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呪いの縁結び
赤い糸
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「なによ、黒住くんあんな地味な子と相合い傘するなんて」
莉乃はすこぶる機嫌が悪かった。
保健室で休んでいたアキトを待ち伏せて一緒に帰るつもりで教室にいたら、いつの間にかランドセルが消えていて、雨の中を二人で帰っていく姿を見つけたのだ。(※ランドセルは赤ニャンがこっそり回収した)
急いで追いかけたもののアキトは地味な女の子と楽しそうに話していて、すっかり気持ちが萎えた。
後ろから突き飛ばしてやろうかと思ったけど、暴力はよくない。
しかも運悪く水たまりにハマり、せっかくの服や靴が汚れてしまった。
こんなみっともない姿じゃアキトに話しかけられない。あきらめて横道にそれた。
「あーあ、りのの方がずっと可愛いのにな。男の子はみーんなそう言ってくれる。りのちゃんの彼氏になれるならなんでもしますって」
つまらない。
つまらない。
つまらない。
近くにあった水たまりをパシャッと蹴り上げた。
波紋はすぐに収まり、眉を吊り上げた自分の顔が映し出される。
──その後ろに赤い鳥居が見えた。
「え?」
おどろいて顔を上げるとすぐ真横に赤い鳥居が立っている。
いつの間に。
「こんなところに神社なんてあったかなぁ……ま、いっか。お参りにしていこっ」
疑問に思いながらも深く考えず階段をあがった。
莉乃はこう見えて神社が好きだ。
巫女さんの装束はきれいだし、お守りや絵馬も可愛い。オーディションの前は必ずお参りして合格祈願している。
「よし到着!……って、なにここ、ボロボロじゃない!」
そこは莉乃の知る神社とは全くちがった。
境内にある木は折れたり曲がったり、石畳からは草がぼうぼう、手水舎の水はとまって乾いている。
どうやらもう随分長いこと放置されていたようだ。
当然だれもいない。
うっそうと茂った木々が雨風にざわざわ揺れるだけだ。
「まるで廃墟ね」
莉乃がよくいく芸事の神社は、立派な鳥居が何本もあり、大きな池には鯉が泳ぎ、とても立派な社がいくつもある。初詣や七五三の時期はたくさんの参拝者が訪れて賑やかだというのに、ここは真逆だ。
「神様も人気商売ってことかしら。なんだか縁起悪いけど……まぁいいわ、せっかく来たんだから挨拶だけでもしておきましょう」
信心深い母親の教えを守り、莉乃は生い茂る草をよけながらサクサク進んだ。
途中に看板が立っており、ここにいる神様の由来が記されていた。
「なになに……媛結神社? ご利益は恋愛成就──りのにぴったりじゃない!」
まるで運命みたいとワクワクしながら先に進んでいくと……拝殿にたどりついた。
「予想はしていたけど相当ひどいわね」
拝殿の屋根瓦はむざんに剥がれ落ち、床や壁はぼろぼろ、建物自体もななめに傾いている。
しかも自分が来たことを神様にしらせる大きな鈴(おりん)はヒモが切れて手が届かない。お賽銭箱には蓋がなく中は空っぽだ。
これで一体どうお参りしろというのか。
「もう! なんなのここ! おーい神様、りのが来ましたよー。おーい」
神様を呼びながら境内を歩き回ると奥の方に大きな岩があった。
「磐座」と看板が立ててある。
「いわくら……へぇ、神様が宿る岩か」
大きな岩の真ん中に切れ目があり、そこからひんやりと冷たい風が吹き出している。
「神様ならここでお参りしてもいいわよね」
あらためて姿勢を正し、パンパン、と手を叩いた。
(あんな子より、アキトくんがりののこと好きになってくれますように)
強く願ったそのとき。
『ねがいをかなえたい?』
すぐ近くで声がした。
「え? だれ?」
周囲を見回してもだれもいない。
『ここよ、ここ』
ビュオッと強い風が吹いた。
舞い上がった木の葉が岩と岩の間に吸い込まれていく。
「もしかして神様?────やばっ!」
ほんもの?
すごくない?
