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一章
継承
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「大丈夫ですか!」
横にいたさよは走り出し二人の元へ駆け寄った。それに続いてレクの足もようやく動き出す。
近くまで来てさらに愕然とした。遠目からは見えなかったが、二人とも大量に血を流していたのだ。
男女の年齢は二十歳くらいだろうか。側まで来たさよは屈む。
「救急車……救急車……」
震えた声で呟くと、ポケットからスマホを取り出そうする。
しかし慌てたせいか地面に落としてしまった。拾い上げようとする彼女の細い腕を、血に濡れた男の手が掴む。
さよは「ひっ」と息を飲む。
「ダメだ。呼んでは、いけない……」
男は途切れ途切れに話した。
「君たちも、早く、逃げ、な……」
顔を上げた男の声はそこで途切れてしまった。しかし彼は息絶えたわけではない。
言葉を失ったのだ。
さよを見て。
「すごい……」
木に寄りかかり倒れている女性の方が呟く。
「見たことがない。こんな、こんな量のエナジーは……」
男は呟くと、掴んださよの手を両手で握り、体を起こして彼女の前に膝を立てた。
戸惑うさよの顔を真剣な眼差しで見つめる。
レクは二人の間に入ることもできず、ただ横でやりとりを見つめていた。
「僕の名前は城森太陽、彼女は清水朝穂清水朝穂。今から僕の言うことをよく聞いてほしい」
改まった城森の声は低くよく通る声だった。
そして彼は、全ての事情を話し出した。
この世には「罪獣」と呼ばれるバケモノがいる。罪獣は魔界で罪を犯し人間界に送り込まれては人間が潜在的に持つ力「エナジー」を狙い襲っているのだという。城森たちは「能力者」と呼ばれる人間で、超常の力を持ち、罪獣から人々を守るため戦っているということ。
「この傷も、先ほど遭遇した罪獣にやられたものだ。奴らの力は年々衰退していると思っていたが、何十年に一度の強敵が現れた。完全に油断したよ。その結果がこのザマだ」
城森はそこまで話し、閉口した。
だが、彼の目は未だ何かを訴えるよに真っ直ぐさよを捉えている。
一体城森の話をどれだけの人が信じるだろう。まるで、創作の世界の話だ。
しかしレクはその話を一蹴することはできない。きっとさよも同じだろうと思った。
レクにはどうにも、目の前の男が妄言を吐いている頭のおかしい人間には思えなかった。
口を閉ざしていた城森だったが一度深呼吸をすると、咳払いをしてから「僕は、僕たちはこのままではやられてしまうだろう……」と話した。
レクは固唾を飲む。
城森から鬼気迫るものを感じた。
きっと、次にこの人が言う言葉で、妹の、自分たちの人生は変わってしまうのではないか。どこか確信的なものを感じた。
そしてその予感は的中する。
「今から、君に能力を継承する」
城森はさよの目を見つめ力強く放った。
レクは妹の表情を伺う。
その顔からは困惑の色が見てとれた。
きっとさよは意味がわかっていないのだろう。それもそのはずだ。兄である自分でさえ、状況が掴めていないのだから。城森の言葉は確かに妹の耳には届いたが、それだけだ。頭が追いついてないんだ、理解できていないんだ。
レクは拳を強く握った。
「遅かれ早かれ、君のような高エナジーの持ち主は罪獣に襲われていたことだろう。手遅れになる前でよかった。君には力を授かる権利がある。そして君のような人間には、役目を果たす義務があるんだ」
城森はそう言うと来ていたジャケットの袖をまくる。
「えっ。いや。え。えっ」
さよの頭はパンクしてしまったのだろう。
何か意思を伝えようとするが、うまく言葉にできていない。
城森はお構い無しといった様子で、両手に力を込める。
すると青白い光がまばゆく輝き出した。
「え、やっ、待って」
後ずさりするさよ。
止めなければ。
レクは頭ではそう思った。だが、体が動かない。何か叫ぼうとするが、口から漏れるのは乾いた音ばかり。
今ここで止めなければ。妹が……。
しかし体が動かない。腕を伸ばし、引き離そうとすることも。レクはただ、まばゆい光に目をすがめ、立ち尽くすことしかできなかった。輝きが頂点に達した時、城森はさよのみぞおち辺りに手をかざした。
するとその光はさよの全身をベールのように包む。
先ほどまで青白かった輝きは、薄い紫へと変色した。
美しい輝きだった。レクは思わず見惚れてしまった。
