17 / 37
ふわふわ飛んじゃう!
突然のお泊まり
しおりを挟む
『おばあさまに昔話を教えてもらうんですって? ご迷惑おかけしないようにね』
「何回も言ったでしょう、だいじょうぶだってば」
電話口のお母さんがとても心配そうなので花菜はうんざりしていた。
急なお泊まりを反対されるかもしれないと不安だったけれど、赤ニャンが化けた阿部先生の説明を聞くとあっさりOKしてくれた。正直拍子抜けだ。
引っ込み思案な花菜に友美以外の友だちができて嬉しいのだろう。
「電話ありがとうございました」
通話を終えた花菜が台所に向かうとテーブルで野菜を切っていた女性が笑顔で振り向いた。
「あらあら、どういたしまして」
アキトの祖母サナエおばあちゃんだ。ちょっぴりふくよかでとってもオシャレ、ニコニコしながらずっとお喋りしている。今日は突然のお泊まりにも関わらず快く受け入れてくれた。
「ほんと礼儀正しい子ね、アキトにこんな可愛い彼女がいたなんてびっくりだわぁ」
「か、かかか彼女だなんて……」
「そういうんじゃない」
奥の方でポテトを潰していたアキトはちらりと花菜をみた。余計なことは言うなよ、と釘をさすような目つきだ。
「アキトは学校でどんなふうに過ごしてるのかしら? ちゃんと勉強してる? 保健室に行ってばかりじゃない? いつも不機嫌そうな顔をして周りの子とは全然話さないなんてことはない?」
「え……と」
おっしゃる通りです! とは言えない。奥からの目線が怖いから。
「いつまで喋ってるんだよ。ばあちゃんそろそろ仕事だろ、さっさと行けば?」
「あらほんと! 残念だわこんな楽しい日に夜勤だなんて! 花菜ちゃん朝ご飯は一緒に食べましょうね! 必ずよ!」
「あ、はい」
「じゃあ行ってきまーす。戸締りはちゃんとしなさいなよ、だれが来てもドアは開けないようにね、電話は留守電にしてあるから出なくていいわ、それから回覧板が来たら……」
「分かってるから早く行けよ」
「じぁあね~!」
……まるで嵐のように去っていった。
「はぁ、疲れる」
見送りに出て戻ってきたアキト。「疲れる」と言うわりには苦笑いを浮かべていた。
「賑やかな人だね」
「ほんとにな。寝てるとき以外ずっと喋ってる。頭じゃなく口から先に生まれてきたんだってさ。たぶんウソだけど」
まんざらウソでもないかも、と思ってしまう。
「夜勤ってなんのお仕事してるの?」
「病院の看護師。いつも帰りが遅いしたまに夜勤もある。もう六十すぎだけどバリバリの現役で八十まで働くつもりらしい」
「すごいね。でもアキトくんはさみしいね、こんなに広いお家なのに」
友美は「お化け屋敷」と言っていたけれど中に入ってみるとそんなことはなかった。
平屋でいくつもの部屋が障子で仕切られ、どこもキレイに掃除されているし、トイレも洋式でお風呂も追い炊き機能つき。縁側から外に出るとおばあさんが手入れをしている大小さまざまな庭木がたくさんあり、夜になると虫の音が聞こえてくるのだという。
「ぜんぜん。いつもばあちゃんの笑い声がしていたら家自体もゆっくり寝られないだろ、これでいてばあちゃんよりうーんと年寄りなんだから」
まるで『家』が生き物みたいな言い方だ。
『おんみょうじ』ならそういうことが分かるのかもしれない。
再びキッチンに立つアキト。
花菜も家から持ってきたエプロンを取り出した。
「夕飯づくりわたしもお手伝いするよ」
「じゃあそこのニンジン切ってくれ。大きさはまかせる」
「分かった」
もうひとつ台を出してきてもらい、ふたりで肩を並べて料理を作った。アキトが好きなカレーライスだという。
隣でちらちら様子をうかがう。
さっきまでは顔色が悪かったのにすっかり元通りだ。
「力を使って疲れたんでしょう? 動いても平気なの?」
「ああ、別に体の具合が悪いわけじゃないから。オレは良くも悪くも『気』に影響されやすいんだ」
「『気』って?」
「空気っていうか……雰囲気のことだ。花菜もうっすら感じただろ、この前メダカの水槽がぶちまけられたときクラス内に漂っていた邪気を。だれかを恨んだり憎んだり疑ったりするのは悪い気なんだ」
「たしかに嫌な感じだった」
「一方でばあちゃんみたいな人間は絶えず明るい気をまき散らしてる。本人は無自覚だけど、傍にいるだけで元気になれる陽気な空気。だから家に帰ると平気なんだ」
「へぇ、だいすきなんだね、おばあさんのこと」
「……それとこれとは話が違う。居心地がいいだけだ」
急にぶっきらぼうになる。
素直じゃないな、と内心笑ってしまった。
「ばあちゃん、『おんみょうじ』についてはよく知らないんだ。モモクリマチのことも詳しく聞かずにオレのこと優しく迎えてくれた。だからあんまり心配させたくない」
「分かった。きょうはただ遊びに来たってことにするね」
「……ん。よろしく」
ごとん、ごとん。
アキトはちょっと危なっかしい手つきでジャガイモを切っていく。
「アキトくん、ジャガイモそんなに大きいと食べるの大変だよ?」
「え? これでも小さくしたんだけどな」
「あと皮と芽ついたまま」
「別に死ぬわけじゃないだろ」
「それはそうだけど……あっ」
もしかして自分のために?
