転校生はおんみょうじ!

咲間 咲良

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さみしがりやの本

鬼退治のじゅもんは

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「やめ、て、友美ちゃん……」

 芝生の上に倒した花菜に馬乗りになった友美がぎりぎりと首を絞めてきた。口から二本の牙がのぞいている。

『うるさい、食事のじゃま、する、な』

 低くにごった声。友美のふだんの声とはまったく違う。きのう図書室で花菜を呼んだ声に間違いない。

「おねがい、目、さまして、友美ちゃん……」

 じわりと涙があふれてきた。
 友美は大親友だ。毎日一緒に登下校して、いっぱいお喋りして、中学生になってもずっと大親友だと約束した。それなのにどうして。


『にゃにゃーんっ』

 だれかが友美にタックルして突き飛ばした。自由になった花菜はぜえぜえと息をしながら自分を助けてくれた相手を見る。赤ニャンだ。

「森崎」

 遅れてアキトが駆けてくる。花菜は夢中で手を伸ばした。

「助けて、友美ちゃんが変なの」

 アキトは花菜をかばうように前に立つ。

「鬼にあやつられているんだ。このままじゃそいつも鬼になっちまう」

「人間じゃなくなっちゃうの? そんなのヤダよ。友美ちゃん目を覚まして!」

 ゆらり、と友美の体が揺れた。


『ぐるるる……じゃまーするなー! おんみょうじ!!』


 髪を振り乱し、今まで見たことのない恐ろしい目でにらんでいる。

 怖い。がくがくと足が震えた。

 でも友美を失いたくない。

「おねがい友美ちゃんを助けて。わたしの大事な友だちなの!」

「分かってる」

 アキトはポケットから白い札を数枚取り出した。動画で見たのと同じだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 横に四本、縦に五本、すばやく指で宙を切って札を投げる。札はトンボか蝉みたいに跳んで友美の頭にぺたんと貼りついたがすぐに落ちた。まるで粘着力の弱いノリみたいに。

『くくく、弱いなぁ、おんみょうじ』

「くそっ! やっぱりオレひとりじゃダメなのか!」

 アキトが悔しそうに叫んだ瞬間、

『まとめて食ってやるっ!! まずはおまえから!!』

 友美が土埃をあげてダッシュした。

「どけ!」

「きゃっ」

 アキトに突き飛ばされて思いきり尻餅をつく花菜。

 突進してくる友美をたったひとりで受け止めたアキトは小石みたいに吹っ飛ばされて芝生の上を転がった。チャンスとばかりに友美が迫る。

 赤ニャンが立ち向かった。

『にゃにゃーんっ……ぼへっ!!』

 あっと思ったときには赤ニャンは見えない力にはじき飛ばされてニワトリ小屋に転がっていく。

 次の瞬間には友美がアキトに飛びかかってぐっと肩を掴んでいた。

『うまそうだ。おまえを食べればさぞ美味しいだろうなぁ』

 ぎらぎら血走った目。
 鋭く伸びた歯ががちんがちんと合わさってアキトの顔面に迫る。

「もうやめて友美ちゃん!」

 花菜は走った。友美の腕にすがりつこうとするが見えない力で飛ばされる。それでもまた立ち上がった。

「おねがい友美ちゃんを返して! 大切な友だちなの。中学生になっても大人になってもずっと友だちでいようって約束したの! だから返して!」

 何度も跳ばされたせいで服は砂だらけ、髪の毛はぼさぼさだ。それでも諦めたくない。

「友美ちゃん……友美ちゃん覚えてる?」

 髪をほどいてシュシュをかかげる。

「これプレゼントにくれたよね。すごく嬉しかった。お店の前で何時間も悩んでお小遣いだして買ってくれたっておばさんから聞いたよ。今度はお揃いのシュシュ買おう。それで、一緒につけて遊びに行こうよ、ね、修学旅行も卒業式も同じのつけよう。友美ちゃん……帰ってきて……わたしまだゴメンナサイできてないよ……」

