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ふわふわ飛んじゃう!

影ふみ鬼

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 近ごろ五年一組ではある遊びが流行っている。

「影ふみ鬼であーそぼ!」

 昼休みになるとみんな一斉に中庭に飛び出してくる。じゃんけんで鬼をひとり決めて、決められた範囲の中で鬼に影を踏まれないよう逃げ回るのだ。

「あーまた負けちゃった」

 友美が最初にチョキを出すことはみんな知っていた。花菜も「ごめんね」と心の中であやまりながらグーを出す。鬼になるとたくさん走り回らなくてはいけないので体力のない花菜にはつらい。その点友美は元気いっぱいだ。

「よぅし、五分で全員つかまえてやるからね!」

 きょうも腕まくりをすると張りきって追いかけはじめる。花菜は大急ぎで花壇の横を走り抜けた。

 影ふみ鬼の範囲は中庭の中だけ。建物の影に入れば鬼は追いかけてこられないが、隠れていいのは五秒間。回数も三回までと決めた。鬼に捕まった人は「牢屋」に閉じ込められて動けないというルールも追加した。制限時間内に全員を捕まえれば鬼の勝ち、ひとりでも残れば鬼の負けだ。

「影ふんだー!」

 早速ひとりがつかまって物置小屋の前に立たされる。そこが牢屋ということになっていた。

「つぎ! 花菜ちゃんいくよー!」

 友美がものすごい勢いで走ってくる。花壇の端っこにいた花菜は思わず建物の影に逃げ込んでしまった。そこは理科室の前で、朝顔の蔓が二階まで伸びてグリーンカーテンになっているのだ。

「ふーんだ、五秒だけだからね」

 友美はターゲットを変えて別の子のところに走っていく。花菜はほっとしたが五秒たったらすぐに出なくてはいけない。一、二……と数えていると、


『をい』


 足元から声がした。

「ひぅっ!」

『オレ様の大事なもの踏んでるぜ』

 びっくりして下を見ると赤ニャンの尻尾の一つを踏んずけていた。

「ごめんなさい!」

 とっさに横にジャンプするとなにかにぶつかった。正体は暗がりに座り込んでいたアキトだ。

「わわわ、本当にごめんなさい!」

 さっきからペコペコ謝ってばかりだ。

 アキトはじろっとにらんだが、なにも言わず手元の本に視線を落とす。

「それ図書室の本?」

 辞書みたいに分厚い本だ。興味津々で覗き込むと豆粒みたいに小さな字がびっしり並んでいる。難しそうな漢字ばかりで、目がチカチカしてきた。

「いや、家から持ってきた本だ。オヤジが使ってた『おんみょうじ』の参考書みたいなもの」

「へぇ、お父さんも『おんみょうじ』だったんだ。すごいね」

「いなくなったけどな」

「いないって……わたしのお父さんみたいに単身赴任しているとか?」

「さぁ? いないもんはいない。そんだけ。生きてるのか死んでるのかも分からない」

 なんだか悪いことを聞いてしまった気がしたが、アキトはあっけらかんとした様子で本を閉じる。その拍子に花菜の足元にひらりと栞が舞い落ちた。風で飛ばされないよう慌てて拾い上げる。

「わぁキレイな花びらだね。これサクラ?」

 何枚もの花びらが重なり、外側から内側に向けてピンクが濃くなっていく。

「桃だよ。花桃はなももの花びら」

「はなもも? 桃とは違うの?」

「祖先みたいなもんかな。実は小さくて全然甘くないんだ。落ちていたものをかじってみたことがあるけど苦くてまずい。お店で売られているような桃は品種改良された別の種類」

 栞を返されたアキトはとても丁寧に教えてくれる。

「よく知ってるね。わたし食べられる桃しか見たことないや」

「オレが住んでいた町には数えきれないくらいのハナモモが植えられていたんだ。標高が高いからいまごろの季節になるとほんとキレイだったな……」

 目を細めて遠くを見ている。さみしそうな横顔。

 花菜は目を閉じて想像した。たくさんの花びらをつけたハナモモが咲き誇る、アキトが住んでいた町の風景を。

「モモクリマチってところに住んでいたんでしょう? いつかわたしも行ってもいい?」

 途端にアキトの顔色が変わった。

「無理だ」

「なんで?」

「無理なものは無理」

 本を抱えて立ち上がると花菜に背中を向けた。顔はうかがいしれない。

「あそこにはだれもいない。みんな、あいつに」

 それだけ言って走り去ってしまう。花菜はとっさに追いかけようとしたがなぜか動けない。うしろから引っぱられている気がする。

「ちょっ……だれ? いたいよ。イタズラやめて」

 振り返ったけれどだれもいない。「変だなぁ」と首をかしげた花菜は自分の影がおかしいことに気づいた。

 花菜自身はまったく動いていないのに手を伸ばしたり足を上げたりジャンプしている。よく見ると二本の角がにょきっと生えていた。


(お、お、鬼だぁ!)


 このまえ友美を操っていた怖い鬼がまたあらわれたのだ。


(はやくアキトくんを呼ばないと)


 走りだそうとしたけど足が空回りした。水の中を泳いでいるみたいに感触がない。


(ちがう、わたしの体が浮いてるんだ!)


 体が浮き上がったせいで地面に足が届かないのだ。クレーンゲームで上から引っ張り上げられるオモチャにでもなった気分。

 「うそ、うそ」と目を白黒させている間に数センチ浮き上がる。じたばたと手足を動かしてもどんどん地面から離れていく。


『こわい。あいつ、こわい』


 また声がする。


(なんなの、とびたいとか怖いとか)


 悩んでいる間にもどんどん体が浮かんでいく。

 怖くてたまらないのになぜか声が出ない。
 このままでは空のずぅっと高いところまで昇ってしまうかもしれない。


(アキトくん……!)


 不安で泣きたくなっているところへ何も知らない友美がかけよってきた。

「とっくに五秒たってるよ、もうダメだからね。影ふーんだ!」

「わぁっ」

 影を踏まれた瞬間、花菜の影からなにかが飛び出した。
 途端に体が重くなって地面にたたき落とされる。手のひらをちょっとすりむいた。でもそんなことどうでもいい。

「わたし……助かったんだ。友美ちゃんありがとう! 地面におりられたよ!」

 ぎゅっと抱きつくと友美はふしぎそうに首をかしげた。

「なんで喜んでるの。花菜ちゃんも「牢屋」いきだよ?」
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