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85. 夕食に、気を紛らわせる
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鼻腔に取り込まれた夕食の香りが、沈んでいた気持ちを軽減させる。
代わりに空腹感が上ってくる。
とりあえず、落ち込む前に腹を満たそう。そしてまた何か考えよう。
リビングのテーブルに置かれた料理は、確かに豪勢だった。
普段家では食べなさそうな料理が並んでいるのを見ると、この人はとても料理が上手いんだろう…と月並な感想を浮かべる。
「先座っててね、奥原くん」
「あ、はい。…何か手伝えることはありますか」
「いいのいいの、客人に頼むほど大変なことはしてないから」
本音を言えば何か体を動かしておくことで気を紛らわせたかっただけなのだが、ここで好意を無碍にするのも違うので、俺は素直に座って料理を眺めることにした。
ほどなくして、白宮さんが廊下の奥から現れた。
胸出しのへそ出し丈Tシャツ一枚で、他はローター含めて何もつけていない。暖房の効いた室内では、こんな格好でも特に問題はない。
「いただきます」
俺は両手を合わせ、普段しない会釈までしてから箸を手に取った。
白宮さんも一拍遅れて席に座り、同じように手を合わせた。
「…うまっ」
「そう?よかった~」
白宮さんのお母さんはそう言って笑った。
肉だの野菜だの色々あるが、どれに手を伸ばしても美味しい。
それからも、図々しくもおかわりを要求したりして――その時間は、落ち込んだ気持ちなど嘘のようだった。
◆ ◆ ◆
満腹感と満足感に満たされながら、下げられていく食器を眺める。
自分で下げようとする前に、お母さんが自然に持っていってしまった。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。ゆっくりしてってね」
ありがたくその言葉に従うことにして、俺はスマホを取り出す。
テレビで何か見ることも考えたが、相変わらず音楽番組が流れていたので遠慮した。
「…って、もうこんな時間なのか」
左上に表示された時計は、想像したよりも遅い時間を表示している。
夕食に時間をかけすぎたのかもしれない。
「そろそろお風呂湧くから、入ってね~」
「いいんですか、客人の俺が一番風呂で」
「いいのよいいのよ、君は美香の恩人だからねぇ」
美香、と言われて一瞬迷い、白宮さんの下の名前であることに気づいてショックを受けた。
…俺は、好きな相手の名前すら覚えていなかったのか。
もはやアプローチ以前の問題じゃないか。
「それとも…」
俺の落胆というか自責の念など知らないお母さんは、少々いたずらっぽい声を出して、白宮さんの後ろに回って彼女の肩に手を置いた。
「一緒に入る~?」
「えっ!?」
思考の外から意外な提案をされて、喉から変な声が出て返答に窮する。
俺が何か声を発する前に――
「…うん。入る」
――先に、白宮さんがそう言った。
代わりに空腹感が上ってくる。
とりあえず、落ち込む前に腹を満たそう。そしてまた何か考えよう。
リビングのテーブルに置かれた料理は、確かに豪勢だった。
普段家では食べなさそうな料理が並んでいるのを見ると、この人はとても料理が上手いんだろう…と月並な感想を浮かべる。
「先座っててね、奥原くん」
「あ、はい。…何か手伝えることはありますか」
「いいのいいの、客人に頼むほど大変なことはしてないから」
本音を言えば何か体を動かしておくことで気を紛らわせたかっただけなのだが、ここで好意を無碍にするのも違うので、俺は素直に座って料理を眺めることにした。
ほどなくして、白宮さんが廊下の奥から現れた。
胸出しのへそ出し丈Tシャツ一枚で、他はローター含めて何もつけていない。暖房の効いた室内では、こんな格好でも特に問題はない。
「いただきます」
俺は両手を合わせ、普段しない会釈までしてから箸を手に取った。
白宮さんも一拍遅れて席に座り、同じように手を合わせた。
「…うまっ」
「そう?よかった~」
白宮さんのお母さんはそう言って笑った。
肉だの野菜だの色々あるが、どれに手を伸ばしても美味しい。
それからも、図々しくもおかわりを要求したりして――その時間は、落ち込んだ気持ちなど嘘のようだった。
◆ ◆ ◆
満腹感と満足感に満たされながら、下げられていく食器を眺める。
自分で下げようとする前に、お母さんが自然に持っていってしまった。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。ゆっくりしてってね」
ありがたくその言葉に従うことにして、俺はスマホを取り出す。
テレビで何か見ることも考えたが、相変わらず音楽番組が流れていたので遠慮した。
「…って、もうこんな時間なのか」
左上に表示された時計は、想像したよりも遅い時間を表示している。
夕食に時間をかけすぎたのかもしれない。
「そろそろお風呂湧くから、入ってね~」
「いいんですか、客人の俺が一番風呂で」
「いいのよいいのよ、君は美香の恩人だからねぇ」
美香、と言われて一瞬迷い、白宮さんの下の名前であることに気づいてショックを受けた。
…俺は、好きな相手の名前すら覚えていなかったのか。
もはやアプローチ以前の問題じゃないか。
「それとも…」
俺の落胆というか自責の念など知らないお母さんは、少々いたずらっぽい声を出して、白宮さんの後ろに回って彼女の肩に手を置いた。
「一緒に入る~?」
「えっ!?」
思考の外から意外な提案をされて、喉から変な声が出て返答に窮する。
俺が何か声を発する前に――
「…うん。入る」
――先に、白宮さんがそう言った。
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