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呪いの縁結び

イザナミノミコト

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 午後の授業がはじまってもアキトは戻ってこなかった。出欠をとった阿部先生は「おや、また保健室でしょうか」とあまり気にしていない。

 ことがことだけに花菜も事情を話すことができず、もどかしい思いで放課後を迎えた。


「ねぇ赤ニャン、アキトくんはどこに行っちゃったの?」

『おそらく神のところにいるはずだ。そう遠くない……町内のどこかだと思うが』

 アキトがいるはずの「神様」を探すべく、花菜は咲倉町を走り回る。


(神様がいるところ、ふつうは神社だよね。あ、でも、古い大きな桜の木に神様が宿るとか、森の奥にある岩に神様が座ってたって聞いたこともある。うう、広すぎるよ)


 いくら走り回っても手がかりすら見つけられない。

(どうしよう、おとなの人にも聞いてみよかな)


 花菜は引っ込み思案なので自分から話しかけるのは苦手だが、いまはアキトの一大事。うじうじしているヒマはない。

 商店街に差し掛かると、母親がよく行く肉屋のおじさんと目が合った。
 いつも母親の後ろに隠れている花菜だが、今日は思いきって自分から声をかけた。

「あ、あの……!」

「ああ森崎さんの。いらっしゃいませ、お使いかな」

「お、お使いじゃない……んですけど、このへんで神様見かけませんでしたか?」

「神様?」

 おじさんは首を傾げる。
 しまった、焦ったせいでおかしなことを口走ってしまった。

「あの、ちがいます、あの、神様……イザナミノミコトがいるところ、さがしてて、えと、」

「ああ学校の宿題か。えらいね。地域の人に聞いてみるよう言われたんだね」

「は、はいそうなんです」

 なんとか伝わったようだ。
 おじさんはあごに手を当てて考え込んでいる。

「イザナミノミコトか……。そういえば爺さんが言ってたな。昔は媛結ひめむすび神社で結婚式を挙げるのが当たり前だったと」

「その神社はどこにあるんですか?」

「なんせ大昔だからなぁ。土地開発が進む中で忘れられて、もうだれも覚えてないよ。町の図書館で古地図を見れば手がかりがあるかもしれないけど」

「図書館ですね。ありがとうございました!」

「宿題がんばってね」

 ぺこりと頭を下げてからその場を立ち去った。
 ランドセルをかしゃかしゃ鳴らしながら図書館へ向かう。

(アキトくん待ってて、必ず見つけるから!)

 ──しかし花菜の想いとは裏腹に図書館は閉まっていた。書庫整理のためしばらく休館と張り紙が出ている。


   ※


 翌日。

 花菜は学校の図書室で「古地図」がないか聞いてみた。媛結神社やイザナミノミコトについても。

 司書の先生は申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめんなさい、古地図は置いてないの。媛結神社も初めて聞くわ。でもイザナミノミコトは有名よね」

「日本列島とたくさんの神様を産んだんですよね」

「そうそう、最後に火の神様を産んだとき大火傷して死んでしまったの。夫のイザナギノミコトが黄泉よみの国まで迎えに行ったんだけど、変わり果てた妻の姿におどろいて地上まで逃げてしまった。妻が追ってこられないよう千引ちびきの岩って呼ばれる大きな石で出口をふさいでしまったの。島根県に行くと実際にその場所が見られるのよ」


 放課後になった。

 外に出るとしとしとと雨が降り注いでいた。
 ただでさえ憂うつなのに、さらに追い打ちをかけてくる。


(島根県は遠すぎるよ。でも媛結神社の手がかりもない。一体どうしたらいいの?)


 昨日から走り回っているせいで足が棒のように重い。
 いろんな人に話しかけたせいで喉も乾いている。
 今すぐにでもベッドで寝たいくらい疲れている。

「今日までって言ってたよね。もし今日中に見つけられなかったらどうなっちゃうの?」

『……考えたくねぇな』

 もし神様を見つけられなかったらアキトは二度と戻ってこないかも知れない。

「そんなの、やだ」

『ハナ』

 赤ニャンが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「やだよぉ……」

 ぽろぽろと涙があふれる。
 せっかく仲良くなれたのにアキトがいなくなるなんて考えたくない。

 でもできることはもう全部やった。
 これ以上どうしたらいいのか。

 絶望に打ちのめされているとふと、アキトの声がよみがえった。



 ──『頼りにしてるんだぜ、これでも』



 アキトはそう言ってくれた。
 なまぬるいお湯のような自分を頼りにしていると。
 たまらなく嬉しかった。


(ここで泣いてる時間はないよね。わたしがやらないと。神様とアキトくんを見つけてあげないと)


