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二章
彼女の本気
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豪は腕に乃木絃歩を抱え、屋上へと足を踏み入れる。
デパートの屋上は子供が遊べる小さな遊園地のようになっており、小型のジェットコースターやメリーゴーランド、ヒーローショーなどの催しに用いられるステージが設置されている。
その中央には大型の罪獣がいた。その罪獣は海賊映画などに出てきて船を沈めるようなタコの姿をしていた。クラーケンと表現しても差し支えない。
頭部からは無数の牙が生えており、八本の巨大な触手がうごめいている。
豪は抱える絃歩へ目線を移す。
瞳を閉じた彼女は死んでしまったようにピクリとも動かない。
豪は絃歩の体をそっと優しく地面に降ろし「じゃあ頼んだぞ、絃歩」と顔を上げ、側に立つ彼女を見る。
すると豪の目の前に刃が突きつけられた。
「ひっ」と豪は息を飲み両手を上げて「えっと、ミ、ミミエ、ル? た、頼んだぞ、ミミエル」と震えた声を出す。満足したのか兎のお面をつけた顔は首肯し、腕から伸びる剣を下ろす。
豪と、絃歩と、一体の人形。
それは先ほどまで絃歩が手に持っていた親友、ミミちゃんことウサギの人形だった。
ただ、以前のミミちゃんとは全くの別物。共通項は「人形である」という一点のみ。
体型は二メートル近くまで変貌し、ウサギの仮面で表情を隠し、背中には翼があり、腕は四本生え、それぞれの手にソードが握られている。
純白な肌の色とは対照的なローブを全身に纏い、闇夜に溶け込む。そして体のいたるところに武器を忍ばせている。彼女、雌型の人形「ミミエル」が動くたびにキキキ、カタカタ、と音が鳴る。その名前は絃歩がつけた。おそらく天使ミカエルからとったのだろう。
坂本豪とコンビを組む、乃木絃歩の能力は。
「自身の意識を武装兵器と化した人形に移す」。
豪のそばで横になっている絃歩は容れ物であり、現在彼女の意識は人形であるミミエルに宿っている。
絃歩はミミエルを操作しタコ型の罪獣へ向かい疾走した。
行く手を阻むように二本の触手が振り下ろされるが、目にも留まらぬ斬撃で切断する。
触手からは黒い液体が吹き出し、罪獣の慟哭が夜の街にとどろく。
しかしミミエルはそんなことはお構いなしと言わんばかりに、付け根から一本の腕を取り外すと大鎌へ変形させる。両手に握ったソードを離し、新しく手に入れた武器で次々と触手を切り落とす。だがそこに死角からの一撃。
伸びた触手が彼女の顔面にヒットする。
ウサギの仮面にヒビが入り、音を立てて地面に崩れ落ちる。
ミミエルの素顔が月明かりに晒される。
その顔は鳥肌が立つほど美しい。全てのパーツが均等に、あるべき場所に配置されていた。人形とあって無表情のままなのが、美しさを放っていた。
敵の攻撃を受けたミミエルはすぐさま反撃の体勢になる。両肩から無数の矢が罪獣に向かって発射された。体が大きいということは的としも大きく、攻撃を回避しづらいということでもある。放った全ての矢がその巨体に命中する。
暴れる罪獣は残った触手でベンチを掴み、ミミエルに向かって投げる。しかし彼女はいとも簡単に避ける。
ベンチはそのまま、豪と体だけの絃歩の元に迫った。
そこで豪は、能力を発動させる。
自らの腕に噛みつき、絃歩を抱えベンチが直撃しない範囲まで身を移す。
時間を停止する、という能力はレクと戦った時のごとく一方的な攻撃も可能だが、守りに転じた時にその本領を発揮する。敵の攻撃を知覚することさえできれば、あとは時を止め、逃げればいいだけのことだ。
坂本豪に、単純な攻撃は絶対に当たらない。
乃木絃歩の人形を介す能力は非常に強力だ。ミミエルは圧倒的な攻撃力に加え、人形なので痛みも感じない。戦場に放たれれば、絃歩のエナジーが尽きる限り敵を抹殺し続ける。間違いなく現組織にいる能力者の中でも、乃木絃歩は五本の指に入る実力者だ。
