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さみしがりやの本

おんみょうじ?

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「……ふぅ、なんとかなったな」

 本が完全に沈黙したことを確認したアキトは手を放してふらふらと歩き出した。

「まって黒住くん」

 いまなにが起きたのだろう、「おんみょうじ」ってなんだろう、お礼をいわないと。いろんな気持ちがミキサーのようにごちゃ混ぜになっていた。

 とりあえず先ほどの本を棚に戻し「じょうぶつしてね」と両手をあわせてから彼のあとを追った。

 アキトは花菜が使っていた椅子に座って真っ赤な本の上に突っ伏す。
 するとまた甲高い声がした。

『あの程度でくたびれるなんてだらしねぇな、おんみょうじ』

「うるせーよ」

 花菜はびっくりした。

「黒住くんにも声が聞こえるの?」

「あ? 聞こえるって……おまえも?」

 びっくりしたような顔つき。

「うん甲高い声が聞こえるよ。黒住くんには違って聞こえるの?」

「……」

 しばらく無言で見つめあったあと、アキトは「そういうことか」とうなずいた。

「アキトでいい。聞こえるもなにも、こいつオレの式鬼しきだし」

「し、き?」

 首をかしげていると本がひとりでに開いた。

『あん? いつだれがテメェの式鬼になったんだ? オレ様が忠誠を誓ったのはおやっさんだけだ。半人前のアキトなんかにだーれが』

「だ・ま・れ」

 表面をこしょこしょと撫でられると本がもだえた。

『あっやめろ、そこはっ、あぅっ、くしゅぐったいん!』

 ころころと転げ回っていたかと思えば一瞬にして赤茶色の猫の姿に変わった。

「あぁっ、しゃべる猫!」

 でっぷりとした大きな猫で、尻尾が三本に分かれている。
 天井にいたのもこの子だ。まちがいない。

『あーおまえ! 今朝みたいにオレ様をじろじろ視るんじゃねーよ、恥ずかしいだろ。えっち』

「ご、ごめんなさい!」

 反射的にあやまってしまう。

『おーオレ様の声がここまでハッキリ聞こえるとは相当な力の持ち主だな。もしかして『おんみょうじ』の素質があるんじゃねぇか?』

 猫は楽しそうに尻尾を揺らしている。三本の尻尾はそれぞれ微妙に動きが違うようだ、面白い。


(力ってなんだろ)
(姿が見えたり声が聞こえたりすると力があるってことなの?)
(おんみょうじって言ってた。おんみょうじってなんだろう)


 分からないことがいっぱいだ。
 でもなんだかワクワクする。

「コイツおれの式鬼。赤鬼なんだ。角があるだろう」

 猫の額には三角形の尖ったものが二本、やはり角だったのだ。

「すごい、赤鬼なんて初めて見た……」

 感激していると猫は満更でもなさそうにヒゲを上げる。

『そうだろ、レアだろ。もっと褒めたたえてもいいんだぜ』

「褒めたたえ……えっと……カッコイイです。立派です。あとは、そ、尊敬します!」

「なんだそれ」

「だってそれぐらいしか知らないんだもん」

 呆れるアキトとは裏腹に猫は三本の尻尾をパタパタと上下させる。

『むふふ、尊敬か! いい響きだ! 素直な小娘には特別に『赤ニャン』と呼ばせてしんぜよう』

「ありがとう赤ニャン」

『うむ。悪くない気分だ』

 うれしそうに尻尾を振る赤ニャンをアキトが押さえつけた。

「こいつは姿を消したり他のものに変身することができるんだ。図書室内に妙な気配があったから本に化けさせて見張らせてた。どっかのバカが封印をといてしまうところだったけどな」


(なによ、その言い方。わざとじゃないのに)


「わたしバカって名前じゃないもん。封印? をといてしまいそうになったのはごめんなさい。だけど先生もそんなあぶない本があるなんて言ってなかったよ」

「そりゃそうだろう。この学校には特殊な磁場があって霊力を引き上げている。大人はなにも感じないけど#感受性_かんじゅせい__#の高い児童たちは知らないうちに影響を受けているんだ」

「かんじゅせいってなに? 難しいこと言われてもわからないよ」

「マヌケってことだよ」

 ふん、と鼻を鳴らすのでバカにされていることは分かった。花菜だってムッとする。

「じゃあ黒住く──アキトくんはなんなの。今朝だってなにをしたの?」

「それは……」

 アキトの顔つきが変わった。服の上から胸の辺りを握りしめ、ぐっと唇をかむ。なんだか具合が悪そうだ。

「どうしたの? 保健室いく?」

 無言で首をふり、花菜の手をぱしんと払いのける。

「ほっといてくれ」

 それだけ言うと赤ニャンを抱きかかえて図書室を出て行ってしまった。花菜は焦る。なにか悪いことでも言ってしまっただろうか。

「ちょっとアキトくん──!」

 閉めきられた扉を急いで開けたが、薄暗い廊下がどこまでも続けているだけで、アキトの姿はどこにもない。


(悪いこと言っちゃったかな……あした、あやまろう)


 そう心に決めて、教室に残していたランドセルを取りに走った。



 その数分後。図書室の扉が開いた。

「花菜ちゃんいるー?」

 顔を出したのは友美だ。ケンカしたことをあやまろうと思い、下校途中で引き返してきたのだった。

「いない。もう帰っちゃったのかな」

 室内を歩き回るが当然だれもいない。

「仕方ないや、明日の朝いちばんにごめんねって言おう」

 ランドセルを背負い直して帰ろうとしたとき、どこからともなく声がした。


『ともだちがほしいかい?──お嬢ちゃん』
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