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モモクリマチからきた鬼
さよなら、ともだち
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『思念を飛ばした。幻覚みたいなものだな。ここまで頑張ったんだ、あきらめるのはまだ早い。オレも手伝う』
「……うん!」
アキトの幻は両手を伸ばして車輪に意識を集中する。
『オレは車輪に力を込める。花菜はタイミングをあわせて押すんだ。せーのでいくぞ。――せーの!!』
これまでにないくらいの力を込めた。
花菜、アキト、紙たちの力があわさり……がたん、と電車が動き出す。
「やった」
『このまま外まで押し出す。外に出たらすぐ左側に走るんだ』
「うん!」
力をあわせてトンネルの外に電車を出す。
『まーてー』
後ろから伸びてきた石鬼の手をしゃがんで避け、花菜は言われたとおり左側の土手をくだった。
目指す山はすぐそこだ。土手をおりた先には川がある。花菜は迷いなく三枚目の札を取り出した。羽を広げた鳥が描かれている。
「三の鬼、わたしに翼をちょうだい。かしこみかしこみもうす」
甲高い鳥の鳴き声がして札が光った。花菜の背中に天使のような羽が広がる。地面をぽんと蹴るとふわりと浮き上がった。あっという間に山のてっぺんにまで到達する。
「花菜、ここだ」
見下ろすと森を切り開いたゴルフ場の中心にアキトが立っている。周りには石と土で星の図形が描かれていた。
「アキトくんわたしやったよ!」
「よく頑張ったな。あとはオレの仕事だ。早く降りてこい」
「うん」
両手を広げてアキトの元に降りる――つもりだった。
『つかまえた』
真下から伸びてきた手が花菜の体をつかむ。石鬼だ。
「てめぇ! 花菜を放せ!」
胴体をつかまれた花菜は声を出すことができない。痛いのと苦しいのとで薄れていく意識の中で、アキトが叫ぶ声が聞こえた。
「もういい。分かった。オレを食べればいいだろ。煮るなり焼くなり好きにしろ。そのかわり花菜を解放してくれ。頼むから」
(そんなの、ダメ、だよ……)
ここまできてアキトが負けるなんて絶対にダメだ。石鬼を倒して町を救わなくちゃいけない。この町も、モモクリマチも。みんなを。
(おねがい、わたしのことは、いいから……おねがい)
アキトと目が合った。花菜は必死に首を振る。自分のことはいいから、と。
「いやだ。花菜がいなくなるのはイヤだ。……だって、だって大切な友だちだから」
アキトはぽろぽろと涙を流していた。
いままでどんな鬼に会っても泣いたりしなかったアキトが。はじめて。
(アキトくん。わたしも、わたしもね、アキトくんのこと)
一筋の涙が流れて、ぴちゃんと、手が濡れた。
――――光。
まばゆい光が生まれた。
『ウァッ』
驚いた石鬼が花菜をはなして後ずさる。ゆっくりと落下した花菜はアキトによって抱きとめられた。
「……アキトくん、この光」
手の中をみると身守り石が神々しい光を放っている。ピシピシと音を立ててヒビが入ったかと思うと芽が飛びだした。
びっくりして手を放すと芽はみるみるうちに成長して巨大な桃ノ木に早変わり。
「花菜の心の強さが聖なる桃ノ木を目覚めさせたんだ」
空を覆っていた雲がばらばらになって青空を取り戻す。目がくらんだ石鬼が地面に手をついた。
「花菜、いけるか」
「ばっちり」
互いに目を合わせてほほえむ。
「「青巻紙赤巻紙黄巻紙 東京特許許可局 武具馬具武具馬具三武具馬具あわせて武具馬具六武具馬具 桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり 六根清浄 急急如律令」」
ふたりの声がぴったり重なる。
星が輝き、石鬼の全身を包みこんだ。
『オ……オォ……』