しかし、光を纏ったさよは苦しそうに胸を押さえていた。
「アァ……………ッ!」
しばらくするとまばゆく輝いていた光は消え、次第にさよも落ち着きを取り戻していく。
レクは直感的に、城森の言う「継承」が完了したのだとわかった。
「さよ! さよ!」
レクの体はようやく動き出すと、彼女の肩をさする。「大丈夫か、大丈夫か」自然と早口になる。さよは返事をする代わりに何度も頷いた。
一方の城森は力尽きてしまったようにその場に倒れた。
「太陽……しっかり……」
もう一人の能力者、清水朝穂が弱々しく声をかける。
苦し気に城森は言葉を紡ぐ。
「能力を……手に入れる方法は一つ。……能力者からの継承だ。今、それを君に行った……。君は今、この瞬間、新たな能力者になった。そして、能力を授け終えた者は、それに関わる全ての記憶をなくしてしまう……。恐らく僕もあと、数分後には全て忘れてしまうだろう。いきなりこんな目に合わせてしまって。巻き込んでしまって。本当に、すまない。おそらく組織の人間が君たちを訪ねてくるはずだ……詳しくは、彼ら、に……」
そこで城森は意識を失ってしまった。
「私、どうなったの……」
さよの額には脂汗がにじんでいた。
レクは今起きたことを一つ一つ頭で整理しながら、彼女の全身を見回す。妹の体に、特別おかしなところはなさそうだ。
能力を授かったと言っても、すぐに瞳の色が緑になったり、髪の毛が蛇に変わったり、ツノが生えたり、ということはなさそうだ。
ひとまずレクは安堵した。
何が起こったのか。未だによくわからないが、とりあえず目の前にいるのは、いつもの妹だ。
それより、一刻を争うのは城森たちの方だ。
倒れている彼の体からは、血が流れている。
「そうだ、きゅっ、救急車……」
レクが電話をかけようとしたとき。
豪風が吹き荒れた。
生い茂る草花は風に揺れ、大地が削られる。
清水が身を預けていた木は、激しくしなる。
レク達四人は、数メートル後方まで飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
徐々に風が止むと、レクは閉じていた瞼を開く。するとそこには、空中に浮かぶ「人」がいた。いや、「人」は空に浮かぶことなんてできない。
今、自分の目の前にいるのは―。
横にいたさよは走り出し二人の元へ駆け寄った。それに続いてレクの足もようやく動き出す。
近くまで来てさらに愕然とした。遠目からは見えなかったが、二人とも大量に血を流していたのだ。
男女の年齢は二十歳くらいだろうか。側まで来たさよは屈む。
「救急車……救急車……」
震えた声で呟くと、ポケットからスマホを取り出そうする。
しかし慌てたせいか地面に落としてしまった。拾い上げようとする彼女の細い腕を、血に濡れた男の手が掴む。
さよは「ひっ」と息を飲む。
「ダメだ。呼んでは、いけない……」
男は途切れ途切れに話した。
「君たちも、早く、逃げ、な……」
顔を上げた男の声はそこで途切れてしまった。しかし彼は息絶えたわけではない。
言葉を失ったのだ。
さよを見て。
「すごい……」
木に寄りかかり倒れている女性の方が呟く。
「見たことがない。こんな、こんな量のエナジーは……」
男は呟くと、掴んださよの手を両手で握り、体を起こして彼女の前に膝を立てた。
戸惑うさよの顔を真剣な眼差しで見つめる。
レクは二人の間に入ることもできず、ただ横でやりとりを見つめていた。
「僕の名前は城森太陽、彼女は清水朝穂清水朝穂。今から僕の言うことをよく聞いてほしい」
改まった城森の声は低くよく通る声だった。
そして彼は、全ての事情を話し出した。
この世には「罪獣」と呼ばれるバケモノがいる。罪獣は魔界で罪を犯し人間界に送り込まれては人間が潜在的に持つ力「エナジー」を狙い襲っているのだという。城森たちは「能力者」と呼ばれる人間で、超常の力を持ち、罪獣から人々を守るため戦っているということ。
「この傷も、先ほど遭遇した罪獣にやられたものだ。奴らの力は年々衰退していると思っていたが、何十年に一度の強敵が現れた。完全に油断したよ。その結果がこのザマだ」
城森はそこまで話し、閉口した。
だが、彼の目は未だ何かを訴えるよに真っ直ぐさよを捉えている。
一体城森の話をどれだけの人が信じるだろう。まるで、創作の世界の話だ。
しかしレクはその話を一蹴することはできない。きっとさよも同じだろうと思った。
