上 下
7 / 31
一章

継承

しおりを挟む
「大丈夫ですか!」


 横にいたさよは走り出し二人の元へ駆け寄った。それに続いてレクの足もようやく動き出す。
 近くまで来てさらに愕然とした。遠目からは見えなかったが、二人とも大量に血を流していたのだ。
 男女の年齢は二十歳くらいだろうか。側まで来たさよは屈む。


「救急車……救急車……」


 震えた声で呟くと、ポケットからスマホを取り出そうする。
しかし慌てたせいか地面に落としてしまった。拾い上げようとする彼女の細い腕を、血に濡れた男の手が掴む。
 さよは「ひっ」と息を飲む。


「ダメだ。呼んでは、いけない……」

 男は途切れ途切れに話した。

「君たちも、早く、逃げ、な……」

 顔を上げた男の声はそこで途切れてしまった。しかし彼は息絶えたわけではない。
 言葉を失ったのだ。
 さよを見て。


「すごい……」

 木に寄りかかり倒れている女性の方が呟く。

「見たことがない。こんな、こんな量のエナジーは……」


 男は呟くと、掴んださよの手を両手で握り、体を起こして彼女の前に膝を立てた。
 戸惑うさよの顔を真剣な眼差しで見つめる。
 レクは二人の間に入ることもできず、ただ横でやりとりを見つめていた。


「僕の名前は城森太陽じょうもりたいよう、彼女は清水朝穂しみずあさほ清水朝穂。今から僕の言うことをよく聞いてほしい」


 改まった城森の声は低くよく通る声だった。

 そして彼は、全ての事情を話し出した。

 この世には「罪獣」と呼ばれるバケモノがいる。罪獣は魔界で罪を犯し人間界に送り込まれては人間が潜在的に持つ力「エナジー」を狙い襲っているのだという。城森たちは「能力者」と呼ばれる人間で、超常の力を持ち、罪獣から人々を守るため戦っているということ。


「この傷も、先ほど遭遇した罪獣にやられたものだ。奴らの力は年々衰退していると思っていたが、何十年に一度の強敵が現れた。完全に油断したよ。その結果がこのザマだ」


 城森はそこまで話し、閉口した。
 だが、彼の目は未だ何かを訴えるよに真っ直ぐさよを捉えている。

 一体城森の話をどれだけの人が信じるだろう。まるで、創作の世界の話だ。
 しかしレクはその話を一蹴することはできない。きっとさよも同じだろうと思った。
レクにはどうにも、目の前の男が妄言を吐いている頭のおかしい人間には思えなかった。

口を閉ざしていた城森だったが一度深呼吸をすると、咳払いをしてから「僕は、僕たちはこのままではやられてしまうだろう……」と話した。

 レクは固唾を飲む。

 城森から鬼気迫るものを感じた。
 きっと、次にこの人が言う言葉で、妹の、自分たちの人生は変わってしまうのではないか。どこか確信的なものを感じた。


 そしてその予感は的中する。


「今から、君に能力を継承する」


 城森はさよの目を見つめ力強く放った。
 レクは妹の表情を伺う。
 その顔からは困惑の色が見てとれた。


 きっとさよは意味がわかっていないのだろう。それもそのはずだ。兄である自分でさえ、状況が掴めていないのだから。城森の言葉は確かに妹の耳には届いたが、それだけだ。頭が追いついてないんだ、理解できていないんだ。
 レクは拳を強く握った。


「遅かれ早かれ、君のような高エナジーの持ち主は罪獣に襲われていたことだろう。手遅れになる前でよかった。君には力を授かる権利がある。そして君のような人間には、役目を果たす義務があるんだ」


 城森はそう言うと来ていたジャケットの袖をまくる。


「えっ。いや。え。えっ」


 さよの頭はパンクしてしまったのだろう。
 何か意思を伝えようとするが、うまく言葉にできていない。
 城森はお構い無しといった様子で、両手に力を込める。
 すると青白い光がまばゆく輝き出した。


「え、やっ、待って」


 後ずさりするさよ。
 止めなければ。
 レクは頭ではそう思った。だが、体が動かない。何か叫ぼうとするが、口から漏れるのは乾いた音ばかり。
 今ここで止めなければ。妹が……。


 しかし体が動かない。腕を伸ばし、引き離そうとすることも。レクはただ、まばゆい光に目をすがめ、立ち尽くすことしかできなかった。輝きが頂点に達した時、城森はさよのみぞおち辺りに手をかざした。

 するとその光はさよの全身をベールのように包む。
 先ほどまで青白かった輝きは、薄い紫へと変色した。
 美しい輝きだった。レクは思わず見惚れてしまった。
 しかし、光を纏ったさよは苦しそうに胸を押さえていた。


「アァ……………ッ!」


 しばらくするとまばゆく輝いていた光は消え、次第にさよも落ち着きを取り戻していく。
 レクは直感的に、城森の言う「継承」が完了したのだとわかった。


「さよ! さよ!」


 レクの体はようやく動き出すと、彼女の肩をさする。「大丈夫か、大丈夫か」自然と早口になる。さよは返事をする代わりに何度も頷いた。
 一方の城森は力尽きてしまったようにその場に倒れた。