その体がジグソーパズルみたいに割れて剥がれ落ちてくる。
「花菜はここにいろ」
アキトは花菜を残して石鬼のもとに歩み寄った。
『ア、キ、ト』
体から煙を吐き出しながらアキトを求める石鬼。その体はどんどん小さくなっていく。
『ア……キト。もう、さみしく、ない?』
アキトはびっくりして目を見開いたあと、「あぁそっか」と穏やかな目つきになった。
「オレがさみしがっていたから、どこにもいかないように、みんなを石に変えたのか。そっか、オレなにも分かってなかった。ごめん」
まっすぐ手を伸ばし、ランドセルくらい小さくなった石鬼をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。もうさみしくないよ」
『よかっ、た』
石鬼が笑った。とても幸せそうに。体の輪郭がぼやけて薄れていく。
「さよなら。――またいつか会おうな」
次の瞬間には石鬼の姿は消えていた。雲の隙間から差し込んだ光がアキトを照らし出している。
「いっちゃった、の」
「いや。ここにいる。ドロップアイテムのかわりだってさ」
アキトが手のひらを開いて見せてくれたのは桃ノ木の種だった。いつかまた時がくれば桃ノ木として再生するのだ。
『アキト~、ハナ~』
どこからか声がして翼をはやした赤ニャンが飛んできた。花菜は両腕で受け止める。
「赤ニャン。よかった、元に戻ったんだね」
『あったりまえだ。どこぞの半人前おんみょうじのせいで大変な目にあったぜ』
「悪かったな」
『ハナも大変だったろ。よくがんばったな』
「ううん。赤ニャンと、ツルさんと、アキトくんのおかげだよ」
みんながいなければ花菜はこんなにがんばれなかった。
花菜は赤ニャンを抱き上げて鼻先をつつく。
「それから赤ニャン、アキトくんは半人前なんかじゃないよ。とても強くて立派な『小学生おんみょうじ』。わたし知ってるもん」
赤ニャンは目を丸くしていたが、『ほほぅ』と目を細くした。
『なるほど。そういうことか』
「だまれ」
赤ニャンが思わせぶりなことを言うのでアキトは照れ臭そうに頬をかいていた。
「鬼がいなくなったことで町のみんな元に戻ったはすだ。オレ、落ち着いたらモモクリマチに戻る」
「えっ」
モモクリマチに戻る。転校するという意味だ。花菜はすぐには言葉が出てこない。
「いろいろとありがとうな。花菜がいなかったらどうなってたか分からない。ほんとうに助かった」
「ううん、わたしこそ……」
顔をちゃんと見られなかった。アキトがいってしまう、遠くへ。
「ときどき電話するし、ばあちゃんのところに来たときは会いに行く。だからオレのこと忘れるなよ」
「わすれるわけ、ないじゃん」
泣いたらダメだ。そう思うのに顔がどんどん下を向いている。
とんとん、と肩を叩かれた。
「ツルさん」
折り紙のツルが花菜の肩に乗っている。まるで「伝えたいことがあるんだろう」と言わんばかりに背中を押される。
そうだ。勇気を出すのだ。
「アキトくん。わたし……ずっと、言いたかったことがあるの」
体が熱い。石鬼に追いかけられたときでさえこんな気持ちにならなかった。顔から火が噴きだしそうだ。
「あの……わたし……」
ええい、もう言っちゃえ。
「『かんじゅせい』ってどういう意味なのかずっと気になってたの!!」
あぁもうバカ。花菜は後悔した。アキトも赤ニャンもツルもぽかーんとしている。
「……ぷっ、ははははは」
アキトが突然お腹をかかえて笑い出した。今度は花菜がぽかんとする番だ。
「あぁごめん、いや、そんなことずっと気にしていたのかっておかしくて」
「だ、だからってそんなに笑わなくてもいいじゃん」
「ごめんごめん。『感受性』な、じつはよく知らないんだ。おとなが言ってた受け売り。なんかカッコイイだろう?」
なんだその程度のことだったのか、と驚くと同時に、こんなにも笑うアキトが珍しくて面白かった。花菜もつられて大声をだした。
