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EP1_7章

7章_4 名を捨てた女

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 普段は滅多に使われない客間。
その扉を前に、甲冑を纏ったロキシェル将軍が一瞬、
立ち止まる。


彼女は兜を外さずに客間の扉を開き、
客人に言葉をかけることもなく、
領主の席に腰掛ける。

兜の向こうに見える男は、
どこか懐かしさを感じさせる男だった。

いざ目の前の男を見ると、
かけるべき言葉が出てこない彼女は、
沈黙で男に対峙するしかなかった。


「貴公が、ロキシェル将軍に相違ないであろうか。
我が名、ラシェルド・ロクサリオ。エンタール公国宰相の身である。」

沈黙が見守る中、二人にしか届かないような声で、
しかし力強く、男はそう言った。


「・・・たかだか数隊の人質交渉に、
亡国危うい公国の宰相自ら出てくるとは、
わざわざ殺されに来たようなものだな?」

重みを感じさせるような沈黙の後、
ロキシェル将軍は冷たく言い放つ。


「将軍。無為な問答はよそう。
私を、私と知っているはずだ。

その兜を取って、顔を見せてはくれないか。」

両ひざに置かれた拳に力が入る。
そんなロクサリオの眼差しは、
ロキシェル将軍にどこか懐かしさを感じさせた。


「良いだろう。」

一言、静かに言葉を吐き、
ロキシェル将軍は兜を両手で持ち上げ、ロクサリオに素顔を晒す。


「私は、ロキシェル。メルヴィア公国の将、
そして、貴方の娘だ。」

瞬きを忘れたかのようにまじまじと
自分の娘の顔を見つめる父から視線を少し外し、一言を加える。


「・・・ああ、本当に、ミラーナなのだな。
その銀の髪、凛々しい顔も、シンシアの生き写しのようだ。
よく生きていてくれた・・・すまなかった。」

もう叶うことはないと思っていた娘との対面。
ロクサリオは無意識のうちに立ち上がり、
娘を抱きとめようと踏み出す。


しかし、ロキシェル将軍は鞘から剣を抜き、
父ロクサリオの顔に剣先を突きつけた。
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