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二章

愛する人を探して

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 昼休み。
 

 藤宮レクは高校の教室を後にし、壁を背にロッカーが並ぶ廊下を歩く。廊下の端に連絡通路を進み、中等部を目指す。中学の教室に進むにつれ、だんだんとすれ違う顔が幼くなっていくのが面白かった。
 

 レクとさよが通う、私立宮市学園の校舎は三つあった。中学棟と高校棟と特別棟だ。レクはつい数ヶ月前まで通っていた中学棟へ足を進める。
 階段を一つあげると中学二年生の階だ。


「確かさよの教室は……ここだ」


 前に一度レクはジュースを買うお金を借りに来たことがあった。その時の記憶を辿りレクは扉を開く。中学生の教室にいる高校生というのは目立った。大人から見ればレクもまだ若い顔立ちだが、年下の中に混ざると明らかに年上だとわかる。クラスの大半から視線を浴び、レクはたじろいでいると「あ、さよのお兄さん」と声が聞こえる。
 声の主は、ツインテールの髪型をした女の子。レクに気がつくと歩み寄ってくる。


「憶えてます? 一回お家で会ったんですけど……」


 そう言われると見覚えがないわけではなかった。


「あーこの前はどうもありがとう」


 レクは無難な言葉を選ぶ。しかし相手は満足したようで「いえいえ~」と胸の前で手を振った。


「それでさ、うちのさよいる?」
「え」
「ちょっと話したいことがあるんだけど」
「さよちゃん、今日……」


 さよのクラスメイトは、顔を曇らせ、不安そうな眼差しを向ける。


「風邪ひいちゃったんですよね……? 朝本人から連絡があったって、先生言ってましたけど……」


  
 レクは慌てて学校を飛び出した。
 万が一にも自分の勘違いで、もしかしたら風呂場かトイレで高熱にうなされ倒れて、それに気づかず俺は慌てて家を飛び出して、そのあとさよ自ら学校に連絡を入れた可能性が、まだゼロではないと思い、レクは自宅へ急いだ。しかしその望みは絶たれた。家中を探しても妹の姿はなかった。加えて彼女の部屋には脱ぎ揃えられたパジャマがあり、制服はなかった。


 次に空き地、公園、コンビニ、昨日のホームセンター。
 レクは街中を探し回ったが、さよの姿は見当たらない。
 自分のスマホに残っているさよの写真を道ゆく人に見せ、この少女を見かけてないかと尋ねるが行方を知る者はいなかった。


 レクは息を切らしながら赤信号で立ち止まる。十字路の一角に交番がある。
 そうだ、もっと早く警察に行っていれば。
 信号が青に変わり、レクが警察官に声を掛けようとした時だった。


「藤宮くん!」


 後ろから自分の名を呼ぶ声。振り返ると、そこには長い髪をなびかせながら走り寄ってくる安西樹梨の姿があった。


「よかった、見つかって……」
「安西! どうして。今日は休みのはずじゃ」
「ええ、ちょっと今朝は体調が悪くて、これから遅刻していこうと思ったんだけど……」


 一度、呼吸を整える。


「そしたら、途中で、藤宮くんによく似た女の子が、男の人にさらわれて……」


 レクは目を丸くする。


「さよだ、俺の妹のさよだ!」


 自然に伸びた手が樹梨の肩を掴む。


「安西、さよは、俺の妹はどこに連れ去られた!」
「こっち、ついて来て」


 樹梨はレクの手を掴む。今来た道とは逆方向に走り出す。
 レクは握られたその手に一抹の安堵を覚えた。


「よかった、ホントに偶然、藤宮くんが見つかって……」


 振り返ることなく樹梨は小さく呟いた。




「……ん……くん…………みや……藤宮くんっ!」
「―ッ!」


 レクは目を覚ます。
 目の前には、自分の顔を心配そうに見つめる樹梨の顔があった。


「大丈夫? 今、ボーとしてたわよ。虚ろげな顔でずっと『さよ、さよ』って呟いてたけど……」


 気がついたら先ほどまでは青かった空も、オレンジに染まっていた。
 頭が痛い。
 ここまでの道のりを、思い出すことができない。


「一応着いたけど……大丈夫? 気分が悪いんじゃない」
「ごめん、大丈夫……。俺、そんなに、さよのことを……」
 

 俺は妹のことを心配して意識が飛んでしまっていたのか。くそ、今から妹を助け出すというのに、情けない。


「大丈夫?」


 もう一度伺う樹梨にハッキリとした口調で無事だと告げる。


「なら良いけど」少し不安げな表情を浮かべつつも、「妹さん想いなんだね」と穏やかに樹梨は微笑んだ。「ああ、たった一人の、俺の妹だからな」と返すとさらに柔和な笑みを樹梨は作る。


「ここに、さよちゃんはさっき、入って行ったよ……」


 指差す先には、厳重なフェンスに囲まれた、西洋風の巨大な豪邸が建っていた。


「ここか……」


 レクは迎賓館のような規模の洋館を見据える。固唾を飲み込み、覚悟を決めると正門と思える場所に立つ。その館は足がすくみそうな威圧感を放っていた。


「藤宮くん……どうするの」


 樹梨が弱々しい声で尋ねる。


「決まってるだろ。敵陣に乗り込む時は、こう叫ぶんだよ」


 そういうとレクはスゥと息を吸い込む。肺を空気で満たすと、レクは思い切り叫ぶ。



「たのもーーーーーうッッッ!」
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