「もー気にしてそんした!」
白い球から芽吹いた桃ノ木が葉っぱを揺らしている。まるで一緒に笑うように。
「……うん!」
アキトの幻は両手を伸ばして車輪に意識を集中する。
『オレは車輪に力を込める。花菜はタイミングをあわせて押すんだ。せーのでいくぞ。――せーの!!』
これまでにないくらいの力を込めた。
花菜、アキト、紙たちの力があわさり……がたん、と電車が動き出す。
「やった」
『このまま外まで押し出す。外に出たらすぐ左側に走るんだ』
「うん!」
力をあわせてトンネルの外に電車を出す。
『まーてー』
後ろから伸びてきた石鬼の手をしゃがんで避け、花菜は言われたとおり左側の土手をくだった。
目指す山はすぐそこだ。土手をおりた先には川がある。花菜は迷いなく三枚目の札を取り出した。羽を広げた鳥が描かれている。
「三の鬼、わたしに翼をちょうだい。かしこみかしこみもうす」
甲高い鳥の鳴き声がして札が光った。花菜の背中に天使のような羽が広がる。地面をぽんと蹴るとふわりと浮き上がった。あっという間に山のてっぺんにまで到達する。
「花菜、ここだ」
見下ろすと森を切り開いたゴルフ場の中心にアキトが立っている。周りには石と土で星の図形が描かれていた。
「アキトくんわたしやったよ!」
「よく頑張ったな。あとはオレの仕事だ。早く降りてこい」
「うん」
両手を広げてアキトの元に降りる――つもりだった。
『つかまえた』
真下から伸びてきた手が花菜の体をつかむ。石鬼だ。
「てめぇ! 花菜を放せ!」
胴体をつかまれた花菜は声を出すことができない。痛いのと苦しいのとで薄れていく意識の中で、アキトが叫ぶ声が聞こえた。
「もういい。分かった。オレを食べればいいだろ。煮るなり焼くなり好きにしろ。そのかわり花菜を解放してくれ。頼むから」
(そんなの、ダメ、だよ……)
ここまできてアキトが負けるなんて絶対にダメだ。石鬼を倒して町を救わなくちゃいけない。この町も、モモクリマチも。みんなを。
(おねがい、わたしのことは、いいから……おねがい)
アキトと目が合った。花菜は必死に首を振る。自分のことはいいから、と。
「いやだ。花菜がいなくなるのはイヤだ。……だって、だって大切な友だちだから」
アキトはぽろぽろと涙を流していた。
いままでどんな鬼に会っても泣いたりしなかったアキトが。はじめて。
(アキトくん。わたしも、わたしもね、アキトくんのこと)
一筋の涙が流れて、ぴちゃんと、手が濡れた。
――――光。
まばゆい光が生まれた。
『ウァッ』
驚いた石鬼が花菜をはなして後ずさる。ゆっくりと落下した花菜はアキトによって抱きとめられた。
「……アキトくん、この光」
手の中をみると身守り石が神々しい光を放っている。ピシピシと音を立ててヒビが入ったかと思うと芽が飛びだした。
びっくりして手を放すと芽はみるみるうちに成長して巨大な桃ノ木に早変わり。
「花菜の心の強さが聖なる桃ノ木を目覚めさせたんだ」
空を覆っていた雲がばらばらになって青空を取り戻す。目がくらんだ石鬼が地面に手をついた。
「花菜、いけるか」
「ばっちり」
互いに目を合わせてほほえむ。
「「青巻紙赤巻紙黄巻紙 東京特許許可局 武具馬具武具馬具三武具馬具あわせて武具馬具六武具馬具 桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり 六根清浄 急急如律令」」
ふたりの声がぴったり重なる。
星が輝き、石鬼の全身を包みこんだ。
『オ……オォ……』
その体がジグソーパズルみたいに割れて剥がれ落ちてくる。
「花菜はここにいろ」
アキトは花菜を残して石鬼のもとに歩み寄った。
『ア、キ、ト』
体から煙を吐き出しながらアキトを求める石鬼。その体はどんどん小さくなっていく。
『ア……キト。もう、さみしく、ない?』
