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モモクリマチからきた鬼
鬼が来た!
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授業がはじまってからも時々手を開いて中を確認していた。
ポケットに入れたら転げ落ちてしまうのではないかと心配で、きょうは一日中手に握っていようと決めのだ。友美や先生に「どうしたの」と聞かれても絶対にひみつ。アキトからもらった大切な身守り石なのだから。
「じゃあ次の算数の問題を――森崎さん」
「はっ、はい」
こんな日に当てられるなんてついてない、と思いながら黒板の前へ歩いていく。右手でチョークを握ろうとしたら白い球がすべり落ちた。
「あっ」
急いで追いかける。
白い球はころころと転がって机や椅子の合間を縫ってどこまでも進んでいく。教室の後ろの掃除用具が入ったロッカーの前でようやく止まった。花菜もなんとか追いついて指先でつまみあげる。
「もう、心配させないでよ。なくなっちゃうかと思ったでしょう」
すこしホコリがついてしまったけれど白い球はきらきらしたまま。
ほっとした花菜は大事なことを思いました。
「――っ、すみません。問題がまだでした!」
急いで黒板の方を振り返ったが、クラスのみんなはまっすぐ前を向いている。
「え?」
珠を追いかけまわした花菜はかなり目立ったはずなのに、だれもこっちに注目していない。
(変なの。授業中だからかなぁ)
机の合間をぬって黒板前に戻ってもだれひとり動かない。
「友美ちゃん?」
友美は口を開いてあくびしたままだ。
(止まってる? どうして?)
背伸びしている子、教科書をめくろうとしている子、鉛筆を持っている子。みんな動かない。ためしに肩に触ってみるとカチンコチンに固まって石みたいだった。髪の毛の一本も動かない。びっくりしたのは消しゴムのカスが空中で止まっていたことだ。机から払いのけようとして空中で止まっている。
「だれか──動いてないの、みんな!」
必死に声を張り上げても返答はない。
まるで自分以外の時間そのものが石になってしまったみたいに。
「アキトくん……」
白い球を両手で握りしめてドアに向かった。いつもなら簡単に開く扉なのにびくともしない。押しても引いても石みたいに固まっている。
(どうしよう、これじゃあアキトくんのところに行けない)
一生このまま閉じ込められるのかもしれない。
花菜は不安でうずくまった。
そのとき。
――ズシン、ズシン。
地面が弾む。トランポリンみたいに花菜の体が飛び上がった。
(なにが起きたの?)
窓の向こうを確認しようとすると赤い塊が飛びかかってきた。
「ひゃっ――むぐ!」
『動くな。オレ様がいいって言うまで息を止めてろ』
赤ニャンだ。花菜は言われたとおり体の動きを止める。
ズシン、ズシン、音はどんどん近くなる。
(あれ。聞こえなくなった。いなくなっ……)
教室が夜みたいに暗くなる。窓をぜんぶ覆い隠すくらい大きな顔があって、不気味な三つの目玉がぎょろぎょろと動いていた。
『どーこーだぁーどーこーにいるー』
赤ニャンが口を押えてくれなければ花菜は悲鳴をあげていただろう。
鬼だ。アキトのノートの一ページ目に書かれていたピンク色の鬼。
『こーこーじゃなーい。どーこーだぁー……』
鬼が視線をそらすとまたズシン、ズシンと地面が揺れて遠ざかっていった。様子をうかがっていた赤ニャンが息を吐く。
『ふぅ、とりあえず行ったみたいだな。……ハナ?』
「ぷはぁっ……死んじゃうかと思った……」
花菜は思いっきり息を吐いた。両手で口を覆って必死になっていたのだ。
『だいじょぶかぁ?』
「うん、へいき。それよりいまの鬼はなに? もしかしてあいつがクラスのみんなをカチコチにしちゃったの?」
『石鬼だ。あいつの三つの目ににらまれると石みたいに固まっちまう。モモクリマチもそうだ。アキトを除く町の全員がぴくりとも動かなくなっている』
「そんな……」
花菜は石鬼がこないことを確認して友美に近づいた。
眠そうにおおあくびしている肩に触れてみる。かたい。
このままずぅっと動かないままだとしたら胸が張り裂けそうだ。アキトの家族や友だちもこんなふうに動かないままなのだ。
『アキトがオレ様を急かしたんだ。ハナのところに行ってくれって。あんなクソまじめな顔で頼まれたのは初めてだ』
「石鬼が来るのが分かっていたのかな」