普段やらない料理に挑戦してくれているんだろうか。
さっきだって飛ばされた自分を追いかけてきてくれた。
あんなに必死に。
(……アキトくん)
胸がぎゅうっと痛くなる。
「花菜? なんで泣いてるんだ?」
「玉ねぎが目にしみたんだよ」
まな板の上にあるのはニンジンだ。
アキトはしばらく無言で見つめたあと、「へぇ、ニンジンにも泣く成分があるのか」と見て見ぬふりをしてくれた。
ごとん、ごっとん、と更に大きなジャガイモがカレー鍋に放り込まれていく。これは大変そうだ。
ようやくカレーができた。おかずはキャベツとトマトとポテトサラダ(おばあちゃんが味付け済み)。
「お皿が見つからない」という理由で花菜の前にはどんぶり大盛りのごはんに水みたいにさらさらしたカレーが出される。
「おかしいな。母ちゃんが作るカレーはもっとトロっとしているのに」
アキトはふしぎそうに首をかしげていたが花菜は構わず口に運ぶ。慣れないアキトが自分のために作ってくれたものだと分かっていたからだ。
「おいしいよ。アキトくんも食べてみて」
「うん。まあまあだな。ジャガイモがかたいけど」
「しっかり噛めば大丈夫だよ」
『おいおい冗談きついぜー』
せっかくフォローしたのに猫に戻った赤ニャンが前足でタマネギをつまみあげた。
『ジャガイモは火通ってねぇし、タマネギは焦げてんじゃねーか』
「だったら食うな」
『んむ、肉もかたいー』
「だまれ。花菜も笑うな」
「ごめんなさいー」
アキトがすっかり元気を取り戻したことが嬉しくて、花菜もつい頬がゆるんでしまうのだった。
「何回も言ったでしょう、だいじょうぶだってば」
電話口のお母さんがとても心配そうなので花菜はうんざりしていた。
急なお泊まりを反対されるかもしれないと不安だったけれど、赤ニャンが化けた阿部先生の説明を聞くとあっさりOKしてくれた。正直拍子抜けだ。
引っ込み思案な花菜に友美以外の友だちができて嬉しいのだろう。
「電話ありがとうございました」
通話を終えた花菜が台所に向かうとテーブルで野菜を切っていた女性が笑顔で振り向いた。
「あらあら、どういたしまして」
アキトの祖母サナエおばあちゃんだ。ちょっぴりふくよかでとってもオシャレ、ニコニコしながらずっとお喋りしている。今日は突然のお泊まりにも関わらず快く受け入れてくれた。
「ほんと礼儀正しい子ね、アキトにこんな可愛い彼女がいたなんてびっくりだわぁ」
「か、かかか彼女だなんて……」
「そういうんじゃない」
奥の方でポテトを潰していたアキトはちらりと花菜をみた。余計なことは言うなよ、と釘をさすような目つきだ。
「アキトは学校でどんなふうに過ごしてるのかしら? ちゃんと勉強してる? 保健室に行ってばかりじゃない? いつも不機嫌そうな顔をして周りの子とは全然話さないなんてことはない?」
「え……と」
おっしゃる通りです! とは言えない。奥からの目線が怖いから。
「いつまで喋ってるんだよ。ばあちゃんそろそろ仕事だろ、さっさと行けば?」
「あらほんと! 残念だわこんな楽しい日に夜勤だなんて! 花菜ちゃん朝ご飯は一緒に食べましょうね! 必ずよ!」
「あ、はい」
「じゃあ行ってきまーす。戸締りはちゃんとしなさいなよ、だれが来てもドアは開けないようにね、電話は留守電にしてあるから出なくていいわ、それから回覧板が来たら……」
「分かってるから早く行けよ」
「じぁあね~!」
……まるで嵐のように去っていった。
「はぁ、疲れる」
見送りに出て戻ってきたアキト。「疲れる」と言うわりには苦笑いを浮かべていた。
「賑やかな人だね」
「ほんとにな。寝てるとき以外ずっと喋ってる。頭じゃなく口から先に生まれてきたんだってさ。たぶんウソだけど」
まんざらウソでもないかも、と思ってしまう。
「夜勤ってなんのお仕事してるの?」
「病院の看護師。いつも帰りが遅いしたまに夜勤もある。もう六十すぎだけどバリバリの現役で八十まで働くつもりらしい」
「すごいね。でもアキトくんはさみしいね、こんなに広いお家なのに」
友美は「お化け屋敷」と言っていたけれど中に入ってみるとそんなことはなかった。