アキトはびっくりして目を見開いたあと、「あぁそっか」と穏やかな目つきになった。
「オレがさみしがっていたから、どこにもいかないように、みんなを石に変えたのか。そっか、オレなにも分かってなかった。ごめん」
まっすぐ手を伸ばし、ランドセルくらい小さくなった石鬼をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。もうさみしくないよ」
『よかっ、た』
石鬼が笑った。とても幸せそうに。体の輪郭がぼやけて薄れていく。
「さよなら。――またいつか会おうな」
次の瞬間には石鬼の姿は消えていた。雲の隙間から差し込んだ光がアキトを照らし出している。
「いっちゃった、の」
「いや。ここにいる。ドロップアイテムのかわりだってさ」
アキトが手のひらを開いて見せてくれたのは桃ノ木の種だった。いつかまた時がくれば桃ノ木として再生するのだ。
『アキト~、ハナ~』
どこからか声がして翼をはやした赤ニャンが飛んできた。花菜は両腕で受け止める。
「赤ニャン。よかった、元に戻ったんだね」
『あったりまえだ。どこぞの半人前おんみょうじのせいで大変な目にあったぜ』
「悪かったな」
『ハナも大変だったろ。よくがんばったな』
「ううん。赤ニャンと、ツルさんと、アキトくんのおかげだよ」
みんながいなければ花菜はこんなにがんばれなかった。
花菜は赤ニャンを抱き上げて鼻先をつつく。
「それから赤ニャン、アキトくんは半人前なんかじゃないよ。とても強くて立派な『小学生おんみょうじ』。わたし知ってるもん」
赤ニャンは目を丸くしていたが、『ほほぅ』と目を細くした。
『なるほど。そういうことか』
「だまれ」
赤ニャンが思わせぶりなことを言うのでアキトは照れ臭そうに頬をかいていた。
「鬼がいなくなったことで町のみんな元に戻ったはすだ。オレ、落ち着いたらモモクリマチに戻る」
「えっ」
モモクリマチに戻る。転校するという意味だ。花菜はすぐには言葉が出てこない。
「いろいろとありがとうな。花菜がいなかったらどうなってたか分からない。ほんとうに助かった」
「ううん、わたしこそ……」
顔をちゃんと見られなかった。アキトがいってしまう、遠くへ。
「ときどき電話するし、ばあちゃんのところに来たときは会いに行く。だからオレのこと忘れるなよ」
「わすれるわけ、ないじゃん」
泣いたらダメだ。そう思うのに顔がどんどん下を向いている。
とんとん、と肩を叩かれた。
「ツルさん」
折り紙のツルが花菜の肩に乗っている。まるで「伝えたいことがあるんだろう」と言わんばかりに背中を押される。
そうだ。勇気を出すのだ。
「アキトくん。わたし……ずっと、言いたかったことがあるの」
体が熱い。石鬼に追いかけられたときでさえこんな気持ちにならなかった。顔から火が噴きだしそうだ。
「あの……わたし……」
ええい、もう言っちゃえ。
「『かんじゅせい』ってどういう意味なのかずっと気になってたの!!」
あぁもうバカ。花菜は後悔した。アキトも赤ニャンもツルもぽかーんとしている。
「……ぷっ、ははははは」
アキトが突然お腹をかかえて笑い出した。今度は花菜がぽかんとする番だ。
「あぁごめん、いや、そんなことずっと気にしていたのかっておかしくて」
「だ、だからってそんなに笑わなくてもいいじゃん」
「ごめんごめん。『感受性』な、じつはよく知らないんだ。おとなが言ってた受け売り。なんかカッコイイだろう?」
なんだその程度のことだったのか、と驚くと同時に、こんなにも笑うアキトが珍しくて面白かった。花菜もつられて大声をだした。
「もー気にしてそんした!」
白い球から芽吹いた桃ノ木が葉っぱを揺らしている。まるで一緒に笑うように。
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