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温室と陰口1
しおりを挟む模擬戦が一通り終了し、訓練風景や騎士団内の見学を終えたあと、私たちはジェイドに連れられて近くの温室に来ていた。
ちょうどおやつの時間だということで、今日はここでティータイムでもどうかと提案を受ける。
それに頷くとジェイドは準備をしてくると言って一度温室から出ていった。
(……まだゼノクスって決まったわけじゃないけど、それにしても見た目がピッタリ合ってるよね。片目は、まだあったけど)
模擬戦の途中から、頭の片隅でそのことばかりを考えてしまっていた。
何せ本当にゼノが、あのゼノクスだというのなら、彼は後にヒーローと敵対することになるのだ。
(仮にゼノがゼノクスの場合、どうしてグランツフィル騎士団にいるんだろう?)
確かゼノクスは、皇太子の失脚を目論む反皇室派の筆頭、傍系一族のハイドン公爵家に身を隠していたはず。
グランツフィル騎士団にいたなんて話、シナリオに出てきただろうか。
(ゼノクスが公爵家に引き取られる経緯も結構あっさりとしか語られなかったよね。元々身を寄せていた場所に居られなくなって、皇都の裏街をさまよっていたところをハイドン公爵が――)
そこで、私はようやく気づいた。
(もしかしてゼノクスが"元々身を寄せていた場所"っていうのが、ここなんじゃない……!?)
そうすれば本編にも繋がってくる。
シナリオ通りに進んでクリストファーが死んでしまえば、当然グランツフィル公爵家や騎士団も取り潰しになる可能性が大だ。
そしてゼノクスは住む場所がなくなり、皇都へ行くという筋書きが見事出来上がる。
(……じゃあ、やっぱりゼノがゼノクスかもしれない疑惑が濃厚じゃない? 未来でヒーローギルバートと敵対する人がこんなところにいるなんて、どんな巡り合わせなの)
いや、巡り合わせじゃなくて、これもそうなるべくして示し合わされた設定なのかな。
(だけどこれじゃあクリストファーがシナリオ通りに暴走して死なないと成り立たないよね? でも私、シナリオ通りに成り立たせるつもりなんてないもの)
そろそろ情報が渋滞してきたので、ちょっと落ち着こう。
(……ん?)
ふうっと息を吐いたところで、視線を感じた私は何気なく横を向いた。
「いやー、すごい見事な百面相だったね」
そこには感心した様子でいるルザークがおり、私は彼が一緒にいたことを今の今まですっかり忘れていた。
「こーんな風に難しい顔してたけど、どうかした?」
「それ、わたしの真似?」
ルザークは両方の目尻に指を当てると、横に引っ張るように動かした。狐の目付きを数倍悪くしたような顔だ。イケメンが台無しである。
こんな顔をしていたかと思うと、それをずっと眺めていたルザークはどんな気持ちだったのだろう。普通に変な子だと思われたに違いない。
「なんでもない。ちょっと、眠かっただけ……」
ゼノが皇帝の妾子のゼノクスじゃないか疑惑を考えていたとは言えるはずもなく、ぱっと思いついた誤魔化しを口にした時だった。
「――ねえ、聞いた? アリアお嬢様、今日はお客様と一緒に騎士団の見学ですって」
「ちょっと前までは放ったらかしにされていたのに、随分と待遇が良くなったのね~」
温室の裏口が開かれる音と共に若い女性二人の声が聞こえてきた。
私とルザークがいることに気づいていないのか、観葉植物を隔てたすぐ向こう側で気配がした。
「なんだか泣けてきちゃうわよね。健気というか何というか……公爵様に気に入られようと必死で」
「本当よねぇ」
それが嘲笑だとすぐにわかった。
言葉に労りの感情は一つもなく、分かりやすく言うならばすべての語尾に「(笑)」が付いている感じだ。
正直聞くに絶えないので省略するけれど、なんでも彼女たちは本館のメイドで、あわよくばクリストファーに見初められたいという期待を持っていたらしい。
そこに今まで放置されていた私が現れて、面白く思っていないようだ。
(……だからって、5歳児を妬むってどうなの)
呆れながら隣にいるルザークを見れば、とてつもなく冷めた目をして会話を耳にしていた。
横顔からでもわかる軽蔑をはらんだ瞳に不意をつかれ、私はぎょっとしてしまう。
「でも、聞いた? 噂なんだけど、アリアお嬢様が公爵様と血が繋がっていないかもしれないって話し」
「ええっ、それって本当なの?」
「別館で働いてる子が言っていたんだけどね。アリアお嬢様がベランダから落ちても全く心配した素振りを見せなかったんですって。普通、自分の子どもなら心配するでしょう。だからそこまで無関心なのは、二人の血が繋がっていないからじゃないかって」
誰に聞かれているとも知らずに、メイド二人の雑談はエスカレートしていく。そして「血が繋がっていない」辺りから、ルザークの視線が私に移ったのがわかった。
「公爵様を誑かした女が、別の男との間に作った子がアリアお嬢様だって思っている使用人も多いみたいよ」
あのクリストファーが女の人に誑かされるところとか全く想像できないんですけど。もちろん根も葉もない噂だということは知っているけど、それにしてもお粗末な仮説過ぎてため息が出てしまう。
(……どうしよう。このままあの二人に好き放題話されるのは気分がよくないし、ルザークに聞かせたままなのもまずいよね)
「何にしても、愛されていないってことでしょう。なんだか、可哀想ね」
お客様に聞かれていると知ったら、あの二人のメイドはどうするのだろう。ましてや私に聞かれているとは露ほども思っていないからか、今もペラペラと口が動いている。
(……ま、気に入られようと必死だっていうのも、血が繋がっていないのも、当たりだけど)
「それより、公爵様とお近づきになるには、やっぱり印象に残らないとダメよね」
「就寝前のお酒をお持ちするときに、なんとか話しかけるチャンスはないかしら。あわよくば……」
「ちょっとアンタ、何考えてんのよ。いやらしいわねぇ」
さすがにこれ以上は聞いていられないと、椅子から降りたときだった。
「耳障りだな。コイツら、飛ばすか」
「――あなた方は、ここをどこだと心得ているのですか」
私にだけ聞こえるように届いたサルヴァドールの声と、突然温室の裏口を開けて入ってきたゼノの声がぴたりと重なった。
同時にびゅうっと突風が吹き、目の前にあるメイド二人と私たちを隔てていた植物が激しく揺れる。
それによって近くに置かれた鉢植えや柵が倒れ、二人はようやく私とルザークの存在に気がついた。
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