 悲痛な叫びが響きわたる。

 そのとき、友美の体がふらりと揺れる。

「花菜、ちゃ……あたし……」

 目からあふれる涙。友美だ、とすぐに分かった。
 倒されていたアキトが必死に立ち上がって叫ぶ。

「鬼が押されているいまがチャンスだ。オレと同時に呪文をとなえろ、いいな」

「えっえっ」

 戸惑う花菜をよそにアキトは両足を踏ん張って腰を低く落とす。両手の人差し指をあわて、そこに札を一枚挟んでいる。

「オレだけじゃ力が足りないんだよ。早く! 花菜!」

 急に名前を呼ばれたせいでどきっとする。
 花菜もあわてて両手の人差し指をあわせた。

「いいか。せーので呪文をとなえるぞ。一回で覚えろよ。──あおまきがみあかまきがみきまきがみ とうきょうとっきょきょかきょく ぶぐばぐぶぐばぐみぶぐばぐあわせてぶぐばぐむぶぐばぐ さくらさくさくらのやまのおうかさくさくらありちるさくらあり ろっこんしょうじょう きゅうきゅうにょりつりょう──だ」

「青巻き……えっちょっと、なんで早口言葉なの!?」

「最後の大事な言葉をかまないようにするためだよ。たっぷり息を吸え! いくぞ! せーの」



「「青巻紙赤巻紙黄巻紙 東京特許許可局 武具馬具武具馬具三武具馬具あわせて武具馬具六武具馬具 桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり 六根清浄 急急如律令」言えたぁ」



 アキトの札がまぶしい光を放つ。それを友美の額にばしっと貼りつけた途端、まばゆい光の渦が押し寄せた。

 目がくらんだ花菜は両手で顔を覆う。



(どう、なったの)


 恐る恐る手を外すと光はとっくに収まっていて、足元には友美が倒れていた。

「友美ちゃんしっかりして!」

 抱き起こすと少しだけ目を開けた。

「花菜、ちゃん……あたし」

「良かった……」

 ほっとしたのと同時に涙があふれてきた。

「きのうはケンカしちゃってごめんね。わたしやっぱり友美ちゃんがいないとやだよ」

 ぎゅっと抱きしめるとすこし遅れて友美も背中に手を回してきた。

「うん。あたしもごめんね。ありがとう」

「あっ、アキトくんもありがとう──アキトくん?」

 アキトは足元を見ていた。白い札に模様みたいなものがしてある。それを拾いあげると大切そうにポケットにしまいこんだ。

「森崎さん! 一体なにがあったんですか、さっきの光はなんですか」

 大きな声がして、阿部先生がまるで猛牛みたいに走ってきた。

 困った。なんて説明すればいいのだろう。

「じゃ、あとは任せた」

「ちょっとアキトくん!」

 アキトは赤ニャンを抱き上げると面倒ごとを押しつけて走り去ってしまう。残された花菜は案の定、阿部先生に質問攻めにされた。


「ええと、よく覚えてないんです。友美ちゃんとニワトリを見に来たらまぶしい光がパーって。宇宙人にさらわれるのかと思って、怖くて、友美ちゃんに抱きついていました」


 ごまかすのはとっても大変だった。
 阿部先生はふしぎそうに首を傾げていたが、友美が機転をきかせて「お腹がいたいです」と言ったので保健室に行っていいことになった。

「ねぇ花菜ちゃん。黒住くんってナニモノ?」

 保健室のベッドに入った友美は小さな声で尋ねてくる。花菜はすこし迷ったが「内緒にしてね」とウインクしてからこう耳打ちした。

「アキトくんはとってもいい人。かんじゅせいって言うの」

「なにそれ?」

 友美はぽかんとしている。
 口止めされているのでいまは話せないけれどいつか友美にも教えてあげよう。


(アキトくんはとっても頼りになる『おんみょうじ』なんだよって)
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