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第一章

20 宿屋『猫の水晶亭』

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 「ん......ここは......」

 ふと目を覚ますと知らない部屋のベッドの中だった。
 上半身を起こし、寝ぼけた頭で周りを見渡す。 
 
 「そうだ、思い出した......」

 無事、登録が終わったあとここ『猫の水晶亭』で宿を取ったのだった。
 この世界に来て初めてのきちんとした寝床だったこともあり、すぐ寝てしまったからあまり記憶がはっきりしない。
 当然、アリアとは別の部屋を取っている。部屋の値段としては、一泊朝食付きで銀貨一枚だった。
 この世界......というかこの国?では、半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨が使用されており、基本的に十枚ごとに次の貨幣と同価値になるそうだ。

「あ、おはようございます」
 
 動きやすい服装に着替えて、階下へ向かうとうっすらとそばかすの浮かんだ少女が挨拶してくる。

「ああ、おはよう」
「お連れ様はもう食堂に来てらっしゃいましたよー」
「アリアが? わかった、ありがとう」
「えへー、どういたしましてです」

 にへらと笑うこの少女は、この宿の女将さんの娘でアグネーゼというそうだ。昨日、宿に着いたとき諸々の説明をしてくれたことで仲良くなった。
 明るい茶髪をポニーテールにし、快活に笑うその姿は純粋な元気っ娘という感じでとても可愛いらしい。
 聞けば、年齢は14歳と俺よりも二歳下なだけらしい。......もう少し下に思っていたということは内緒にしておこう。
 そのまま、アグネーゼと別れ食堂に入れば、ガヤガヤとした喧噪の中に一人座るアリアの姿を見つけた。
 彼女が座るテーブルに近づき、声をかける。

「おはよう、早いな」
「あ、おはよう、ソウジくん」
 
 俺に座るように視線で促してきたので、アリアの正面へと腰を下ろす。

「で、もう朝飯は食ったのか?」
「ううん、まだだよ。ソウジ君が起きてきてからまとめてって女将さんに言ってあるからね」
「そうか、待たせたみたいだな」

 待たせたことを謝罪すると、アリアは大して待っていないから大丈夫だという。
 アリアは厨房の奥にいる女将さんに声をかけ、料理を出してもらうように頼む。

「いやに、気楽な格好だけど今日はどうするんだ」

 料理を待つ間に先ほどから気になっていたことを尋ねる。
 彼女の姿は昨日までの冒険者然とした服装ではなく、黒いワンピースに灰色の外套を羽織ったのみという一見すると町娘にしか見えない格好だ。てっきり今日は初依頼にいくと思っていたのだが。

「今日は今後の準備とかだよ」
「準備?」
「そう、準備。防具とかいろいろあるでしょ?」
「あ......」

 自分の今の服装を思い出した。日本のしま〇らで購入した黒のズボンに白シャツ、そして少しお高いコートだ。普通に考えて、魔物と戦う服装ではない。

(そう考えたら、俺はよくあのとき生き残れたよな......)

 この世界にきてすぐの戦闘へと思いを馳せる。あの時、負った胸の傷跡が少し疼いたように感じた。

「まさか、そのまま戦おうとか思ってたわけじゃないよね?」
「うっ......」

 そのまさかです。なんて言うことは出来ないので黙るしかない。
 けれど、アリアさんにはお見通しのようで。

「はぁ......ソウジ君らしいっちゃらしいけどさ」
「すみません......」

 思いっきり呆れられてしまった。
 
「とにかく今日は防具と日用品、それとソウジ君の服を買いに行くからね」
「是非もありません、はい」
 
 今日の予定が判明したところで、いい料理の匂いとともに声をかけられた。

「なんだい、朝から喧嘩かい?」

 振り返るとそこには、料理を両手に乗せた恰幅のいい女性がいた。

「「ロッコさん(女将さん)」」

 彼女がアグネーゼの母親で、この『猫の水晶亭』を切り盛りする女将さんだ。娘と同じ明るい茶髪を短く切りそろえ、白いエプロンに身をつつんだ姿はいかにも大衆食堂の女店主という感じがする。
 しかも彼女は男顔負けの肝っ玉母さんで、昨日も酔って暴れた冒険者をつまみ出していた。
 そういう安心感もあってか多くの冒険者がこの宿に、女将さんに休息を求めてやって来るそうだ。

「いえ、喧嘩じゃないですよー」
「おや、違うのかい。それは失礼したね」

 机の上に朝食を並べながら、アリアの否定の声に意外そうな顔をする女将さん。

「今日の予定について、話し合っていたんです」
「ほう、見た感じ依頼にいくわけじゃなさそうだし......デートかい?」

 にやり、と笑って世話好きなおばさんらしく推測するが、そんなものではない。

「で、デートだなんて――――」
「――――ただ、冒険者としての準備に行くんです」

 アリアの言葉に次いで、否定の言葉を伝えた。
 
「っ!?」

 その瞬間、足に衝撃が走る。
 何が起こったのか、わからなかったがすぐに判明した。

「なんで蹴るんだよ!?」
 
 なぜなら膨れっ面をしたアリアがいたからだ。どうやら、俺は脛をつま先で蹴られたらしい。
 
「べつに、なんでもない」

 プイッと顔を逸らすアリアに俺は怒るよりも困惑の色が強い。

「おやおや、これはアリアは苦労するねぇ」
「何がです?」
「まぁいつかお前さんにもわかるさ」
「???」
 
 先ほどよりもいっそうニヤニヤとした笑みを深め、意味深な発言をする女将さんに尋ねるがはぐらかされてしまう。

「まぁとにかく早く食っちまいな。二人とも」
「「はーい(わかりました)」」

 その言葉を最後に厨房へと戻る女将さんを尻目に俺達も食事を始めた。


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