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呪いの縁結び
気になるふたつのこと
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最近、花菜には気になることが二つある。
ひとつは隣の席にいるアキトのことだ。
「では教科書の28ページを開いてくださーい」
いまは花菜が好きな国語の授業中。でも、ついつい視線は教科書じゃなく隣を見てしまう。
(アキトくん、また『おんみょうじ』の本読んでる)
国語の教科書を机に立てて目隠しにしながら別の本──お父さんが残した『おんみょうじ』の本を読んでいる。花菜の場所からだととても良く見えるのだ。
夏に向けて毎日少しずつ暑くなってきたので今日は水色の半そでシャツだ。大きな瞳が本の上を行ったり来たりとせわしない。ものすごく集中している。
横顔を見ているだけで胸がきゅっと痛くなる。
(わたし……やっぱりアキトくんのこと好きのかな)
この気持ちを自覚したのはつい最近。
でも気づいてしまったら止まらなくなった。学校でも家でもずっとアキトのことを考えている。
(こっち向かないかな)
ねぇ、と声を掛けてみようか。
咳払いの方がいい?
それともわざと消しゴム落としちゃおうか? ううんそれはさすがに。
(ねぇ……アリサってだれ)
ちくりと胸が痛んだ。
心の奥底に刺さってる小さなトゲ。ずっと抜けないままだ。
ふとアキトがこっちを見た。
「おい」
「ふぇっ!?」
いきなりすぎる。
心臓がばくばく鳴り始めた。
「花菜、おい、花菜」
みんなの前でいきなり名前呼ぶなんて大胆──。
「こほん。森崎さん」
「え?」
目の前には困り顔の阿部先生。気がつくとアキトだけじゃなくクラスの全員が花菜に注目していた。
「私の話を聞いていましたか? 29ページを読んでくださいと言ったんですか」
「はわっ、わわわわ……」
慌てて立ち上がったせいで筆箱を落としてしまった。
ガッシャン、と音がして筆記用具が床を転がっていく。たちまちパニックになった。
(どうしよう。もう逃げ出したいよ……)
泣きたい気持ちをこらえているとみんながそれぞれペンや消しゴムを拾ってくれた。
アキトは教室の後ろの方まで転がったシャープペンシルを取りに行ってくれる。猫のチャームがついたお気に入りだ。
「ほら、しっかりしろよ花菜」
呆れたような笑顔。
涙がスッと引いていく。
「みんな拾ってくれてありがとう。先生、ボーっとしててすみませんでした」
阿部先生は丸い顔をさらに丸めて笑った。
「いえいえ。授業を聞いていなかったのは感心しませんが、お礼とお詫びがきちんとできるのはいいことですよ。急に暑くなってきたから頭がぼぅっとなってしまったのかもしれませんね。では29ページからお願いします」
※
「はぁ、どきどきした」
休憩時間になり、友美のいる席に向かった。
友美はふしぎそうに首を傾げる。
「花菜ちゃん最近ずっとそんな感じだね。ボーっとしているかため息ついているか、どっちか」
「ほんと?」
「うん。たまにすっごく怖い顔してる。鬼みたいに」
指を立てて角のポーズ。
「うそぉ」
鬼になったらアキトに祓われてしまう。
(でも怖い顔もしたくなっちゃうよ。だって──)
花菜が気になるもうひとつ。
それは、
「黒住くんのシュミってなに?」
