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118. 年越しは、いつもより静かだった
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大晦日恒例の歌合戦が終わって、ゆったりとした雰囲気の年越し番組がスタートした。
多くの日本人と同じように、蕎麦を啜る。
人生が大きく変わって激動の一年を過ごしてきたが、こういう光景だけは変わらないのを見るとなんだか安心する。
盛り上がって大騒ぎで新年を迎える番組もあるが、それは俺の性に合わない。
そんなことを言ったら、父さんに「実は中身60歳とかなんじゃないか?」と言われた。余計なお世話である。
日を跨ごうとするほどの深夜だから、当然それなりに眠い。
それでも友達にくらいはあけおめのメッセージを送ろうと決めて、スマホを手に取った。
「…って、めっちゃ通知来てるな」
友人連中は皆、年を越す前から元気だった。
浜場と島地は、どっかのアイドルのコンサートを見ているらしい。
『見てないの?』
『歌は紅白だけで十分だよ』
『いい歌はいくら聴いてもいい歌だから』
『そもそも俺そのグループの曲知らないし』
『お前本当に現代人か?』
『うるせえ』
奇しくも父さんと似たようなことを言われてしまい、勝手に唇が尖った。
チャットの画面を閉じて他の通知に目を移す。
珍しく、近藤からも連絡が来ていた。
『紅白終わってからの時間って暇だよな』
『わかるわ、あんま面白い番組やってない』
『そっちは何してるの』
『家族でそば啜ってるよ、そっちは?』
『水希と通話繋いでる』
水希と聞いて一瞬ピンと来なかったが、すぐに色葉のことだと思い出した。
『リア充め』
『それはそっちもだろ、というか通話してないんだ』
『昨日やったからなあ。向こうがやりたかったらやるよ』
『そういう受け身の姿勢が良くないんだぞ』
『うるせえ』
どうして新年五分前に、俺は友人から恋愛のことで説教を受けているのだろうか。
拗ねるぞ。
「…ま、でもそれも一理あるもんな」
言われて少し怖くなってしまい、俺の手は自然に美香とのチャット画面を開いていた。
「…どうしよう」
俺はひとりごちて、それからリビングを離れ、自室に向かった。
スマホの画面は相変わらず美香とのチャット画面になっている。
悩んでいると、ふと思い出した。
(…これ、クリスマスのときの俺みたいだな)
つい一週間前も、俺はこうやって悩んでいた。
思わず浜場に助けを求めてしまったのが、もう遠い昔のようにも思える。
「迷うこと、ないか」
決意を固めるために、俺はそう口に出して、通話を開始するボタンを押した。
三回ほどコールが鳴って、一瞬プツリとノイズが走ったあと、『もしもし?』と聞き慣れた声がした。
「あー、その…もしもし」
『ふふっ、急にどうしたの』
挨拶すら若干言い淀んだ俺に、美香は小さく笑った。
「いや、なんというか…俺が、話したくなっただけなんだ」
『奇遇だね。私も、掛けようか迷ってた』
「そうだったのか」
平静を装いつつも、頬が緩んで口角が少し上がってしまう。
同じことを思っているのだったら、さっさと掛ければよかった。
『総司くんはさ、今年ってどうだった?』
「俺?俺は…なんというか、激動の一年だった」
『あはは、そりゃそうだ』
今後何十年と人生は続くだろう。
だが、この一年以上に濃密な年が、今後あるとは思えない。
「まぁ、なんだ…疲れたけど、最終的には楽しかったよ」
『良かった。ちゃんと馴染んでくれて』
「最後には、美香とも付き合えたしな」
『…反則だよ、そういうのー…』
少しだけ声の調子が弱まった。
言っといてなんだが、自分も相当クサいセリフを吐いてしまったものだ。
「…忘れてくれ」
『やだ!忘れない!』
黒歴史は、美香にしっかりと刻まれてしまったようである。
俺は諦めて、話題を探す。
ちょうど、机に置いてあるデジタル時計が23時59分を表示した。
刻一刻と、秒数が1ずつ増えていく。
「残り60秒を切ったな」
『なんか、カウントダウンみたいだね』
「それなら、カウントダウンでもするか」
『いいね。10秒前からやろっか』
そんな、他愛のない会話を終えれば、もう30秒が過ぎていて。
「美香」
『ん?どした?』
「来年もよろしくな」
『こっちこそ!じゃあカウントしよっか』
時計に合わせて、カウントを始める。
幸いにも、タイムラグはそこまでなかった。
『「10、9、8…」』
声が重なる。
同じ時間を共有している実感が湧く。
『「3、2、1…ゼロ!」』
リビングからテレビの音がする。
自室で迎えた新年は、とでも静かだった。
「あけましておめでとう」
『うん。あけましておめでとう』
「今年もよろしくな。じゃ、また初詣で会おう」
『うん。じゃあね』
