上 下
24 / 37
呪いの縁結び

赤い糸

しおりを挟む
「なによ、黒住くんあんな地味な子と相合い傘するなんて」

 莉乃はすこぶる機嫌が悪かった。

 保健室で休んでいたアキトを待ち伏せて一緒に帰るつもりで教室にいたら、いつの間にかランドセルが消えていて、雨の中を二人で帰っていく姿を見つけたのだ。(※ランドセルは赤ニャンがこっそり回収した)

 急いで追いかけたもののアキトは地味な女の子と楽しそうに話していて、すっかり気持ちが萎えた。
 後ろから突き飛ばしてやろうかと思ったけど、暴力はよくない。

 しかも運悪く水たまりにハマり、せっかくの服や靴が汚れてしまった。
 こんなみっともない姿じゃアキトに話しかけられない。あきらめて横道にそれた。

「あーあ、りのの方がずっと可愛いのにな。男の子はみーんなそう言ってくれる。りのちゃんの彼氏になれるならなんでもしますって」

 つまらない。
 つまらない。
 つまらない。

 近くにあった水たまりをパシャッと蹴り上げた。

 波紋はすぐに収まり、眉を吊り上げた自分の顔が映し出される。
 ──その後ろに赤い鳥居が見えた。

「え?」

 おどろいて顔を上げるとすぐ真横に赤い鳥居が立っている。
 いつの間に。

「こんなところに神社なんてあったかなぁ……ま、いっか。お参りにしていこっ」

 疑問に思いながらも深く考えず階段をあがった。

 莉乃はこう見えて神社が好きだ。
 巫女さんの装束はきれいだし、お守りや絵馬も可愛い。オーディションの前は必ずお参りして合格祈願している。

「よし到着!……って、なにここ、ボロボロじゃない!」

 そこは莉乃の知る神社とは全くちがった。

 境内にある木は折れたり曲がったり、石畳からは草がぼうぼう、手水舎の水はとまって乾いている。

 どうやらもう随分長いこと放置されていたようだ。
 当然だれもいない。

 うっそうと茂った木々が雨風にざわざわ揺れるだけだ。

「まるで廃墟ね」

 莉乃がよくいく芸事の神社は、立派な鳥居が何本もあり、大きな池には鯉が泳ぎ、とても立派な社がいくつもある。初詣や七五三の時期はたくさんの参拝者が訪れて賑やかだというのに、ここは真逆だ。

「神様も人気商売ってことかしら。なんだか縁起悪いけど……まぁいいわ、せっかく来たんだから挨拶だけでもしておきましょう」

 信心深い母親の教えを守り、莉乃は生い茂る草をよけながらサクサク進んだ。
 途中に看板が立っており、ここにいる神様の由来が記されていた。

「なになに……媛結ひめむすび神社? ご利益は恋愛成就──りのにぴったりじゃない!」

 まるで運命みたいとワクワクしながら先に進んでいくと……拝殿にたどりついた。

「予想はしていたけど相当ひどいわね」

 拝殿の屋根瓦はむざんに剥がれ落ち、床や壁はぼろぼろ、建物自体もななめに傾いている。
 しかも自分が来たことを神様にしらせる大きな鈴(おりん)はヒモが切れて手が届かない。お賽銭箱には蓋がなく中は空っぽだ。

 これで一体どうお参りしろというのか。

「もう! なんなのここ! おーい神様、りのが来ましたよー。おーい」

 神様を呼びながら境内を歩き回ると奥の方に大きな岩があった。
 「磐座いわくら」と看板が立ててある。

「いわくら……へぇ、神様が宿る岩か」

 大きな岩の真ん中に切れ目があり、そこからひんやりと冷たい風が吹き出している。

「神様ならここでお参りしてもいいわよね」

 あらためて姿勢を正し、パンパン、と手を叩いた。


(あんな子より、アキトくんがりののこと好きになってくれますように)


 強く願ったそのとき。
 

『ねがいをかなえたい?』


 すぐ近くで声がした。

「え? だれ?」

 周囲を見回してもだれもいない。


『ここよ、ここ』


 ビュオッと強い風が吹いた。
 舞い上がった木の葉が岩と岩の間に吸い込まれていく。

「もしかして神様?────やばっ!」

 ほんもの?
 すごくない?

