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呪いの縁結び
相合い傘
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「あっ、雨だ……」
授業が終わって教室を出た途端、雨粒が窓ガラスをたたき始めた。
(さいあく。傘忘れちゃった……)
靴をはきかえたものの、徐々に強くなる雨に怖じ気づいて外に出られない。花菜はうらめしい思いで灰色の空を見上げていた。
友美は歯医者の予約があって一足先に帰ってしまったのでひとりきりだ。
(アキトくんもう帰っちゃったかな)
ちらっと靴箱を覗くと黒いスニーカーが置いてある。まだ校内にいるようだ。
(保健室にいるのかな? ちょっと様子見に行こうかな)
でも休んでいたら起こしてしまうかもしれない。
どうしよう。
悩んでいると突然肩を掴まれた。
「ひっ……!!」
腰が抜けた。
おそるおそる振り向くと黒い影が……
「なにしてるんだ、花菜」
アキトだ。
「なぁんだ。おどかさないでよ」
「そっちが勝手にビビったんだろ。ここでなにしてるんだよ」
顔を見に行こうか悩んでいた、なんて言えない。
「えっと、傘がないからやむのを待ってたの」
あいまいに笑いながら外を指さした。
雨脚はいくぶん弱まったものの、走って帰るにはまだ勢いがある。アキトは大きな目を瞬かせた。
「ほんとだ、オレも傘ないや。……おい赤ニャン」
『傘になれって言うんだろ。絶対い・や・だ』
アキトの肩に乗っている赤ニャンは断固として首をふる。
「今夜の夕飯、鶏のからあげだって言ってたぜ? ひとつやるよ」
からあげ、の言葉にピンと尻尾が立った。
しかしすぐにへたる。
『……ふっなめられたもんだぜ。唐揚げひとつでこのオレ様をこき使うつも』
「三つでどうだ」
ピンピンピン、三本の尾がはげしく揺れた。
『仕方ねぇな。レモンかけるのを忘れるなよ。オレ様それが大好物なんだ』
「おっけー」
交渉成立。
赤ニャンはくるっと一回転すると赤い唐傘に変身した。持ち手のところは尻尾、傘の表面には赤ニャンの顔が浮かび上がっている。
「帰るぞ、花菜」
傘を開いたアキトに手招きされた花菜は目がチカチカした。
(これってもしかして……ううん、もしかしなくても相合い傘だよね。恋人同士がひとつの傘で歩くの見たことある)
「どうした早くしろよ」
傘を揺らして急かしてくる。花菜の戸惑いなんてまったくお構いなし。
(ええい、もうどうにでもなれ)
覚悟を決めて傘の下に駆け込んだ。
なんて狭いんだろう。アキトの顔がいつもよりずっと近い。
「おせーよ」
言葉遣いは乱暴だけれど、笑顔だ。
降り注ぐ雨の中、ふたりはゆっくりと歩き出した。
※
『はぅん、あうんっ』
「うるさいぞ赤ニャン」
『雨が当たってくすぐってぇんだから仕方ないだろ……ひゃうんっ』
くすぐったそうに身じろぎする。
ふだんの花菜だったらおかしくて笑ってしまうだけれど、いまは特別。
肩が触れ合いそうなくらい近くにアキトがいるのだ。
ふたりきりの空間。
一体なにを話せばいいのか。
「あの……えっと、アキトくん顔色悪かったみたいだけど、もう大丈夫なの?」
「大したことない、って言いたいけど結構参ってた。あいつ……入山すげぇお喋りだったろ、『気』も強くて倒れるかと思った」
そう、アキトは『気』に影響されやすい。
先日会ったアキトの祖母も明るくてよく喋る人だったけれど、同じように明るくても莉乃のまとう強烈な『気』はアキトにとって苦手なものらしい。
「あちこちから無数のスポットライトを向けられているみたいな熱さとまぶしさだった。あれだけ『気』が強ければそりゃあモデルになるよな、人を惹きつける素質があるんだから」
人の『気』は生まれつき違い、それによって性格や立ち振る舞いも変わってくるのだという。
「前から聞きたかったんだけど、わたしにも『気』があるんだよね? どんな感じ?」
アキトはあごに手を当てて「うーん」と考え込んでいる。
もしかしたら自分でも気づかないうちに強い『気』を発しているのかもしれない。
期待して待っていると思いもよらない一言が。
「たとえるなら、『ぬるめのお湯』って感じ」
「え? ぬる……って、お湯!?」
ショックだ。
まさか『ぬるめのお湯』だなんて。全然格好良くない。
「花菜はいつも中途半端っつーか、煮えきらない感じのぬるくてぽわぽわした『気』なんだよな。迷ったり不安になったりしやすいのかお湯っていうより水に近いかも」
(うう、言い返せない……)
「でも呪文となえる時は一瞬で沸騰して、信じられないくらい熱くなる。オレにもダイレクトに伝わってきて、びっくりするくらいのパワーが出るんだ。……頼りにしてるんだぜ、これでも」
にっ、と歯を見せた。
(頼りにされてる? わたしが?)