平屋でいくつもの部屋が障子で仕切られ、どこもキレイに掃除されているし、トイレも洋式でお風呂も追い炊き機能つき。縁側から外に出るとおばあさんが手入れをしている大小さまざまな庭木がたくさんあり、夜になると虫の音が聞こえてくるのだという。
「ぜんぜん。いつもばあちゃんの笑い声がしていたら家自体もゆっくり寝られないだろ、これでいてばあちゃんよりうーんと年寄りなんだから」
まるで『家』が生き物みたいな言い方だ。
『おんみょうじ』ならそういうことが分かるのかもしれない。
再びキッチンに立つアキト。
花菜も家から持ってきたエプロンを取り出した。
「夕飯づくりわたしもお手伝いするよ」
「じゃあそこのニンジン切ってくれ。大きさはまかせる」
「分かった」
もうひとつ台を出してきてもらい、ふたりで肩を並べて料理を作った。アキトが好きなカレーライスだという。
隣でちらちら様子をうかがう。
さっきまでは顔色が悪かったのにすっかり元通りだ。
「力を使って疲れたんでしょう? 動いても平気なの?」
「ああ、別に体の具合が悪いわけじゃないから。オレは良くも悪くも『気』に影響されやすいんだ」
「『気』って?」
「空気っていうか……雰囲気のことだ。花菜もうっすら感じただろ、この前メダカの水槽がぶちまけられたときクラス内に漂っていた邪気を。だれかを恨んだり憎んだり疑ったりするのは悪い気なんだ」
「たしかに嫌な感じだった」
「一方でばあちゃんみたいな人間は絶えず明るい気をまき散らしてる。本人は無自覚だけど、傍にいるだけで元気になれる陽気な空気。だから家に帰ると平気なんだ」
「へぇ、だいすきなんだね、おばあさんのこと」
「……それとこれとは話が違う。居心地がいいだけだ」
急にぶっきらぼうになる。
素直じゃないな、と内心笑ってしまった。
「ばあちゃん、『おんみょうじ』についてはよく知らないんだ。モモクリマチのことも詳しく聞かずにオレのこと優しく迎えてくれた。だからあんまり心配させたくない」
「分かった。きょうはただ遊びに来たってことにするね」
「……ん。よろしく」
ごとん、ごとん。
アキトはちょっと危なっかしい手つきでジャガイモを切っていく。
「アキトくん、ジャガイモそんなに大きいと食べるの大変だよ?」
「え? これでも小さくしたんだけどな」
「あと皮と芽ついたまま」
「別に死ぬわけじゃないだろ」
「それはそうだけど……あっ」
もしかして自分のために?
普段やらない料理に挑戦してくれているんだろうか。
さっきだって飛ばされた自分を追いかけてきてくれた。
あんなに必死に。
(……アキトくん)
胸がぎゅうっと痛くなる。
「花菜? なんで泣いてるんだ?」
「玉ねぎが目にしみたんだよ」
まな板の上にあるのはニンジンだ。
アキトはしばらく無言で見つめたあと、「へぇ、ニンジンにも泣く成分があるのか」と見て見ぬふりをしてくれた。
ごとん、ごっとん、と更に大きなジャガイモがカレー鍋に放り込まれていく。これは大変そうだ。
ようやくカレーができた。おかずはキャベツとトマトとポテトサラダ(おばあちゃんが味付け済み)。
「お皿が見つからない」という理由で花菜の前にはどんぶり大盛りのごはんに水みたいにさらさらしたカレーが出される。
「おかしいな。母ちゃんが作るカレーはもっとトロっとしているのに」
アキトはふしぎそうに首をかしげていたが花菜は構わず口に運ぶ。慣れないアキトが自分のために作ってくれたものだと分かっていたからだ。
「おいしいよ。アキトくんも食べてみて」
「うん。まあまあだな。ジャガイモがかたいけど」
「しっかり噛めば大丈夫だよ」
『おいおい冗談きついぜー』
せっかくフォローしたのに猫に戻った赤ニャンが前足でタマネギをつまみあげた。
『ジャガイモは火通ってねぇし、タマネギは焦げてんじゃねーか』
「だったら食うな」
『んむ、肉もかたいー』
「だまれ。花菜も笑うな」
「ごめんなさいー」
アキトがすっかり元気を取り戻したことが嬉しくて、花菜もつい頬がゆるんでしまうのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる