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ふわふわ飛んじゃう!

オレの側にいた方がいい

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「影の中に、鬼?」

 放課後アキトに話しかけると体育館の裏まで連れていかれた。詳しく事情を聞きたいという。

「そうなの。気を抜くとふわふわ浮きそうになるの」

 朝のことや影ふみ鬼のこと、そのあとの授業中にも何度も浮きそうになって机にしがみついたこと、体育の時間に走り幅跳びをしたら最高記録を出しちゃったことなど全て話した。

 事情を聞いたアキトはあごに手を当てて考え込んでいる。

「影からなにが飛び出したのか見たか?」

 「ううん」と首を横に振る。

「早すぎて見えなかった」

「鬼には『本体』があるはずなんだ。それは動物かもしれないし植物や虫、この前みたいな本ってこともある。とても強い想いがあって、そこに悪い気がたまってくると鬼になってしまう。『おんみょうじ』の役目は悪い気を払って元の姿に戻してやることなんだ」

「キレイにしてあげるんだね」

「簡単に言えばな。飛ぶってことは生き物かもしれないな。カエルとかハチとか……なんにせよ厄介だ。正体が分かるまで、できるだけオレの側にいた方がいい」

「そ、そだね」

 深い意味はないと分かっていても『側にいた方がいい』と言われてなんとなく胸が熱くなる。

 アキトは真っ黒な瞳でじぃっと花菜を見つめている。

「花菜はどうやら引き寄せやすい体質みたいだな。力も強いから呪文を一緒にとなえると効果もバツグンだし」

「そ、そうなのかな」

 怖いものは苦手だけれどアキトの役に立っているだと思うと嬉しい。

「もしわたしになにか手伝えることがあったら言ってね。足は遅いし、ドジで、勉強もできないけどアキトくんに迷惑かけてばかりじゃ──あれぇっ!」

 アキトの顔が自分より下にある。いつの間にそんなに背が伸びたんだろう……とふしぎに思っているとまた体が宙に浮いていた。
 タイミング悪くゴゥッと風が吹く。花菜はまるで風船みたいに飛ばされていく。

「きゃあっ!」

「花菜!」

 アキト必死にが追いかけてくるが花菜は止まれない。進行方向に庭掃除用のリヤカーが停まってる。

 「ぶつかる!」と思ったが間一髪、ふわりと浮かんでスレスレのところを通り抜けた。一安心。

 でも今度は銀杏の木が次々と迫ってくる。

「きゃあああー」

 操縦不能の体は等間隔に植えられた木の間を器用にすり抜けていく。なんとかクリア。でも次は校舎の壁が近づいてきた。


(もうだめ!)


 目をつぶった瞬間、がくんと衝撃があった。

 目と鼻の先、数センチのところに校舎の壁が迫っている。

「ギリギリ、せーふ」

 花菜の足首を掴んでいるのは背伸びしたアキトだ。ぜいぜいと苦しそうに息を吐き、髪や服には葉っぱがいくつもついている。花菜を追いかけてリヤカーを飛んだり木を避けてきたりしたせいだ。

「一緒に唱えろ!」

 アキトは指先に白い札を挟んでいる。


「「青巻紙赤巻紙黄巻紙 東京特許許可局 武具馬具武具馬具三武具馬具あわせて武具馬具六武具馬具 桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり 六根清浄 急急如律令」」


 札にまばゆい光が宿る。

「こっちへ」

「うん!」

 花菜は思いきり壁を蹴ってアキトに向き直った。
 額にやさしく札を押しつけられると上へ引っ張る力がふっと抜けた。そのままアキトの両腕に抱き留められる。


(はぅ! 男の子に抱かれるの初めてだよぉ!)


 まったくの不可抗力だけれども、アキトの腕の中にいると思うだけで心臓がバクバク鳴る。自分がおかしくなったみたいだ。

「……うっ」

 ふいにアキトがよろめいた。
 尻餅をついて額をぬぐってる。

(ちょっとわたし! 浮かれてる場合じゃないのに!)

 花菜は急いで立ち上がり、アキトの体についた葉っぱや泥を払いのけた。

「アキトくんごめんね、だいじょうぶ?」

「そっちこそケガは……なさそうだな。ならいいや」

 それだけ言ってうずくまってしまうアキト。肩で息をしてとてもつらそうだ。

「具合悪いの? たいへん、保健室に」

『なに心配ねぇさ』

 尻尾を振りながら赤ニャンが近づいてきた。

『こいつは半人前だから一回力を使うとダウンしちまうんだよ。修行サボっていたツケさ』

「……るせーよ。どこほっとき歩いてたんだ、いまさら来やがって」

『オレ様だって忙しいんだぜ。猫好きな教師がほら猫ちゃーんって毎日決まった時間にツナ缶くれるんだよ。けっけっけ、猫の姿も悪くねぇな』

「鬼のくせに」

 アキトは鋭い目でにらみ返すが立ち上がれないところをみると相当きつそうだ。

『仕方ない。これは貸しだからな』

 赤ニャンはスッと姿勢を正すと後方にくるりと回転した。ぽんっと立ち込めた白い煙の中から現れたのは赤い髪をした大人の男性。おモチみたいに膨らんだお腹やテカったおでこを見た花菜は叫んだ。

「阿部先生!?」

『ぴんぽーん』

 赤髪の阿部先生は親指を立てて笑う。
 本に化けられるのは知っていたがまさか人間にもなれるなんて思ってもみなかった。

「はっはっは、びっくりしただろ。オレ様にかかれば人間の男に変身するくらいよゆー」

 赤ニャン(阿部先生)はぐったりしているアキトを背負い、呆然としている花菜に向き直る。

「アキトはこのまま連れて帰るとして、花菜の家にも寄らないとな」

「え、どうして?」

「アキトが言っただろ、『できるだけオレの側にいろ』って。今夜はうちに泊まれって意味だ。この赤ニャンさまがうまく言いくるめてやるから猫缶おごれよ」

「……えっ、えええええーーー!!!」

 こうして花菜は予想外のお泊まりをすることになってしまった。
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