「前の学校はどこだったの?」
「誕生日おしえて」
「今度一緒に遊びにいかない?」
休憩時間になるたびにアキトの周りにたくさんの女の子が集まるからだ。
──アキトが転校してきて約1ヶ月。
転校して間もないころは表情が険しくて人を寄せつけない雰囲気があったけれど、いまではだいぶクラスになじんできた。
自分から積極的に話しかけるわけではないものの、だれかが声をかければ答えるし、時折笑顔を見せる。冗談も言う。
元々カッコイイと思われていたところへ破壊力抜群の笑顔。
そんなギャップにきゅんっとする女子が増えてきたのだ。
お陰でいまや学年一のモテ男。
集団の中には他のクラスの子まで混ざってる。
中でも特に目立つのが三組の入山莉乃だ。
「黒住くん、りの、今度雑誌の取材があるんだけど見学にこない? もしかしたらカメラマンさんの目に留まってデビューできるかもよ!」
莉乃は子ども向け雑誌やCMに出演している売れっ子キッズモデルだ。
目はぱっちり二重。母親が外国の人で、ひときわ明るい栗色の髪をいつもきれいにカールしている。
おしゃれが大好きで、まるで雑誌のコーディネートみたいに服装や髪型が毎日違う。ときどき爪に色を塗ったり耳にイヤリングをしていたりして先生に怒られることもあるけれど、本人はまったくへこたれない。
髪型も服装も、どんなものでも、うらやましいくらい全部似合っている。花菜はとても真似できない。
「あ、そうだ。せっかくなら名前呼びにしない? あたしのことは『りの』でいいから、アキトって呼んでもいい?」
可愛くて明るい莉乃はみんなの人気者。
本人もそれを分かってて、たくさんの「彼氏」がいる。だからきっとアキトのことも。
(アキトくん、なんて答えるんだろう?)
どきどきしながら見守っているとアキトはため息交じりに莉乃を見た。なんだか顔色が悪い。
「……きっつ」
「え? なに? なんて言ったの?」
莉乃は目をぱちくりさせている。
「いや……、なんか重くないか、肩」
「え? べつに……あっ、ちょっと重いかも!!」
花菜にだけは見えた。莉乃の肩にのしかかる赤ニャンの姿が。
「え、うそうそどうしよ、もしかして霊!? どうしよ、取り憑かれた!? どうしよー!!!」
パニックになる莉乃を横目にアキトはさりげなく教室を出ていく。見るからにつらそうだ。保健室に行くに違いない。
そのまま授業が始まっても戻ってこなかった。
ひとつは隣の席にいるアキトのことだ。
「では教科書の28ページを開いてくださーい」
いまは花菜が好きな国語の授業中。でも、ついつい視線は教科書じゃなく隣を見てしまう。
(アキトくん、また『おんみょうじ』の本読んでる)
国語の教科書を机に立てて目隠しにしながら別の本──お父さんが残した『おんみょうじ』の本を読んでいる。花菜の場所からだととても良く見えるのだ。
夏に向けて毎日少しずつ暑くなってきたので今日は水色の半そでシャツだ。大きな瞳が本の上を行ったり来たりとせわしない。ものすごく集中している。
横顔を見ているだけで胸がきゅっと痛くなる。
(わたし……やっぱりアキトくんのこと好きのかな)
この気持ちを自覚したのはつい最近。
でも気づいてしまったら止まらなくなった。学校でも家でもずっとアキトのことを考えている。
(こっち向かないかな)
ねぇ、と声を掛けてみようか。
咳払いの方がいい?
