ヒロイン覚醒要員である黒幕お父様の暴走を阻止します 〜死なないために愛嬌を振りまいていたら、不器用な愛情過多がとまりません〜

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お菓子と似顔絵

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「わあ、お菓子がいっぱい」

 目の前のテーブルには数多くの菓子が並んでいる。
 給仕係のメイドが淹れた紅茶の匂いが室内に香る中、私はホットミルクをちびちび飲んでいた。

「さあ、アリアお嬢様。どちらをお取りしましょうか」
「このクッキーがいい」

 先ほどとは違って隣にはジェイドが座っている。クリストファーだけに私を任せるのは難しいと悟ったのだろう。

 ジェイドと関わるようになって期間で言えばまだほんの少しだけど、こうして一緒にいると優しい親戚のお兄さんみたいだ。

(歳もクリストファーとあんまり変わらなそうだし……って、あれ?)

 そういえば、クリストファーはいくつなのだろう。
 元々は一章の黒幕としてゲーム内から退場する人なので、詳しく年齢設定までされていなかったような気がする。

(見たところ、20代半ばくらい?)

 私の射るような視線にもお構いなしに、黙々と紅茶を啜るクリストファーを観察していれば。

「お嬢様、どうされましたか?」

 タイミングよくジェイドが話を振ってきたので、年齢の話題を出してみることにした。

「お父様って、何歳かなって思ってたの」
「……」
「アリアは5歳だよ」
「知っている」

 無反応だから私の年齢を先に言ったのに、この真顔の返答である。これがマジレスというやつだ……。

「お嬢様は、公爵様の御年齢をお知りになりたいのだと思いますよ」
「そんなものを知ってどうするんだ」

 ジェイドのナイスアシストにもこの返しだ。やっぱりクリストファーにはド直球くらいがちょうどいい。

「どうもしないよ、お父様のこと知りたいからだよ」
「……。23」
「にっ……じゅうさん!?」

 私は食べていたクッキーの欠片を詰まらせそうになり、ホットミルクで勢いよく流し込んだ。

 20代半ばかなとぼんやり予想していたわけだけど。まさか23歳だとは思わなかった。

 若々しくはあるけれど正直20代後半といっても違和感ない風貌だし、漂うオーラと公爵としての威厳もあるからか驚いてしまった。

(今が23なら、5年前だと……18歳!?)

 この世界の成人年齢は18なので赤子を引き取ること自体は大きな問題にならないだろうけど。
 となると、公爵位についたのもそれぐらいということだ。私からするととんでもない人生である。

「お父様……すごく若かったんだね」

 思わずため息混じりにつぶやくと、クリストファーの片眉がほんのり反応した。

「若い、とは。5歳の子どもが口にする感想とは思えないな」
「お父様大人っぽいから、もっと上かと思ったんだもん」
「俺が年老いて見えるということか?」
「そうは言ってないよ。大人っぽくてかっこいいって意味」

 前は話したいと思わない、とまで言われていたのに、こうして顔を突き合わせると案外会話は続いている。
 テーブルを挟んだ向かい側に座っていると言っても、一向に目は合わないんだけど。

 そしてこの会話を横で静かに聞いているジェイドは、淡々と話すクリストファーの様子に目を見張りながらも密かに笑みを浮かべていた。

「お父様はどのお菓子がすき? アリアはね、このジャムが入ったクッキーが今のところすき」
「興味ない。食べるつもりもない」
「ええっ、食べないの? 本当に?」
「何か問題なのか」
「アリア、全部は食べきれないから。残しちゃうの悪いかなぁって……」

 色んな種類を用意してくれたけど、たとえこの三人でも完食するのは難しそうな量だ。

「……そう思うのなら、次は食べたいものを予め幾つか決めておけばいい」
「次?」

 不意に出たクリストファーの言葉に、私は目を見開いて聞き返していた。

「今日だけじゃなくて、また遊びに来ていいの?」
「……そう言ってるだろ」

 やっぱり視線は微妙に横を向いているものの、クリストファーは確かにそう言った。

 めちゃくちゃ分かりにくいけれど、私が思っているよりも変化が芽生えていたということなのだろうか。

「どう……」

 勢いのままどうしてと聞きそうになり、私は瞬時に先の言葉を飲み込んだ。

 今クリストファーが私をどう思っているのか知りたい。私を心底恨んでいるのか、それとも別の気持ちが表れ始めたのか。

 変に心音が逸っているのは、アリアとして「お父様」に焦がれていた部分があったからかもしれない。
 
(でも今は、深く聞かないでおこう。クリストファーと過ごせるなら、それで)

 今日限りじゃないと伝えられたことで、こんなにも満ち溢れた心地になるなんて思わなかった。

「お父様、ありがとう! また会えるの、本当に本当に嬉しいよ」

 めいいっぱいの笑顔と共にあった感謝の言葉は、アリアとして、そして何よりも私自身が素直に言いたくなって出たものだった。


 ***


 クリストファーの執務室で菓子を堪能した三日後。私はまたジェイドに連れられて本館に来ていた。

 執務室に入ると事前にリクエストしていた菓子が早くも並べられており、クリストファーはもりもり食べる私をじっと眺めていた。

(すっごい見てくる。そんなに見るなら、一緒に食べればいいのに)

 食事中にじっと見られ続けるのが落ち着かず、私は手に持っていたフォークに一口サイズのパウンドケーキを刺して前に突き出した。

「お父様、食べたいの?」
「………」

 すると、クリストファーはほんのり瞳を開く。

「ケーキ、美味しいよ」
「いらない」

 クリストファーは視線を逸らし、こくりと紅茶に口をつける。
 さすがにそこまで距離が縮まったとは思っていませんよ。ちょっと試してみただけで。

 そして私はクリストファーに差し出していたケーキの欠片をぱくりと口に入れた。

 ……だいたい菓子を食べ終わったら別館に帰るという流れなんだけど。

「公爵様、ご歓談中のところ申し訳ございません」

 この日は、急遽決裁を要する文書が早馬で送られてきた。

 執務室に入ってきた執事長は申し訳なさそうに私を見てきたけれど、気にしなくていいよと表情で伝える。

「10分だ」

 執事長に時間を伝えたクリストファーは、分厚い文書を受け取ると、ソファから立ち上がって執務机に戻っていく。

(ええっ、あんな束を10分で!?)

 まだ菓子は食べ終わっていない。
 出ていけとも言われないので、両足をぷらぷらとさせながらクリストファーの姿を眺めていると――

「アリアお嬢様。こちらで遊んでみてはいかがですか?」

 私がじっと待てるか疑っているのか、ジェイドは画用紙とクレヨンを渡してくる。

「ジェイドも一緒におえかきしよ」
「僕もですか?」
「うん、描き終わったらみせてね」

 一人でやるのも何なので、ジェイドも誘う。
 クリストファーの文書決裁が終わるまでの間、私は手すさびに絵を描いて過ごした。

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