 ぴょんぴょん飛び跳ねる莉乃に「神様」は優しく告げた。

『あなたにはいま気になる男の子がいるのね』

「分かるの!? やっぱり神様ってすごい!!」

『わたしは縁結びの神様だからなんでも知っているの』

「へぇ、神様はなんでもお見通しなのね。そう、アキトくん。こんなに可愛いりのを差し置いてパッとしない子と仲良くしているの。ゆるせないと思わない?」

 つねに可愛くあるため、莉乃は莉乃なりに相当努力している。

 どんなにモデル活動が忙しくて毎日きちんと勉強し、テストではいつも満点だ。水泳と体操のクラブだって休まずいっているし、休みの日もカラオケで歌の練習をしたり、映画やドラマで女優さんたちの演技を学ぶことも怠らない。いずれは世界的な女優になって活躍するため。

 こんなに頑張っている自分はみんなから愛されて当然なのだ。
 それなのに、なんの努力もしていなそうな子が好かれている……おかしい。

「りのはだれにも負けたくないの」

 莉乃の思いの丈を聞いていた「神様」はしずかな声で問いかけてきた。

『ねぇ、もしあなたが望むなら、その男の子との縁を結んであげましょうか?』

「縁を結ぶって?」

『赤い糸で結ばれた恋人になるということよ』

 そう、それだ。
 運命の赤い糸。

 莉乃はぐっと前のめりになった。

「おねがいします! 縁を結んでください!」

『ではわたしの言うとおりに。まずあなたとその男の子の体の一部を用意して。髪の毛でも爪でもなんでもいいわ』

「髪……アキトくんの髪の毛なんて持ってないわ」

『ではヒトガタを使いましょう。紙の切れ端に彼のことを強くイメージしながら名前を書くの。そこにあなたの髪の毛を数本包んで岩の隙間に入れてちょうだい』

 言われたとおりノートの切れ端に「黒住アキト」と書き込み、自分の髪の毛を包んだ。

「用意できました」

『目の前に赤いさかずきがあるでしょう。そこに置いて隙間の奥へ押し出して』

「わかりました」

 足元に転がっていた朱塗りの小さなお皿に包みを乗せ、指先で押した。

 岩の隙間はとても狭く、お皿ひとつ入れるのがやっとだ。
 奥には暗がりがあるだけでなにも見えない。


(こんな簡単なことでいいのかしら)


 半信半疑になっていると、ことり、と音がした。

 ハッとして足元を見るといつの間にか黒塗りの杯が置いてあり、目にも鮮やかな赤い糸が束ねてあった。
 手のひらに乗せるとキラキラ輝いて見える。

『その糸を意中の彼の指に巻きなさい、たちまちあなたに夢中になるわ』

「……すごい」

『ただし二つ約束して。三日以内にもう一度ここへ来ること、赤い糸を複数の人間に使わないこと。いいわね』

「分かりました! ありがとうございます!」

 莉乃は赤い糸を大切そうに抱えて走り出した。

 いつの間にか雨はやんでいる。

 階段の上までくると真下の道路をアキトが横切っていくところだった。
 花菜を家まで送り届けて自分の家に向かう途中だった。


(チャンス!)


「アキトくーん!」

 莉乃は階段を駆けおりた。
 普段なら人目を気にしてはしたないことはしないのに、今日は気持ちが先走って我慢できなかった。

「うわ、なんだなんだ!」

「ごめんなさい止まらないのー!」

 階段を下りた勢いそのままに抱きつき、びっくりしてのけ反るアキトの小指にくるっと糸を巻きつけた。

 赤い糸を。



 ──『おめでとう。赤い糸で結ばれた二人に幸あらんことを』

 血のように朱い夕焼け空の下、だれかかクスクスと笑い声を上げている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

処理中です...