 気がつくと涙はとまり、胸が熱くなった。
 もう迷わない。絶対に見つけてみせる。

 でもどうしたら──。


「あ、森崎さん」

 曲がり角で莉乃と鉢合わせた。
 気まずそうに視線を背ける。

「アキトくん学校来てなかったよね。やっぱり、りののせいかな」

 ここで莉乃を責めてもアキトが戻ってくるわけではない。
 花菜はモヤモヤした気持ちをぐっと飲み込んだ。

「神様は約束を破られたこと怒っていたよ」

「そっか……。りのも昨日から探しているんだけどぜんぜん見つからないの、あの神社」

「媛結神社のこと?」

「そそ、それ。このあたりに鳥居があったはずなんだけど近所の人も知らないって言うから困っちゃって」

 莉乃が指し示したのは三階建てのビルだ。
 小指にちらっと赤いものが光る。

「赤い糸!」

「え、なになに?」

「小指に赤い糸が巻きついてるよ。もしかしたらアキトくんにつながっているのかも!」

 意識を集中するとうっすらと見える。前に見たときよりも随分細くなっていて、いまにも千切れそう。
 だがビルの方に向かってピンと伸びている。

「赤ニャン、どう思う?」

『空間と空間の狭間につながっているみたいだ。手がかりがこれしかない以上、行くっきゃないだろ』

「そうだね」

「ちょっ、だれと話してるの?」

 戸惑う莉乃に向き合い、そっと手を包み込んだ。

「おねがい入山さん、力を貸して」

「森崎さん……?」

「小指の赤い糸だけが頼りなの。おねがい、アキトくんを助けるのを手伝って」

 莉乃はポカンとしていたが、花菜の真剣な表情におされて小さく頷いた。

「元々りのの責任だもんね。よくわからないけど、一緒にいくよ」

「ありがとう入山さん!」

「りのって呼んで。花菜ちゃん」

「うん! りのちゃん!」


 莉乃とともに赤い糸をたどっていく。
 ビルの手前まで来るとぐにゃっと景色が歪んだ。赤い鳥居が建っており、灰色の階段が上へと伸びている。

「ここだよここ!」

 莉乃が叫んだ。
 赤い糸は階段の先へつづいている。

「行ってみよう」

 ところどころ崩れた階段を慎重にのぼっていく。花菜の後ろにいた赤ニャンが身をすくませた。

『ふひぃー、神の気配がどんどん強くなってくぜ』

「つらいんだっけ? 下で待っててもいいよ?」

『やだね。あのバカを一発殴ってやらないと』

「ふふ、暴力は良くないよ」

 最後の階段をあがって、もうひとつの鳥居をくぐった。

「なにここ、ひどい……」

 そこに広がる廃墟のような神社に言葉を失っていると莉乃が袖を引いた。

「あっちよ。大きな岩があってそこで赤い糸をもらったの」

 急いで行ってみる。

 すると──。


「アキトくん!!」

 
 大きな岩にもたれかかるようにしてアキトが座り込んでいる。
 足音に気づいてうっすらと目を開けた。

『来たか』

 女の声だ。
 姿かたちはアキトだが近寄りがたい空気がある。これが赤ニャンの苦手としている神様の気配なのだ。

 けれどここで怖気づくわけにはいかない。
 花菜は震えながら一歩踏みだした。

「はい、約束どおり来ました。アキトくんはどうしているんですか?」

『赤い糸の檻に閉じ込めて眠らせてあるわ。まず目覚めることはない』

 ゆっくりと立ち上がり、花菜の向こうにいる莉乃に視線を向けた。

『入山莉乃』

 莉乃はびくっと体をすくませる。

『あなたは私を見つけてくれた。だからお礼に「黒住アキトに愛されたい」という願いを叶えてあげたの。それなのにあなたは赤い糸の力をほかの男たちにも使い、約束を破った』

「りのはみんなに愛されたかったんです。でもアキトくんは振り向いてくれなかったから、かなしくて」

 「神様」の目つきがするどくなった。

『なんてワガママなの。ひとりの男性に恋い焦がれる切なる願いを叶えたいと思ったのに』

 冷たい風が吹いてくる。
 アキトの後ろにある岩からだ。

『私は待っていたの。あの人との「約束」を信じて。黄泉へと続く冷たく暗い洞窟の中で、かすかな光の向こうからあの人が手を差し伸べてくれる日を待って待って待って──なのに!』

 ゴゥッと突風が吹いた。

「きゃっ」
『んにゃーん』

 立っていられないほどの風だ。

 ズズズズ……重なり合った岩が少しずつ動いている。左右に開こうとしている。

 いやな予感がする。
 花菜は叫んだ。

「なにをするつもりですか、神様!」

『私は黄泉の者。光の中へは出られない。だから手始めにこの子を連れていく。この世の男という男を全員引きずり込んでやる。そうしたらあの人は焦ってここへ来るでしょう。最初からそうすれば良かったんだわ、アハハハ……』

 言葉を失った。
 アキトを黄泉の国に連れていく?──冗談じゃない。

「アキトくんを返してっ!!」

 必死に手を伸ばした。
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