ぴょんぴょん飛び跳ねる莉乃に「神様」は優しく告げた。
『あなたにはいま気になる男の子がいるのね』
「分かるの!? やっぱり神様ってすごい!!」
『わたしは縁結びの神様だからなんでも知っているの』
「へぇ、神様はなんでもお見通しなのね。そう、アキトくん。こんなに可愛いりのを差し置いてパッとしない子と仲良くしているの。ゆるせないと思わない?」
つねに可愛くあるため、莉乃は莉乃なりに相当努力している。
どんなにモデル活動が忙しくて毎日きちんと勉強し、テストではいつも満点だ。水泳と体操のクラブだって休まずいっているし、休みの日もカラオケで歌の練習をしたり、映画やドラマで女優さんたちの演技を学ぶことも怠らない。いずれは世界的な女優になって活躍するため。
こんなに頑張っている自分はみんなから愛されて当然なのだ。
それなのに、なんの努力もしていなそうな子が好かれている……おかしい。
「りのはだれにも負けたくないの」
莉乃の思いの丈を聞いていた「神様」はしずかな声で問いかけてきた。
『ねぇ、もしあなたが望むなら、その男の子との縁を結んであげましょうか?』
「縁を結ぶって?」
『赤い糸で結ばれた恋人になるということよ』
そう、それだ。
運命の赤い糸。
莉乃はぐっと前のめりになった。
「おねがいします! 縁を結んでください!」
『ではわたしの言うとおりに。まずあなたとその男の子の体の一部を用意して。髪の毛でも爪でもなんでもいいわ』
「髪……アキトくんの髪の毛なんて持ってないわ」
『ではヒトガタを使いましょう。紙の切れ端に彼のことを強くイメージしながら名前を書くの。そこにあなたの髪の毛を数本包んで岩の隙間に入れてちょうだい』
言われたとおりノートの切れ端に「黒住アキト」と書き込み、自分の髪の毛を包んだ。
「用意できました」
『目の前に赤い杯があるでしょう。そこに置いて隙間の奥へ押し出して』
「わかりました」
足元に転がっていた朱塗りの小さなお皿に包みを乗せ、指先で押した。
岩の隙間はとても狭く、お皿ひとつ入れるのがやっとだ。
奥には暗がりがあるだけでなにも見えない。
(こんな簡単なことでいいのかしら)
半信半疑になっていると、ことり、と音がした。
ハッとして足元を見るといつの間にか黒塗りの杯が置いてあり、目にも鮮やかな赤い糸が束ねてあった。
手のひらに乗せるとキラキラ輝いて見える。
『その糸を意中の彼の指に巻きなさい、たちまちあなたに夢中になるわ』
「……すごい」
『ただし二つ約束して。三日以内にもう一度ここへ来ること、赤い糸を複数の人間に使わないこと。いいわね』
「分かりました! ありがとうございます!」
莉乃は赤い糸を大切そうに抱えて走り出した。
いつの間にか雨はやんでいる。
階段の上までくると真下の道路をアキトが横切っていくところだった。
花菜を家まで送り届けて自分の家に向かう途中だった。
(チャンス!)
「アキトくーん!」
莉乃は階段を駆けおりた。
普段なら人目を気にしてはしたないことはしないのに、今日は気持ちが先走って我慢できなかった。
「うわ、なんだなんだ!」
「ごめんなさい止まらないのー!」
階段を下りた勢いそのままに抱きつき、びっくりしてのけ反るアキトの小指にくるっと糸を巻きつけた。
赤い糸を。
──『おめでとう。赤い糸で結ばれた二人に幸あらんことを』
血のように朱い夕焼け空の下、だれかかクスクスと笑い声を上げている。
莉乃はすこぶる機嫌が悪かった。
保健室で休んでいたアキトを待ち伏せて一緒に帰るつもりで教室にいたら、いつの間にかランドセルが消えていて、雨の中を二人で帰っていく姿を見つけたのだ。(※ランドセルは赤ニャンがこっそり回収した)
急いで追いかけたもののアキトは地味な女の子と楽しそうに話していて、すっかり気持ちが萎えた。
後ろから突き飛ばしてやろうかと思ったけど、暴力はよくない。
しかも運悪く水たまりにハマり、せっかくの服や靴が汚れてしまった。
こんなみっともない姿じゃアキトに話しかけられない。あきらめて横道にそれた。
「あーあ、りのの方がずっと可愛いのにな。男の子はみーんなそう言ってくれる。りのちゃんの彼氏になれるならなんでもしますって」
つまらない。
つまらない。
つまらない。
近くにあった水たまりをパシャッと蹴り上げた。
波紋はすぐに収まり、眉を吊り上げた自分の顔が映し出される。
──その後ろに赤い鳥居が見えた。
「え?」
おどろいて顔を上げるとすぐ真横に赤い鳥居が立っている。
いつの間に。
「こんなところに神社なんてあったかなぁ……ま、いっか。お参りにしていこっ」
疑問に思いながらも深く考えず階段をあがった。
莉乃はこう見えて神社が好きだ。
巫女さんの装束はきれいだし、お守りや絵馬も可愛い。オーディションの前は必ずお参りして合格祈願している。
「よし到着!……って、なにここ、ボロボロじゃない!」
そこは莉乃の知る神社とは全くちがった。
境内にある木は折れたり曲がったり、石畳からは草がぼうぼう、手水舎の水はとまって乾いている。
どうやらもう随分長いこと放置されていたようだ。
当然だれもいない。
うっそうと茂った木々が雨風にざわざわ揺れるだけだ。
「まるで廃墟ね」
莉乃がよくいく芸事の神社は、立派な鳥居が何本もあり、大きな池には鯉が泳ぎ、とても立派な社がいくつもある。初詣や七五三の時期はたくさんの参拝者が訪れて賑やかだというのに、ここは真逆だ。
「神様も人気商売ってことかしら。なんだか縁起悪いけど……まぁいいわ、せっかく来たんだから挨拶だけでもしておきましょう」
信心深い母親の教えを守り、莉乃は生い茂る草をよけながらサクサク進んだ。
途中に看板が立っており、ここにいる神様の由来が記されていた。
「なになに……媛結神社? ご利益は恋愛成就──りのにぴったりじゃない!」
まるで運命みたいとワクワクしながら先に進んでいくと……拝殿にたどりついた。
「予想はしていたけど相当ひどいわね」
拝殿の屋根瓦はむざんに剥がれ落ち、床や壁はぼろぼろ、建物自体もななめに傾いている。
しかも自分が来たことを神様にしらせる大きな鈴(おりん)はヒモが切れて手が届かない。お賽銭箱には蓋がなく中は空っぽだ。
これで一体どうお参りしろというのか。
「もう! なんなのここ! おーい神様、りのが来ましたよー。おーい」
神様を呼びながら境内を歩き回ると奥の方に大きな岩があった。
「磐座」と看板が立ててある。
「いわくら……へぇ、神様が宿る岩か」
大きな岩の真ん中に切れ目があり、そこからひんやりと冷たい風が吹き出している。
「神様ならここでお参りしてもいいわよね」
あらためて姿勢を正し、パンパン、と手を叩いた。
(あんな子より、アキトくんがりののこと好きになってくれますように)
強く願ったそのとき。
『ねがいをかなえたい?』
すぐ近くで声がした。
「え? だれ?」
周囲を見回してもだれもいない。
『ここよ、ここ』
ビュオッと強い風が吹いた。
舞い上がった木の葉が岩と岩の間に吸い込まれていく。
「もしかして神様?────やばっ!」
ほんもの?