しかし唯一にして最大の弱点があるとすれば。
それは生身の、言ってしまえば本体である人間の絃歩の体が無防備になるということだ。
敵の攻撃目標がミミエルから生身の絃歩に移れば、彼女は意識を戻すしかない。
ミミエルの体では痛みは感じないが、人間の絃歩の体の痛みは感じる。
その弱点を補うために豪がパートナーを組むことになった。
彼の絶対的な「守」の能力で絃歩の圧倒的な「攻」の能力を支える。
豪が存在するからこそ、絃歩は後ろを振り向かずに戦えるのだ。
ミミエルは手にしていた鎌を罪獣へと投げつける。
弧を描いて回転した鎌は罪獣の触手を切り落とした。
残る触手は三本。
ミミエルはもう一つの腕を引き抜くと、今度は彼女の身長ほどもあるハンマーに変形させる。そして迫り来る触手を巧みにかわし、ハンマーを振り下ろして潰す。
触手ごと地面をへこませる。ハンマーの柄の部分にあるボタンを押し、ミミエルは罪獣に投げつけた、程なくしてハンマーは爆発を起こし、爆風が彼女の纏うローブをなびかせる。
残りの触手は一本。
罪獣は力を振り絞り、最後の触手でミミエルをついに捕える。
触手は胴体にまとわりつき、上空で自由を奪う。
ギギギと嫌な音を立ててミミエルの体が軋む。
このままでは潰れてしまうだろう。
しかしその光景を眺めている豪に、焦りの感情は湧かない。
ましてや助けようだなんて、サラサラ思わない。
まるでミミエルは遊んでいるようだ。
戦闘の度、毎回同じ感想を豪は抱く。
無表情の顔が時折、満面の笑みを浮かべているように錯覚する瞬間が何回もある。
自分の腕の中で安らかな顔をしている絃歩を、何度恐ろしいと思っただろう。
彼女にとって戦いなど、罪獣退治など、遊びなのだ。
だって絃歩が、ミミエルが本気を出せば。
一撃で全てが終わるのだから―。
カチャッと機械的な音を立て、ミミエルの腰のあたりから無数の小さな刃が現れる。そしてチェーンソーのように高速に回転を始める。
体を締め付けていた分、触手はあっという間に粉々に散る。
空中で自由を得たミミエルは翼をはためかせ夜空を舞う。月が彼女のシルエットを照らす。
罪獣の頭上まで来ると自身の背中に腕を回し、翼を取り外し、一本の槍にする。
ミミエルは落下しながら罪獣の体を一刀両断する。雨のように降り注ぐ罪獣の黒い体液を浴びながら、悠然と豪に向かって歩いて来る。
豪にはやはりその顔が笑っているように見えた。
大きなお腹の鳴る音が夜道に響き渡る。
絃歩は両手を腹に当てながら、おぼつかない足取りで進む。
「いとほ、お、お腹、が、空いた、で、しょぉ~~~~~」
彼女は絶え絶えと口を開く。
見るものが見れば、腹部を刺されているようだな、と豪は思う。
絃歩は能力を行使した後、毎回と言っていいほど極度の空腹に襲われている。それは今日も例外ではない。
「絃歩、頑張れ、あともう少しで到着するから」
豪が励ましの言葉をかける。
しかし、絃歩の返事は聞こえない。
「道草を食うな!」
豪は下を見るが姿がない。
「木ノ実を食うな!」
今度は上を見るが姿がない。
「どこだ!」
豪が目線を水平に戻すと、そこに絃歩の姿があった。
彼女は太い幹にコアラのように抱きつき、木そのものにかじりついていた。
「離れろバカ絃歩!」
豪が懸命に引き離そうとするが、凄まじい腕力でしがみついている。目は血走っており、野生の獣の目をしていた。完全にイカれてしまっていた。
「しょうがない」と豪がため息を吐き、自分の右手を口元まで運んだ時だった。
豪と絃歩に電流のような感覚が走る。
豪はすぐさま身構え、絃歩も一瞬で正気を取り戻し木から離れる。
莫大なエナジーを感じた。
それも凶悪な。
「絃歩、どこだ!」
「消えた……」
「なにっ!?」
豪はもう一度意識を集中させる。
しかし絃歩の言う通り、何も感じることはなかった。
「勘違い……だったのか?」
「わかんない、でも……」