それともわざと消しゴム落としちゃおうか? ううんそれはさすがに。
(ねぇ……アリサってだれ)
ちくりと胸が痛んだ。
心の奥底に刺さってる小さなトゲ。ずっと抜けないままだ。
ふとアキトがこっちを見た。
「おい」
「ふぇっ!?」
いきなりすぎる。
心臓がばくばく鳴り始めた。
「花菜、おい、花菜」
みんなの前でいきなり名前呼ぶなんて大胆──。
「こほん。森崎さん」
「え?」
目の前には困り顔の阿部先生。気がつくとアキトだけじゃなくクラスの全員が花菜に注目していた。
「私の話を聞いていましたか? 29ページを読んでくださいと言ったんですか」
「はわっ、わわわわ……」
慌てて立ち上がったせいで筆箱を落としてしまった。
ガッシャン、と音がして筆記用具が床を転がっていく。たちまちパニックになった。
(どうしよう。もう逃げ出したいよ……)
泣きたい気持ちをこらえているとみんながそれぞれペンや消しゴムを拾ってくれた。
アキトは教室の後ろの方まで転がったシャープペンシルを取りに行ってくれる。猫のチャームがついたお気に入りだ。
「ほら、しっかりしろよ花菜」
呆れたような笑顔。
涙がスッと引いていく。
「みんな拾ってくれてありがとう。先生、ボーっとしててすみませんでした」
阿部先生は丸い顔をさらに丸めて笑った。
「いえいえ。授業を聞いていなかったのは感心しませんが、お礼とお詫びがきちんとできるのはいいことですよ。急に暑くなってきたから頭がぼぅっとなってしまったのかもしれませんね。では29ページからお願いします」
※
「はぁ、どきどきした」
休憩時間になり、友美のいる席に向かった。
友美はふしぎそうに首を傾げる。
「花菜ちゃん最近ずっとそんな感じだね。ボーっとしているかため息ついているか、どっちか」
「ほんと?」
「うん。たまにすっごく怖い顔してる。鬼みたいに」
指を立てて角のポーズ。
「うそぉ」
鬼になったらアキトに祓われてしまう。
(でも怖い顔もしたくなっちゃうよ。だって──)
花菜が気になるもうひとつ。
それは、
「黒住くんのシュミってなに?」
「前の学校はどこだったの?」
「誕生日おしえて」
「今度一緒に遊びにいかない?」
休憩時間になるたびにアキトの周りにたくさんの女の子が集まるからだ。
──アキトが転校してきて約1ヶ月。
転校して間もないころは表情が険しくて人を寄せつけない雰囲気があったけれど、いまではだいぶクラスになじんできた。
自分から積極的に話しかけるわけではないものの、だれかが声をかければ答えるし、時折笑顔を見せる。冗談も言う。
元々カッコイイと思われていたところへ破壊力抜群の笑顔。
そんなギャップにきゅんっとする女子が増えてきたのだ。
お陰でいまや学年一のモテ男。
集団の中には他のクラスの子まで混ざってる。
中でも特に目立つのが三組の入山莉乃だ。
「黒住くん、りの、今度雑誌の取材があるんだけど見学にこない? もしかしたらカメラマンさんの目に留まってデビューできるかもよ!」
莉乃は子ども向け雑誌やCMに出演している売れっ子キッズモデルだ。
目はぱっちり二重。母親が外国の人で、ひときわ明るい栗色の髪をいつもきれいにカールしている。
おしゃれが大好きで、まるで雑誌のコーディネートみたいに服装や髪型が毎日違う。ときどき爪に色を塗ったり耳にイヤリングをしていたりして先生に怒られることもあるけれど、本人はまったくへこたれない。
髪型も服装も、どんなものでも、うらやましいくらい全部似合っている。花菜はとても真似できない。
「あ、そうだ。せっかくなら名前呼びにしない? あたしのことは『りの』でいいから、アキトって呼んでもいい?」
可愛くて明るい莉乃はみんなの人気者。
本人もそれを分かってて、たくさんの「彼氏」がいる。だからきっとアキトのことも。
(アキトくん、なんて答えるんだろう?)
どきどきしながら見守っているとアキトはため息交じりに莉乃を見た。なんだか顔色が悪い。
「……きっつ」
「え? なに? なんて言ったの?」
莉乃は目をぱちくりさせている。
「いや……、なんか重くないか、肩」
「え? べつに……あっ、ちょっと重いかも!!」
花菜にだけは見えた。莉乃の肩にのしかかる赤ニャンの姿が。
「え、うそうそどうしよ、もしかして霊!? どうしよ、取り憑かれた!? どうしよー!!!」
パニックになる莉乃を横目にアキトはさりげなく教室を出ていく。見るからにつらそうだ。保健室に行くに違いない。
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