもため息をつく。
「魔法書には世界中のさまざまな魔法が記してある。『動物に化けられる魔法』『好きな人が振り向いてくれる魔法』『味見しても料理が減らない魔法』……ふつうは文字を読んで理解するだけで使えるようになるけど、大きな魔法は、つづられている文字そのものが強い魔力を秘めていることがあるんだ。影響力が強い分、だれにも見られないよう『禁書』の扱いになっているはずだけど……」
疑いの目を向けられたので必死に首をふった。
「わ、わたしはなにもしてないわ。本の整理をしようとしたら上から落ちてきたのよ」
「ふぅん……まぁいいさ。本を開いたことで魔法が発動して、側にいたおれも含めて引きずり込んだんだ。相当強い魔法にちがいない」
「じゃあ、冗談でもなんでもなくて、ここは本当に魔法書の中の世界なのね?」
「現実には存在しない世界だ。噂には聞いていたけど、おれも初めて見た」
アレンの説明を聞いてもすぐには信じられない。
お姫様が登場する本を読んでいるとき、物語に没頭して自分がお姫様になったような気持ちになることはあったけど、まさか本当にこんなことが起きるなんて。
「じゃあ、ここが本の中の世界だったとして、どうやったら外に出てられるの?」
「ルシウスは必ずどこかに出口があるって言っていたけど、見つからなかった……」
ちょっぴり残念そうにうつむくアレン。
お互いに黙りこんでしまったけれど、わたし、こういう空気苦手なのよね。なんとか気分を変えないと。
「あ、ねぇ、さっきも言ってたわよね。ルシウスさんってアレンの家族?」
「ルシウス? 魔法の師匠だよ。ヘラヘラしているくせに、すごい魔法使いなんだ。おれがここにいること気づいてくれればいいけど、いつになるかな」
せっかく話題を変えたのにアレンはまた悲しそうな目。ううー、またこの空気。
「アレン、わたしの顔を見て!」
こっちを向いたタイミングで、思いっきり目を見開いて唇を尖らせてみた。
これ、わたしのとっておきの変顔なの。
「…………」
「え、笑わないの? だったらこれでどう!?」
今度は両目の目尻を引っ張って口はイーって歯を突き出す。
わたしも怖い夢を見たときやテストの成績が悪かったとき、街に出かけたときお父さんやお母さんと一緒に歩いている子を見てさみしい気持ちになることもある。そういうとき、おばあちゃんがよく言うの。『エマ、笑いなさい。笑っていれば幸せが向こうから飛んでくる。ばあちゃんはエマの笑顔が大好きだよ』って。
だからわたしも悲しい気持ちで下を見ているくらいなら笑顔で上を向いていたいし、さみしくてうずくまるくらいならダーッと走って忘れたい。
「…………変な顔」
アレンがぷいっと顔をそむけた。でもほんのり唇が上がっているのは確認済み。
「魔法書とは言ってもただの本だ。読み進めれば抜けられる。なんとしても砂浜にたどり着いて次のページに進むぞ」
「うん!」
元気になったみたい。わたしの作戦勝ちね。
改めて見回すと、大海原に囲まれた小さな島って感じ。緑が濃いのに生き物の気配がまるでしないし鳥一羽飛んでいない。
「なんだか近づくなって言われているみたいね……、ん? アレンなにしてるの?」
「試してみるんだよ。『大波を起こす魔法』でな」
右腕を上げたアレンは人差し指をピンと立て、まるで指揮者みたいにリズムをとって振りはじめた。すると水面に白い文字がいくつもいくつも浮かび上がり、やがて、人間のようにすくっと立ち上がった。すごい数。何百人もの波人間だわ。
これがアレンの魔法? 大波を起こす魔法ですって?
「でも待って、これだけの魔法を使うには、すごく長い『アレ』がいるんじゃないの?……なんだっけ……じゅ、じゅ」
「呪文か? 『精霊様、お願いです。どうか力を貸してください』ってペコペコするクソ長い言葉だろう? あんなもんいらねぇよ。力があるんだから従わせればいいんだ」
指のタクトが激しくなった。波の巨人は合体し、水を吸い上げてどんどん大きくなり、とうとう頭が雲を突き抜けてしまう。
「これぐらいでいいだろう――『いけ』」
タクトを振りかぶると波が飛び上がった。
「きゃ――っ」
黒くうねった波が怖くて、とっさにアレンの腕に抱きつく。
「えっ……」
信じられないような表情でわたしを見るアレン。
魔法で起こした波はわたしたちをすり抜けて砂浜めがけて突撃したけれど、たぶん三メートルもいかないところでバシャンン!と粉々になって砕けた。あとにはただ穏やかな波が広がるだけ。
まるで目に見えない壁があるみたい。
「うう、どうしよう。アレン。このまま戻れなかったら。……アレン?」
「うるさい……はなせ」
乱暴に突き放されてびっくりしてしまった。
「もうなによ。本当に怖かったんだからね」
「……」
「ん? どうしたの、アレン。顔が赤い。熱でもあるの?」
おでこに手のひらを当てようとすると露骨に避けられた。
「うるさい。それ以上おれに近づくな」
と言いながら左腕をさすっている。
ん? んんん?
「もしかしてアレン――女の子に抱きつかれたのが初めてなの? まさか、そんなはずないわよね。夏至祭のフォークダンスは男女がペアで踊るはずだもの」
「……」
アレンは黙っている。口をへの字に曲げて。
「一年中ルシウスと世界各地を旅しているんだ。まだ夏至祭には参加したことない」
「じゃあ――」
「て、手をつないだことくらいあるぞ!……料理店のおばさんとだけど」
え、なにそれ、まさか本当に初めてなの? だから照れてる?
そう思ったら、なんだか、体の中がぷるぷるした。
「……ぷ、ぷぷっ、ぷぷぷぷ」
体の中で風船がふくらんでいるみたい、もう我慢できない。
「なにがおかしいんだよ」
「だってぇ!」
アレンほど自信家で嫌味たっぷりな男の子が、女の子と手をつないだこともないなんて。これがおかしくなくてなにがおかしいのよ。
「言っとくけどルシウスのせいだからな! あいつが、女の子が近くにいると『可愛いねって声をかけておいで』っておれをからかうから、だから、逆に、どうしたらいいのか分からなくなって……それで……」
ムキになればなるほど顔が赤くなっていく。
「ふー、はぁー、お腹いたい」
「なんだよ、おまえまでおれをバカにして」
「ううん、バカにしたんじゃないの。ほっとしたのよ」
両手でアレンの手を包み込むと、こらえきれないようにパッと視線をそむけた。自分と同じ顔だからかな? わたしまでちょっぴり恥ずかしい。
「アレンみたいなすごい魔法使いでも苦手なことがあるんだなって安心したのよ。欠点がひとつもない完璧魔法使いだったら友だちとしてやっていけるか不安だったの」
「ともだち? さっき会ったばかりのおれが?」
「一度でも言葉を交わしたのなら友だちでしょう?」
アレンは驚いたような、呆れたような、そんな顔で、目をぱちぱちさせていた。
エメラルドの瞳は、海の光を包み込んでアクアマリンのように輝いている。たとえるなら、満月の夜に海が流した涙がそのまま形になったみたい。とってもきれい。
アレンからもわたしはそう見えるのかしら。
「ねぇアレン、わたしたち本当に赤の他人なのかしら。なんだかずぅっと昔から知っているような気がするの。そう、まるで――――」
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