絃歩は腕を交差し自身の両肩を抱く。
「いとほ、こわい……」
その顔は怯えているようだった。
デパートの屋上は子供が遊べる小さな遊園地のようになっており、小型のジェットコースターやメリーゴーランド、ヒーローショーなどの催しに用いられるステージが設置されている。
その中央には大型の罪獣がいた。その罪獣は海賊映画などに出てきて船を沈めるようなタコの姿をしていた。クラーケンと表現しても差し支えない。
頭部からは無数の牙が生えており、八本の巨大な触手がうごめいている。
豪は抱える絃歩へ目線を移す。
瞳を閉じた彼女は死んでしまったようにピクリとも動かない。
豪は絃歩の体をそっと優しく地面に降ろし「じゃあ頼んだぞ、絃歩」と顔を上げ、側に立つ彼女を見る。
すると豪の目の前に刃が突きつけられた。
「ひっ」と豪は息を飲み両手を上げて「えっと、ミ、ミミエ、ル? た、頼んだぞ、ミミエル」と震えた声を出す。満足したのか兎のお面をつけた顔は首肯し、腕から伸びる剣を下ろす。
豪と、絃歩と、一体の人形。
それは先ほどまで絃歩が手に持っていた親友、ミミちゃんことウサギの人形だった。
ただ、以前のミミちゃんとは全くの別物。共通項は「人形である」という一点のみ。
体型は二メートル近くまで変貌し、ウサギの仮面で表情を隠し、背中には翼があり、腕は四本生え、それぞれの手にソードが握られている。
純白な肌の色とは対照的なローブを全身に纏い、闇夜に溶け込む。そして体のいたるところに武器を忍ばせている。彼女、雌型の人形「ミミエル」が動くたびにキキキ、カタカタ、と音が鳴る。その名前は絃歩がつけた。おそらく天使ミカエルからとったのだろう。
坂本豪とコンビを組む、乃木絃歩の能力は。
「自身の意識を武装兵器と化した人形に移す」。
豪のそばで横になっている絃歩は容れ物であり、現在彼女の意識は人形であるミミエルに宿っている。
絃歩はミミエルを操作しタコ型の罪獣へ向かい疾走した。
行く手を阻むように二本の触手が振り下ろされるが、目にも留まらぬ斬撃で切断する。
触手からは黒い液体が吹き出し、罪獣の慟哭が夜の街にとどろく。
しかしミミエルはそんなことはお構いなしと言わんばかりに、付け根から一本の腕を取り外すと大鎌へ変形させる。両手に握ったソードを離し、新しく手に入れた武器で次々と触手を切り落とす。だがそこに死角からの一撃。
伸びた触手が彼女の顔面にヒットする。
ウサギの仮面にヒビが入り、音を立てて地面に崩れ落ちる。
ミミエルの素顔が月明かりに晒される。
その顔は鳥肌が立つほど美しい。全てのパーツが均等に、あるべき場所に配置されていた。人形とあって無表情のままなのが、美しさを放っていた。
敵の攻撃を受けたミミエルはすぐさま反撃の体勢になる。両肩から無数の矢が罪獣に向かって発射された。体が大きいということは的としも大きく、攻撃を回避しづらいということでもある。放った全ての矢がその巨体に命中する。
暴れる罪獣は残った触手でベンチを掴み、ミミエルに向かって投げる。しかし彼女はいとも簡単に避ける。
ベンチはそのまま、豪と体だけの絃歩の元に迫った。
そこで豪は、能力を発動させる。
自らの腕に噛みつき、絃歩を抱えベンチが直撃しない範囲まで身を移す。
時間を停止する、という能力はレクと戦った時のごとく一方的な攻撃も可能だが、守りに転じた時にその本領を発揮する。敵の攻撃を知覚することさえできれば、あとは時を止め、逃げればいいだけのことだ。
坂本豪に、単純な攻撃は絶対に当たらない。
乃木絃歩の人形を介す能力は非常に強力だ。ミミエルは圧倒的な攻撃力に加え、人形なので痛みも感じない。戦場に放たれれば、絃歩のエナジーが尽きる限り敵を抹殺し続ける。間違いなく現組織にいる能力者の中でも、乃木絃歩は五本の指に入る実力者だ。
しかし唯一にして最大の弱点があるとすれば。
それは生身の、言ってしまえば本体である人間の絃歩の体が無防備になるということだ。
