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第54話 小さな変化

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 パーティはいつも通り最低のものだった。
 僕はいつも通り会場のスミで小さくなっていた。
 ダンジョンでは暴れまわるガーベラも内気な性格だから小さくなっていた。
 いくら婚約者とはいえ、今の身分が町娘のセルビアとメイドのアイリスは入場することすら許してもらえない。
 僕の味方はいなかった。
 アステリアさんは人だかりの中。
 話題の中心。
 僕はモブだった。
 何もできなかった。

 きっかけとなったのは一つのことだった。
 いつもと違うことは一つだけだった。
 ほんの小さな変化だ。
 いつもどおり、壁とにらめっこしていたら気づかない程度のほんの小さい変化。
 僕は『ピュア』の副作用で少しずつ純粋に物事を見ることができるようになってきている。
 モブでクズな自分とは「おさらば」しようとし始めているのだ。
 意味もなくふと顔を上げた時に気づいたのだ。
 
「トリスタンお兄様、こんばんは」
 パーティで初めてしゃべって言葉だ。
 サリューム王国のパーティは立食形式をとることが多く、自分から話しかけに行かなければ、誰とも話すことなく終わってしまう。
 何もせずに終わるということは、何もする気がないと世間に言っているようなもの。
 その姿を見た社交界の面々はすぐに噂を広める。
 やれ「アーサー王子は王子としての自覚がない」だの、やれ「アーサー王子を産んだイザベラ王妃が不憫だの」と。
 これらの噂は一度広まると払拭することはできない。
 具体的な本名で広まる分、SNSで拡散されるよりタチが悪い。
 
「こんばんは、アーサー。話しかけてくるなんて、めずらしいね」
 やはり、ちがう。
 予感や直感に近い違和感は確信に変わりつつある。
「お兄様、徽章の位置が逆ですよ?」
 そう、軍人であるお兄様はパーティといえど、軍服で徽章をつけている。
 軍人にとって、軍服は一番の礼服と言える。
 規律に厳しいお兄様が徽章の位置を間違えるなんてありえないことだ。

「おっと、そうだったかな? 今日はこの気分だったんだ」
 おかしい。
 決定的だ。
 確実に違う。
 断言できる。
 お兄様なら間違えない上に、間違えを指摘された場合、すぐに訂正して謝罪がある。
 
「そうでしたか。それは無粋な指摘でしたね。失礼しました」
「いや、いいんだよ。それより、ガーベラさんをエスコートしてあげたらどうなんだい? レディを一人にするものではないよ?」
 うん。
 レディとかも言わないな。
 完全に別人だ。
 なんで周りは気づかないんだ?
 王位継承権を持っている第三王子が別人に入れ替わっているなんて大事件だろうに。
 
「アーサーさん、やっと見つけました。ずっと探していたのですよ?」
 そこへアステリアさんが割り込んできた。
 これはラッキーなのか?
 いや、危険な予感がするから、来賓にはご退場願おう。
「いえ、ちょっと、気分がすぐれないもので、会場のスミにいました。ちょっと、今も調子が悪いので、そっとしておいてもらえると助かります」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。それでは、私の魔法で癒しますね。少々お待ちを」
「あ、と、いえ、そうではなく、私は人込みが苦手なだけで、魔法では治らないかと思います」
「そうでしたね。重ね重ね失礼いたしました」
 そうでしたね?
「あれ? このこと話しましたっけ?」
「いえ、そう思っただけです」
「ん?」
 アステリアさんはにこにこ微笑んでいる。
 なんなんだ?

 いや、それより、お兄様の異変の方が問題だ。
「アーサーさん、どうやら、このパーティは荒れますよ? 戦闘の準備が必要かもしれません」
 アステリアさんは、何やら嗅ぎつけたようだ。
 僕はお兄様から気づいたが、アステリアさんは別の理由から怪しいと断定したらしい。
 
「そうですね。僕もそう考えていました。ガーベラに伝えてきます」
「ええ、そうしてください。剣聖も剣が無ければ実力を発揮できないでしょう」
 そっと、その場を離れ、ガーベラの元へ急ぐ。
 と言っても近くの壁とにらめっこしているからすぐ近くだ。問題はない。

「ガーベラ、少しいい?」
「ええ、アーサー、またいつかのパーティみたいに私を助けに来てくれたのね。ありがとう」
「助けたい気持ちはあるけど、今は違う理由だ。どうやら、きな臭いんだ。お兄様の様子もおかしいし、アステリアさんは戦闘があると言っている」
「戦闘?」
 と尋ねてくる彼女の瞳に少しの火が灯った。
 さすがバトルジャンキー。

「うん、どうやら、何かが起こりそうなんだ。ガーベラは戦闘になっても大丈夫な準備をしてほしいんだ」
「それなら大丈夫よ」
 チラリとドレスの裾をまくり上げるとショートソードが見えた。
 さすがバトルジャンキー。

 王が出席するパーティと言えど、ドレスの中まで検査はしないのか。
 暗殺し放題だな。
 まあ、暗殺するような人は入れないんだろうけど。
 いや、暗殺事態はよくあるな。
 王族あるあるだ。

 さて、次はトリスタンお兄様がエスコートしている、女性を救出しなければ。
 彼女はトリスタンお兄様の婚約者である侯爵令嬢だ。
 最悪、彼女もお兄様の偽物の仲間という可能性がある。
 穏便に済ませたいな。
 昔は僕のことを嫌っていたアドルフお兄様に手伝ってもらおう。
 以前『ピュア』の重ね掛け実験をして以来ずっと気に入られている。
 その後の実験でわかったが、どうやらアドルフお兄様も僕と仲良くしたかったようだ。
 しかし、立場的にも年齢的にも周囲は競わせたかったようだ。
 それに乗っかってしまったお兄様は僕と敵対する立場を選んだ。
 それでも、僕のスキルをきっかけに僕に好意を抱くまでに心情の変化があった。

「アドルフお兄様、お久しぶりです」
「やあ、アーサー、会いたかったよ。君から挨拶に来るなんて珍しいね」
『ピュア』「いえ、そんなことより、トリスタンお兄様の婚約者であるサイレースさんのドレスにワインをかけてきて下さい」
「ああ、わかったよ」
 一直線にサイレースさんのところへ行き、ワインをぶちまけた。
 彼女はこれで退場だ。

 場は整った。
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