ヒロイン覚醒要員である黒幕お父様の暴走を阻止します 〜死なないために愛嬌を振りまいていたら、不器用な愛情過多がとまりません〜

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二つの称号と小さな芽生え

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 マイスター。それは『リデルの歌声』にある特別な称号。

 この世界では、魔法を極めた熟練者にマジックマスター、剣の極めた剣豪にソードマスターの称号が与えられる。

 要するにその分野でとんでもなく強い上位者のことだった。

 そして、マジックマスターやソードマスターよりもさらに最上級の称号というのが……マイスターの称号。

(マイスターは魔法と剣の両方を修めた者が得られる特例称号だったよね)

 また『リデルの歌声』では、ヒーローのギルバートがリデルと出会う前にソードマスター称号を会得。
 エピローグまでにマジックマスター称号も得て、二称号を持つマイスターになったのだ。

(クリストファーがそのマイスターって、シナリオにあったっけ……?)

 どうにも覚えがない。

 前世を思い出してから忘れないようにと、こっそり拝借していたペンとお絵描き用の画用紙に『リデルの歌声』について箇条書きで書き記しているけれど。

 クリストファーがマイスターだということは今初めて知った。

「マイスター……」
「おっと、すまないな。マイスターというのは――」

 私の小さなつぶやきにリューカスさんは丁寧に説明してくれる。
 彼からすると私はまだ5歳児だから知らないものだと思っているのだろう。

 マイスターに関する情報は、リューカスさんの説明と私が覚えている記憶に差異はなかった。

「クリストファーは在学三ヶ月で二称号を取得したからって、さっさと領に帰ったんだ。もう学ぶことはないと言ってな、とんでもない奴だろう?」
「わー……お父様ってすごいんだね」
「……」

 パッとクリストファーの顔を見ると、自分の話をされているのに淡白なものだった。

 私はふと思った。
 帝都学院は基本的に15、16から入学が許可される。
 クリストファーがその年齢の頃は、まだ前公爵が生きていたはずで。帰らざるを得なかったんじゃないかって。
 
「お嬢様、どうかされましたか?」
「ううん、なんでもない」

 私は何となくやるせなくなっていた気持ちを覆い隠した。今はマイスターの話である。

 聞けば現在帝国内でマイスターの称号は、クリストファーだけが持っているという。

 おそらく『リデルの歌声』本編では、これもヒーローを特別に魅せるために作られた設定の一つだったのだろう。

(シナリオが進んでヒーローが頭角を現すまでは、もしかしなくてもクリストファーって最強なんじゃ……?)

 あくまでもシナリオ通りの場合ではあるけれど。
 本当に一章で退場するのかと突っ込みたくなるほど、クリストファーの強キャラ感は半端ない。

(ゲームで登場するクリストファーはもっと廃人っぽかったけど、まだその面影はないし……悪魔と契約を交わしてからが破滅まで一直線って感じなんだろうな)

 マイスターの称号を持ってしても、精神に介入されればとんでもないことになってしまう。

(そっか。第一章でクリストファーが亡くなって悪魔の存在や脅威が明るみになり始めるっていうのは、クリストファーがマイスターだったからっていうのもあるのかも)

 マイスターだったクリストファーすら悪魔には敗北した。
 シナリオ本編では亡くなったあとのクリストファーにそこまで詳しく焦点を当てていなかったけれど、そう考えれば納得がいく。

(二称号持ちのマイスターで、公爵で……)

 本当に、ヒロインのリデルを覚醒させ、悪魔の存在を知らしめるための第一の黒幕としては、ふさわしいキャラクターだったのだろう。

(……やだな、やだ。こうしてちゃんと生きてるのに、死んでほしくない)

 まるでそれだけのために宛てがわれた存在だとでも言うように、クリストファーに待っている未来は暗い。

 改めてと言うべきか、私は悪魔というものの恐ろしさを再確認した。
 
 そして、この時が初めてだった。

 自分が死にたくないだけではなく、死んでほしくないと明確に思ったのは。

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