敵の攻撃目標がミミエルから生身の絃歩に移れば、彼女は意識を戻すしかない。
ミミエルの体では痛みは感じないが、人間の絃歩の体の痛みは感じる。
その弱点を補うために豪がパートナーを組むことになった。
彼の絶対的な「守」の能力で絃歩の圧倒的な「攻」の能力を支える。
豪が存在するからこそ、絃歩は後ろを振り向かずに戦えるのだ。
ミミエルは手にしていた鎌を罪獣へと投げつける。
弧を描いて回転した鎌は罪獣の触手を切り落とした。
残る触手は三本。
ミミエルはもう一つの腕を引き抜くと、今度は彼女の身長ほどもあるハンマーに変形させる。そして迫り来る触手を巧みにかわし、ハンマーを振り下ろして潰す。
触手ごと地面をへこませる。ハンマーの柄の部分にあるボタンを押し、ミミエルは罪獣に投げつけた、程なくしてハンマーは爆発を起こし、爆風が彼女の纏うローブをなびかせる。
残りの触手は一本。
罪獣は力を振り絞り、最後の触手でミミエルをついに捕える。
触手は胴体にまとわりつき、上空で自由を奪う。
ギギギと嫌な音を立ててミミエルの体が軋む。
このままでは潰れてしまうだろう。
しかしその光景を眺めている豪に、焦りの感情は湧かない。
ましてや助けようだなんて、サラサラ思わない。
まるでミミエルは遊んでいるようだ。
戦闘の度、毎回同じ感想を豪は抱く。
無表情の顔が時折、満面の笑みを浮かべているように錯覚する瞬間が何回もある。
自分の腕の中で安らかな顔をしている絃歩を、何度恐ろしいと思っただろう。
彼女にとって戦いなど、罪獣退治など、遊びなのだ。
だって絃歩が、ミミエルが本気を出せば。
一撃で全てが終わるのだから―。
カチャッと機械的な音を立て、ミミエルの腰のあたりから無数の小さな刃が現れる。そしてチェーンソーのように高速に回転を始める。
体を締め付けていた分、触手はあっという間に粉々に散る。
空中で自由を得たミミエルは翼をはためかせ夜空を舞う。月が彼女のシルエットを照らす。
罪獣の頭上まで来ると自身の背中に腕を回し、翼を取り外し、一本の槍にする。
ミミエルは落下しながら罪獣の体を一刀両断する。雨のように降り注ぐ罪獣の黒い体液を浴びながら、悠然と豪に向かって歩いて来る。
豪にはやはりその顔が笑っているように見えた。
大きなお腹の鳴る音が夜道に響き渡る。
絃歩は両手を腹に当てながら、おぼつかない足取りで進む。
「いとほ、お、お腹、が、空いた、で、しょぉ~~~~~」
彼女は絶え絶えと口を開く。
見るものが見れば、腹部を刺されているようだな、と豪は思う。
絃歩は能力を行使した後、毎回と言っていいほど極度の空腹に襲われている。それは今日も例外ではない。
「絃歩、頑張れ、あともう少しで到着するから」
豪が励ましの言葉をかける。
しかし、絃歩の返事は聞こえない。
「道草を食うな!」
豪は下を見るが姿がない。
「木ノ実を食うな!」
今度は上を見るが姿がない。
「どこだ!」
豪が目線を水平に戻すと、そこに絃歩の姿があった。
彼女は太い幹にコアラのように抱きつき、木そのものにかじりついていた。
「離れろバカ絃歩!」
豪が懸命に引き離そうとするが、凄まじい腕力でしがみついている。目は血走っており、野生の獣の目をしていた。完全にイカれてしまっていた。
「しょうがない」と豪がため息を吐き、自分の右手を口元まで運んだ時だった。
豪と絃歩に電流のような感覚が走る。
豪はすぐさま身構え、絃歩も一瞬で正気を取り戻し木から離れる。
莫大なエナジーを感じた。
それも凶悪な。
「絃歩、どこだ!」
「消えた……」
「なにっ!?」
豪はもう一度意識を集中させる。
しかし絃歩の言う通り、何も感じることはなかった。
「勘違い……だったのか?」
「わかんない、でも……」
絃歩は腕を交差し自身の両肩を抱く。
「いとほ、こわい……」
その顔は怯えているようだった。
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