そばにいてもいいのだろうか。
アキトの力になっててもいいのだろうか。
好きでいていいんだろうか。
「アキトくん、私……」
そのときだ。
通りかかった街路樹から大粒のしずくが降り注いだ。
『ぎゃうっ! こそばゆい!』
傘に化けた赤ニャンが悲鳴を上げた。派手にしずくが飛び散り、傘が勝手に閉じそうになる。
「きゃっ」
傘に押されたせいで花菜とアキトの距離がさらに縮まった。
心臓のドキドキがピークに達する。
「こらしっかりしろよ赤鬼。……おい花菜? どうした?」
赤ニャンをなだめていたアキトが驚いたように見つめてくる。
「な、なんでもないよ」
必死に笑顔をとりつくろうがアキトはどんどん顔を近づけてくる。
「いまなに考えた? あきらかに『気』が変わったぞ?」
まるで自分の心を覗き見されているみたいな気がして「みないで!」と顔を隠してしまった。
「……なんだよ変なヤツ」
「ヘンで結構です!」
どっくん、どっくん。胸の高鳴りはしばらく収まりそうにない。
相合い傘の外はずっと雨。このまま降り続けばいいのに。
──そんな二人を見つめる「目」があった。
授業が終わって教室を出た途端、雨粒が窓ガラスをたたき始めた。
(さいあく。傘忘れちゃった……)
靴をはきかえたものの、徐々に強くなる雨に怖じ気づいて外に出られない。花菜はうらめしい思いで灰色の空を見上げていた。
友美は歯医者の予約があって一足先に帰ってしまったのでひとりきりだ。
(アキトくんもう帰っちゃったかな)
ちらっと靴箱を覗くと黒いスニーカーが置いてある。まだ校内にいるようだ。
(保健室にいるのかな? ちょっと様子見に行こうかな)
でも休んでいたら起こしてしまうかもしれない。
どうしよう。
悩んでいると突然肩を掴まれた。
「ひっ……!!」
腰が抜けた。
おそるおそる振り向くと黒い影が……
「なにしてるんだ、花菜」
アキトだ。
「なぁんだ。おどかさないでよ」
「そっちが勝手にビビったんだろ。ここでなにしてるんだよ」
顔を見に行こうか悩んでいた、なんて言えない。
「えっと、傘がないからやむのを待ってたの」
あいまいに笑いながら外を指さした。
雨脚はいくぶん弱まったものの、走って帰るにはまだ勢いがある。アキトは大きな目を瞬かせた。
「ほんとだ、オレも傘ないや。……おい赤ニャン」
『傘になれって言うんだろ。絶対い・や・だ』
アキトの肩に乗っている赤ニャンは断固として首をふる。
「今夜の夕飯、鶏のからあげだって言ってたぜ? ひとつやるよ」
からあげ、の言葉にピンと尻尾が立った。
しかしすぐにへたる。
『……ふっなめられたもんだぜ。唐揚げひとつでこのオレ様をこき使うつも』
「三つでどうだ」
ピンピンピン、三本の尾がはげしく揺れた。
『仕方ねぇな。レモンかけるのを忘れるなよ。オレ様それが大好物なんだ』
「おっけー」
交渉成立。
赤ニャンはくるっと一回転すると赤い唐傘に変身した。持ち手のところは尻尾、傘の表面には赤ニャンの顔が浮かび上がっている。
「帰るぞ、花菜」
傘を開いたアキトに手招きされた花菜は目がチカチカした。
(これってもしかして……ううん、もしかしなくても相合い傘だよね。恋人同士がひとつの傘で歩くの見たことある)
「どうした早くしろよ」
傘を揺らして急かしてくる。花菜の戸惑いなんてまったくお構いなし。
(ええい、もうどうにでもなれ)
覚悟を決めて傘の下に駆け込んだ。