俺はさっきとほとんど同じことを言って、通話を切った。
そして新年の挨拶を父さんと母さんにすべく、リビングへと向かった。
多くの日本人と同じように、蕎麦を啜る。
人生が大きく変わって激動の一年を過ごしてきたが、こういう光景だけは変わらないのを見るとなんだか安心する。
盛り上がって大騒ぎで新年を迎える番組もあるが、それは俺の性に合わない。
そんなことを言ったら、父さんに「実は中身60歳とかなんじゃないか?」と言われた。余計なお世話である。
日を跨ごうとするほどの深夜だから、当然それなりに眠い。
それでも友達にくらいはあけおめのメッセージを送ろうと決めて、スマホを手に取った。
「…って、めっちゃ通知来てるな」
友人連中は皆、年を越す前から元気だった。
浜場と島地は、どっかのアイドルのコンサートを見ているらしい。
『見てないの?』
『歌は紅白だけで十分だよ』
『いい歌はいくら聴いてもいい歌だから』
『そもそも俺そのグループの曲知らないし』
『お前本当に現代人か?』
『うるせえ』
奇しくも父さんと似たようなことを言われてしまい、勝手に唇が尖った。
チャットの画面を閉じて他の通知に目を移す。
珍しく、近藤からも連絡が来ていた。
『紅白終わってからの時間って暇だよな』
『わかるわ、あんま面白い番組やってない』
『そっちは何してるの』
『家族でそば啜ってるよ、そっちは?』
『水希と通話繋いでる』
水希と聞いて一瞬ピンと来なかったが、すぐに色葉のことだと思い出した。
『リア充め』
『それはそっちもだろ、というか通話してないんだ』
『昨日やったからなあ。向こうがやりたかったらやるよ』
『そういう受け身の姿勢が良くないんだぞ』
『うるせえ』
どうして新年五分前に、俺は友人から恋愛のことで説教を受けているのだろうか。
拗ねるぞ。
「…ま、でもそれも一理あるもんな」
言われて少し怖くなってしまい、俺の手は自然に美香とのチャット画面を開いていた。
「…どうしよう」
俺はひとりごちて、それからリビングを離れ、自室に向かった。
スマホの画面は相変わらず美香とのチャット画面になっている。
悩んでいると、ふと思い出した。
(…これ、クリスマスのときの俺みたいだな)
つい一週間前も、俺はこうやって悩んでいた。
思わず浜場に助けを求めてしまったのが、もう遠い昔のようにも思える。
「迷うこと、ないか」
決意を固めるために、俺はそう口に出して、通話を開始するボタンを押した。
三回ほどコールが鳴って、一瞬プツリとノイズが走ったあと、『もしもし?』と聞き慣れた声がした。
「あー、その…もしもし」
『ふふっ、急にどうしたの』
挨拶すら若干言い淀んだ俺に、美香は小さく笑った。
「いや、なんというか…俺が、話したくなっただけなんだ」
『奇遇だね。私も、掛けようか迷ってた』
「そうだったのか」
平静を装いつつも、頬が緩んで口角が少し上がってしまう。
同じことを思っているのだったら、さっさと掛ければよかった。
『総司くんはさ、今年ってどうだった?』
「俺?俺は…なんというか、激動の一年だった」
『あはは、そりゃそうだ』
今後何十年と人生は続くだろう。
だが、この一年以上に濃密な年が、今後あるとは思えない。
「まぁ、なんだ…疲れたけど、最終的には楽しかったよ」
『良かった。ちゃんと馴染んでくれて』
「最後には、美香とも付き合えたしな」
『…反則だよ、そういうのー…』
少しだけ声の調子が弱まった。
言っといてなんだが、自分も相当クサいセリフを吐いてしまったものだ。
「…忘れてくれ」
『やだ!忘れない!』
黒歴史は、美香にしっかりと刻まれてしまったようである。
俺は諦めて、話題を探す。
ちょうど、机に置いてあるデジタル時計が23時59分を表示した。
刻一刻と、秒数が1ずつ増えていく。
「残り60秒を切ったな」
『なんか、カウントダウンみたいだね』
「それなら、カウントダウンでもするか」
『いいね。10秒前からやろっか』
そんな、他愛のない会話を終えれば、もう30秒が過ぎていて。
「美香」
『ん?どした?』
「来年もよろしくな」
『こっちこそ!じゃあカウントしよっか』
時計に合わせて、カウントを始める。
幸いにも、タイムラグはそこまでなかった。
『「10、9、8…」』
声が重なる。
同じ時間を共有している実感が湧く。
『「3、2、1…ゼロ!」』
リビングからテレビの音がする。
自室で迎えた新年は、とでも静かだった。
「あけましておめでとう」
『うん。あけましておめでとう』
「今年もよろしくな。じゃ、また初詣で会おう」
『うん。じゃあね』
俺はさっきとほとんど同じことを言って、通話を切った。
そして新年の挨拶を父さんと母さんにすべく、リビングへと向かった。
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