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縁談をお受けします

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 私は、すっかり体は回復したものの、外に出る気分になれず、ひたすら自室に籠る日々を過ごしていた。


 せっかくアルのことが好きだと自覚したのに、他に婚約者がいるだなんて。こんなにすぐに失恋するとは思わなかった。

 アルの言う大切な婚約者って誰なんだろう。ずっと一緒にいたけれど、そんな人聞いたことない。羨ましいな。

 そもそも、私はアルのこと何でも知っていると思っていたけれど、アルがどんな人がタイプなのか、とか全然知らない。ずっとアルはかわいい弟だと思っていたから恋愛対象外だったんだもの。自分から話すような性格でもないし。あーっ、バカバカ! 聞いておけば良かった。そしたら、もしかしてチャンスは……ないか。

 もしかしたら、政略結婚かもしれないしね。侯爵家の、しかも嫡男ともあればお互いの感情だけで結婚できるわけないもの。アルのことだから、結婚相手に決まったからには大切にしそうだし。

「はぁ」

 考えれば考えるほど、涙があふれて止まらない。カタツムリが殻に閉じこもるように布団にくるまり、誰にも聞こえない様に泣いた。



「今日もお断りですね」

 メイドが静かに部屋から出ていく。

 私が引きこもっている間に何度かアルが私に合いに来たけれど、まだ気持ちの整理がついていなくて、とてもじゃないけれど顔を合わせられる状態じゃない。体調が悪いからと全て断ってしまっている。

 このままではいけないのはわかっている。アルがアルの人生を歩むのなら私も私の人生を歩まなければ。

「お父様に伝えてほしいの。今までわがまま言ってごめんなさい。お父様が決めた縁談をお受けします、と」



 王座の間にて。

「自分で見つけた結婚相手ではなくて本当によいのか? まだ約束の期間は残っておるよ」
「よいのです。私はこの旅で自分の本当の気持ちに気が付きました。しかし、それと同時にそれは手に入らないものだと知りました。今後どんなに探してもその人以上の人は現れないでしょう。その人でなければ、どの人でも同じこと。それに、せっかくお父様が私のために探してくださった人ですもの。悪い人ではないはずです」
「そうか、わかった。では先方に決定通知をだそう。近々顔合わせの機会を設けるから、その時までに、その目の腫れを治しておくように」

 お父様は、優しく微笑んだのを見て、もしかしたら、この縁談はそう悪いものでもないかもしれないと思えて来た。だから、これで、いい。




 そして。

「ステラ様、本日が婚約者様と顔合わせの日でございます。本来ならば相手様方の邸宅に訪問することとなっておりますが、都合により王都にあるレストランにてお二人で面会することとなりました。出発のご準備をお願いいたします」
「わかったわ。行きましょう」

 結婚相手が決まってからも、私はそれが誰なのかを聞くことはなかった。今、アル以外の名前を出されたところで何も心は動かないから。

 無感情のまま、約束のレストランへと向かった。




 王都の中心部にあるこのレストランは貴族御用達で格式高く、今日のような縁談顔合わせや接待などに使われる完全個室の店だ。

「思ったよりも早くついてしまったわね」

 私が相当出発をごねるとでも思ったのか、出発予定時刻は本来店までかかる時間よりもだいぶ早めに設定されていたようだった。

「約束の時間になるまでは待つしかないわね。ちょっとそこのカフェに行って時間をつぶしましょう」

 付き添いのメイドと共に近くにあるカフェへと向かう。このカフェはお洒落でデートスポットとして人気があるとメイドがウキウキしながら教えてくれた。

「あれ? あそこにいるのってアルバート様じゃないですか?」

 カフェに入り席に案内される途中、メイドが部屋の隅に一人で座っている男性に気が付いた。

 間違いない、アルだ。久しぶりに見たアルは以前よりもずいぶんたくましく成長し、がっしりと大人の男性の体格になっていて、自分の好みの男性そのものになっている。

 好き。やっぱり大好きだよ。

 なんでこんなタイミングで見かけちゃったんだろう。せっかくアルを諦めようと思っていたのに。

「どうします? 話しかけますか?」

 気を利かせたメイドが聞いてくるが、私は首を横に振り、静かに案内された席へと向かう。ちょうどアルの席は死角になり見えなくなったので安心してテーブルに着き、紅茶を注文した。

「緊張されているんですか?」
「大丈夫よ、気にしないで」

 運ばれてきた紅茶を飲みながら静かに時が流れるのを待つ。

 すると、見覚えのある女性が店へと入って来た。ライオネルを捕まえるときにいた令嬢の一人だ。確か名前はウィリス伯爵家のアナベル嬢、だったはず。

 彼女は店内の奥の方の席を見ると嬉しそうに手を振り、歩き出した。


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