なんて狭いんだろう。アキトの顔がいつもよりずっと近い。
「おせーよ」
言葉遣いは乱暴だけれど、笑顔だ。
降り注ぐ雨の中、ふたりはゆっくりと歩き出した。
※
『はぅん、あうんっ』
「うるさいぞ赤ニャン」
『雨が当たってくすぐってぇんだから仕方ないだろ……ひゃうんっ』
くすぐったそうに身じろぎする。
ふだんの花菜だったらおかしくて笑ってしまうだけれど、いまは特別。
肩が触れ合いそうなくらい近くにアキトがいるのだ。
ふたりきりの空間。
一体なにを話せばいいのか。
「あの……えっと、アキトくん顔色悪かったみたいだけど、もう大丈夫なの?」
「大したことない、って言いたいけど結構参ってた。あいつ……入山すげぇお喋りだったろ、『気』も強くて倒れるかと思った」
そう、アキトは『気』に影響されやすい。
先日会ったアキトの祖母も明るくてよく喋る人だったけれど、同じように明るくても莉乃のまとう強烈な『気』はアキトにとって苦手なものらしい。
「あちこちから無数のスポットライトを向けられているみたいな熱さとまぶしさだった。あれだけ『気』が強ければそりゃあモデルになるよな、人を惹きつける素質があるんだから」
人の『気』は生まれつき違い、それによって性格や立ち振る舞いも変わってくるのだという。
「前から聞きたかったんだけど、わたしにも『気』があるんだよね? どんな感じ?」
アキトはあごに手を当てて「うーん」と考え込んでいる。
もしかしたら自分でも気づかないうちに強い『気』を発しているのかもしれない。
期待して待っていると思いもよらない一言が。
「たとえるなら、『ぬるめのお湯』って感じ」
「え? ぬる……って、お湯!?」
ショックだ。
まさか『ぬるめのお湯』だなんて。全然格好良くない。
「花菜はいつも中途半端っつーか、煮えきらない感じのぬるくてぽわぽわした『気』なんだよな。迷ったり不安になったりしやすいのかお湯っていうより水に近いかも」
(うう、言い返せない……)
「でも呪文となえる時は一瞬で沸騰して、信じられないくらい熱くなる。オレにもダイレクトに伝わってきて、びっくりするくらいのパワーが出るんだ。……頼りにしてるんだぜ、これでも」
にっ、と歯を見せた。
(頼りにされてる? わたしが?)
そばにいてもいいのだろうか。
アキトの力になっててもいいのだろうか。
好きでいていいんだろうか。
「アキトくん、私……」
そのときだ。
通りかかった街路樹から大粒のしずくが降り注いだ。
『ぎゃうっ! こそばゆい!』
傘に化けた赤ニャンが悲鳴を上げた。派手にしずくが飛び散り、傘が勝手に閉じそうになる。
「きゃっ」
傘に押されたせいで花菜とアキトの距離がさらに縮まった。
心臓のドキドキがピークに達する。
「こらしっかりしろよ赤鬼。……おい花菜? どうした?」
赤ニャンをなだめていたアキトが驚いたように見つめてくる。
「な、なんでもないよ」
必死に笑顔をとりつくろうがアキトはどんどん顔を近づけてくる。
「いまなに考えた? あきらかに『気』が変わったぞ?」
まるで自分の心を覗き見されているみたいな気がして「みないで!」と顔を隠してしまった。
「……なんだよ変なヤツ」
「ヘンで結構です!」
どっくん、どっくん。胸の高鳴りはしばらく収まりそうにない。
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