34 / 36
ルナキュラスの花畑1
しおりを挟む「さあ、できました。ふふ、最近はこうしてアリアお嬢様をめいいっぱいおめかし出来て嬉しいです」
「シェリーがうれしいと、アリアもうれしい」
「まあ、お嬢様っ」
きゅん、という効果音が後ろに鳴っていそうな顔をして、シェリーは感極まった様子で震えている。
私はというと、これからルザークたちと晩餐を共にするということで、ちょっと……いや超がつくほどドキドキしていた。
場所は本館で、館の主であるクリストファーもいるからだ。
三日前は騎士団見学、今夜は本館で初めてのディナー。
ロザリン兄弟が来てからというもの、こうしたプチイベントが次々に起こっていた。
(本館でディナーなんて聞いたときはびっくりしたけど。クリストファーがいいって言ったってことだよね。……ロザリン兄弟がいるから最低限の体裁を考えたのかな)
なんて疑い深く思ってみたりもしたけれど、あのクリストファーがそんなことをいちいち考えるだろうか。
(執務室で一緒にいるときは愛嬌と媚びを振りまいて、それが身を結んでるなら嬉しいけど)
一体いつまで続ければいいのだろう。
そういえばサルヴァドールとは、その先の話をまだ詳しくしていなかった。
(愛嬌を振りまいて振りまいて……心に隙を作って……それで?)
「アリアお嬢様、お迎えですよ」
ふと思ったことをサルヴァドールに聞こうにも、私以外の誰かがいる状況ではそれも難しい。
お迎えのジェイドも来たようなので、ひとまず疑問を頭の隅に置き、目先の関門であるディナーに挑むことにした。
ドキドキの晩餐会は、意外にも緩やかに進んでいた。
テーブルマナーには欠片の自信もなかったけれど、手先は案外動くもので今のところ粗相の回数もゼロ。
きっとロザリン兄弟のおかげだ。
リューカスさんもルザークも丁度いい塩梅で会話を繋げてくれるので、気まずくならないで済んでいる。
あれ、だけど二人はお客様なのに、むしろこっちが接待されているような扱いはどうなんだろう?
「……そういえば、この辺りにルナキュラスの花畑があるって聞いたんだ。アリアちゃんは見たことある?」
「ルナキュ、ラス……? ううん、ないよ」
私は口に入れていたデザートのレモンムースをごくりと飲み込んだ。
ルナキュラスとは、冬の時期に一週間くらいしか咲かない花のことで、別名「願いの花」と呼ばれている。花びら全体が発光する特殊な植物だ。
(ゲームではリデルとギルバートがお互いに贈りあってたよね)
だけど私は、実物を見たことがなかった。
この近くに花畑があるということも知らなかったし。知っていても外出ができないので見に行くのは無理だったけど。
(スチルが綺麗だったから覚えてる……)
画面越しでもその美しさに見惚れていた。
月の光に反応して短い開花を迎えるルナキュラの花は、儚くも暖かな光をまとわせ、最後の瞬間まで輝き続ける。
「花畑、キレイなんだろうなぁ」
前世のスチルを頭に思い浮かべながら、小さく呟く。
「…………」
「……? お父様、どうしたの?」
感じた視線の先には無表情のクリストファーがいる。
意思の読み取れない顔で私を見ているので、もしや口元にムースでも付けてしまっていたかと急いで確かめた。
(よかった。何も付いてない)
「そう黙って見てやるな。言いたいことがあるなら言ってやればいいだろ」
「……何の話だ?」
「まさか、無自覚だったのか、それ」
クリストファーに声をかけていたリューカスさんが、おいおいと苦笑いを浮かべている。
それを何気なしに見ていれば、近くに座るルザークがクスッと笑った。
「よかったね、アリアちゃん」
「え?」
…………なにが?
***
視界いっぱいに広がる幾多の光。
そのどれもが眩しい輝きを灯していた。
「――わ」
「わ?」
「わあああああ……!」
ルナキュラスの花畑に到着して早々、私は目の前の景色に夢中になっていた。
肌を刺すような寒さも吹き飛ぶくらいに神秘的なルナキュラス。
時々吹いてくる北風で目を細めてしまうことすら惜しいと感じてしまう。
「俺もこんなに広々としたルナキュラスの花畑は初めてだよ。とっても綺麗だね」
「うん、うん! すごく!」
「あはは。よかったねえ」
スチルだけでも圧巻だったのに、実際の花畑は言葉を失うほど美しい。
そんないつもの何倍もはしゃいでしまっている私を、ルザークはニコニコと微笑ましそうに見ていた。兄のような、保護者のような眼差しである。
(まさか来れると思わなかったから……本当に、本当に綺麗)
晩餐会で何気なく出た話題だったのに、クリストファーはルナキュラスの花畑に行くことを許可してくれた。
何よりもお客様であるリューカスさんやルザークが興味を示していたから、こんなにもあっさり来ることが叶ったのだろう。
(こういうの、お客"さまさま"って前世ではいうんだよね)
花畑も本館からすぐの場所にあった。というか敷地内にあるので私たちのほかに人はおらず完全に独占状態だ。
(……お礼、言いたいな)
「お父様!」
私は高ぶった気分を抑えきれないまま、敷地内の移動用馬車の前に佇むクリストファーに駆け寄った。
1
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでのこと。
……やっぱり、ダメだったんだ。
周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中
※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。
※諸事情により3月いっぱいまで更新停止中です。すみません。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる