36 / 36
帰り道の馬車の中
しおりを挟む***
その後、ルナキュラスの花畑を存分に堪能した私は、お土産の花を手にして馬車に乗り込んだ。
敷地用なのに豪華で立派な馬車の中には、私とクリストファー、ルザークとリューカスさんが座っている。
隣にルザーク、正面にクリストファー、斜め前にリューカスさんといった席順。
(本当に、本当に綺麗だったなぁ。帰ったらサルヴァにも見せよう)
摘んだルナキュラスの花は二つ。サルヴァドールとシェリーのものだ。そして今回のことで、自分の心情の変化をはっきりと感じることができた。
(クリストファーが生きのびるための方法。愛嬌振りまき作戦も結構続いているし、そろそろ何か別のステップとかないのかな)
とりあえずサルヴァドールは、心に隙を作れと言っていたけれど。
最近のクリストファーを見ていると、随分と私に影響されているんじゃないかと思ってしまう。
(さっきの花畑でも、あんな顔をしてたし……)
思い返しながらぼんやりとクリストファーに目を向けたとき、不意に鼻がむずむずと痒くなる。
「ひっくしゅんっ」
馬車の中ということもあって抑え込もうとしたものの、努力も虚しく小さなくしゃみが出てしまう。
三人の視線がすぐこちらに向けられた。
外に出るからと着込んできたつもりだったけど、それでも体が冷えてしまったようだ。
まずい、人前でそれなりに大きなくしゃみをしてしまった。
近くにいるのが気心の知れたシェリーなら問題ないものの、いま一緒にいるのはクリストファーとロザリン兄弟。
前にどこかで聞いたことがある。貴族同士でこういう粗相を見せるのはあまりよろしくないということを。それを思い出した私は、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい。ちょっと寒かったみたいで、くしゃみが……ふえっくしょん!!」
今度はさらに大ボリュームで出てしまう。なんということ、最悪だ。
しかもこういうのって一度出ると止まらなくなってしまって、まだ鼻の奥がムズムズとしている。
「……」
必死に抑え込もうと両手で顔を覆っていれば、ふわりと私の体に暖かい何かが掛けられた。
(……なんだかぶ厚い毛布みたいな)
顔から手を離して確認してみる。
「…………お父様、これ」
もふもふとした手触りのそれは、クリストファーのマントだった。
見るからに高級そうなマントは、肌に当たると鳥肌が立つくらい柔らかくて、それでいて艶々している。
私の体がすっぽりと入ってもまだ余裕のある大きなマントを、何を思ったのかクリストファーは貸してくれたのだ。
「お父様、ありがとう。これ、あたたかいね」
「……、だろうな」
もっこもっこと身動きが取れないままクリストファーにお礼を言えば、ふっと鼻で笑われる。
笑っているというには表情筋が死んでいるけれど、たぶん今のはそれと似た感じだと思う。
私が雪だるまのようになっているから、愉快に思ったのかもしれない。
絶対そうだ。防寒はバッチリだけど、傍から見るとこの格好……丸々としていてかなり間抜けだから。
「お父様の匂いがする、いい匂い~」
「……これ見よがしに嗅ぐのはよせ」
帰り道の馬車の中。私がいくら鼻をスンスンさせていても、クリストファーがマントを取り上げることはなかった。
11
お気に入りに追加
139
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜
なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こんにちは!
たまたまこの作品が気になって読ませていただきましたが、すごく読みやすいし、主人公の心情、義父の心情の少しずつ変化している様子も丁寧に書かれていて、あっという間に読んでしまいました。早く続きが読みたいです!!
これからも、応援させていただきます🙌