「太陽……しっかり……」


 もう一人の能力者、清水朝穂が弱々しく声をかける。
 苦し気に城森は言葉を紡ぐ。


「能力を……手に入れる方法は一つ。……能力者からの継承だ。今、それを君に行った……。君は今、この瞬間、新たな能力者になった。そして、能力を授け終えた者は、それに関わる全ての記憶をなくしてしまう……。恐らく僕もあと、数分後には全て忘れてしまうだろう。いきなりこんな目に合わせてしまって。巻き込んでしまって。本当に、すまない。おそらく組織の人間が君たちを訪ねてくるはずだ……詳しくは、彼ら、に……」


 そこで城森は意識を失ってしまった。

「私、どうなったの……」

 さよの額には脂汗がにじんでいた。
 レクは今起きたことを一つ一つ頭で整理しながら、彼女の全身を見回す。妹の体に、特別おかしなところはなさそうだ。


 能力を授かったと言っても、すぐに瞳の色が緑になったり、髪の毛が蛇に変わったり、ツノが生えたり、ということはなさそうだ。
 ひとまずレクは安堵した。


 何が起こったのか。未だによくわからないが、とりあえず目の前にいるのは、いつもの妹だ。
 それより、一刻を争うのは城森たちの方だ。
 倒れている彼の体からは、血が流れている。


「そうだ、きゅっ、救急車……」


 レクが電話をかけようとしたとき。

 豪風が吹き荒れた。
 生い茂る草花は風に揺れ、大地が削られる。
 清水が身を預けていた木は、激しくしなる。
 レク達四人は、数メートル後方まで飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。


 徐々に風が止むと、レクは閉じていた瞼を開く。するとそこには、空中に浮かぶ「人」がいた。いや、「人」は空に浮かぶことなんてできない。


 今、自分の目の前にいるのは―。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

Aコードコンチェルト

ツヅラ
キャラ文芸
 能力者教育機関“ヴェーベ”の、北東教育機関の最上級生であるA級能力者チームは、とにもかくに、A級能力者の使命である、怪人を倒すことにやる気がなかった。  おかげで、貢献度はぶっちぎりの最下位。  その日も、怪人が現れたが、いつも通り、やる気もなく出撃する予定もなかった。だが、顧問のクビがかかっているという話を聞き、慌てるように、怪人を倒しに向かった。そして、増殖する新種の怪人と退治することになった。  その日、ヴェーベを訪れていたルーチェとその父、ルシファエラは、怪人に襲われ、ガレキの下敷きとなった。  二人は、近くにいた能力者に助けられ、一命を取り留めたルシファエラは、その時、助けてもらった能力者に、ルーチェと、あるデータを帝国本土まで無事に運ぶことを依頼することにした。  初めて帝国本土にやってきた能力者たちは、そこである陰謀と出会うのだった。 ※小説家になろうにアップしたものの編集版です

『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜

segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

神在月の忘れ物

すみだし
キャラ文芸
神在月に出会ったのは忘れ物の神様。 これは神様の忘れ物が繋ぐ物語である。

冷蔵庫の印南さん

奈古七映
キャラ文芸
地元の電気屋さんが発明した新型冷蔵庫にはAIが搭載されていて、カスタマイズ機能がすごい。母が面白がって「印南さん」と命名したせいで……しゃべる冷蔵庫と田舎育ちヒロインのハートフルでちょっぴり泣けるコメディ短編。

【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗
キャラ文芸
西暦1998年、日本。 とある田舎町。そこには、国の重大機密である戦闘魔法使い一族が暮らしている。 その末裔である中学3年生の主人公、羽黒望は明日から夏休みを迎えようとしていた。 盆に開催される奇祭の係に任命された望だが、数々の疑惑と不穏な噂に巻き込まれていく。 穏やかな日々は気付かぬ間に変貌を遂げつつあったのだ。 戦闘、アクション、魔法要素、召喚獣的な存在(あやかし?式神?人外?)、一部グロあり、現代ファンタジー、閉鎖的田舎、特殊な血統の一族、そんな彼らの青春。 章ごとに主人公が変わります。 注意事項はタイトル欄に記載。 舞台が地方なのにご当地要素皆無ですが、よろしくお願いします。

根岸アリアはお茶がしたい

原野伊瀬
キャラ文芸
〝名探偵〟が偶然居合わせた喫茶店で、事件が起きないはずがない。 誰が犯人で、誰が被害者か…… 現役JK探偵は普通の高校生ライフを守るため、事件が起きる前に推理を騙る。 著名な推理作家の姉を持つ女子高生・根岸 アリア――。 ひきこもりがちな彼女が一歩外に出れば、行く先々で死体が転がり、親類縁者がことごとく殺人事件の被疑者や被害者になってしまう。もはや呪いとも言うべき“名探偵の宿命”を背負いながら、一方でごく普通の青春に憧れてもいた。 そんな彼女がとある事件で知り合った大学生・九野創介の濡れ衣を晴らした事で、お礼にお茶に誘われる。 念願のリア充イベントに浮かれるアリアだったが、デート先で殺人事件が起こるのはまず間違いない。 待ち合わせの時間まで15分! 事件が起こるよりも先に犯人を見つけ出せるのか!? ※なおこの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...