レクにはどうにも、目の前の男が妄言を吐いている頭のおかしい人間には思えなかった。
口を閉ざしていた城森だったが一度深呼吸をすると、咳払いをしてから「僕は、僕たちはこのままではやられてしまうだろう……」と話した。
レクは固唾を飲む。
城森から鬼気迫るものを感じた。
きっと、次にこの人が言う言葉で、妹の、自分たちの人生は変わってしまうのではないか。どこか確信的なものを感じた。
そしてその予感は的中する。
「今から、君に能力を継承する」
城森はさよの目を見つめ力強く放った。
レクは妹の表情を伺う。
その顔からは困惑の色が見てとれた。
きっとさよは意味がわかっていないのだろう。それもそのはずだ。兄である自分でさえ、状況が掴めていないのだから。城森の言葉は確かに妹の耳には届いたが、それだけだ。頭が追いついてないんだ、理解できていないんだ。
レクは拳を強く握った。
「遅かれ早かれ、君のような高エナジーの持ち主は罪獣に襲われていたことだろう。手遅れになる前でよかった。君には力を授かる権利がある。そして君のような人間には、役目を果たす義務があるんだ」
城森はそう言うと来ていたジャケットの袖をまくる。
「えっ。いや。え。えっ」
さよの頭はパンクしてしまったのだろう。
何か意思を伝えようとするが、うまく言葉にできていない。
城森はお構い無しといった様子で、両手に力を込める。
すると青白い光がまばゆく輝き出した。
「え、やっ、待って」
後ずさりするさよ。
止めなければ。
レクは頭ではそう思った。だが、体が動かない。何か叫ぼうとするが、口から漏れるのは乾いた音ばかり。
今ここで止めなければ。妹が……。
しかし体が動かない。腕を伸ばし、引き離そうとすることも。レクはただ、まばゆい光に目をすがめ、立ち尽くすことしかできなかった。輝きが頂点に達した時、城森はさよのみぞおち辺りに手をかざした。
するとその光はさよの全身をベールのように包む。
先ほどまで青白かった輝きは、薄い紫へと変色した。
美しい輝きだった。レクは思わず見惚れてしまった。
しかし、光を纏ったさよは苦しそうに胸を押さえていた。
「アァ……………ッ!」
しばらくするとまばゆく輝いていた光は消え、次第にさよも落ち着きを取り戻していく。
レクは直感的に、城森の言う「継承」が完了したのだとわかった。
「さよ! さよ!」
レクの体はようやく動き出すと、彼女の肩をさする。「大丈夫か、大丈夫か」自然と早口になる。さよは返事をする代わりに何度も頷いた。
一方の城森は力尽きてしまったようにその場に倒れた。
「太陽……しっかり……」
もう一人の能力者、清水朝穂が弱々しく声をかける。
苦し気に城森は言葉を紡ぐ。
「能力を……手に入れる方法は一つ。……能力者からの継承だ。今、それを君に行った……。君は今、この瞬間、新たな能力者になった。そして、能力を授け終えた者は、それに関わる全ての記憶をなくしてしまう……。恐らく僕もあと、数分後には全て忘れてしまうだろう。いきなりこんな目に合わせてしまって。巻き込んでしまって。本当に、すまない。おそらく組織の人間が君たちを訪ねてくるはずだ……詳しくは、彼ら、に……」
そこで城森は意識を失ってしまった。
「私、どうなったの……」
さよの額には脂汗がにじんでいた。
レクは今起きたことを一つ一つ頭で整理しながら、彼女の全身を見回す。妹の体に、特別おかしなところはなさそうだ。
能力を授かったと言っても、すぐに瞳の色が緑になったり、髪の毛が蛇に変わったり、ツノが生えたり、ということはなさそうだ。
ひとまずレクは安堵した。
何が起こったのか。未だによくわからないが、とりあえず目の前にいるのは、いつもの妹だ。
それより、一刻を争うのは城森たちの方だ。
倒れている彼の体からは、血が流れている。
「そうだ、きゅっ、救急車……」
レクが電話をかけようとしたとき。
豪風が吹き荒れた。
生い茂る草花は風に揺れ、大地が削られる。
清水が身を預けていた木は、激しくしなる。
レク達四人は、数メートル後方まで飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
徐々に風が止むと、レクは閉じていた瞼を開く。するとそこには、空中に浮かぶ「人」がいた。いや、「人」は空に浮かぶことなんてできない。
今、自分の目の前にいるのは―。
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