すごくない?
ぴょんぴょん飛び跳ねる莉乃に「神様」は優しく告げた。
『あなたにはいま気になる男の子がいるのね』
「分かるの!? やっぱり神様ってすごい!!」
『わたしは縁結びの神様だからなんでも知っているの』
「へぇ、神様はなんでもお見通しなのね。そう、アキトくん。こんなに可愛いりのを差し置いてパッとしない子と仲良くしているの。ゆるせないと思わない?」
つねに可愛くあるため、莉乃は莉乃なりに相当努力している。
どんなにモデル活動が忙しくて毎日きちんと勉強し、テストではいつも満点だ。水泳と体操のクラブだって休まずいっているし、休みの日もカラオケで歌の練習をしたり、映画やドラマで女優さんたちの演技を学ぶことも怠らない。いずれは世界的な女優になって活躍するため。
こんなに頑張っている自分はみんなから愛されて当然なのだ。
それなのに、なんの努力もしていなそうな子が好かれている……おかしい。
「りのはだれにも負けたくないの」
莉乃の思いの丈を聞いていた「神様」はしずかな声で問いかけてきた。
『ねぇ、もしあなたが望むなら、その男の子との縁を結んであげましょうか?』
「縁を結ぶって?」
『赤い糸で結ばれた恋人になるということよ』
そう、それだ。
運命の赤い糸。
莉乃はぐっと前のめりになった。
「おねがいします! 縁を結んでください!」
『ではわたしの言うとおりに。まずあなたとその男の子の体の一部を用意して。髪の毛でも爪でもなんでもいいわ』
「髪……アキトくんの髪の毛なんて持ってないわ」
『ではヒトガタを使いましょう。紙の切れ端に彼のことを強くイメージしながら名前を書くの。そこにあなたの髪の毛を数本包んで岩の隙間に入れてちょうだい』
言われたとおりノートの切れ端に「黒住アキト」と書き込み、自分の髪の毛を包んだ。
「用意できました」
『目の前に赤い杯があるでしょう。そこに置いて隙間の奥へ押し出して』
「わかりました」
足元に転がっていた朱塗りの小さなお皿に包みを乗せ、指先で押した。
岩の隙間はとても狭く、お皿ひとつ入れるのがやっとだ。
奥には暗がりがあるだけでなにも見えない。
(こんな簡単なことでいいのかしら)
半信半疑になっていると、ことり、と音がした。
ハッとして足元を見るといつの間にか黒塗りの杯が置いてあり、目にも鮮やかな赤い糸が束ねてあった。
手のひらに乗せるとキラキラ輝いて見える。
『その糸を意中の彼の指に巻きなさい、たちまちあなたに夢中になるわ』
「……すごい」
『ただし二つ約束して。三日以内にもう一度ここへ来ること、赤い糸を複数の人間に使わないこと。いいわね』
「分かりました! ありがとうございます!」
莉乃は赤い糸を大切そうに抱えて走り出した。
いつの間にか雨はやんでいる。
階段の上までくると真下の道路をアキトが横切っていくところだった。
花菜を家まで送り届けて自分の家に向かう途中だった。
(チャンス!)
「アキトくーん!」
莉乃は階段を駆けおりた。
普段なら人目を気にしてはしたないことはしないのに、今日は気持ちが先走って我慢できなかった。
「うわ、なんだなんだ!」
「ごめんなさい止まらないのー!」
階段を下りた勢いそのままに抱きつき、びっくりしてのけ反るアキトの小指にくるっと糸を巻きつけた。
赤い糸を。
──『おめでとう。赤い糸で結ばれた二人に幸あらんことを』
血のように朱い夕焼け空の下、だれかかクスクスと笑い声を上げている。
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