『かもしれないな。おまえさっき身守り石もらったろ、あれは石鬼の力をすこしだけ弱められるんだ。だからおまえは石にならなかった。アキトがモモクリマチで助かったのも石があったからだ』
ポケットに入れたら転げ落ちてしまうのではないかと心配で、きょうは一日中手に握っていようと決めのだ。友美や先生に「どうしたの」と聞かれても絶対にひみつ。アキトからもらった大切な身守り石なのだから。
「じゃあ次の算数の問題を――森崎さん」
「はっ、はい」
こんな日に当てられるなんてついてない、と思いながら黒板の前へ歩いていく。右手でチョークを握ろうとしたら白い球がすべり落ちた。
「あっ」
急いで追いかける。
白い球はころころと転がって机や椅子の合間を縫ってどこまでも進んでいく。教室の後ろの掃除用具が入ったロッカーの前でようやく止まった。花菜もなんとか追いついて指先でつまみあげる。
「もう、心配させないでよ。なくなっちゃうかと思ったでしょう」
すこしホコリがついてしまったけれど白い球はきらきらしたまま。
ほっとした花菜は大事なことを思いました。
「――っ、すみません。問題がまだでした!」
急いで黒板の方を振り返ったが、クラスのみんなはまっすぐ前を向いている。
「え?」
珠を追いかけまわした花菜はかなり目立ったはずなのに、だれもこっちに注目していない。
(変なの。授業中だからかなぁ)
机の合間をぬって黒板前に戻ってもだれひとり動かない。
「友美ちゃん?」
友美は口を開いてあくびしたままだ。
(止まってる? どうして?)
背伸びしている子、教科書をめくろうとしている子、鉛筆を持っている子。みんな動かない。ためしに肩に触ってみるとカチンコチンに固まって石みたいだった。髪の毛の一本も動かない。びっくりしたのは消しゴムのカスが空中で止まっていたことだ。机から払いのけようとして空中で止まっている。
「だれか──動いてないの、みんな!」
必死に声を張り上げても返答はない。
まるで自分以外の時間そのものが石になってしまったみたいに。
「アキトくん……」
白い球を両手で握りしめてドアに向かった。いつもなら簡単に開く扉なのにびくともしない。押しても引いても石みたいに固まっている。
(どうしよう、これじゃあアキトくんのところに行けない)
一生このまま閉じ込められるのかもしれない。
花菜は不安でうずくまった。
そのとき。
――ズシン、ズシン。
地面が弾む。トランポリンみたいに花菜の体が飛び上がった。
(なにが起きたの?)
窓の向こうを確認しようとすると赤い塊が飛びかかってきた。
「ひゃっ――むぐ!」
『動くな。オレ様がいいって言うまで息を止めてろ』
赤ニャンだ。花菜は言われたとおり体の動きを止める。
ズシン、ズシン、音はどんどん近くなる。
(あれ。聞こえなくなった。いなくなっ……)
教室が夜みたいに暗くなる。窓をぜんぶ覆い隠すくらい大きな顔があって、不気味な三つの目玉がぎょろぎょろと動いていた。
『どーこーだぁーどーこーにいるー』
赤ニャンが口を押えてくれなければ花菜は悲鳴をあげていただろう。
鬼だ。アキトのノートの一ページ目に書かれていたピンク色の鬼。
『こーこーじゃなーい。どーこーだぁー……』
鬼が視線をそらすとまたズシン、ズシンと地面が揺れて遠ざかっていった。様子をうかがっていた赤ニャンが息を吐く。
『ふぅ、とりあえず行ったみたいだな。……ハナ?』
「ぷはぁっ……死んじゃうかと思った……」
花菜は思いっきり息を吐いた。両手で口を覆って必死になっていたのだ。
『だいじょぶかぁ?』
「うん、へいき。それよりいまの鬼はなに? もしかしてあいつがクラスのみんなをカチコチにしちゃったの?」
『石鬼だ。あいつの三つの目ににらまれると石みたいに固まっちまう。モモクリマチもそうだ。アキトを除く町の全員がぴくりとも動かなくなっている』
「そんな……」
花菜は石鬼がこないことを確認して友美に近づいた。
眠そうにおおあくびしている肩に触れてみる。かたい。
このままずぅっと動かないままだとしたら胸が張り裂けそうだ。アキトの家族や友だちもこんなふうに動かないままなのだ。
『アキトがオレ様を急かしたんだ。ハナのところに行ってくれって。あんなクソまじめな顔で頼まれたのは初めてだ』
「石鬼が来るのが分かっていたのかな」
『かもしれないな。おまえさっき身守り石もらったろ、あれは石鬼の力をすこしだけ弱められるんだ。だからおまえは石にならなかった。アキトがモモクリマチで助かったのも石があったからだ』
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