上 下
26 / 31
二章

週末

しおりを挟む
「そして、さようなら」
 

 呟きを残して樹梨の背中から漆黒の翼が現れる。勢いよく上下に動かして突風を生む。
 豪が時を停止しようとしたが間に合わず、四人は後方まで飛ばされた。
 地面に体をぶつけながら転がる。


「片翼の罪獣……」


 顔を上げた豪が口にする。
 そこには一ヶ月前、さよとレクが初めて対峙した、あの罪獣がいた。


「どうして、安西。そんな……」


 レクは未だ、動揺を隠しきれていないようだ。
 膝をついて豪が立ち上がる。
 口の周りについた砂を袖で拭き、射るような眼差しで標的を睨む。


「仲間の仇だ。行くぞ絃歩」


 豪は鼓舞するように、声を上げる。
 しかし、絃歩の返事は聞こえない。


「道草か、木ノ実か、それとも幹か! お前いい加減にしろ!」


 豪は振り返ると同時に絃歩を怒鳴る。
 しかし、絃歩はどこにも行っておらず、その場にしゃがみこんでいた。何やら、リュックの中に手を突っ込み「あれ~おかしーなー」と言いながら探っている。


「おい、お前……まさか」


 絃歩はリュックから顔を上げ、屈託のない笑顔を浮かべる。


「いとほ、ミミちゃん、忘れたでしょぉ~」
「このバカ絃歩!」


 豪の雷とげんこつが、絃歩の頭に落ちる。


「親友を家に忘れてんじゃねぇよ!」


 豪は頭を殴り続けるが、絃歩は「テヘヘ~それほどでも~」と笑顔のままだ。


「誰も褒めてねぇよ!」
「ごめんね~ごーぉー。取りに帰るから一緒に来て~」
「は!?」
「だって豪の能力を使いながら戻った方が、結果的に早いでしょぉ~」


 豪はイラつきを隠さずに舌打ちをして、頭を掻きむしると、心を決めたようにさよ達の方を向き「藤宮、時間稼ぎを頼むぞ!」と偉そうな口調で言い、自身の手に思い切り噛み付く。
 二人の姿が、途切れ途切れに暗闇の中へ消えて行った。


「こんな組織、入らなきゃよかった……」


 呆れたさよが呟く。


「邪魔者が消えたわね、一ヶ月前の再戦といきましょう……」


 冷たい声。樹梨は全身に力を込めると、漆黒が体を覆う。
 赤の瞳がその感情を伺わせない。
 剣のような鋭利な爪が、闇の中で光る。


「お兄ちゃん、逃げよう」


 ひとまず体勢を立て直そう。
 さよはレクの手を引いて、隣の雑木林へと駆け込む。
 生い茂った草木をかき分けながら、道無き道を進む。


「クソッ、クソッ!」


 安西樹梨が罪獣だったということを受け入れられていないのか。
 怒りに満ちたレクの独り言が森林に響くが、その相手をしている暇はなかった。
 すると後方から衝撃音が轟く。
 振り返ると、広がっていた木々が全てなぎ倒されている。砂塵が舞う中、黒のシルエットが夜空に見える。


 片方だけの翼で、罪獣の姿をした安西樹梨は強風を吹かす。
 さよとレクはまたも吹き飛ばされた。
 枝や小石で、全身に傷がつく。
 転がりながら辿り着いた先は、奇しくも一ヶ月前に戦場となった広場だった。
 さよは、上半身だけをなんとか起こす。


 あの時さよが粉々に破壊した噴水も、修復工事が完了したのか、以前より綺麗になって設置されていた。
 これから再び無残な姿に変えてしまうかと思うと心が痛んだが、周りに気を使って戦っている余裕はどうやらなさそうだ。
 明らかに樹梨の力は増していた。
 翼が揃っていた頃よりも格段に。
 コツンと空中から石畳に着地する。


「この一ヶ月、あなたに復讐することだけを考えていたわ。あなたにもがれた翼の恨みを片時も忘れることがなかった」


 樹梨の足元にヒビが入る。身に纏うエナジーが煙のように彼女を包む。
 思わずその気配にひるみそうになる。
 拳に力を入れて、なんとか持ちこたえる。
 睨み合う樹梨とさよ。すると交差する視線を遮断するように立ち上がったレクが間に入り、両手を広げる。


「お兄ちゃん……」


 兄の行動にさよは戸惑いを隠せない。


「安西、悪いが妹に手出しはさせない」


 レクの澄んだ声と、水を噴き出す音が混じる。


「俺はお前を傷つけたくはない、大人しく投降しろ」
「かわいそうな藤宮くん……同情するわ」


 樹梨はかぶりを振って、拒絶を示す。


「そうか……残念だよ。お前を、倒さなきゃいけないなんてな」


 威勢のいい声が場の緊張感を一気に高める。


「安西、準備はいいか。俺はできたぞ。お前を殺す覚悟が」


 レクの強い意志に裏打ちされた言葉。
 さよは自分を守るように立つ兄の背中が、大きく見えた。
 あまりのレクの気迫に樹梨は後ろにたじろくと、自分でもどうして後退したのかわからないといった表情を浮かべる。


 そして苦虫を嚙みつぶしたように睨みつけると、ノーモーションで風を起こす。
 予期できない攻撃に兄妹は晒される。
 さよとレクは別の方向に飛ばされた。
 レクは頭から噴水に突っ込み、さよは円形に並ぶベンチの一つに背中を打ち付ける。
 すると倒れ込むさよを、樹梨が見下ろす。


「あなたから倒してしまえば、能力が発動できないものね。他の罪獣にもそう伝えたのだけれど、使えない駒に過ぎなかったわ」


 抑揚のない冷たい声。


「無駄な話をしたかしら」


 鋭い眼光が降り注がれる。
 ―逃げなきゃ。
 さよの頭では警告音が鳴り止まない。


 彼女の動きを見逃したら、その一瞬でやられると本能的にわかった。しかし、見つめているだけでは何にもならない。現に覚醒していない状態では樹梨の動きに全くついていけなかった。鋭利な爪が自分めがけて振りかざされる。


 ああ、やられる。


 さよに死を覚悟する時間はなかったが、自分が命を落とすことだけはわかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

Aコードコンチェルト

ツヅラ
キャラ文芸
 能力者教育機関“ヴェーベ”の、北東教育機関の最上級生であるA級能力者チームは、とにもかくに、A級能力者の使命である、怪人を倒すことにやる気がなかった。  おかげで、貢献度はぶっちぎりの最下位。  その日も、怪人が現れたが、いつも通り、やる気もなく出撃する予定もなかった。だが、顧問のクビがかかっているという話を聞き、慌てるように、怪人を倒しに向かった。そして、増殖する新種の怪人と退治することになった。  その日、ヴェーベを訪れていたルーチェとその父、ルシファエラは、怪人に襲われ、ガレキの下敷きとなった。  二人は、近くにいた能力者に助けられ、一命を取り留めたルシファエラは、その時、助けてもらった能力者に、ルーチェと、あるデータを帝国本土まで無事に運ぶことを依頼することにした。  初めて帝国本土にやってきた能力者たちは、そこである陰謀と出会うのだった。 ※小説家になろうにアップしたものの編集版です

『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜

segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

狐の嫁入りのため婚約者のところに行ったら、クラスの女子同級生だったんだけど!?

ポーチュラカ
キャラ文芸
平安時代のある山奥。一匹の狐が人間と愛し合い、子孫を残した。だがその頃は、狐は人を騙す疫病神と言われていたため、ある古い儀式が行われ続けていました…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...